She said”Don't make others suffer for your personal hatred”
 住居はどうやら確保されたらしい、でもまだ行ってない。
「シンジぃ、お風呂入ったからぁ、薬塗ってぇ」
「わかったよぉ……」
 アスカの怪我はまだ癒えてない、でもミサトさんはまた本部直上でかく座した使徒の処理で家に帰れなくなっていた。
 で、僕が面倒を見させられてるってわけだ。
「ねえミサトは?」
「今日も泊まりだって」
「じゃ、また二人っきりってわけね?」
 シンクロ率が上がったからか?、アスカもエヴァとの感覚共有が進み出してる。
 アスカの背中には、使徒の溶解液に触発されて引きつりが出来ていた。
 一応、薬を塗っておけば消えるらしいけど、一人じゃ塗れないわけで……
「や、やめてよ、こういう時にからかうのは!」
 ふんふんっとバスタオルの上に寝っ転がって鼻歌歌ってる。
 下は短パンを履いてるけど、実はそれもずれちゃっててちょとパンツが見えてたりして。
 ……わざとやってる?、んなわけないよな。
 あれから僕は、緩み始めてた神経を張り詰めさせるために、まずなにが必要なのかを考えていた。
 エヴァの知識?
 そんなものは役にも立たない、ネルフで働く誰にもかないっこない。
 投げてるんじゃないだ、覚えてる暇が足りない、時間がなくなってしまう、それじゃダメだ。
 武器のこと?、僕が経験から欲しいと思った物は言ってある、実現可能な物は検討されてる、まずはこれか。
 知識が足りない、武器についてはケンスケの本を読んだけどそれでも足りない。
 真似じゃダメなんだ、アイディアをひねり出すためのきっかけにしたいんだ、だからその武器の構造や利点なんかも咀嚼しなくちゃいけない。
 そしてこれは最も大事な事、軍事教練。
 ミサトさんは良い顔しなかったけど、持ち出ししない……、つまりミサトさんの家で読むのを条件に閲覧の許可を貰った。
 考えてみれば、ミサトさんが一番詳しいんだよね?、この手のは。
 実際に習って来てるんだし。
 ……それに、無理矢理僕をこっちの家に引き止めるってのも考えの内に入ってるみたいだ。
「はい、ありがと」
 敷いてたタオルで胸元を隠して立ち上がる。
 アスカの背中は塗ったばかりの薬で濡れてる。
「なぁにエッチな目ぇしてるのよ」
 鼻先を弾かれた。
「そ、そっちがそんな恰好してるから悪いんじゃないか!?」
 ダメだ、見透かされてる。
 僕は結局、赤くなって俯いてしまった。



第拾弐話「奇跡の価値は」



 シンクロテスト、最近、数値を上げるコツが分かって来た……
 母さん。
 そこに居るんでしょ?、母さん。
 拒絶しないで、恐がらないで、母さんに甘えればいい。
 たったそれだけの事なんだ、それだけで母さんを感じられる僕はまだ運がいいのか……
 父さん。
 母さんを綾波に見ている人、あの人、なにを考えているんだ?
 初号機を見上げる目と、綾波を見る目は同じ優しさを持ってる。
 死と言う現実を受け入れられないのか?、あの人はそんなにも母さんが好きだったの?
 母さん……
 母さんは父さんに何を期待したのさ?
 顔も覚えてない、でもほんの少しだけ記憶に残ってる。
 僕には、何を期待したの?
(全ては流れのままにですわ……、そのためにわたしはゼーレに居るのですから、シンジのためにも)
「はっ!」
 急に違和感が膨れ上がって、エヴァとの合一感から切り離された。
『シンジ君、どうかした?』
「あ、いえ……、ごめんなさい」
『なぁにやってんだか』
『アスカ!』
『はぁい!』
 ……今、一瞬なにか見えた気がした。
 あの感じ、なんだろう?、とても懐かしい感じだった。
『まあいいわ、今日はここまでにしましょ、三人とも、お疲れ様』


「相変わらずシンジ君、凄いわね……」
「え?」
「ハーモニクスが8も伸びたわ、新記録更新じゃない」
「よかったわねぇ、お誉めの言葉を頂いて」
 アスカ……、なにニコニコしてるんだろ?
「なんだよぉ……」
「ん〜、べっつにぃ☆、じゃ、先に帰るから」
 よくわからないや。


