「ミル55d輸送ヘリ!、こんなことでもなけりゃ、一生乗る機会なんてなかったよ、ほぉんと持つべきものは友達って感じ、なぁ、シンジぃ」
「はぁ?」
前も良く聞こえなかったけど、今度もやっぱり聞こえなかった。
「毎日同じ山の中じゃ息苦しいと思ってね?、たまの日曜だからデートに誘ったんじゃないのよん」
「ええっ!、ほならホンマにデートッすかぁ!?、この帽子ぃ、今日のこの日のために買うたんですぅ、ミサトさぁん」
トウジ……、その帽子のために……
教えるかどうか……、ううん、せめて忠告ぐらいは。
ちょっとだけ友情を大事にしようかなぁなんて考えちゃうけど、結局やめておいた。
本当は今日、三人でゲームセンターにでも行こうって集まったんだけど、ミサトさんに呼び止められちゃったんだよね……
それは数時間前のこと。
「あ、シンジくん出かけるの?」
「うん、友達と遊びに」
「おいシンジ、誰や!」
「え?、ああ……、僕の保護者してくれてるミサトさん」
「お噂はかねがね!、父さんから聞いてます」
「父さん?」
「相田と申します!」
「そう……、シンジ君と仲良くしてあげてね?」
「「それはもう!」」
二人とも下心丸出し、鼻の下伸びてるよぉ……
「あ、そうだ!、ついでだし、これからちょっと出かけるんだけど、一緒にどう?」
「え?」
「いいんでありますか!」
「ええ、もちろん」
「「やったぁ!」」
ってわけで、別にミサトさんに見せたくて被って来たとかって訳じゃないんだよね。
ま、いいかっこしようとした罰さ。
あと問答無用で出かける事になったからってのもあるんだ、僕はこの出張の行き先を知ってる。
そう、知っている。
だから緊張していた、心を構えさせてもらえなかったから。
僕はまだ会うには恐い人の所へ飛んでいる。
アスカ。
僕はまだ彼女が恐い。
考えれば、アスカはまだ僕のことを知らないんだ、だからこんなに恐がることは無いはずなんだけど、でも。
あの記憶だけは、消せないんだよ……
何度も記憶を振り返った、忘れないために、細かい所まで思い出すために。
でもいつも……、いつも記憶は一番嫌な所であやふやになる。
それはアスカの、弐号機のあの姿を見た瞬間だ。
その先にあったことはおぼろげにしか覚えてない、だから無残な弐号機の姿で立ち止まってしまうんだ。
……あの先のことを、もっとはっきりと思い出したい。
でないと先送りできないから、そこで一時停止をかけられて、ずっと場面は止められちゃうんだ!
恐いから……、早く先に進んで欲しいのに……
でもそれができない、だから貪られる弐号機の姿に軽い嘔吐感を覚えて、そして僕はそれを忘れるために雑誌を広げる。
別の映像で消し去るために。
「おおっ!、空母が五、戦艦四、まさにゴージャス!」
弐号機とそのお供達か……、あれでもまだ不満があるのかな?、アスカには。
第八話「アスカ、来日」
ガコンと一瞬震動が来た、着艦、先にケンスケとトウジが降りる。
風が吹く、帽子が飛ぶ、トウジは追いかけ、駆け出していく。
僕はもう見付けていた。
あの子を見付けて、懐かしくて、顔がほころんだけど消せなかった。
だからトウジが帽子を踏まれてるのも目に入らないって言うか、別に気もしてなかったけど、始めから。
「ヘロゥ、ミサト!、元気してた?」
そこへ”心”が集中していく。
「ま、ね?、あなたも背、伸びたんじゃない?」
「そ、他の所もちゃあんと女らしくなってるわよ?」
「紹介するわ?、エヴァンゲリオン弐号機の専属パイロット、惣流・アスカ・ラングレーよ?」
来る来る来る来る来た!
期待通りに。
ビュウ……
パン、パン、パン!
「なにすんねん!」
「見物料よ?、安いもんでしょ」
「なんやてぇ!、そんなもん、こっちも見せたるわい!」
それは見たくないんだけどな……
パン!って痛そ……
「で、噂のサードチルドレンはどれ?、まさか……」
「違うわ?、この子よ」
「ふぅん……、冴えないわね?」
この時、僕はトウジのケツ……、あれはお尻じゃなくてケツだよ、ケツ。
そのケツを消すために直前に見たアスカのお宝映像を思い出していたわけで……
「薄いブルーか……」
パンってもう一発もらっちゃった……
「おやおや、ボーイスカウトの引率のお姉さんかと思っていたが……」
「ご理解頂けて幸いですわ、艦長」
イヤミな艦長、好きじゃない。
……好きになる必要は無いんだけど。
「ではこの書類にサインを」
「まだだ!」
……アスカ、なに得意そうになってるんだろ?
