Rei's - faction:012
「へぇ、綾波、今日はホテルから来たんだ?」
 綾波はちょっとだけシンジを意識して頷いた。
「これからホテルに戻って、荷物をまとめてお母さんのうちへ行くの」
「お母さん?、お父さんは?」
「……血が、繋がってないの」
 暗くなる。
「恐いの?」
「うん……」
「そっか……、あ、じゃあさ」
 ポケットに突っ込んだままのレシートを取り出し、裏に携帯の番号を書く。
「これ、何かあったら電話してよ」
「……いいの?」
「相談には乗れるほどしっかりしてないけどさ、話しぐらいは聞けるから」
 そう言って穏やかに微笑む。
「ありがと……」
 朱が差し始める綾波の頬。
「……見た?」
「見たで?」
「やっぱシンジってうまいよな?」
「ああやって女の子を虜にするんだねぇ?」
「お兄ちゃん……」
「違うよー!」
 慌てるシンジに、緊張感を無くして笑ってしまった。


 夕日の中を綾波とカヲルの影が仲良く並んで伸びている。
 ホテルへ向かうための駅、カヲルはその近くに住んでいた。
 そのため二人で同じ道を歩んでいるのだ。
「……よかったかい?」
「え?」
「ここへ来た事がだよ」
 カヲルの笑みに、赤くなってうつむく。
「まだ……、よくわからない」
「信じたくないのかい?」
「だって……」
「裏切られることは恐いさ、でも人を信じなければ寂しさから逃れることは出来ない……」
「渚君は……、そうだったの?」
 少しだけ表情を引き締める。
「……僕は授業中、君を拒絶したね?」
 んっと、綾波は口をつぐんで黙り込む。
「それは君が温もりに飢えていたからだよ」
「え……」
「寂しいと感じるから誰かを求める……、僕は君と似ているからね?、君が求めたのは自分と同じ人で、僕じゃあない」
 綾波の足が止まる。
 道の真ん中で立ち尽くす。
「ごめん……、なさい」
 カヲルは微笑み、綾波が顔を上げるのを待った。
「でももう分かっているんじゃないのかい?」
 再び並んで歩き出す。
「うん……」
「シンジ君は……、集団なんて気にしないのさ……」
 学校の中に紛れ込んだ異端児を見たりはしない。
「周りに居る人達が、皆一人一人名前を持った人間なんだよ……」
 碇レイが居たように。
 渚カヲルが居るように。
 綾波レイが新たに来たのだ。
「君に必要なのは、認めてもらう事だね?」
「わかってる」
「綾波レイ、君は一人の人間だよ」
「ありがとう、渚君」
「カヲルでいいよ、綾波さん」
「うん……」
 綾波もカヲルのように、わずかだが穏やかなものを手に入れていた。


「ただいまぁ!」
「母さんおかえ……、り」
 シンジはエプロン姿で固まった。
「綾波さん!?」
「碇君!?」
「あら?、二人とももう友達なのね?」
 ユイだけが一人ニコニコと笑っていた。


「……じゃあ、説明するわね?」
 ユイの仕切りに浴衣姿で頷くゲンドウ。
 威厳をかもし出しているつもりなのだ。
 その頭をスパンと叩く。
「あなた!、レイちゃんが脅えているでしょう!?」
「す、すまん、ユイ……」
 すごすごと後ろに引き下がる。
 溜め息を吐き、てれ笑いをするシンジ。
 レイはシンジの脇を固め、敵意を剥き出しに綾波を見ている。
「実はね……、レイちゃんのご両親が亡くなられたの」
「え!?」
「それで頼れる親戚縁者も無いって言うから、うちに来ない?って話したのよ……」
 シンジは真剣な表情を作る。
「母さん」
「なにかしら?」
「それだけじゃないんだろう?」
「ええ……、でもね?」
 一筋だけ汗が流れている。
 シンジはそれを見逃していない。
 それに綾波、父さんとは血が繋がってないって言ってた……
 しかしシンジと同い年なのだ。
 レイとは年子なのだ、この上綾波を生んでいるのはあまりにおかしい。
 そんなユイを綾波が制した。
「いいです、話して下さって」
「でもレイちゃん……」
 綾波はシンジを見た。
「……友達は、隠し事しちゃいけないって」
「トウジの言う通りだよね?」
 驚かないよう、深呼吸する。
「話してよ、母さん」
 ユイは「しょうがないわね……」と、溜め息を吐いた。


「……綾波さんとは、高校の時からお付き合いがあったの」
 綾波サチ。
「でもね?、彼女、子供が作れなかったのよ……」
「え!?」
「それでわたしが卵子を提供したの」
「あっ!、だからお父さんの血は繋がってないって……」
 そうかそうかと納得している。
「そうだ、だから彼女は間違いなくお前の妹だ」
「え?、妹……」
「そうだ……」
 シンジは戸惑いの表情を向けた。
「……あ、あの、やっぱりあたし」
 迷惑、みたいだから。
 消沈しようとする。
「ご、ごめん!、そうじゃないんだ」
「シンジ、妹が一人増えるだけだ」
「それが問題なんだよ!」
「シンちゃん!」
「だ、だからさぁ!」
 ますます落ち込んでいる綾波に焦る。
「だから、今日会ったばっかりなんだよ?、いきなり妹だなんて思える分けないじゃないか!」
「……じゃあ、なんだと言うのだ?」
「女の子だよ!、ごく普通のクラスメート!」
 泣きそうになる綾波。
「それって……、レイちゃんが可愛いから困るって事かしら?」
 ギシッと空気が固まった。
「な、何を言うんだよ、母さん……」
 明らかに動揺している。
「あら?、だって血が繋がってるとは思えなくて、女の子だから困るって言えばそれくらいでしょう?」
 体の半身、レイ側がドライアイスで冷やされたような引きつりを感じる。
「シンジ……、逃げてはいかんぞ」
「逃げるとかそんなのじゃなくて……」
 しかし半分腰は浮いている。
 逃げられないのはレイが薄い笑みと共に、服の裾をつかんでいるからだ。
「あの……、あたし気にしないようにするから」
「綾波がしなくても僕がするんだよ!」
「何が不満なのだ?」
「一緒に住んでもらいたかったけど……、嫌なの?」
「嫌なわけじゃないよ!」
 墓穴を掘っている事に気がつかない。
「妹だって思えないって言ってるの!」
 シンジはその穴へと飛び込んだ。



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