「まったくもう……」
ぶちぶちと脱衣所に出て来た綾波は、既にバスタオルを巻いていた。
狙ってるんじゃないかと思うほどシンジと鉢合わせをくり返したために、自然と身に付いた自衛策であった。
「しっつれいしちゃうんだから……」
ねぇ?、っと洗面台にある鏡に向かって彼女は問いかけた。
押さえたタオルを少し下げて、やや平均値と言った胸の上っ面をじっと見つめた。
見つめた。
見つめた。
涙ぐんだ。
「小っちゃくないもん」
「わたしより太いくせに」
ボソッと言う声はレイであった。
二階にあるシンジの部屋にまで大きな声が聞こえて来た。
「な、なにやってんだよ!?」
騒ぎを気にして下りて来たシンジは、つかみ合いのケンカをする二人の様子を見て顔をしかめた。
「たった五百グラムの差じゃない!」
「その分お腹が大きいのね」
「レイこそお尻が大きいじゃない!」
「出っ腹?」
「あたしより0.5センチも胸小さいくせにぃ!」
そんなに細かく計れるものなのかなぁ?、と素朴に思ったシンジだったが、お互いの髪を引っ張り始めた二人にはっとした。
「ちょ、ちょっと待って!」
肘で押し割るように入ったのがいけなかった。
「あ……」
シンジの見ている前でタオルが落ちた。
「きゃあああああああああああ!」
しゃがみ込む綾波レイ。
「ごごご、ごめん!」
慌てて目をつむり、そっぽを向いたシンジの顔を、レイがむぅっと怒って見上げていた。
「またそんなことで……」
二人の言い分を聞いたシンジの感想がそれだった。
「そんなってなに!?」
バンッとテーブルを叩く綾波。
「女の子にはねぇ、大事な事なの!」
隣でレイがこくこくと頷く。
ケンカしてたんじゃなかったの?、との一言を、シンジはかろうじて呑み込んだ。
「で、でもさぁ……、そんなに差があるわけじゃないし」
ううっ、っと綾波が涙ぐんだ。
「やっぱりあるのね……、差」
「だからぁ……」
「困ったものねぇ」
埒の明かない会話に、とうとうこの人が介入して来た。
「そう思うんだったらなんとかしてよ、母さん……」
「これ」
ぺしっとユイが叩いたのはシンジだった。
「困った子なのはあなたよ」
ユイは氷の浮いたジュースを三人の前に置き、お盆を脇に座り込んだ。
「女の子はねぇ?、ちょっとでも悪い所があると気になるものなの……、特に好きな人に口にされたら、気になって気になって自分が嫌になって来るものなのよ」
そんな事を言われても、とシンジはおろおろとした。
「じゃあどうすればいいのさ……」
「少しは奇麗だとか可愛いとか言って上げなさい」
「妹なのに?」
「変な事ばっかり考えてるから、そうやって意味深に考えてしまうのよ」
「変なことするのは二人の方じゃないか」
「あら?、じゃあ意識はしてるのね」
「母さん!」
「男の子はケダモノって本当ねぇ、お父さんも若い頃はそうだったもの」
ゲホッ、ゴホッ、ガハッっと、奇妙な咳払いが家の奥から聞こえて来たが全員が無視した。
「兄妹で何かあったらどうしようかしら?、危ないわぁ」
「煽ってるのは母さんじゃないか……」
嘆息するシンジの頭を、ユイはもう一度はたいた。
「とまぁ、シンジが魅力を感じてないわけじゃないのよ?、レイ、レイちゃん」
「はぁ……」
「そう……」
二人とも恥ずかしいような、いたたまれないような、そんな顔になっていた、真っ赤だった。
「そう言うわけだから、二人とも、欠点ばかりを気にしてないで、少しは自分を磨く事を考えなさい?」
「自分?」
「磨く?」
小首を傾げる、双子かと思えるほどそっくりな反応だった。
「太ってるなら痩せればいいし、お腹が出てるなら引き締めなさい?、成長が人に負けてるのはちゃんと食べてない証拠よ」
うっと唸った二人である。
「レイちゃんは食べ過ぎ、レイは好き嫌いしちゃいけません」
「はぁい……」
「はい……」
しゅんとした二人に、今度はニッコリと微笑んだ。
「その代わり、奇麗になったらシンジに見せて、どう?って聞いてもいいから」
「母さん!」
「わたしが許可します」
貫禄勝ちである。
シンジは「僕って一体……」っと呟いてテーブルに突っ伏した。
「二人もね、あなた達がそんな事をしている間に、わたしを見てって堂々とシンジに迫る人が居ないとも限らないのよ?、わかってる?」
わかった?、っと、ユイはさらに念を押した、これが効いた。
二人には余りにも覚えのあることだったからだ。
「あたし、頑張る!」
先に立ち上がったのは綾波だった。
「見ててね、シンちゃん!」
やけに張り切ってシンジを見下ろす、その迫力にシンジはたじろいだ。
対して、レイは平静だった。
「じゃあ、わたしは『見て』もらうわ」
「だめー!」
「問題無いわ」
「ありありだよ……」
頭を抱えるシンジであった。
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