Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:23





 あなたは何を望んでいたの?
 あなたは何を求めていたの?
 誰に聞いてもらいたかったの?
 誰に教えてもありたかったの?
 レイの手のひらの宝石から、光達が舞い上がる。
 それは魂の輝き。
 それが命の光。
 解放された心達が、心の嘆きを彼女に伝える。


 痛いの苦しいの、本当のことはそう言うものなの。
 嘘が好き、本当は嫌、嘘で包んで欲しいのよ、それはとても優しいから。
 本当のことは嫌、真実は人を傷つけるから、嘘で全てを包んで隠して…
 ずっとわたしに微笑みかけて。
 嘘でもいいの、嘘がいいの。
 残酷な真実はいらない。
 騙し続けて、お願いだから。


 シンジはゆっくりと目を開き、みんなに耳を傾けた。


 髪の長い男がいた。
 冷めていて、どこか軽薄さを持っていた。
 なんだよ好きって言ったじゃないか…
 ギターが好きだった、だが付き合っていた子には振られてしまった。
 ライブハウスで会ったのに、ギターにかまける姿が嫌いと。
 沢山の人と付き合った。
 その内好きということがわからなくなり、心は何処までも冷めてしまった。
 体を求めているのと、心を求めているのと。
 その区別がつかなくなった。
 だから寂しかったのね?
 だから信じられなくなっていた?
 好きが何を差すのかと言う事を。
 でももう悩むことは何も無いのよ?
 わたしが教えてあげるから。
 わたしが側にいてあげる。
 だから心を解き放ちましょう?
 心も体も一つになれば…
 それはとても良い事だから。
 あなたの心を素直に見せて?
 わたしはあなたを信じてあげる。


 眼鏡をかけた男がいた。
 それなりに人付き合いも出来ていた。
 でも女の子には「いい人」だった。
 振られる事が恐かったから。
 それでも良いと笑っていた。
 でもお腹に傷のある人は違っていた。
 当たり前のように接してくれた。
 その馴れ馴れしさに、心が揺れた。
 誤解した、好意を持ってくれていると。
 しかし彼女には男がいた。
 だからまたいい人でいようと思った。
 そうすればせめて側には居られるのだから。
 でも苦しかったのね?
 辛かったのね?
 その気持ちを吐き出せない。
 みんな知っているのに吐き出せない。
 みんなはただ慰めるだけ。
 好きになったらいけないのかよ!
 その想いは受け止められず、何処かへ消えていく悲しい想い。
 だから心に秘めたのね?
 いつも隠しておいたのね?
 大丈夫、もう大丈夫。
 わたしが側にいてあげる。
 わたしが受け止めてあげるから。
 心も体も一つになるの…
 あなたの想いをわたしにぶつけて…
 あなたを解放してあげて。


 ショートカットの女の子は、童顔でいつも悩んでいた。
 先輩と呼ぶ人はいつもきりりとカッコ良かった。
 だから憧れ続けていた、その人のようになりたくて。
 芯の強さに憧れた、たとえどんなに汚れていても…
 何がそんなに苦しいの?
 本当の自分を見てもらえないから?
 でもわたしは知っているから。
 あなたの本当を知っているから。
 だからもう泣かなくていいの。
 だから無理なんてしなくていいのよ?
 わたしがちゃんと見ていてあげる…
 だから安心してわたしに見せて?
 あなたの心の辛い悩みを。


 白髪、初老の男は彼女を見ていた。
「月と地球と太陽がある限り、人は幸せになれますわ?」
 それはいつかの陽射しの中で。
「それを信じられるほど、わたしはロマンチストではないのだよ」
 未練が言葉に表れる。
「今ここに生きているんですよ?、未来の絶望を描くよりも、なぜ生きる事を許されている、認められていると自信を持つことができないのですか?」
 しぶとく生きているのだから。
「人類は滅びへと歩んでいる、先はないよ」
「今ここにこうして、あたし達はいるじゃありませんか、あたしは信じますわ?」
 人を?
「未来は無くなりはしない事をです」
 そして彼女は行ってしまった。
 未練も感じさせずに行ってしまった。
 悔しかったのね?
 少しは振り返ってもらいたかった?
 自分の男は魅力が無かった。
 引き止める力がどこにもなかった。
 彼女にあっさりと見捨てていかれた。
 彼女は惜しみもしてくれなかった。
 だから確かめたかったの?
 もう一度抱かせてもらいたかったの?
 まだ好きでいると確認したくて…
 でももう平気、大丈夫。
 あなたは安らぎを求めても。
 側にいるから。
 ずっと近くに。
 だから全てを解放して?
 わたしの膝を貸して上げる…


