Rei's - faction:044
「いっただっきまぁっす!」
 がしゅがしゅと咀嚼音が響く、景気の良い伴奏は茶碗と箸の合奏だった。
「あらあら、レイもレイちゃんも今日は沢山食べるわねぇ」
 にこにこと主婦的満足感を味わっているユイである。
(三匹……、四匹……、六……、あ、五匹)
 シンジは食べながら考えていた。
 エビフライはそれはもう立派なごっついエビがベースになっていた。
 問題はレイが三匹、綾波が四匹、で、何故かシンジは六匹で、それが食べてもいないのに減っていく事だった。
「シンちゃんこれも食べないの?」
 食べる、と言って隠すと何を言われる事か。
 目がキラキラと輝いている、光っている、星が瞬いている、ついでに涎も垂らしている。
「……あげるよ」
「ありがとー!」
 シンジははっきりと分かるほど溜め息を吐いた。
「もうお腹一杯なのね……」
 そう言ってレイもかすめ取っていく。
 シンジはユイの顔を見た。
『その分、多くしてあるでしょう?、文句言わない』
 ニコニコ顔から読み取ってしまって、残った二匹のエビでご飯を口にするシンジであった。


 ごほん、と一つ咳払い。
「ではシンジ……、覚悟は良いな?」
(なんのだよ)
 シンジは奇妙な半笑いを浮かべた。
 父と母の寝室だ、が、父親と二人きりで篭るにはおかしな感じがする場所ではあった。
「一体なんの話しをしようって言うのさ、父さん……」
 シンジにはそれが不安であった。
 経験上、真面目に聞いて得をしたことがないからだ。
「なに……、人生の先輩としての教訓だ」
 ふんぞり返る。
(恨むよ、母さん……)
 シンジはとっくに気がついていた。
 自分が父を押し込めるための生贄であるということに。


「あれはそうだな……、ユイが大学の四回生だった頃の話だ」
 シンジは右から左へ聞き流していた。
「今でこそこうだが……、わたしも中学生の頃は、よく可愛いと言われた物だった」
 座ったままずっこけるシンジ。
「父さんが!?」
「うむ」
 父はやたらと大仰に頷いた。
「だがな、男だ、可愛いなどと言われて嬉しい物か」
「もしかして……、それでそんな顔をするようになったの?」
「そんなとはなんだ」
 だがゲンドウは少し楽しそうに笑った。
 実に珍しい表情にシンジは目を丸くした。
「ユイと初めて会ったのは、そう、彼女が打ち上げのコンパか何かで、祇園のスナックで支払いをしている所だった」
「ギオン?」
「京都のな、そう言う場所が在る」
 そうなのかぁ、とシンジは素直に納得した。
「ユイ達は料金のことでもめていた、法外な値段を請求されたらしい、そこへ運悪く、わたしは顔を出してしまったのだ」
「運……、悪く?」
「うむ」
 何やら複雑に真剣な表情でゲンドウは語った。
「わたしはただ、呑みに入っただけだったのだがな、ユイ達はその手の暴力担当が出て来たと思ったらしい」
 ごくりと、シンジの喉が鳴った。
「それで……、どうなったの?」
「ふっ……」
 ゲンドウはニヤリと笑った。
「ボコにされた」
「え?」
「中段蹴りからこめかみへの足刀、実に見事だったよ、ユイの蹴りはな」
「あー……」
 思わぬ馴れ初めに絶句のシンジである。
「父さん……」
「まだだ、話は続くぞ」
 にやりと意味もなくゲンドウは笑った。
「起きた時、わたしは助手席に寝かされていた」
「車?」
「ユイのな、そしてユイはわたしの顔に濡れたハンカチを置いていた」
「置いて?」
「窒息するかと思ったがな」
(母さん……、証拠を消すつもりだったんじゃ)
 続きを聞くのが恐くなって来たのか、段々と腰が引け始めた。
 だがゲンドウはお構いなしに先を続けた。
「当時、わたしはとある道場に通っていた、だからだろうな、彼女の実力が並みではないことはすぐに分かった、きっと名のある人物に違いないと思い、大学まで訪ねて行った」
 その頃、ゲンドウは確かに道場に通っていた。
 通ってはいたが、余り良い評判は聞かれない道場であったのだ。
 だがゲンドウはそこでそれなりの実力を示してしまっていた。
 それが災いして、事実無根の悪名の札を釣り下げられることとなってしまっていた。
「あの……、先日は失礼しました!」
 大学、何故だか農学部へと続く道だった、それなりに大きな道だ、真ん中には街路樹まである。
 その隅で勢いよく頭を下げたものだから、一瞬でユイは人目を強く引いていた。
 ゲンドウは仏頂面のままユイを見下ろしていた。
 自分よりも頭一つ分も小さい体で、どうこめかみを蹴ったのか、それも店内の入り口、カウンター前と言う狭い場所でだ。
 それが非常に気になっていた。
「謝罪は聞いた」
 ユイはちらりと上を見て、相手の表情が変わっていなかったために、また下を向いた。
「頭を上げろ」
 命令口調に脅えながらユイは従った。
「名前は」
「ユイです……、碇ユイ」
「そうか」
 ユイはすっかりおどおどびくびくとしてしまっている。
 昨日の彼女と同一人物かどうか。
 ゲンドウは少し気になったのか、質問をくり返した。
「趣味は」
「は?」
「得意な物は、なんだ」
「あ、あの……」
 ユイは妙に困惑した表情を作ってゲンドウの顔を見上げた。
「ユイー!」
 そこに非常に元気の良い声が聞こえた。
 友達を呼ぶ口調だった。
「また来る」
 ゲンドウはそう言って背を向けた。
「あ……」
 やっぱりユイは困惑していた。
 いや、はっきり言って、理解できなくて苦しんでいた。


