「それはまた……」
凄いというか、何と言うかと、綾波は言葉を失ってしまった。
「男ね……」
レイはちょっぴり見直したようである。
「結局、お父さんは何も言わなかったわ?、それどころかわたしの就職先まで『作って』くれて、わたしが不自由をしないように気を遣ってくれて……、申し訳ないくらいだったもの」
「でも……、幸せなんですね」
綾波は就職先を『永久就職先』だと思った。
甘い、甘過ぎる考えであった。
だが知らない方が幸せなことでもあった。
だからユイは、そうよとただ微笑んだ。
「最初は勘違い、次は押し付けだったのかもしれないわ?、でも好きになった事は間違いじゃなかったと思うの、あの人はそれだけの価値のある人だもの」
ユイののろけに当てられて、二人のレイは赤くなった。
「あの人が愛してくれてるかどうかは今でもわからないわ、ただ責任を感じて、こうしてくれているのかもしれないもの」
その憂いに、綾波は何かを言おうとしたものの、それはユイの目によって遮られてしまった。
「でもね、あの人は愛した分だけちゃんと返してくれる人なのよ、だからわたしは捕まえておくのに必死なの、分かるかしら?」
それがいつまでも若々しい関係を作り出している様な気がして、綾波はぽうっとした。
「だからね?」
ユイは二人それぞれの目を見てから続けた。
「シンジにも、そうなって欲しいなって思っているの、……でも少しばかり情けなくて」
そんなユイに反論したのはレイだった。
「そんなこと……、ないわ」
「うん」
綾波も同意した。
二人とも守ってもらった事があるからこそ、そう言えた。
「お兄ちゃんは……、ちゃんと守ってくれるもの」
「うん……、でも」
綾波はちょっと暗くなった。
「あたし、シンちゃんに何もしてあげてない……」
「だからでしょ?」
ユイは座ったままで側に寄り、二人をまとめて抱きしめた。
「だから、シンジのために、可愛い女の子になりなさい?」
「シンちゃんの……」
「お兄ちゃんの?」
ユイは二人のほっぺに、頬擦りするように頷いた。
「あなた達が可愛くなればなるほど、シンジは大切にしてくれるから」
「はい!」
「分かったわ……」
二人も頬ずり返して、頷いた。
母の愛情と気持ちを感じて、しかし、ユイが楽しげに舌を出していた事には気付けなかった。
まだまだ母を理解していない二人であった。
「って話をしたんだ」
翌日の通学路である。
いつもの面子が揃った所で、シンジは夕べの話をみんなにした。
「それはそれは……、大恋愛だねぇ」
「素敵……」
ぽうっとしたのはヒカリである。
その目がちらちらと誰かさんに向けられているのだが、その当人はと言えば鼻くそをほじっていて気が付いていない。
「そやけど、男らしゅうするっちゅうんやったら、初めにちゃう言うてなあかんのとちゃうか?」
もっともである、さらに言えば元々は飲み屋でのされたのがきっかけなのだ。
情けないにも程がある、しかしカヲルは弁護した。
「人の縁とは異なるものだと言うことさ」
「うん……、でも父さんは後悔してるみたいだった」
「後悔?」
結婚した事に?、との視線に、シンジはかぶりを振った。
「自分のせいで母さんが大学に居られなくなったって事にだよ……、でも母さんはそんなそぶりを見せないでずっと笑ってたって、それが辛くって、だから結婚とか、母さんの仕事場を世話したりって……、でもそんなのはただの逃げに過ぎない、だから僕には逃げるなって言ったんだ、父さん……」
「逃げるな、か……」
カヲルはまたしても、「好ましい言葉だねぇ」と感じ入った。
「まさに人生の先輩としての言葉だね、きっと逃げてもいい事は無い、後悔ばかりが募ってしまうと言う事を言いたかったんじゃないのかい?」
ね?、と微笑むカヲルに、そうかもしれないと頷くシンジ。
「レイもそう思うよね?」
「いいえ」
一同は妙な顔をした。
レイがシンジに同意しないなど、滅多に無い事であったからだ。
だがその理由はすぐに分かった。
「お母さんは、『大事な物は、どんな手を使っても人に渡すな』、そう言いたかった、それだけよ」
やけに自信に満ちた言葉であった。
(都合の良い部分だけ理解したんだな……)
なんとも言えない顔になる一同である。
(そう言えば綾波、トイレに篭って先に行ってって唸ってたっけ……)
まさかレイが何か?、などと、シンジは一人、薄ら寒い思いをしてしまったのであった。
続く
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