僕はミサトさんの営業スマイルよりもそっちが気になった。
「ねぇ……」
「なによ?」
ボソボソッと話しかける。
「なに嬉しそうにしてるのさ?」
「あんたバカぁ?、このあたしと、弐号機を運ぶためだけに太平洋艦隊が動いてるのよ?、ミサトも言ったでしょうが!、重要度を考えなさいって」
「はいはい……、どうせ僕なんてヘリ一機でほいほい運ばれるようなチルドレンですよ」
言い方がまずかったかな?、むぅっとむくれられちゃったよ。
「相変わらず凛々しいなぁ」
「加持先輩!」
「どぉも」
ミサトさん驚いてるよ。
うわ、そんな嫌そうな顔しなくてもさ?
ミサトさんまた泣く事になるのかなぁ?、なるんだろうな、きっと……
そう考えると、複雑だった。
「今、付き合ってる奴、いるの?」
「そそそれが、あなたに関係あるわけ?」
「あれ?、連れないなぁ……」
加持さんはどうなんだろ?、好きなのかな、ミサトさんのこと。
「君は葛城と同居してるんだって?」
「え?、ええ……」
「彼女の寝相の悪さ……、治ってる?」
「「「えええー!」」」
「それよりは胸放り出して歩き回るのやめて欲しいですね」
「「なにぃ!、碇ぃ、きさまぁ!」」
「そそ、そんなことしてないでしょう!?」
「冗談ですよ……」
面白い人達だ……、ミサトさんが僕をからかってた気持ちが分かる気がする。
「はは、相変わらずか、碇シンジ君」
「ええまあ……」
「噂通りか、シンジ君は?」
「噂?」
「この世界じゃ有名だからね、なんの訓練も無しにエヴァを動かした、サードチルドレン」
「……動くのは分かってましたからね」
「偶然じゃないと?」
「才能とも違います、リツコさんにでも聞けば分かりますよ、教えてくれるかどうかは知りませんけど」
にやけてるけど値踏みしてる。
あれだけ色んな経験をしてきたからか?、本当の意味で人の顔色を窺えるようになった。
目を見れば分かるって言うけど、あれって本当の事なんだな……
ふてぶてしいとかなんとかって思われてるのかもしれない。
「じゃ、また後で」
「暇があれば」
多分、ないな。
「シンジ君!、あなたね!?」
「普通冗談だって思いますよ、あんなの」
「洒落になんないのよ!」
「だったら少しはズボラなの直して下さいよ……」
監督日誌、ちゃんと片付けた方がいいですよ?
ぼそっと口にしたらまともに顔色が変わっちゃった、でもこれもいつか言おうと思ってた事なんだ。
いくら分かってるって言っても、あんまり気分の良いものじゃないしね?
「シンジ君、ごめん……」
「いいですよ、ミサトさんだから」
「シンジ君」
感動されてもしようが無いんだけど。
「サードチルドレン!」
さて、ここからか。
「ちょっと付き合って」
弐号機か。
僕が眉をひそめたのをどう思ったのか?、アスカは少し皮肉るように笑みを浮かべた。
「これが実戦用に作られた世界初の本物のエヴァンゲリオン!、所詮本部にあるのはプロトタイプとテストタイプ、訓練もしてないあんたにいきなりシンクロしたのがその良い証拠よ!」
複雑な作りをしてるから訓練無しじゃシンクロしないって思ってるのかな?
ベースは同じ物だから関係無いのに。
「ねぇ、君はもうシンクロできてるんだよね?」
「当ったり前じゃない!」
あ、怒った。
ぎゃーぎゃーわめいてるけど、まあどうでもいいや。
機械の部分はともかく、中身はどうなんだろ?、初号機を大事にしてたのって母さんだからなのかな?
サードインパクトを起こすのにエヴァを使うって言ってたから……、エヴァならどれでも良いって事?、こだわってるのは父さんだけなのかもしれない。
初号機が特別だなんて思わないほうがいいのか。
「ちょっと!、なにボケボケッとしてるのよ!」
ゴォン!
