あ〜ん、あ〜ん、あ〜ん……
女の子が泣いている。
どうしたんだい?
みんながいじめるの。
年上のお兄さんが髪の長い女の子を慰めている。
みんなみんな嫌い。
大っ嫌い!
でも一番嫌いなのはあたし。
赤い髪も青い目も嫌い。
でも俺は好きだけどなぁ。
ほんと?
ああ。
じゃあお嫁さんにしてくれる?
はは……、こりゃ参ったな。
そのやり取りは懐かしい記憶の産物。
それに気付いた途端、シンジは理解した。
あ、これ夢だ……
眠りが酷く浅い。
シンジは目の前の光景がそうだとわかると、なるべく目が覚めないように続きを見ようとまどろんだ。
「信じらんない!」
それが綾波レイの碇家に対する感想の全て。
「シャワー浴びてたら入って来るし、碇くんはレイちゃん引っ張り込むし」
揚げ句の果てには父親はそれを覗く始末。
「だからそれはぁ!」
かなり騒がしい登校風景。
「シンジぃ!」
「なんや、綾波も一緒かいな?」
ちなみにシンジと綾波の間は、きっちりとレイが隔てるように割り込んでいる。
「昨日は渚と帰らんかったか?」
「うん、その後で碇君の家に行ったから……」
「「なにぃ!」」
「うわぁ!」
同時にシンジを締め上げるトウジとケンスケ。
「シンジぃ!、お前だけは心の友と書いてシンユウだと思っていたのに!」
「そや!、シスコンのくせしてなに抜け駆けしとんねん!」
「そんなんじゃないってば!」
「……違うんだ」
「あ、綾波!、なにを!?」
「「シ〜ンジぃ……」」
怪しく曇った眼鏡の奥から涙がちょちょ切れる。
ちなみにトウジの方は充血した揚げ句に鼻息も荒い。
「そうかぁ……、自分の妹には手が出せん」
「そこへ登場したクリソツ美少女」
「美少女だって☆」
「……顔は認めるわ」
「…………」
「なに?」
「いや、ちょっと引っ掛かりが……」
首を傾げる綾波レイ。
「だからぁ!、僕が何したって言うんだよぉ!」
「……昨日TEL番渡してたよな?」
「どうせ寂しい言われて、呼び出したんやろ?」
「揚げ句に公園にでも誘って……」
「なんちゅう奴っちゃ!」
「あのねぇ!」
「よっしゃ!、綾波レイはお前に任せた」
「健全な道を走ってくれよ!」
「と言う訳で碇ぃ」
「振られたもん同士で仲良く……、うわ」
冷たい視線にたじろいでしまう。
「……な、なんや?」
「……わたしはお兄ちゃんのものだもの」
「そんなこと言うから誤解されるのにぃ」
たははと綾波も汗をかく。
「それにあの人とお兄ちゃんは何でも無い、キスもしてない」
「れ、レイ!」
「ただ一緒に住む事になった、それだけよ……」
瞬間、空気が凍りつく。
脳の皺が一本一本まで異常収縮する中で、二つの点が分析と共に認識される。
かかった時間はおよそ十秒。
「……キス」
あの人はしていない。
では誰としたのか?
「一緒に……」
どこの屋根の下に住むと言うのか?
「違うよぉ!、綾波もなんとか言って……」
「フケツよぉおおおおおおおおおおおおお!」
「委員長、どっから!?」
「碇君、キス……、してるんだ」
羨ましそうな綾波。
「違うーーーー!」
叫んだ所で誰も聞かない、聞こうともしない。
「おや、どうしたんだい?」
遅れてやって来た渚カヲル。
彼の目に写ったのは、シンジにしがみ付き潤んだ瞳をしている碇レイの姿であった。
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