それは小学校低学年の時の話。
「レイをいじめるな!」
わーっと子供達が逃げていく。
真ん中に居た女の子は、曇った瞳をしてうずくまっていた。
まるで外界の全てを他人事として処理するように、拒絶の壁で身を守って。
「もう大丈夫だよ、レイ……」
そう言ってシンジが手を差し伸べる。
レイはそれでも立とうとしない。
困ったシンジは、レイの前へとしゃがみ込んだ。
「どうして……、嫌だって言わないの?」
「我慢、しなさいって……」
担任の先生は頑張っていた方だった。
その上に居る人が問題だった。
「いいではありませんか」
あまり尊敬できるタイプの人間ではない。
「一人の犠牲で元気が損なわれることなく、皆は生き生きと育っていく、そう言う関係なのですよ」
レイを犠牲にしたのだ。
シンジは理屈など分からずに、直接見捨てた先生を呪った。
「わたしには……、誰もいないもの」
「そんな悲しいこと言わないでよ……」
シンジは泣きそうになった。
「嫌だけど……、でもきっといいこともあるよ、あるから……」
だから。
「僕はレイと居るから」
レイはキョトンとシンジを見た。
「なにを……、言うの?」
「おっきくなったら、結婚しよ?」
レイの頬が赤くなる。
「ずっと一緒にいればいいよ」
「うん……」
レイは嬉しかった、嬉しくなった。
この時のシンジには邪気など無かった。
問題なのは「結婚」の意味を「ずっと側で守ってあげる」だと思い込んでいた事だろう。
もちろん面白半分で教えたのはユイとゲンドウだ。
しかも今ではそんな出来事忘れている。
しかしレイは覚えていた。
お兄ちゃん……
ずっとずっと噛み締めていた。
レイは変わった、変わっていった。
どんどんと可愛らしく変わっていった。
お兄ちゃん……
シンジのお箸を胸に抱き、レイは薄く笑みを浮かべる。
桜色に頬が染まり、わずかばかりに忙しなく歩く。
その仕草の全てが愛らしく、皆の目に留まらずにはいられない。
レイの下駄箱にとどまらず、机にまでラブレターの類は投函されている。
しかしレイは笑わない。
笑みもこぼさない。
どんなにレイに話しかけても、レイは冷たい視線しか返さないのだ。
今の雰囲気も誰かが話しかけるだけで消え去るだろう。
そのレイが、シンジにだけは小さく微笑む。
ほんのりと頬を染めて、その変化は本当にわずかなもので。
でも!
みなはその表情に魅了されていた。
小学校中学年の時、レイの変化は伝染を始めた。
同年代の女の子達でも、まだ理解していなかった「恋する」と言うことの意味。
それが現実に、目の前に生まれたのだ。
そこから生み出されたものがあの笑みであるのなら。
僕も見たい、笑って欲しい!
そう思うのは当然だろう。
そしてそれを守ろうとする優しいシンジ。
レイとシンジの存在は、男女、異性と言う部分を刺激した。
特にレイにはアタックする男の子が続出した。
だがレイは誰一人に対しても微笑まなかった。
当然である。
レイにとっては、男など自分をいじめていた連中の延長なのだから。
そしてシンジだけが例外である。
「お兄ちゃんだけが、守ってくれたもの……」
みな見返りを求めてレイに擦り寄って来る。
だからレイは毛嫌いしていた。
レイが微笑むのはシンジにだけだ。
「お兄ちゃん」
レイはそのお箸を待つ、シンジの元へと駆け戻った。
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