学校、朝の女子トイレは静かなものである。
賑わうのは一時間目後の五分休憩からだ、これには「朝からトイレにこもる」というのを恥ずかしいと考えるのも関係しているのかもしれない。
「ええー!?」
だがそれを利用して、一部では秘密会議のために一室に多人数で入り込む姿が良く見られていた。
「しぃ!、声が大きいって」
「で、でも……」
一番奥の個室から、ごにょごにょと言う声がする。
「で、その……、見たの?」
遠慮がちに。
「見た……、ってあの、直接じゃないんだけど」
「それくらいわかってるわよ!」
「だから声が大きいってぇ!」
レイは泣き笑いの顔でヒカリにトーンを下げるよう懇願した。
「ご、ごめんなさい……」
ヒカリの顔も羞恥に赤く染まっている。
「で、でもそれって……、その、生理現象、じゃないの?」
ヒカリも子供ではない、その程度のことは知っていた。
(いま……、凄いこと相談してない?、もしかして)
だが知っているのと口にするのとは別物である。
(恥ずかしい……)
「生理現象って言うか……、その」
「なに?」
「そうじゃなくてね?」
「ええ……」
「シンちゃんが悪いんじゃないの……」
「うん?」
モジモジと手で遊ぶ綾波に感化されて、ヒカリももぞもそと体をよじる。
「……初めてじゃないの」
「え……」
「シンちゃんのそういうの、見たのって」
「う、うん……」
それはそれで凄いんじゃない?、とは口に出せない。
「でもなんだか今日はね?、変なの、あたし」
「変?」
「うん……」
綾波は手で遊ぶのをやめて切々と訴えた。
「だってね?、いつもはそんなの目に入らないのに、今日だけどうしてか気になっちゃって、気になっちゃったらもう忘れられなくて、そればっかりなの!」
「そ、そればっかりって……」
「あ……」
「や、やだ綾波さんったらもう!」
「ご、ごめんなさい……」
なんとかその場を護魔化し合う。
お互い先日のカヲルのこともあってか?、妄想が爆発的に進行している。
少なくとも拍車はかけられているようなのだが。
(まったくぅ)
いつもは自分が暴走する、しかし今日は先手を取られたからだろう。
ヒカリは微妙な所で平静を保っていた。
あるいは変に落ちついていられた。
「ねぇ……」
「なに?」
「今日……、何か変わったことって無かったの?」
「変わった?」
「ええ……」
顔が火照っているのはなんとか無視して、神妙に頷く。
「思い出してみて?、なんでもいいから」
「なんでも……」
綾波は一つずつ並べるように口にした。
「えっと……、今日は」
「今日は?」
「お母さん達が……、お仕事で帰って来なかったから」
「から?」
「朝ご飯をレイちゃんが用意して……、シンちゃんを起こしに行って」
「行って?」
「あたしも着いていって」
「それよ!」
「え?」
「ほら!、いつもならレイちゃんが潜り込んじゃってるんでしょう?」
「あ……」
綾波はようやくいつもの光景との違いを思い出した。
シンジの隣にはいつも裸のレイが……、良くてもパジャマ姿で引っ付くように眠り込んでいる。
そうなのだ。
兄に甘えるレイを思い出すが、あれは女の子としての行きすぎた態度でもある。
健康な男女の痴情に付き合わされて感情が爆発していた、だけど今朝は。
(そっか……、シンちゃん、男の子なんだ)
シンジの『妹だとは思えない』と叫んでいた言葉を思い出す。
自分もそうなったのだと姿を重ねる。
いやんいやんと何やらやり始めたヒカリを置いて、ようやく綾波は心の平静を取り戻していた。
……別の高鳴りが生まれて、鼓動がドキドキしだしていたが。
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