The Day Tokyo-3 Stood Still.
 進路相談か……
 プリントを手に考える。
 下らん事って、父さん言ってたっけ……
 それなのに学校に行けって言う、どういうつもりなんだろ?
 それって僕の将来なんて知らないって事?、それとも学校なんて下らないって事?
 どっちでもいいんだけど……、これよりはいい未来を保証してもらいたいよ、それも絶望的なんだけど。
「シンジぃ、こっちも」
「なんでこんなに汚せるんだよ!」
「パンツ、落ちてる……」
「きゃああああ!、何やってのよレイ!」
「恥ずかしいなら洗濯物ぐらいまとめろよなぁ」
「うっさいわねぇ、ばかシンジのくせにぃ!」
 関係無いだろう!?
 ミサトさんの家はほんのちょっとの間に見る影もない状態になっちゃってて……
 苔とかカビが生えてそうだよ、床に。
 なにしろゴミで足首まで埋まるんだからこれは凄い。
「そのバカに掃除やらせてるの、そっちじゃないかぁ!」
 文句を言いつつも片付ける、ちなみに綾波は見てるだけだ。
 正しくは着いて来てるだけだった、これからネルフ本部へ行かなくちゃいけないから、一緒に行こうって話になってる。
「そう言えばアスカと綾波ってさぁ」
「なによ?」
「進路相談どうすんの?」
 またしてもバカって、言われてしまった。



第拾壱話「静止した闇の中で」



 ネルフゲート前。
「なぁんで日本で進路なんて決めなくちゃいけないわけぇ?」
「ドイツの方がマシって事?」
「年功序列とか、バカなこと言ってる能無しの下で働くつもりは無いわ」
「それって偏見じゃないか……、あ、綾波は?」
「わたしは……、何も無いから」
「はん!、そりゃなにも見付けようとしてないからでしょうが!」
「そう?、そうかも知れない……」
「絶対そうよ!、ってシンジ何やってんのよ!」
「……カードの反応が無いんだよ」
「ちょっと代わりなさいよ!、……なによもう!、壊れてんじゃないの?、これぇ!」
 ガンガンとアスカは機械を蹴り始めた。
 ……そうか、もうそんな日なんだ。
 あの靴って、底に鉛でも入ってるのかもしれない。
 機械に付いたへこみを見ながら思い出した。
 じゃあ使徒が来るな……、それなら待っていてもしようがない。
「だめ、通じない」
「これ動かないわ!」
「どの施設も動かない、おかしいわ」
「下で何かあったって事!?」
「どうしよう……、とりあえず本部に行く?」
「あったり前じゃない!」
「ええ……」
「じゃあ、行動開始の前にリーダーを決めましょう!」
「碇君、お願い」
 あ、引きつってる、アスカ引きつってる……
 どうしてそう突っかかるんだろう?、綾波とアスカの仲って前より悪くなってるのかもしれない。
 同居で僕に回してた苛立ちが、あるいは綾波に向かっているのか?
 そう考えると、僕はちょっとだけ綾波に申し訳なく思ってしまった。


 力技で非常扉をくぐって進んだんだけど……
「ねぇ……、ここほんとに通路なのぉ?」
「黙って」
「なによファースト!」
「人の声よ……」
「日向さんよ、おーい!ってシンジも声を出しなさいよ!」
「黙って、聞こえないよ」
「何よシンジまで!」
『現在、使徒接近中、現在……』
「し、使徒ですってぇ!?」
 やっぱりか。
「近道しよう」
「さっすがリーダー、なんでも良く知ってるのねぇ?」
 僕は無視した、それでアスカは機嫌を悪くしたようだけど……
 こういう時、僕は少しだけ綾波に近くなる、でもその理由は全く違う物だけど。
 綾波はきっと焦りと言う物を知らないんだと思う、でも僕は……
 僕には落ちついていられるほど、心にゆとりが無い、それだけだった。


「いくら近いったって、これじゃカッコ悪過ぎるわ……」
 使徒……、神の使い、天使の名を持つ僕らの敵。
(あんたバカぁ?、降りかかる火の粉は振り払うのが当たり前じゃない!)
 いつか聞いた台詞、今度は聞けなかった言葉を思い出す。
 その状況に来ると、一つ一つを連鎖するように思い出せる、事細かな部分まで。
 使徒、綾波も、僕達も使徒だ、ヒトの形を捨てた人類の別の可能性、でも僕達は使徒だけじゃなくお互いも拒絶している。
 今度は分岐点に辿り着いた。
「右ね」
「わたしは左だと思うわ」
 なんでそう意見が合わないのかな?
「じゃあリーダーに決めてもらいましょうよ」
 なににやついてんだか。
「ほーほっほっほ、さ、シンジ様はどちらの道をお選びになるのかしらぁ?」
 ま、答えは知ってるからいいんだけどさ。
「左だよ」
「むぅ……、なにか根拠があるわけ?」
「勘……、ってことにしておいて」
 でもまた過ぎに分岐点に辿り着く。
「でぇ?、今度はどっちなのかしら?」
「こっちよ……」
 淀みなく綾波は進んでいく。
 間違いなくその歩調は道を知っている。
 アスカの機嫌が悪い、そろそろ来るな……
「あんた碇司令のお気に入りなんですってねぇ?」
「もう、こんな時に……」
「やっぱ可愛がられてる優等生は違うわねぇ?、いっつもすまし顔で居られるしさぁ」
 そう言うんじゃないよな、綾波の無表情は……
「あんた!、ちょっとヒイキにされてるからってされてるからって舐めないでよ!」
 ああもう……
「舐めてなんかいないわ、それに、ヒイキもされてない、自分でわかるもの」
「でもそれは綾波が思ってるだけだよ」
 綾波の体が強ばった。
「父さんはヒイキしてる、……それは綾波じゃなく、母さんが原因だけどね?」
「どういう意味よ?」
 僕はそれについては答えず。
「あれはどうするの?」
 塞がってる道を指差して護魔化した。


