「お、制服なんて着ちゃってぇ、どこ行くの?」
「わかってるくせに……」
凄く嬉しそうだ、祝杯祝杯☆、なんてビール空けてるし……
「学校ですよ、学校、僕、中学生ですから」
「……今度はなに企んでるわけ?」
「ミサトさん見てると、ちょっと不安になっちゃって」
「悪かったわねぇ、がさつで!」
「ずぼらもでしょ?」
両手を合わせて、ご馳走様。
「ま、今日ってのは都合いいわね」
「え?」
「進路相談よ」
「そんなのあるんですか?」
「あのねぇ、自分の学校のことでしょう?」
「プリントは、届いてたみたいですね……」
新聞なんかの紙束を放り込んだカゴを見る。
宿題、連絡、色んなプリントが山になってた。
「学校行ったら、ちゃんと礼を言いなさいよ?」
「分かってます!、それより、学校来ないで下さいよ?」
「あのねぇ……、一生のことでしょう?」
「綾波だって誰も来ないんでしょ?、大丈夫ですよ、それに、高校って選べるほどあるんですか?」
「……どういう意味?」
じゃーっと皿を洗いながら、ポツリと答える。
「……チルドレン候補って、僕のクラスに集められてるの、知ってました?」
「え……」
「あ、じゃあ行ってきます!」
「ちょ、ちょっと待って、シンジ君、あ……」
ミサトさんの声はわざと無視する。
これって元々はミサトさんに教えてもらったことじゃなかったっけ?
歴史……、歴史なのか?、あれが本当にあった事なのかどうかはまだ確証が無い……
でも大体知ってる通りに進んでる、それに最近分かり出したんだ、あの時のミサトさん達の気持ちが。
どうにかしたくても、僕には何も出来ない……
ミサトさん達が乗りたくても、僕達をエヴァに乗せるしかなかったみたいに……、父さんを、父さんが考えてる事をなんとかしてもらうには、ミサトさん達に頼るしか無いんだよな……
でも僕には何をすればいいのか分からない。
何も出来ない子供なんだ。
子供がって事だけで無視されるんだ。
それでも制限時間が近付いてることだけは分かるんだ、なら無理にでも話を進めてやる。
……僕は案外、今の生活が気に入り出してるのかもしれない。
無くしてしまう何かが恐かった。
第七話「人の造りしもの」
「碇!」
「碇やないか!」
ざわっと教室がざわめいた。
「おはよう」
「やっと来たんだな?」
「碇っ、すまんかった!」
「え?、ちょ、ちょっとやめてよ!」
土下座なんてする?、普通。
「この間は迷惑かけてしもたし、聞いたら綾波もまた入院しとるらしいやないか……」
「うん、まあ、そうなんだけど……」
こっちもよくわからないんだよな……、あんな汚い部屋に住まわせてたら、それだけで病気になりそうなのに……
それなのに戦闘後は、おかしいと思うほど長く入院させられてる。
……それ以外の理由で入院させてるって方がしっくり来る?
「碇、わしを殴ってくれ!」
「え?」
「お前らのことをなぁんも考えんと殴ってしもた……、頼む!」
「こういう恥ずかしい奴なんだよ」
ケンスケぇ……、笑ってないで助けてよね?
「じゃあ……、一発だけ」
「おう!、手加減抜きで頼むわ」
ごくっ……
クラス中の固唾を飲む音が聞こえた。
不意に沸き起こるいたずら心。
「やっぱやめた」
「な、なんでやねん!」
みんながこける。
「だって貸したままにしておいた方が面白そうなんだもん」
「かぁあああ!、おのれはホンマ根性ババ色やのぉ!」
こんな所で殴っちゃったら、僕が悪者になっちゃうって。
「痛い、痛いってば!」
「やかましいわ!、根性叩き直したる!」
じゃれてる姿を見てほっとしたんだろうな……
「あの、碇君……」
ごめんなさいって……、みんなが謝りに来てくれた。
一応その礼は受け取るけど、あんまり素直にはなれないんだよな……
選抜候補者がこの中から選ばれる、それって僕と同じ人間がまだ増えるって事だ。
……その時、その人は僕がどういう心境に立たされてたか本当にわかってくれるだろうか?
その時にはもう、人を巻き添えにしたからって責められる様な雰囲気じゃなくなってるはずだし、それに……、それに。
それにその人を、もう一度この手で……
「碇君、あの……」
「あ、ああ、ごめん……、まだちょっと眠くて」
「眠い?」
「うん……、あ、謝らなくていいってば、僕が来なかったのって、あっちが忙しかっただけだし」
「そうなの?」
「病院に入って、出たらエヴァ……、ロボットが直ってるからまた実験とかテストで、……学校どころじゃなかっただけだよ、だからみんなが悪いわけじゃないから……」
「う、うん……」
「ありがと……」
それでも罪悪感は残っちゃうんだろうな、確かに僕だって許すとかって気にはなれない。
でも雰囲気が悪いよりは居心地がいい、わざわざ波風立たせる必要なんて無いと思う。
おかしいかな?、ネルフには思いっきり波風立てようとしてるんだもんな……
まあいいや、どうせ考えた通りになんてならないんだし。
「どいてくれる」
あ、ごめんって綾波?