 この時を…、ただひたすらに待ち続けていた。
「ようやく逢えたな?、ユイ…」
 ゲンドウは横たわっていた。
「シンジが恐かったの?」
「側によれば恐がったからな…」
「愛してあげれば良かったのよ…」
「俺には愛する資格が無い」
 ゲンドウは溜め息を一つ吐いた。
「その報いがこのありさまか…、すまなかったな、シンジ」
 ゲンドウの眼鏡を拾い上げる、制服のレイ。
 それでも、微笑みを教えてくれたのはあなただった…
 初号機の拳が叩き潰す。
 弾けたのは黄色の液体。
 壊れてしまったのは彼の眼鏡。
 幼いレイと、制服のレイと、最後のレイは、そろって彼をみとっていた。


 ケージで硬化したベークライトに誰かが潰されていた。
 座り込んでいる少女と、それを抱きしめる父親が居る。
 ドグマでは白衣が海に浮かんでいた。
 うずくまる茶髪の高校生と、顔を覗き込む母親の図。
 病院のベッドには炭になった少年が転がっていた。
 でもその上では、妹を膝に乗せて笑う彼が居た。


 僕を助けてよ!
 誰かが叫んだ。
 裏切ったな!
 誰かが嘆く。
 一人にしないで!
 僕を見捨てないで!
 相手をしてよ!
 あたしを殺さないで!
 あたしはママのお人形じゃない!
 自分で考え、自分で生きるの!
 …それは誰もが持っている悲しみの言葉。
 わかり合えなかった悲劇の涙。
「では君は望まれもしないのに生み出されたのかい?」
 少女がうずくまっていた。
 膝を抱えて座っていた。
「誰かが望んだから生まれて来たのに…」
 祝福を彼女は貰えなかった。
「何を望まれたんだろうね?」
「わからないわよ…」
 それは彼女には分からない。
 でも彼はそれを知っていた。
 彼も同じように座っていた。
「…何も無いのに産んでは貰えないよ、そうだろう?」
 それは信じたくても信じられない昔の話。
 誰も教えてくれなかった過去のお話。


 この世界に生きていくのか…
 あら?、生きていこうと思えばどこだって天国になりますわ?
 シンジは愛されて生まれて来た。
 でも僕は捨てられた。
 そう思うのはあなたの勝手。
「でも僕は捨てられたんだよ!」
 世界が血の色に染まっていく。


「君は誰?」
「僕はカヲル、渚カヲル」
「わたしはレイ、綾波レイ」
「どうして君達はここにいるの?」
「それは君の希望だから」
「希望?」
「そう…」
「希望なんだよ…、誰かが救ってくれる、誰かが分かってくれれば、こんなにも楽になれるのにと願う、君自身のね?」
 シンジの持つ極平凡な嘆きが、それに共感する全ての心に通じていく。


 たった一人でもいい。
 理解してくれる人がいれば。
 話を聞いて欲しかった。
 わかりあえていたならば…
 きっと辛いことも、なんとか乗り越えていけたのに。
「だから僕たちは君に生まれた」
 この苦しみを本当に分かってくれる人がいたならば。
 きっと違う自分になれたのに…
 優しくしてもらえたならば。
 好きになれる自分に、少しは変われたかもしれないのに…
「ただの一人で良かったんだ…」
 友達がいたら。
 楽しい事を一緒に楽しんでくれる人がいれば。
「誰でも良かったんだ…」
 悲しい時に、慰めてくれる誰かが居れば。
「欲しかったんだ」
 一緒に泣いてくれる友達が。
 そんな当たり前の関係があれば…
 友達、家族、親友、なんでも良かった。
 ただ訴えに耳を傾けてもらえていたなら、きっと楽になれたのに。
 この想いを、叫びを、誰かに受け止めてもらいたかった。
「吐き出したかったんだと思う」
 辛い時に甘えさせてくれる人。
「自分に篭るのは苦しいから」
 だらけている時にお尻を叩いてくれる人。
「笑えるようになりたかった」
 誰でも良かったんだ…
 優しくしてくれる人ならば。
「気持ちを隠すと暗くなるから」
 それは誰もが持っている願望だった。
 心の底から望む関係。
 だから綾波レイが居る。
 だから渚カヲルがいる。
 シンジの中には二人が居る。
 そして二人は、同じ悩みを抱える人の元へと舞い降りる。


