「へぇ、綾波、今日はホテルから来たんだ?」
綾波はちょっとだけシンジを意識して頷いた。
「これからホテルに戻って、荷物をまとめてお母さんのうちへ行くの」
「お母さん?、お父さんは?」
「……血が、繋がってないの」
暗くなる。
「恐いの?」
「うん……」
「そっか……、あ、じゃあさ」
ポケットに突っ込んだままのレシートを取り出し、裏に携帯の番号を書く。
「これ、何かあったら電話してよ」
「……いいの?」
「相談には乗れるほどしっかりしてないけどさ、話しぐらいは聞けるから」
そう言って穏やかに微笑む。
「ありがと……」
朱が差し始める綾波の頬。
「……見た?」
「見たで?」
「やっぱシンジってうまいよな?」
「ああやって女の子を虜にするんだねぇ?」
「お兄ちゃん……」
「違うよー!」
慌てるシンジに、緊張感を無くして笑ってしまった。
夕日の中を綾波とカヲルの影が仲良く並んで伸びている。
ホテルへ向かうための駅、カヲルはその近くに住んでいた。
そのため二人で同じ道を歩んでいるのだ。
「……よかったかい?」
「え?」
「ここへ来た事がだよ」
カヲルの笑みに、赤くなってうつむく。
「まだ……、よくわからない」
「信じたくないのかい?」
「だって……」
「裏切られることは恐いさ、でも人を信じなければ寂しさから逃れることは出来ない……」
「渚君は……、そうだったの?」
少しだけ表情を引き締める。
「……僕は授業中、君を拒絶したね?」
んっと、綾波は口をつぐんで黙り込む。
「それは君が温もりに飢えていたからだよ」
「え……」
「寂しいと感じるから誰かを求める……、僕は君と似ているからね?、君が求めたのは自分と同じ人で、僕じゃあない」
綾波の足が止まる。
道の真ん中で立ち尽くす。
「ごめん……、なさい」
カヲルは微笑み、綾波が顔を上げるのを待った。
「でももう分かっているんじゃないのかい?」
再び並んで歩き出す。
「うん……」
「シンジ君は……、集団なんて気にしないのさ……」
学校の中に紛れ込んだ異端児を見たりはしない。
「周りに居る人達が、皆一人一人名前を持った人間なんだよ……」
碇レイが居たように。
渚カヲルが居るように。
綾波レイが新たに来たのだ。
「君に必要なのは、認めてもらう事だね?」
「わかってる」
「綾波レイ、君は一人の人間だよ」
「ありがとう、渚君」
「カヲルでいいよ、綾波さん」
「うん……」
綾波もカヲルのように、わずかだが穏やかなものを手に入れていた。
「ただいまぁ!」
「母さんおかえ……、り」
シンジはエプロン姿で固まった。
「綾波さん!?」
「碇君!?」
「あら?、二人とももう友達なのね?」
ユイだけが一人ニコニコと笑っていた。
「……じゃあ、説明するわね?」
ユイの仕切りに浴衣姿で頷くゲンドウ。
威厳をかもし出しているつもりなのだ。
その頭をスパンと叩く。
「あなた!、レイちゃんが脅えているでしょう!?」
「す、すまん、ユイ……」
すごすごと後ろに引き下がる。
溜め息を吐き、てれ笑いをするシンジ。
レイはシンジの脇を固め、敵意を剥き出しに綾波を見ている。
「実はね……、レイちゃんのご両親が亡くなられたの」
「え!?」
「それで頼れる親戚縁者も無いって言うから、うちに来ない?って話したのよ……」
シンジは真剣な表情を作る。
「母さん」
「なにかしら?」
「それだけじゃないんだろう?」
「ええ……、でもね?」
一筋だけ汗が流れている。
シンジはそれを見逃していない。
それに綾波、父さんとは血が繋がってないって言ってた……
しかしシンジと同い年なのだ。
レイとは年子なのだ、この上綾波を生んでいるのはあまりにおかしい。
そんなユイを綾波が制した。
「いいです、話して下さって」
「でもレイちゃん……」
綾波はシンジを見た。
「……友達は、隠し事しちゃいけないって」
「トウジの言う通りだよね?」
驚かないよう、深呼吸する。
「話してよ、母さん」
ユイは「しょうがないわね……」と、溜め息を吐いた。
「……綾波さんとは、高校の時からお付き合いがあったの」
綾波サチ。
「でもね?、彼女、子供が作れなかったのよ……」
「え!?」
「それでわたしが卵子を提供したの」
「あっ!、だからお父さんの血は繋がってないって……」
そうかそうかと納得している。
「そうだ、だから彼女は間違いなくお前の妹だ」
「え?、妹……」
「そうだ……」
シンジは戸惑いの表情を向けた。
「……あ、あの、やっぱりあたし」
迷惑、みたいだから。
消沈しようとする。
「ご、ごめん!、そうじゃないんだ」
「シンジ、妹が一人増えるだけだ」
「それが問題なんだよ!」
「シンちゃん!」
「だ、だからさぁ!」
ますます落ち込んでいる綾波に焦る。
「だから、今日会ったばっかりなんだよ?、いきなり妹だなんて思える分けないじゃないか!」
「……じゃあ、なんだと言うのだ?」
「女の子だよ!、ごく普通のクラスメート!」
泣きそうになる綾波。
「それって……、レイちゃんが可愛いから困るって事かしら?」
ギシッと空気が固まった。
「な、何を言うんだよ、母さん……」
明らかに動揺している。
「あら?、だって血が繋がってるとは思えなくて、女の子だから困るって言えばそれくらいでしょう?」
体の半身、レイ側がドライアイスで冷やされたような引きつりを感じる。
「シンジ……、逃げてはいかんぞ」
「逃げるとかそんなのじゃなくて……」
しかし半分腰は浮いている。
逃げられないのはレイが薄い笑みと共に、服の裾をつかんでいるからだ。
「あの……、あたし気にしないようにするから」
「綾波がしなくても僕がするんだよ!」
「何が不満なのだ?」
「一緒に住んでもらいたかったけど……、嫌なの?」
「嫌なわけじゃないよ!」
墓穴を掘っている事に気がつかない。
「妹だって思えないって言ってるの!」
シンジはその穴へと飛び込んだ。
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