「碇君」
はっとするような感じの声。
あれ?、綾波だったの……、って思ったんだけど、綾波も僕だって気がついてなかったみたいだ。
固まっちゃったよ。
「綾波?」
なに青ざめてんだろ?
すっと脇をすり抜けられた。
「お、なんやケンカでもしたんか?」
「そう言うわけじゃないけど……、嫌われたのかもね?」
あまり綾波に関しては自信が無い、何を考えてるのか?、未だによくわからないんだ。
「綾波さんも、怪我、治ったんだ……」
なんか一躍有名人だね、綾波も。
地球の平和……、みんなの平和、平和を守るためのエヴァ、エヴァってなんなんだろう?
血の匂いのするエントリープラグ、落ちつくのは母さんを感じるから?、それも違うな……
守られてるって感じるんだ、自分を守れるだけの力があるからなんだろうか?
自分とエヴァとの区別がなくなるからなんだろうか……
でもそれって、お金があったら何でも出来るって思ってるのと同じじゃないのか?
エヴァ……、使徒を倒せるもの、サードインパクトを起こすもの。
これもミサトさんが教えてくれたんだ、使徒ではなくエヴァシリーズを使ってって。
じゃあ、初号機だけをなんとかしてもダメって事なのか。
「零号機の、胸部生体部品はどう?」
「大破ですからねぇ……、新作しますが、追加予算の枠ぎりぎりですよ」
「これでドイツから弐号機が届けば、少しは楽になるのかしら」
「逆かもしれませんよぉ?、地上でやってる使徒の処理だって、ただじゃないんでしょ?」
「ほぉんと、お金に関してはせこい所ねぇ?、人類の命運を賭けてるんでしょ?、ここ」
「しかたないわよ、人はエヴァのみで生きるにあらず、生き残った人達が生きていくには、お金がかかるのよ」
「予算ね、じゃあ司令はまた会議なの?」
「ええ、今は機上の人よ」
「司令が留守だと、ここ静かでいいですね?」
「そうそう、シンジ君?」
「はい?」
僕は自分の思索を断ち切って顔を上げた。
たまにこうして記憶を整理しておかないと忘れちゃいそうになるんだよね?
「あなたの言ってた超長距離狙撃兵器と近接戦闘用特殊装備、なんとかなりそうよ?」
「なにそれ?、あたし聞いてないわよ?」
「怒らないでよミサトさん……、ちょっとこういうのは作れないかなぁって」
「ええ、この間ね?、お弁当貰った時に少し話したのよ」
「へぇ!、シンジ君ってお料理できるんですか?」
「でなかったら、誰がミサトの家で夕食なんてごちそうになるものですか」
「ぐっ……」
そう言えば、リツコさんがたかりに来る回数が増えてる気がする。
それだけ美味しい物が作れるようになったのかもしれない。
また僕はお手軽に、にこにこと笑みを浮かべてしまっていた。
場所は移ってここはリツコさんの研究室だ。
「これよ?」
「これって!?」
モニターに表示される二つの武器の設計図。
一つはミサトさんの知らないもの。
僕もぎりぎり覚えている武器だけど……、でも思い出す度に気持ちが悪くなる。
「ポジトロンスナイパーライフル?」
「ええ、この間使ったスナイパーライフルの強化版、シンジ君の意見ではレイに持たせたいようだけど?」
意味ありげな視線を向けられる。
「訓練もフォワードとバックアップに別れてやってるでしょ?、でもミサトさんの作戦だとATフィールドの中和範囲っていうのが前提だから」
「そう、フォワードが中和、もしくは中和範囲ぎりぎりであってもそれを貫ける大容量兵器をバックアップに持たせる、これがシンジ君の考え」
「こっちの槍は?」
そう、それは槍だった。
アスカを貫いた槍、僕を貫いた……、でも二股のロンギヌスの槍じゃない、一本の棒だ。
「エヴァの腕力があったら、そこそこの速度で投擲できるんじゃないかなぁって、それで」
「ええ、下手な武器よりは実用的だわ?」
「何だかんだって言っても、一番の武器はエヴァの力でしょ?、なら使わないと……」
「計測数値ではレールガン並みの初速は軽く出せるはずよ?、当面はこっちの製作」
「え?、ライフルの方は……」
「ATフィールドをも貫けるだけのエネルギー算出量は、最低でも一億八千万キロワット、これだけのエネルギーを発生させられるリアクターあるいは蓄電施設はここにはないのよ」
「ないんですか?」
「あら?、意外かしら?」
「だってエヴァは……」
「まあ、だから作れないって言うのもあるのよ」
「ああ……」
そりゃエヴァだけでも電気食い過ぎるもんな……
S2機関……、欲しいな、贅沢かもしれないけど。
「そうそう、ミサト」
「んあ、なにぃ?」
「あれ、予定通りやるそうよ?」
「そ……」
何か含んでるそのやり取りを、僕は横目に確認した。
「あれ、綾波……」
「碇君……」
エレベーターで偶然顔を合わせる。
学校のこともあったら、ちえっとは思ったけど乗ることにした。
気まずい……
奥に居る綾波と、手前のボタンの前に立っている僕。
長いんだよね?、地上のゲート手前のエスカレーターまでだから……
後ろから妙に強いプレッシャーを感じる。
苦手なんだよな、普段の綾波は。
「ごめんなさい」
「え?」
口ごもるような声に驚いた。
「なに?、どうしたの綾波……」
また青くなってるよ……
それにスカートの裾を握って。
「学校……」
「え……」
なにきょろきょろしてんだろ?
