Rei II
 ネルフ本部、作戦課、第二分析室。
「なるほどねん」
 出撃は急遽見合わされた。
 1/1バルーンダミーって……、風船でもエヴァがやられるとこは見たくないな……
 独、十二式自走臼砲ってやつも威力はそこそこありそうなのに……
「エリア侵入と同時に加粒子砲で狙い撃ち、近接戦闘は無理ですねぇ」
「ATフィールドはどう?」
「健在です、相転移空間を肉眼で確認できるほど強力なものが展開されています」
 あんなので穴開けた後どうするのかな?
 まさかアダムだっけ?、そこまで真っ直ぐ穴を掘るつもりとか……
 そんなはずないか、じゃああそこから加粒子砲でも撃つの?
 ……加粒子砲で地面溶かした方が早いんじゃないのか?
 それともそう強い威力では連続で撃てないってことなのか……
 どっちにしても、作戦に変更はなさそうなんだよな。
 僕はその作戦会議をぼうっと眺めていた。
 前回の教訓っていうのはちゃんと生かしてもらったから、事前に通常兵器ってやつで攻撃法を確認してもらったんだ。
 リツコさんの方にもだ。
 パレットガンがあんまり役に立たないのを、ちゃんと自分の目で確認してもらってたから、今度の戦いではポジトロンライフルが使える。
 それも大電圧にも耐えられる奴が、最初から。
 電気についてはやっぱり国中から集めるつもりらしい。
 後の問題は……、綾波か。



第六話「決戦、第三新東京市」



「みんな……、見送ってくれてたね?」
「みんな?」
「学校のみんなだよ……」
「そ……」
 満月をバックにした綾波を眺める。
 そっけない。
 でも話してないと恐いんだよ、ここ、高くて。
「綾波……、気にならないの?」
「どうして?」
「だって……、聞いたよ?、次は自分の番かって、言ったって」
「……わたしも、パイロットだもの」
「……いつ死ぬか分からない方がいいの?」
「どうして、そういうこと言うの?」
 わからないのかな?、わからないか……
「あなたは死なないわ」
 わたしが守るもの、か……、それも命令だからでしょ?
「なに?」
 その視線を気にしたのか?、先に綾波の方が焦れた。
「綾波は……、なぜこれに乗るの?」
「絆だから……」
「絆?、父さんとの?」
「みんなとの」
「みんなって、誰?」
 一瞬の間……
「パイロットの綾波を必要としてるみんなってこと?」
「そうよ……、わたしには、他に何もないもの」
「綾波も逃げてるだけか……」
 今まで、それでも顔を向けなかった綾波がきつく睨むように僕を見た。
「綾波も父さんと同じで、閉塞した世界……、だったかな?、それが好きなんだね」
「好き?」
「誰も望んでないのに、みんなそんなの待ってないのに……、それでも綾波はサードインパクトを起こすの?」
 今度は驚きに目が見開かれた。
 赤い瞳が、とても丸い。
「碇君……」
「結局……、みんななんていないじゃないか」
「そう……、そうかもしれない」
「みんなじゃない、自分がどうしてここに居るのか分からないから、父さんが教えてくれたから、父さんの言う通りにしてる……、人形なんだね?、綾波って」
「わたしは……、人形じゃない」
「じゃあ父さんとの絆を切れるの?」
 動揺が見て取れた。
「みんなが望んでない事を父さんはやろうとしてるんでしょ?、ならみんなとの絆を守りたいなら、父さんを捨てるしか無いんだよ?」
「捨てる……」
「綾波にそれができるの?」
 答えられるはずが無い。
 僕も答えなんか知らない、綾波は他人だし、結局どうやって生きて来たか?、詳しいことは何も知らないもの。
 僕は吐き散らしてた、何も知らないくせにって。
 きっと今の綾波もそう叫びたいんじゃないのかな?、でもだめだ、そんなことさせない。
 楔を打ち込んでおこう、悩めばいいさ、僕を疑えばいい。
「時間だよ、行こう……」
 立ち上がる、つられるように綾波も。
「綾波」
 プラグのハッチに向かいながら大きく声を出す。
「今度……、一人目の綾波がいつ死んだのか教えてよ」
 さあやろう、ここから全部をやり直すんだ。
 僕はハッチから飛び込んだ。


『ヤシマ作戦、スタート!』
『撃鉄、起こせ!』
『全エネルギー、ポジトロンライフルへ』
『目標に高エネルギー反応!』
『支援攻撃開始!』
『ダミーバルーン展開!』
『ってい!』
 くっ!
 一射目はATフィールドを貫いたけど……
『どうなってるの!』
『目標周辺で強磁界が発生しています!』
『再装填、急いで!』
『誤差修正開始』
『撃たずにエネルギーを溜めて防御に使ったってわけ?、しゃらくさい……』
『目標エネルギー放出!』
『レイ!』
『きゃあああああああああああああああ!』
 これで倒さなかったら、綾波は三人目になるのか。
 付き合いを薄くした分、あまり失う事への恐怖は感じない。
 僕は、綾波を人形として見始めているのか?
 だから綾波に興奮しないの?
 二発目は使徒を貫いた。


「綾波!」
 火傷するのも構わずにハッチを解放する。
 ぐったりとした姿を見て、ハッとするほどのものが込み上げて来た。
 ああ、なんだそうかと思った……
 他人だから、興奮するのかもしれない。
 もうミサトさんがだらしない恰好をしてても、少しも興奮しなくなったように。
 僕は綾波を近く感じてる……
 それは迷惑な事だろうけど……
「綾波、生きてる?」
「……碇君?」
 うっすらと開く瞼が嬉しくて。
「なに、泣いてるの?」
「……綾波が生きててくれて、嬉しいから」
 それに命をかけて僕を守ってくれたから。
「命令、だもの……」
「それでもだよ」
 僕は微笑んで、綾波の体に腕を回した。
「いくら命令でもさ……、綾波が三人目になるとしても、僕は綾波の守ろうとしてくれた姿を受け入れられたよ」
「え?」
「命令が……、綾波の絆だって言うなら、僕は……、僕はその絆を見届けられる」
 あまり上手く説明できない。
 本当ならそんな絆は否定したいのに、あの零号機の後ろ姿に納得してしまっている。
 僕は覆い被さるように抱きついた。
「碇君?」
 驚いたような声。
「温かい……、生きてるんだね?、綾波……」
「生きている?」
「そう……」
 その胸に頬おずりをする。
「僕を怒って、叩いて、絆を抱えて、とまどって、僕を守ろうとして……、僕は綾波の心を見たよ」
 ポタ……
 滴が落ちて来て僕の頬で跳ねた。
「……これ、涙?、泣いてるの?、わたし」
 呆然としている。
「良かったね?」
 僕の笑みに何を感じたのかはしらないけど……
 綾波はあの微笑みを見せてくれた。
 一人目、三人目と口にしたから、綾波はもう僕が何もかも知ってるって気がついたはずだ。
 あるいは知っているのかもって疑ってるはずだよ、それでも僕に涙と笑顔を見せてくれた。
 父さん……
 父さん、きっと綾波は父さんを裏切るよ、きっとね?
 僕も今度はうまく付き合う、明日からは学校へ行こう、みんな応援してくれてたし。
 きっと居心地は好くなって……、悪くても元に戻っているはずだから。
 トウジは無理でも……、ケンスケとなら仲良くなれるかもしれないし。
 僕はそんな甘い夢を胸に抱いた、綾波の温もりのように、逃さぬように。



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