「お兄ちゃん……」
レイは愕然とする。
「あ、先に食べちゃ……ったんだ、けど、ごめん!、お願いだから泣かないで!」
レイの泣きそうな表情に慌てまくる。
「アホが……、だから待っとけ言うたやろが」
「今のうちなんて考えるから……」
レイはぐじっと下唇を持ち上げる。
「ごめんってば!、ほら、レイのお箸で食べさせてもらったんだよ、レイは僕の箸使ってもいいから、ね?」
「迂闊なやっちゃのぉ……」
びえぇ〜〜〜ん!
感情の起伏は小さくとも泣く時は泣く。
それを見て知っているのは、ここに居る四人ぐらいのものだった。
吹奏楽部の活動というのはかなり自由だった。
と言うのも同じ音楽室内では、音が混ざって良く分からなくなるからだ。
「今日はどこにしよっか?」
「野球部見に行こう?」
女の子達が、それぞれお目当ての子を覗きに出て行く
それでも応援ついでに練習しているのだから文句は言えない。
シンジは音楽室の居残り組で、先生が特別に用意してくれたチェロを調律していた。
よかった、チェロがやれて……
シンジは青葉先生に感謝していた。
吹奏楽部に弦楽器は無かった。
シンジは「音楽部」だと信じて入り、ほんの少しだけ後悔した事を思い出した。
「じゃあレイ、頼むね?」
コクリと頷くレイ。
指揮棒を持ち、シンジと、後三人にタイミングを与える。
紡ぎ出される音。
シンジは中学二年生にしては、かなりうまい方だった。
継続は力である、才能も手伝ったのだろうが、才能をどれだけ引き出すかもまた努力次第と言うことだ。
曲は「KanonD−dur」と、中学生にしては難しい曲を選択している。
事実シンジに触発されてバイオリンを始めたカヲルにとっては、着いていくのがやっとの状態だ。
後の人間も何処かぎこちないのだが、それでもテンポやリズムが狂う事は無い。
それは目の前で指揮棒を振ってくれている少女のおかげであった。
レイは譜面も見ずに指揮を続ける。
シンジの演奏をずっと聞いて育ったためだろうか?
レイには音が絵のように見えていた。
だからこそ不協和音を奏でる、不調和が許せない。
レイは少しでも音に不満があれば、その人間に冷たい目を向ける。
今の所かい?
カヲルは苦笑を返す。
その目が印象に残って、次には注意することができる。
長いようで短い演奏が終わった。
「ふぅ……、カヲル君、間違えたんだね?」
「分かったかい?」
「全然……、でもレイが不満そうにしてたから」
残りの少女達も苦笑した。
霧島マナと山岸マユミ。
両方とも掛け持ちで入ってくれている部員である。
弦楽器を弾ける人間は貴重だった。
「ほんと、レイちゃんって良い音感してるのね?」
「わたしには分かりませんでしたが……」
首を傾げている。
「……お兄ちゃんから、ずれた」
カヲルは肩をすくめる。
「僕にはまだ、シンジ君との完璧な協調は無理みたいだからね?」
「嫌……」
「なにがだい?」
レイの思考ルーチンを記すとこうなる。
協調。
ユニゾン。
男同士。
「ふけつよぉー!」
ドキッとするシンジとカヲル。
「待ってぇな委員長〜〜〜」
情けない声を上げてバタバタと親友が走っていく。
苦笑いを浮かべるシンジとカヲル。
「お兄ちゃんを、巻き込まないで……」
そしてレイがとどめを刺した。
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