 二人に満たされた人達が、心の壁を解いていく。
 炎の十字架が、喜びに世界を埋めつくす。
 金色の血が世界を染める。
 舞い上がる命達は、レイが優しく受け止める。
 手のひらの中で卵の中へと還っていく。
 それは卵、リリスの卵。
 命達の還る場所。


 レイは命をすくい上げる。
 僕は何をしているのだろう?
 あなたは、何を望んでいるの?
 シンジはゆっくりと目を開いた。
「…ここは?」
 レイが覗き込んでいた。
「ここはL.C.L.の海、命の源の海の中よ?」
 シンジは金色の世界で何かを感じた。
「…みんないるんだ」
 開いた指に何かが絡む。
 レイとシンジは繋がっていた。
 シンジにまたがり、レイの手のひらはシンジの中に溶け込んでいた。
「僕は何処にいるんだろう?」
 レイはそれに答えてくれない。
「ここには誰もいないんだね?」
「他人との境界の無い世界だもの」
「全てが一つになった世界?」
「これがあなたの望んだ世界」
「でも、僕はまだここにいる」
 碇シンジのままで居る。


 シンジの手のひらは、ミサトの十字架を握っていた。
「他人の存在を望むのね?」
 それはミサトを望む心の象徴。
「僕はただ優しくしてもらいたかったんだ…」
 望んでいたのは些細な事で…
「それが満たせれば人に傷つけられてもいいと言うの?」
 シンジは悲しげに瞳を閉じる。
「でもこれは違う、違うと思うから」
 僕はみんなに会いたいんだ。
 シンジの心が晴れていく。
 本当の望みを見付けていく。


