「お兄ちゃん……」
上の段を覗き込む。
「ん?、あ、どっちにするの?」
「下……」
「わかったよ……」
シンジは一応しぶしぶといった態度をレイに見せた。
なんだかんだと言っても甘々である。
既にレイはスタンバっていた。
ベッドの奥、壁際で多少細めの目をシンジに向けている。
レイの隣に身を横たえる。
冷えちゃうんだよなぁ……
実はシンジのものに比べて掛け布団が小さく、足が出てしまうのだ。
「なに?」
「あ、なんでもないよ」
「そう……」
微笑んであげると、安心した様に身をすりよせてくる。
「まったくもう……」
「ダメ?」
「レイももう子供じゃないんだから……」
「……渚君の方がいいのね」
「な、なんでそうなるんだよ!?」
焦りまくり。
「だからカヲル君は友達だって言ってるだろう?」
ちょっと語気が強めである。
「それに……、カヲル君だってレイを守ってくれたじゃないか」
その日のことを思い出す。
シンジは部活の後片付けでレイは先に帰る事になっていた。
その道すがら。
「碇レイさん!」
呼び止められた。
「お、俺と付き合ってください!」
「嫌」
まさにこれ以上ないほどの即答。
唖然とする少年の横を通り過ぎる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
彼はレイの手首を強く握った。
「痛い……」
「なんだよ?、バカにするなよな!、話ぐらい聞けよ!」
レイの冷たい目に晒され、どんどんと平常心を失っていく。
「そんなに兄貴の方がいいのかよ!」
ドンッと電柱に押し付けられる。
背中の痛みに苦悶の表情を浮かべるレイ。
その眼前に顔が迫る。
キスされようとしている。
(嫌……)
レイの瞳が一瞬で冷たさを無くし、その表情は仮面を失って壊れかけた。
「そこまでだね?」
少年の唇は届かなかった。
襟首をつかまれ引きはがされて、彼はそのまま路面に転がる。
「な、なんだよ!」
「苦情を言う資格は無いんじゃないのかい?」
白髪に近いくすんだ髪の色。
銀と言っても良かった。
その目は赤く冷たい。
鋭さはレイの上を行くだろう。
「……つまらない人だね?、君は」
「な!?」
「これから僕は君と同じ学校へ通う事になる」
「何を言ってんだよ……」
レイよりも頭一つ分背が高い。
カヲルはレイの後ろで、電柱に拳を当てた。
メコ!
なにをどうすればそんなことができるのだろうか?
コンクリの柱が確かに陥没したのだ。
「もう……、諦めた方がいいんじゃないのかい?」
顔面蒼白、返事も出来ない。
「大丈夫かい?」
カヲルは表情を崩すとレイに笑いかけた。
「ええ……」
レイの仮面に、カヲルは少しだけ驚きを浮かべる。
「……そうか」
「なに?」
「君は僕に似ているね……」
「そう?」
「お迎えの人が来たみたいだよ?」
レイー!
元気に手を振って駆けて来る。
「お兄ちゃん……」
笑みがこぼれた。
カヲルはその変化にまたも感動する。
「はぁ、はぁ、はぁ、レイ……、どうかしたの?」
「え……」
「体が強ばってるよ?」
ほんの二・三歩、シンジに歩み寄っただけである。
それだけでシンジはレイの異変に気がついていた。
「少し絡まれていたんだよ」
「え?」
「もう来ないと思うけどね?」
カヲルは柔らかくはにかんだ。
「えっと……、あの」
「カヲル……、渚カヲル、明日から第壱中学に通う事になるんだ」
「あ、あの、ありがとう、渚君……」
「なにがだい?」
「え?」
「今……、謝ったろう?」
シンジは戸惑うように言葉を選んだ。
「だって……、助けてくれたんでしょう?」
「力は身を守るためにある、でも本当の力は人を護るためにある」
「?」
「遺言だよ……、僕の父のね?」
「そうなんだ……」
カヲルはキョトンと言う顔をした。
「君は……、変わっているね?」
「え?」
「遺言、そう言ってすまないと言わなかったのは君が始めてだよ……」
何だそんな事かとシンジは笑う。
「気がつかなかっただけだよ」
「そうなのかい?」
「だって、渚君が気にしてないんでしょ?」
確かにその通りだった。
「……正直、謝られるとわずらわしく思っていたよ」
カヲルもレイと同じように仮面を脱いだ。
「だからなのかい?」
「どうかしたの?」
シンジはカヲルと同じようにレイを見る。
「君の前でだけ素直に居られる理由だよ」
「えっと……、よくわかんないや」
「それで良いと思うよ?、それは好意に値するからね?」
「へ?」
「友達になって欲しいって事さ……」
「あ、もちろんだよ、渚君!」
「カヲルでいいよ……、それより、そろそろ教えて欲しいね?」
「えっと……、なに?」
「名前だよ」
「ああっ、ごめん!」
焦るシンジがおかしくて、カヲルは漏れ出る笑いを堪え切れなかった。
この人は、敵……
「ん、なに?、レイ……」
あの時と同じように、今のレイもシンジのパジャマをギュッとつかむ。
「別に……」
「そう?」
腑に落ちてないシンジ。
どんなに仮面を被っていても、心に壁を作ったとしても、シンジはその奥にある感情を見抜いてしまう。
そこから繋がる自然な対応がレイには心地いいのだ。
それを言葉に出来るほど見抜いた人間は、過去にカヲルただ一人である。
敵、遠ざけるべき、敵……
レイはシンジの所有権を主張するよう、さらに体をすりよせた。
続く
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