Rei's - faction:005
 それは小学校低学年の時の話。
「レイをいじめるな!」
 わーっと子供達が逃げていく。
 真ん中に居た女の子は、曇った瞳をしてうずくまっていた。
 まるで外界の全てを他人事として処理するように、拒絶の壁で身を守って。
「もう大丈夫だよ、レイ……」
 そう言ってシンジが手を差し伸べる。
 レイはそれでも立とうとしない。
 困ったシンジは、レイの前へとしゃがみ込んだ。
「どうして……、嫌だって言わないの?」
「我慢、しなさいって……」
 担任の先生は頑張っていた方だった。
 その上に居る人が問題だった。
「いいではありませんか」
 あまり尊敬できるタイプの人間ではない。
「一人の犠牲で元気が損なわれることなく、皆は生き生きと育っていく、そう言う関係なのですよ」
 レイを犠牲にしたのだ。
 シンジは理屈など分からずに、直接見捨てた先生を呪った。
「わたしには……、誰もいないもの」
「そんな悲しいこと言わないでよ……」
 シンジは泣きそうになった。
「嫌だけど……、でもきっといいこともあるよ、あるから……」
 だから。
「僕はレイと居るから」
 レイはキョトンとシンジを見た。
「なにを……、言うの?」
「おっきくなったら、結婚しよ?」
 レイの頬が赤くなる。
「ずっと一緒にいればいいよ」
「うん……」
 レイは嬉しかった、嬉しくなった。
 この時のシンジには邪気など無かった。
 問題なのは「結婚」の意味を「ずっと側で守ってあげる」だと思い込んでいた事だろう。
 もちろん面白半分で教えたのはユイとゲンドウだ。
 しかも今ではそんな出来事忘れている。
 しかしレイは覚えていた。
 お兄ちゃん……
 ずっとずっと噛み締めていた。
 レイは変わった、変わっていった。
 どんどんと可愛らしく変わっていった。


 お兄ちゃん……
 シンジのお箸を胸に抱き、レイは薄く笑みを浮かべる。
 桜色に頬が染まり、わずかばかりに忙しなく歩く。
 その仕草の全てが愛らしく、皆の目に留まらずにはいられない。
 レイの下駄箱にとどまらず、机にまでラブレターの類は投函されている。
 しかしレイは笑わない。
 笑みもこぼさない。
 どんなにレイに話しかけても、レイは冷たい視線しか返さないのだ。
 今の雰囲気も誰かが話しかけるだけで消え去るだろう。
 そのレイが、シンジにだけは小さく微笑む。
 ほんのりと頬を染めて、その変化は本当にわずかなもので。
 でも!
 みなはその表情に魅了されていた。
 小学校中学年の時、レイの変化は伝染を始めた。
 同年代の女の子達でも、まだ理解していなかった「恋する」と言うことの意味。
 それが現実に、目の前に生まれたのだ。
 そこから生み出されたものがあの笑みであるのなら。
 僕も見たい、笑って欲しい!
 そう思うのは当然だろう。
 そしてそれを守ろうとする優しいシンジ。
 レイとシンジの存在は、男女、異性と言う部分を刺激した。
 特にレイにはアタックする男の子が続出した。
 だがレイは誰一人に対しても微笑まなかった。
 当然である。
 レイにとっては、男など自分をいじめていた連中の延長なのだから。
 そしてシンジだけが例外である。
「お兄ちゃんだけが、守ってくれたもの……」
 みな見返りを求めてレイに擦り寄って来る。
 だからレイは毛嫌いしていた。
 レイが微笑むのはシンジにだけだ。
「お兄ちゃん」
 レイはそのお箸を待つ、シンジの元へと駆け戻った。



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