「もういいのかい?」
 シンジがいて、カヲルがいて、レイがいた。
「僕は泣いちゃいけなかったんだ」
 シンジは慟哭を言葉にした。
「だから壊れるしかなかったの?」
「だって仕方が無いじゃないか…」
 二人に対しても吐き捨てる。
「僕はただ…、ただ!」
「優しくしてもらいたかったんだね?」
「うん…」
「楽しい時を…」
「みんなと過ごしたかったんだと思う」
 アスカとヒカリに三バカとからかわれたあの頃を。
「あの日みたいに」
 砂場で一緒に遊んだあの日のように。
 それは幼い頃の、誰もが持っている楽しい記憶。
 みんなで砂山を作ったこと。
「楽しかった」
 少なくとも作っている間は楽しかった。
「みんな一緒に笑ってたんだ…」
 楽しくて、それをみんなで感じていて。
「楽しかったんだ」
 お互いの気持ちを疑いもしないで。
 同じだと信じて、感じて、日が暮れるまでを楽しんで。
 同じ時を過ごせたように。
「壊したくなかったんだ…」
 でもいつかは終わりが来て。
 みんなは家に帰っていって。
 自分だけが残されて。
 まるで裏切られたように悔しくて。
「それをわかってもらいたかった?」
「仕方がないだなんて…」
「嫌だったのね?」
「だから戦えって、それが嫌なんじゃないんだ!、戦うよ、でもわかってよ!」
 みんなといたいんだ。
 そんな情けないこと言ってる場合じゃ!
 誰か助けて…
 情けないこと言わないでよ!
「叱るばかりで…、誰も、誰も僕のことなんて!」
 分かってはくれなかった。
「だから君には僕がいる」
「だからあなたにはわたしがいる」
「君はそれを僕に感じた」
「だから好きになったのね?」
「だって分かってもらえたから」
「好きって言ってもらえたから?」
「優しかったんだ」
 優しくして上げたわよ…
「居心地が良かったんだ」
 何も言わない綾波の方が。
「受け入れてもらえてるような気がして」
 楽だった。
「嘘でもよかったんだ…、僕は!」
「でも、誰も嘘を付けなかったから」
「うん…」
「生きるのに必死で…」
「あまりにも焦り過ぎたから」
 お互いをあまりにも傷つけ過ぎた。
「わかってる…、ううん、分からなくちゃいけなかったのかもしれない」
 そうだね?
 そうね…
 二人が同時に微笑んだ。
「君がわかってもらいたかったように…」
「みんな、わかって欲しかったんだ…」
 ミサトの苛立ちを。
 アスカの虚勢を。
「分かってもらいたかったんだと思う」
 シンジの頬を涙がつたった。
「シンジ君…」
 顔を上げれば、カヲルの微笑みが真正面にあった。
「あ…」
 抱きしめられた。
「君が望めば、ATフィールドが再び人を切り離す」
 カヲルは優しく確認した。
「もう一度聞くよ?」
「うん」
「これが君の望んだ世界なのかい?」
 シンジはゆっくりと首を横に振った。
「これは違う…、違うから」
 カヲルの目が、笑みのために細くなった。
「他人の存在を望めば、再び心の壁が人々を切り離すわ…」
「それでもいいんだ」
 背中の柔らかな感触にほっとする。
 レイの鼓動を直接感じる。
「また他人の恐怖が始まるんだよ?」
 耳元での囁き、胸にはカヲルの胸が押し付けられていた。
 安心する…
 右の耳にカヲルの、左の耳にレイの息吹を感じられる。
「いいんだ」
 シンジははっきりと答えて返した。
「きっと後悔する、裏切られて悔しくて落ち込むんだ、でもそれは当たり前のことなんだよ…」
 それでも強くなれるから。
 今日の砂遊びが終わっても。
 明日になればまたみんなで作れるんだから。
「だから我慢できると思う」
 今は自分が見つかったから。
「あの街には何も無かった、でも逃げた先にも何も無かった…、だって僕になにも無かったんだもの…」
 自分にはなにがあって、何が無いのか?
 そんなことも分からなかった。
「だから恐かったんだと思う、認めるのが」
 何も無いって。
 自分がいらないって。
 自分でなくてもいいんだって。
 自分では何も生み出してないって。
 作っていないって。
「例えATフィールドが、再びお互いを傷つけても」
 シンジは言い切った。
「僕はもう一度会いたいと思った、その気持ちは本当だと思うから」
 レイとカヲル、二人の優しい目がシンジを挟むように見つめ合った。
「人はきっと分かり合えるんだ」
「好きだと言う」
「言葉と共に?」
「でもそれは見せ掛けで、思い込みで!」
 誰か分かってくれる、わかる人が現われてくれると祈り続けて…
 くり返しくり返し毎日を待って、明日を信じて。
「きっとまた見捨てられるんだ、みんな僕を捨てて見つけていくんだ」
「大事な人を?」
「気持ちを?」
「みんな探して、見つからなくて、焦って、傷つけて」
 それでも探していくんだ、いつまでも。
 ウォオオオオオオン!
 獣の咆哮が轟いた。
 リリスと化したレイが、ゆっくりと白い裸体を後ろにそらせる。
 ぱっくりと首に横への筋が入った。
 赤い眼球が内側から盛り上がり、内側から破られた。