「水中衝撃波!、爆発が近いわ」
跳び下り、慌てて駆け出したアスカの後を追う。
その運動神経の良さには感動してしまった。
「なに!?」
「使徒」
「使徒、あれが!、本物の!?」
ちや〜んすって、何考えてるんだか。
自分の力を知らしめるためってやつか、良い機会だと思ったんだろうな、多分……
艦内放送で情報が飛び交ってる。
「ちょっとここで待ってなさいよ!」
「着替えるの?」
「覗くんじゃないわよ!」
赤くなること無いのに……
「そうじゃなくて、君が乗るならミサトさんの所に戻ろうかなぁって……」
「あんたバカァ!?、女の子だけおいて逃げようっての?」
「恐いの?」
パン!って、痛いよ……
「いいから!、あんたも乗るのよ!」
「はいはい……、じゃあプラグスーツ貸して」
「あたしの着ようっての?、この変態!」
「あのねぇ……」
頭痛いよもう……
「パーソナルデータも入ってないのに、プラグスーツもインターフェースも無しにどうしろってのさ?」
「なんとかなるわよ」
「ならないよ」
えっと、確か……
「異物を入れたからってシンクロ率が落ちるだけさ」
「くっ、わかったわよ!」
鞄に手を突っ込み、ずるっと赤い物を引っ張り出して突き渡された。
「まったくもぉ……」
「きゃあああああああ!、あんたなにやってんのよ!?」
「なにって……、シャツを脱ごうかなぁって……」
「バカァ!、無神経!、何考えてんのよ!、エッチぃ!」
「惣流さんが早く下に行って着替えればいいんだよ」
「わ、わかってるわよ!」
赤くなっちゃって……
水中用の装備は無しか、ちゃんとした日付を思い出せなかったから、結局いきなり連れて来られる事になっちゃったし。
前もって準備できなかったのは痛いな……、ミサトさん、ちゃんと作戦思い出してくれるといいけど。
「アスカ、行くわよ……」
呟きが聞こえた。
「さ、あたしの見事な操縦を見せてあげるわ?、邪魔はしないでね」
「……先に言っておくけど、ドイツ語出来ないからね?」
「出来るなんて思ってないわよ!」
「……ならいいけど、思考言語の切り替えを忘れたからってバグっても僕は責任持たないからね?」
「あたしがそんな間抜けだと思ってるの!?」
……言わなかったらやったくせに。
僕はジト目を作ってしまった。
パン!
『構わないわアスカ、出して!』
『勝手は許さん!』
『こんな時に段取りなんて関係無いでしょ!』
なぁにやってんだか……
「ミサトさん……、前にも言いましたよね?、こっちが恐い思いしてる時にケンカなんかしないでよ!」
そんな僕の剣幕に目を丸くしているアスカがいるけど、余裕が無い。
乗った以上は、もう死なないために努力するしかないんだよな。
「電源ソケットの準備をして!」
『わかったわ!』
「行けるよね?」
「わ、わかってるわよ!」
なぁに赤くなってるんだろ?
「飛んで!」
僕の声に合わせて弐号機が跳ねた、間一髪、タンカーは使徒の体当たりを受けて沈んでいく。
それにしても……、躊躇せず戦艦を足蹴に出来る根性って凄いよな。
「エヴァ弐号機着艦しまーっす!」
震動、足が滑る?
「踏ん張って!」
「分かってるわよ!」
「電源」
「一々うるさい!」
「使徒は向こう!」
「うるさいって言ってるでしょ!」
「ミサトさん、ニードルは装備されてるの?」
『ええ、それとプログナイフ!』
ナイフはミサトさんが答える前にアスカが抜いた。
「来る!」
アスカの舌なめずりが見えた。
弐号機が使徒のジャンプを受け止める。
「くうっ!」
「足場の確認して!」
「黙って……、きゃあ!」
やっぱりまたやった!
使徒と一緒に海に落ちる。
「だから確認しろって言ったろう!?」
「あんたがごちゃごちゃうるさいからよ!」
『アスカ!、B型装備じゃ水中戦闘は無理よ!?』
「そんなのやって見なくちゃ……」
「アスカ、使徒を離して」
「な、なんでよ!」
「いいから!」
「きゃあ!」
ガコン!
多少の衝撃と同時に使徒から引きはがされる。
「ケーブルは損傷してませんか!?」
『え?、ええ!、目標は?』
「戻って来ます、アスカ、なにやってるの!」
「え?、や、口ぃいいいい!?」
「使徒だからねぇ……」
ふぐ!
