Rei's - faction:042
「うわぁあ……」
 シンジは二人の恰好に顔を手のひらで覆った。
「これ……、切れ込みが」
「…………」
 レオタード、それもハイレグという規格を甚だ逸脱した形状である。
 全体にピンクなのだが、胸の部分だけ黒地で、それが胸の膨らみをやたらと協調していた。
 さすがに二人も恥ずかしそうである。
「なんてもの買ってるんだよ、母さん……」
 シンジは目を閉じたままで天井を仰いだ、とても正視できる物ではなかったのだ、何と言ってもTバックに近いハイレグというのは、どういう代物かと訝しく思う。
「こんなこともあろうかと買っておいたのよ」
「あ、あの……、ユイお母さん、ほんとに?」
 これでやるの?、っと綾波は涙ぐんで尋ねた、しかし。
「ええ」
 ニッコリとした微笑みで切り返されてしまった、その顔には有無を言わせない迫力がある。
「じゃあ……、僕は部屋に戻るから」
 と言って立ち上がったシンジのベルトをユイが掴んで引き戻した。
「うわ!」
 ドスンと腰を落とすシンジ、正座したまま、片手でシンジを引っ掴んだわけだが、それにしても微動だにしなかったのは大した膂力である。
「いたたたた……、何するんだよ」
「だめです、そこに座ってなさい」
 シンジは露骨に嫌そうな顔をした。
 ちらりとレイ達を見て、目が合って、赤くなって、俯いて、視界に入った部分に慌てて、さらに横向いた。
「どうして……、僕が」
「見られてると思うと意識して可愛く振る舞おうとするものなのよ」
 もじもじとする綾波。
 レイは赤くなっているが、シンジのお言葉を待っているのか、じっとしている。
「さ、いつまでもそうしてないで、早くマットの上に立ちなさい?」
「はぁい」
「はい」
 つい普通に歩こうとして背を向けた二人に、シンジは反射的に顔を背けた。
『お尻が全部見えてるよ……』
 などとは口が裂けてもいえない言葉である。
 二人が立とうとしたのはツイスターのマットだった。
 大きなビニールシートの上に、大小の円がカラフルに配置されている。
「はいはい、レイは自分のマットにね?、レイちゃんはシンジのお古で悪いんだけど……」
 このわざとだとしか思えない一言は余計であった。
 レイがいきなり突き飛ばそうとした。
 それを綾波がしゃがんで避けた。
 お返しに蟹ばさみを敢行する綾波レイ。
 しかしレイもさるものながら、咄嗟に飛びのいてそれを躱した。
 マットを死守するように立つ綾波。
 レイは腰を低く落とし、跳びつく隙を探して緊張感を漲らせた。
「はいはいはい」
 ユイが手を叩いて、取っ組み合いになりそうな雰囲気をぶち壊した。
「レイにはまた別のものを上げるから我慢しなさい」
「……わかったわ」
 母に何と言う物言いかと頭が痛くなるが、それだけレイは油断なく綾波の様子を窺っていた。
 綾波もまた、全く警戒心を解いていない。
「それじゃあ始めるわよ?」
 ユイはレコーダーを持ち上げた。
 やけに年期の入ったカセットテープレコーダーだったが、入っているテープの音は、それに逆らうように奇麗であった。


 ぷぷー、ぷぴー、ぷぷー、ぷぴー
 四つんばいになった二人が音楽に合わせて動き始めた。
「うわぁああああ……」
 シンジはまたしても顔を手で覆い隠した。
「だめよ、ちゃんと見てなきゃ」
「そんなこと……、言ったってさ」
 とても見れた物では無かった。
 なだらかな丘の向こうで、二つの桃がなにやらぷりぷりと動いているようにしか見えない。
 中学生として、健全な男子として、兄として、見てはいけない世界がそこにはあった。
 見てはいけないはずの世界でもあった。
「恥ずかしいよ……」
「やってる二人の方が恥ずかしいわよ」
 ニコニコとユイ。
 どうやら、道徳心は無視するようだ。
 終始にこやかに、まったく取り付く島がない。
 が、そんな二人のやり取りとは裏腹に、少女達のテンポはアップしていた。
 それに気が付いて、シンジも慣れて来たのか落ち着きをもって見直した。
「凄いねぇ」
 返事は無かった。
 ノーミスで延々と続けている、意識してもいないのに、二人は完全にタイミングをシンクロさせていた。
 それだけリズム感が似通っているのかもしれない。
 シンジは感嘆の言葉を惜し気もなく漏らした、色違いで腹違いで父違いでもあるが姉妹である。
 双子だと言われても誰も疑いはしないタイミングの合致であった。
「それにしても……」
 シンジはツイスターそのものを見た。
「どうして二つも買ったの?」
 シンジの疑問はもっともだった。
 普通、一般家庭に、二つもあるような物ではない。
「覚えてないの?」
 ユイはまた楽しそうに答えた。
「二人に買ってあげたのに、レイはじっと見てるだけ、シンジは気にして遊ぼうとしないしで、困ったのよ」
「そうだっけ……」
 シンジは落ちつかない様子で答えた。
「覚えてないや」
「結局、一緒に遊べないのが気に入らなかったのね……、それでもう一つ買ったのよ」
「そうだったんだ……」
 シンジは感慨深げに二つのツイスターを眺めた。
 その上で頑張っている二人も、先程とは違った穏やかな瞳で見つめられた。
「あ、そうそう」
 シンジがそうやって二人を見つめ始めたのを見計らってユイは暴露した。
「そのレオタード、汗で結構透けるから」
 それは明らかにわざとだとしか思えない口調であった。



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