忙しなく目を動かしてる、言葉を探してる?
「学校って……」
今日話したのって……、確かどいてって言われた時、あ、ああ!?
もしかして……
「綾波……、どいてって言ったこと気にしてたの?」
やっぱり……、ってわかるほど動きが止まった。
今度はおどおどとし始めてる。
「……別に気にすること無いよ」
「碇君」
「邪魔してたのは僕の方だからね……」
綾波が僕のことを気にするようになった?
違うな、葛城一尉、赤木博士と同じだったサードチルドレンから、父さんに近いレベルまで格上げされたって所か……
でもそれほど嬉しくは無いな、多分ただのクラスメートから友達に変わったって程度だろうし。
……でもその考えは間違っていた。
その事に気がついたのは、もっと先になってからだったけど。
翌日、思った通りミサトさんはパリッとした恰好で出かけていった。
「おはよう、碇君」
「あ、おはよう……」
僕が挨拶を返した途端、綾波の肩から力が抜けたように見えたんだけど、錯覚だったんだろうか?
ほっとしたのかな?
「お、なんやセンセぇ、じっと見つめおって」
「綾波か?、またなんかあったのか?」
「いや……、初めて挨拶されたなって……」
これには逆に呆れられた。
「ほんまに同じパイロットなんかぁ?」
「仲悪いんだなぁ、お前らって」
良いとか悪いとか、そこまで来てるんだろうか?
そんな事を考えて授業時間を潰してたら、ようやくミサトさんからお呼びがかかった。
「目標はJA、五分以内に炉心融解の危険があります、ですから、これ以上人口密集地に近付けるわけにはいきません」
なんだろう、この感じ。
F装備って言っても飛行機で吊るされてるだけなんだけど、あの時には疑問に感じなかったことがあるんだ。
これだけの高さなのに恐くない。
落とされて着地……って、エヴァと人間の比率に直しても、バンジージャンプするより高いんじゃないかな?
それなのに恐くない、これってエヴァなら大丈夫だって気がついてるから?
気がつかない内にエヴァに出来る事とできない事が分かるようになってたのか、それってエヴァに慣れてたからかもしれない。
感覚がエヴァ向きになって来ているのか、あるいは合わさって来てるのか……
『エヴァ投下位置』
『ドッキングアウト!』
「了解」
ATフィールドの密度を変えて着地の衝撃を緩和する。
ミサトさんを乗り移させて後は押さえる、熱い!?
JAの装甲は火傷するぐらいに熱かった。
「ミサトさん、急いで!」
『プログラムが変えてある!?』
悲鳴が聞こえる。
『このおおおお!』
「ミサトさん、逃げて!」
不意に嫌な予感が駆け巡った。
もしここで、ほんの少しだけ歴史からずれたらどうなるんだろう?
ミサトさんは死んで、僕だけが生き残って……
「だめだ、死んじゃダメだ!、死なないで、ミサトさん!!」
あんな部屋に一人で居たくないよ、だからお願いだから!
僕は必死になってロボットを押さえた。
前は上手くいった、だからって今度も奇跡が起きるとは思えない。
僕はそんなもの信じてないから。
「ミサトさん!」
ブシャアア……
祈るような気持ちで叫んだ瞬間、ロボットが動きを止めてくれた。
でもミサトさんの声は聞こえない。
どうしたの!?
「ミサトさん、大丈夫ですか?、ミサトさん!」
不安が駆け巡る。
「ええ、もう最低だけどねぇ……」
よかった、本当に良かった……
声が聞けた瞬間、どっと力が抜けていった。
「でも凄いや、本当に奇跡は起こせたんですね!」
「ええ……」
僕にとっては嬉しい話だった。
そう、人の手で奇跡は起こせるから、記憶と同じことが起こったから。
もう一つの記憶はやっぱり間違いじゃないんだ、本当にあった事なんだ。
それに少しだけど違う道にも進んでる。
元の道に戻らないように、僕の手で奇跡を起こすんだ。
僕は楽しい事を見付けたのかもしれない、楽しくなれる場所を今度こそ見付けたような気がする。
でもそれは砂山の上にあるんだ、いつ崩れるか分からない。
トウジ、ケンスケ、綾波……、ミサトさん、リツコさん、父さん……
バランスが崩された途端、前みたいな事になる、それじゃあまた辛いことだらけになる。
奇跡は起こしてこそ価値がある。
なら僕はその価値を手にしてやるんだ、誰でも無い、僕のために。
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