『エヴァ弐号機、目標体内に侵入』
うるさいよ!
「いつまで乗ってるのよ、えっちぃ!」
さっきの衝撃でアスカの膝の上に放り出された、けど、今は動けない。
「だったら早くレバー握って!」
「え?」
「使徒に噛まれてるんだよ?、痛くないの?、それってシンクロ率かハーモニクス……、神経接続が上手くいってないって事だよ!」
「あたしと弐号機は完璧よ!」
「じゃあなんで僕のお腹は痛いのさ!」
「え?、ええ!?」
多分見た目にも分かると思う、スーツの一部が陥没していく、痛い……
使徒に噛まれた部分が内側にめり込んでいく、その窪みは張り付いたスーツも再現してるはずだから。
お腹が……、たまんない。
「僕だけじゃ弐号機は動かせないんだよ!、アスカの弐号機なんだろ?、早くして!」
「わ、わかったわ……」
動揺してる、でも僕には気付けるだけの余裕が無い。
「ミサトさん……」
『シンジ君、大丈夫なの!?』
「使徒の口の中にコアを見付けた……、エヴァでこじ開けて中に入るしか思い付かないんだ」
『ちょ、ちょっと待って!、水中での爆発は大気中より破壊力が増すの、いくらエヴァでも巻き込まれればタダではすまないわ!』
「なら武器を……、武器になるものならなんだっていいから、早く!」
アスカがレバーを握っても僕は離さない、これは勘だけど、試す勇気はさすがにない……
「ちょっとあんた、早く代わりなさいよ」
「ダメだ!」
「なんでよ!」
「僕がノイズを混ぜてるからハーモニクスにずれが出てるんだ!、エヴァとの同化率は僕の方が高い……」
「そんな……」
「でも弐号機とのシンクロそのものはアスカじゃなきゃダメなんだよ!、アスカは動かす事だけを考えて」
なに泣きそうな顔してるんだよ、痛いのはこっちなのに……
あ、そうか……、そりゃショックだよな?、僕の接続率の方が高いだなんてさ。
『二人とも!、ケーブルをリバースすると同時に使徒の口を開口、いいわね!』
「なんとかするわよ!」
僕はもううめき声しか出せない……
『ケーブル、リバース!』
震動、衝撃。
「くあっ!」
痛い!、食い千切られちゃうよ!
『戦艦二隻、目標に対し沈降中』
『エヴァ、浮上中!』
「いいわね?、考えを集中させるのよ?」
「わか……、てる」
なんとか声を絞り出す。
『接触まで、あと二十!』
もう握ってるのがやっとの僕の手を、アスカが重ねて押し始めた。
『あと十!』
開け、開け、開け、開け、開けよ!、このぉ!
意識が途切れかける、なんでこんな痛いの……、お前が悪いんだよ、お前が!
一瞬キレかけた、って言うか、生まれて初めて本気でキレたんだと思う。
『撃てぃ!』
ミサトさんの声、後はもう覚えてない。
「ちょっと、いつまで触ってんのよ、どいてったらぁ!」
アスカの声が聞こえる。
「どいてってば、ちょっとねぇ……、ねぇ、ちょっとぉ!」
なに心配してるんだか、そんなに揺すらなくても大丈夫だよ。
「生き……、てるよ」
そう答えてあげるのが精一杯だった、アスカは泣いてたような気がしたけど……
僕の意識は、そこで途切れた。
かっこ悪いし、アスカの邪魔しちゃったし。
僕の印象は最悪のものになっちゃったかもしれない。
「ほんま、顔に似合わずいけ好かん女やったなぁ」
「ま、俺達はもう会う事も無いさ」
「センセは仕事やからしゃあないわなぁ、同情するでホンマぁ……」
んなこと言ってると、来るよ?、ほら来た。
「サードチルドレン!」
ざわっとみんなの視線が僕達に集まった。
船の上の時のように、またじろじろと体を見られる。
「なんだよ……」
「怪我、治ったのね……」
「心配……、してくれたんだ」
ちょっとカンドー。
「ば、バッカじゃないの!?、あんたが勝手に怪我したんじゃない!」
撤回、そう言う言い方って傷つくよなぁ……
まあ笑って護魔化しておくのが一番だと思う、仲が悪くなるのは『今』に始まった事じゃないしね?
僕は固まった二人の友達の肩を叩いて……
「ま、運命だと思って」
諦めるように諭してしまった。
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