 目的のためには手段を選ばない独善者か……
 綾波には、いい事とか悪いことって区別があるのかなぁ?
 ただ命令に従ってるのは間違いないんだ、使徒を倒すって、その最優先指令には。
「ちょっとぉ、ぜぇええええったいに前、見ないでよ?」
 どうせ分かんないだろうと思って、ひょこひょこ動くお尻を見てるんだけど。
 なら後ろを着いてくれば良かったのに。
 多分、性格のせいなんだと思う、堪えられないんだろうな……、自分が人の後を行くなんて。
「はいはい……、命賭けてまで見たかないよ」
「なんですってぇ!?、バカ!、バカバカ!」
「け、蹴るなよなぁ!?、うわ!」
「きゃあ!」
 ダクトの底が抜けた。
「あなた達……」
 リツコさん!?
 一瞬自分の落ちた位置を見て呆然とした。
 うわ、もうちょっとずれてたら……
 遥か下に落ちてたかもしれない。
「エヴァは!」
 ま、こういう所も含めて運がいいのか悪いのか……
「スタンバイできてるわ」
「人の手でよく頑張りましたね……」
「司令のアイディアよ」
 よくやるよ……
「碇司令は、あなた達が来る事を信じて、準備してたのよ?」
「……保安部員とか諜報課の人達が居てくれたら、もっと簡単に来れたんですけどね?」
 本部まで連れてってもらおうとしたけど見当たらなかったし、呼び止められもしなかった。
 僕はリツコさんの逃げていく様な目の動きを追いながら考えた。
 違うな……、そうか、そういうことなんだ。
 この時、僕はふいに父さんと言う人間の一面を理解した気がした。


 エヴァで横穴を這いずって竪穴を目指す。
『ああ〜ん、カッコわるぅい!』
「文句はいいから急いで!」
『やってるでしょ!、うるさいわねぇ』
「時間が無いんだよ、言っただろ!?、僕は死にたくないからエヴァに乗ってるんだ」
 口ごもった後、アスカの通信ウインドウは消えた。
 情けないって思われたかもね、余裕が無いから。
 でも負けるわけにはいかないんだ。
 誰でも無い、僕自身のために。


 竪穴に出た。
『登るわよ?』
「待って」
『なによ!、時間が無いって言ったのそっちじゃない!?』
 いい加減面倒臭くなって来た。
 答えを知ってるのに、説明できない、その苛立ちに。
『何か来るわ』
 じゅるっと粘液状のものが落ちていった。
『なによ今の!』
「溶解液だよ」
『なんでわかるのよ!?』
『目標は、強力な溶解液で本部に直接侵入を計るつもりね』
「ならこうしよう……」
『ちょっと答えなさいよ!』
 綾波はこんな僕を受け入れ出してるのか?、そう感じる。
 余計な質問を返して来ない、やりやすい。
「ここにとどまる機体がディフェンス、ATフィールドを中和しつつ奴の溶解液からオフェンスを守る、その隙にオフェンスが足場を確保、そしてライフルの一斉射で目標を破壊、できるよね?」
『誰に物言ってんのよ!』
『……ディフェンスはあたしが』
『おあいにくさま、あたしがやるわ』
「危ないよ?」
 ま、言うとは知ってたけど……
『あんたには借りが随分溜まっちゃってるからねぇ?、ここで返しておかないと気持ちが悪いのよ』
 溜まってる、かぁ……、まあ我慢できる程度のはずだからやってもらおう。
「わかった、頑張って」
『わたしは……』
「綾波は万が一の時のバックアップを」
『……そう』
『じゃあ行くわよぉ?、Gehen!』
 なにかドイツ語だったみたいだけど良く聞こえなかった。
 弐号機に遅れることなく続き、僕は初号機の首と足で体を支える。
「このぉ!」
 アスカが苦悶の声を漏らしてる、僕はすかさず引き金を引いた。
 初号機のパレットガンが火を吹き、そして使徒の、ATフィールドの反応が消えた。
「アスカぁ!」
 落ちて来た弐号機を受け止める。
「アスカ、大丈夫なの?、アスカ!」
『これで……、借りは返したわよ?』
 まったく強情なんだから……
 無事な声に、僕は顔がほころんでしまった、でもそれは間違いだった。
『碇君、早く弐号機を』
「え?」
『エントリープラグが溶解液に侵食されてる』
「なんだって!?」
 僕は慌てて、横穴に弐号機を放り込んだ。


 奇麗な星、夜空、三人で眺めるはずだった景色。
(でも、明かりが点いてないと、人の住んでる感じがしないわ)
 今なら分かる、一人が恐いんだ、だから人の気配は感じられる方がいい。
(ほら、こっちの方が落ち着くもの)
 一人は嫌なんだよっ、一人で生きていくにしても、関るのをやめるのは嫌なんだ……
 一人に、なりたくないから。
「碇君……」
「綾波、アスカは……」
「大丈夫、怪我は無いわ」
「よかった……」
 本当に良かった。
 でも許せないのは僕だ。
 ここまで記憶と大差無く進めたからって油断してた、でもこの先、それじゃダメなんだ。
 なんとかしなくちゃ、気を緩めちゃいけない、僕の敵は……、この記憶なのかもしれない。
 僕は人を失う事への恐怖を覚えた。



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