Rei's - faction:008
「お兄ちゃん……」
 上の段を覗き込む。
「ん?、あ、どっちにするの?」
「下……」
「わかったよ……」
 シンジは一応しぶしぶといった態度をレイに見せた。
 なんだかんだと言っても甘々である。
 既にレイはスタンバっていた。
 ベッドの奥、壁際で多少細めの目をシンジに向けている。
 レイの隣に身を横たえる。
 冷えちゃうんだよなぁ……
 実はシンジのものに比べて掛け布団が小さく、足が出てしまうのだ。
「なに?」
「あ、なんでもないよ」
「そう……」
 微笑んであげると、安心した様に身をすりよせてくる。
「まったくもう……」
「ダメ?」
「レイももう子供じゃないんだから……」
「……渚君の方がいいのね」
「な、なんでそうなるんだよ!?」
 焦りまくり。
「だからカヲル君は友達だって言ってるだろう?」
 ちょっと語気が強めである。
「それに……、カヲル君だってレイを守ってくれたじゃないか」
 その日のことを思い出す。
 シンジは部活の後片付けでレイは先に帰る事になっていた。
 その道すがら。
「碇レイさん!」
 呼び止められた。
「お、俺と付き合ってください!」
「嫌」
 まさにこれ以上ないほどの即答。
 唖然とする少年の横を通り過ぎる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 彼はレイの手首を強く握った。
「痛い……」
「なんだよ?、バカにするなよな!、話ぐらい聞けよ!」
 レイの冷たい目に晒され、どんどんと平常心を失っていく。
「そんなに兄貴の方がいいのかよ!」
 ドンッと電柱に押し付けられる。
 背中の痛みに苦悶の表情を浮かべるレイ。
 その眼前に顔が迫る。
 キスされようとしている。
(嫌……)
 レイの瞳が一瞬で冷たさを無くし、その表情は仮面を失って壊れかけた。
「そこまでだね?」
 少年の唇は届かなかった。
 襟首をつかまれ引きはがされて、彼はそのまま路面に転がる。
「な、なんだよ!」
「苦情を言う資格は無いんじゃないのかい?」
 白髪に近いくすんだ髪の色。
 銀と言っても良かった。
 その目は赤く冷たい。
 鋭さはレイの上を行くだろう。
「……つまらない人だね?、君は」
「な!?」
「これから僕は君と同じ学校へ通う事になる」
「何を言ってんだよ……」
 レイよりも頭一つ分背が高い。
 カヲルはレイの後ろで、電柱に拳を当てた。
 メコ!
 なにをどうすればそんなことができるのだろうか?
 コンクリの柱が確かに陥没したのだ。
「もう……、諦めた方がいいんじゃないのかい?」
 顔面蒼白、返事も出来ない。
「大丈夫かい?」
 カヲルは表情を崩すとレイに笑いかけた。
「ええ……」
 レイの仮面に、カヲルは少しだけ驚きを浮かべる。
「……そうか」
「なに?」
「君は僕に似ているね……」
「そう?」
「お迎えの人が来たみたいだよ?」
 レイー!
 元気に手を振って駆けて来る。
「お兄ちゃん……」
 笑みがこぼれた。
 カヲルはその変化にまたも感動する。
「はぁ、はぁ、はぁ、レイ……、どうかしたの?」
「え……」
「体が強ばってるよ?」
 ほんの二・三歩、シンジに歩み寄っただけである。
 それだけでシンジはレイの異変に気がついていた。
「少し絡まれていたんだよ」
「え?」
「もう来ないと思うけどね?」
 カヲルは柔らかくはにかんだ。
「えっと……、あの」
「カヲル……、渚カヲル、明日から第壱中学に通う事になるんだ」
「あ、あの、ありがとう、渚君……」
「なにがだい?」
「え?」
「今……、謝ったろう?」
 シンジは戸惑うように言葉を選んだ。
「だって……、助けてくれたんでしょう?」
「力は身を守るためにある、でも本当の力は人を護るためにある」
「?」
「遺言だよ……、僕の父のね?」
「そうなんだ……」
 カヲルはキョトンと言う顔をした。
「君は……、変わっているね?」
「え?」
「遺言、そう言ってすまないと言わなかったのは君が始めてだよ……」
 何だそんな事かとシンジは笑う。
「気がつかなかっただけだよ」
「そうなのかい?」
「だって、渚君が気にしてないんでしょ?」
 確かにその通りだった。
「……正直、謝られるとわずらわしく思っていたよ」
 カヲルもレイと同じように仮面を脱いだ。
「だからなのかい?」
「どうかしたの?」
 シンジはカヲルと同じようにレイを見る。
「君の前でだけ素直に居られる理由だよ」
「えっと……、よくわかんないや」
「それで良いと思うよ?、それは好意に値するからね?」
「へ?」
「友達になって欲しいって事さ……」
「あ、もちろんだよ、渚君!」
「カヲルでいいよ……、それより、そろそろ教えて欲しいね?」
「えっと……、なに?」
「名前だよ」
「ああっ、ごめん!」
 焦るシンジがおかしくて、カヲルは漏れ出る笑いを堪え切れなかった。
 この人は、敵……
「ん、なに?、レイ……」
 あの時と同じように、今のレイもシンジのパジャマをギュッとつかむ。
「別に……」
「そう?」
 腑に落ちてないシンジ。
 どんなに仮面を被っていても、心に壁を作ったとしても、シンジはその奥にある感情を見抜いてしまう。
 そこから繋がる自然な対応がレイには心地いいのだ。
 それを言葉に出来るほど見抜いた人間は、過去にカヲルただ一人である。
 敵、遠ざけるべき、敵……
 レイはシンジの所有権を主張するよう、さらに体をすりよせた。



続く




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