「……なんですか、それは」
 にこにこと話すユイに、綾波は理解不能だとばかりに顔をしかめた。
「わたしも分からなかったけど、あれはあの人なりの愛情表現だったのよ」
「は?」
 なんとも言えない顔になる綾波である。
「キョウコが……、その時に来た友達だったんだけど、彼女に相談したら、それは惚れられたなって、正直困ったわ」
 ユイは頬に手を当てて、ほうっと熱い吐息をついた。
 頬が赤くなっていた。


「あー!、居た!!」
 指を差した上に大声を出されて、ゲンドウはギクリと身をすくませた。
 何かをした覚えは無いが、ケンカを吹っ掛けられることはざらである。
 今度もそうかと思い、舌打ちをして振り返った所には、赤毛の女性がにこにこしながら立っていた。
「碇、ゲンドウさん?」
「……そうだが、君は」
「あたしキョウコ、ユイの友達よ」
 それがゲンドウと、ユイの無二の親友であるキョウコとの出会いであった。


「キョウコって……、確か惣流さんの」
「そうだ」
 普通、友達の親の名前など知らないものだが、シンジはゲンドウとユイが揃ってそう呼んでいたので覚えていた。
「彼女は積極的な女性だった……、まず名字を名乗らなかった、そのため名前で呼ぶしかなく、まずはそれでユイに誤解されてしまったのだ」
 シンジは相槌を打つべきかどうか悩んで……、やめて目で先を促した。


「好きなら好きって、はっきり言いなさいよ!」
 ニコニコと笑って背中をバンと叩く。
 実に元気の有り余っている女性であった。
「いや、わたしは……」
「もう!、はっきりしないわねぇ」
「キョウコ君、それは誤解……」
「誤解もろっかいも無いわよ!」
 大声で掛け合いの漫才をしながら廊下を歩く二人の前で、バサバサと書類の束の落ちる音がした。
「あ、ユイ、丁度いい所に……」
 キョウコが歩み寄ろうとすると、ユイはいやいやをするように後ずさった。
「ユイ?」
 手を伸ばすと、ユイは弾けたように白衣を翻して駆け出した。
キョウコのあほぅー!
 研究室前の狭い廊下に、ユイの声はそれは見事に響き渡った。



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