 フウォオオオオオオオオオオオン!
 初号機が雄叫びを上げて姿を見せた。
 祈る様に手のひらを伸ばすレイの向こうに、初号機が金色の翼を大きく開く。
 十二枚の黄金色の翼だった。
 黒き月から血が滲み出す。
 リリスの卵、卵細胞が核分裂を起こして弾け跳ぶ。
 命が世界にばらまかれた。
「現実は知らない所に、夢は現実の中に…」
「だってしょうがないじゃないか」
「辛いから?」
「見たくないもの」
「現実を?」
「だって辛いんだ!」
「でも夢を見るわ?」
「そう、僕は夢を見たかった…」
「優しい世界を」
「世界の夢を?」
「僕は見たかった」
「疑いはしないよ?」
「真実はあなたの中に」
「君自身が知っているから」
「だから嘘には逃げ込めないんだ…」
 どんなに辛くても、そこに逃げてちゃ行けないんだ。
 リリスの体が崩壊していく。
 細胞の劣化、首がもげ、腕が抜けた…、だが無表情に笑っている。
「君は君自身が作っている…」
「人の心が自分を作る」
「だから人が恐いのよ」
「他人のイメージが」
「その言葉が」
「君を変えてしまうから」
「崩すから」
「それが時の流れに乗る事だから」
「変わっていくと言う事だから…」
「でも流されていくだけでは、何も変わらないんだ」
「だから見失っても取り戻すのよ」
「自分の手で」
「心で?」
「例え他人に取り込まれても」
「形を定めるのはあなただから」
 でもあんたに決められるのだけは、絶対に嫌…
 ウォオオオオオオオオオオオオン!
 初号機が鮮血を吹き出した。
 リリスの首が血溜まりに落ちる中、初号機は口の奥から槍を引き抜く。
 カッ!
 槍が無数の光の針を放った。
 量産機のコアを貫いていた槍のニードルが、コアから命を吸い上げて破裂する。
 まるで泡のように、金色の液体となって。
「お別れだね…」
「うん」
「寂しい?」
「でも、僕は僕でありたいから、会いたいから」
 シンジの体に、レイの体がめり込んだ。
「大丈夫…」
 カヲルもまた、シンジの中へと溶け込んでいく。
「命には復元しようとする力があるよ」
「自分のイメージを自分で見つけられたら…」
「誰もが人の形に戻れるから…」
 だがシンジは辛そうな顔をした。
「泣いているのかい?」
「でも嬉しいから」
「苦しいのに?」
「また会えるから…」
 急速に石化したエヴァシリーズが、ゆっくりと重力に引かれて落ちていく。
 それに反して、解放された魂の十字架達が、空に向かって昇天を始めた。
 心配ないわ…
 シンジの中で声がする。
 生きていこうと思えば、何処だって天国になる…、だって生きているんですもの。
 初号機も命の輝きを失っていく。
 幸せになるチャンスは幾らでもあるわ。
 母さん?
 翼をたたみ、初号機の目から光が消えた。
 月と地球と太陽がある限り、大丈夫…
 朽ち果てた初号機をレイが見ていた。
 その顔をレイが見ていた。
 誰かの希望が見つめていた。
「もう、いいのね?」
 気がつけば、目の前に母がいた。
「幸せなんてわからないよ…」
 遠ざかっていく、赤い海の底へと沈み行く母。
 だがシンジは甘えようと思わなかった。
「でもそれが当たり前なんだよね?」
 生まれて来てどうだったかなんて、まだ早いから…
「きっとこれからもずっと悩むんだ…」
 それは死ぬ間際でくり返し続いていく悩みだろう。
「だけどそれも当たり前の事をくり返し考えるだけなんだ、すっと、ずっと…」
 シンジの抱えた苦悩を、幾度も幾度も。
 それでも明日にはやる心があるから、きっと平気。
「でも…」
 海面に上がる。
 レイの流した血の海の中、シンジは割れたレイの顔を眺めた。
「母さんは、どうするの?」
 その言葉と共に、シンジの中に覚えていないはずの光景が思い浮かんだ。
 それは箱根の暑い夏の日。
 ベビーカーではしゃぐシンジに、冬月とユイの二人が見える。
「人が神に似せてエヴァを作る、か…」
「はい…」
「それが真の目的かね?」
「冬月先生には、本当のことを話しておきたくて…」
 それはこれから行われる事への懺悔にも聞こえる。
「人はこの星でしか生きていけんよ…」
「でもエヴァは無限に生きられます…」
「その中に宿る魂と共に、か?」
 ガラスに張り付く幼いシンジ。
 その目の前で赤い非常灯がエヴァを浮き上がらせる。
 鬼、悪魔。
 慌ただしく走りまわる人々達。
 母を飲み込んだ神。
 ユイの願いを叶えた人造の女。
 五十億の時が流れても…
「月も地球も、太陽すらも無くしても、たった一人でも生きていけるなら…、寂しいけれど生きていけるなら…」
「人の生きた証しは残る、か…」
 リリスの血に染まった地球。
 それを回る命の環。
 月に刻まれた鮮血。
 そして太陽と漂い遠ざかっていくエヴァ初号機…
 さよなら、母さん。
 シンジは感傷を打ち切るように瞳を閉じて呟いた。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。