「シンジ君、送ってくわ」
 ってわけでミサトさんの隣に乗ったわけだけど……
 やっぱりか。
 ちらっと見ると、襟章が変わってた。
「……ミサトさん、昇進、したんですね」
「あ、まぁねぇん」
 ミサトさんは空いてる手でそれを弄んだ。
「……それって、ミサトさんの事をみんなが認めたって事ですよね?」
「シンジ君こそ凄いじゃない」
「何がですか?」
「エヴァよ、名実ともにエースパイロット、あのアスカでさえ認めてるんだから」
「そうですか」
 そうなのかな?
 良く分からない。
「あれぇ?、嬉しくないのかしら」
「……全然ってわけじゃないです」
「そう?」
「でも、所詮父さんの道具です」
「それは……、ね」
 それに許せない事もある。
「この間だって……、アスカに大怪我させちゃったし」
「あれは作戦上の結果にすぎないわ?」
「でも僕は、アスカのことを信頼し過ぎました」
「いけないことなの?」
 そうじゃないの?
「信頼して任せるって事は、危ない目に合わせるって事なんですよね?、でも盾になるのは僕にだって出来たはずなんだ……」
「アスカは、あなたにはなれないわ」
「わかってます、でも僕の出来る危ないことは僕がやらないと……」
 ぎゅっと右手を握り込んで、汗を掻いているのに気がついた。
 あの瞬間、僕は気がついたんだ……
「好きなのね、アスカのこと」
「まさか」
 違う、本当は人を好きになり始めてるんだ、ならないって、決めたのに……
「僕はただ、女の子の体にあんな痕のこすのはどうかって思っただけですよ!」
「やっさしいんだからぁ!」
「わわっ、わー!」
 頼むから、車でサービスするのはやめて欲しいよね、本当に……


「「「おめでとうございまぁっす!」」」
「って何であんた達が居るのよ!」
 やおら立ち上がるアスカ。
「なんやとう!、委員長かて居るやないかぁ」
「あたしが誘ったのよ!」
「ねー?」
「レイは?」
「ちゃんと誘ったわよぉ、でも付き合い悪いのよねぇ、あの子ってぇ」
 付き合い、か……
 人に好きになってもらうために、自分を好きになれる自分を作ろうとしてる。
 自分がいいなって思う人の真似をして、自分の形を作り上げてく。
 それって結局、殻に閉じこもってるのと違わないんじゃないか?
 本当の自分を殺して、隠して……
 綾波は、どうなんだろ?
「そんなにかっこいいの?」
「そりゃもう!、ここにいる芋の固まりとは月とスッポン!、比べるだけ加持さんに申しわけないわ」
 加持さん、か。
 あの人は信用できるんだろうか?
 なにかをしてた人、そのためにミサトさんを捨てた人。
 ミサトさんよりも大事な何かを追いかけた人。
 父さんと同じなのか?
「苦手?、こういうの」
「そういうわけじゃ、ないんですけど」
 ミサトさんとぼそぼそやり合う。
「あの、ミサトさんはどうして、ネルフに入ったんですか?」
「さって、昔のことは忘れちゃった」
「護魔化すの、下手ですね」
「そう?」
「安心しました」
「なにが?」
「嘘を吐かれるより、いいから」
 っと、加持さん、来たな。
「よっ、本部から直なんでね?、さっきそこで一緒になったんだ」
「「怪しいわね」」
「あら、妬き餅?」
 リツコさんもからかわなくても。
「しかし司令と副司令が揃って日本を離れるなんて前例の無かった事だ、これも留守を任せた葛城のことを信頼してるって事さ」
「父さん達、いないんですか?」
「司令は今、南極よ?」
 南極……
 以前ロンギヌスの槍のことを口にしたからかもしれないけど横目の視線を少し感じる。
「なぁによ、三十路女が揃っていたいけな中学生を見つめちゃってさ!」
「失礼ねぇ!、あたしゃまだ二十九よ!」
「「ええー!?、に、二十九ぅ!?」」
 トウジ、ケンスケ……、知らなかったの?
「悪かったわねぇ!」
 あ〜あ、ミサトさんすねちゃったよ。
「アスカ、今度のテスト、覚えてなさい?」
 ほんと恐い物知らずなんだから。


「えーっ!、手で、受け止めるぅ!?」
 使徒が来た、でも思うようにはいかないもので……
「あの、あれはどうなんですか?」
「超長距離迎撃兵装ね?、準備は整ってるんだけど……」
 リツコさんも手詰まりみたいだ。
「次に姿を現した時には、直接ここへ落ちて来るわ?」
「そうなのよ、だから下手に攻撃すれば軌道がずれる事になるわ」
 やっぱり、受け止めるしか無いのか……
「勝算はどうなのよ!」
「神のみぞ知る、と言ったところかしら?」
「これで上手くいったら、まさに奇跡ね?」
「奇跡は……、起こしてこそ価値があるんだ」
「その通り、良く言ったわ」
 むぅっとアスカは膨れ上がった、僕がミサトさんに味方したからかもしれないけど。
「すまないけど、他に方法が無いの、この作戦は」
「作戦と言えるの?、これが!」
「ほんと、言えないわね?、……だから嫌なら辞退できるわ?」
「やりますよ……、そのために、僕はここに居るんですから」
「あんた段々優等生っぽくなってきたわねぇ?」
「そっかな?」
「そうよ!」
 不機嫌なアスカの向こうに綾波を見るけど、綾波は何も不満はないみたいだ。
「一応規則では遺書を書く事になってるけど、どうする?」
「別にいいわ、そんなつもりないもの」
「わたしもいい、必要、ないもの」
「死んだら全人類の滅亡なんだから……、書くだけ無駄ですよ」
「そう……、すまないわね?、終わったらみんなにステーキ奢ってあげるから」
「ほんと!?」
「僕は……、中華がいいです」
「わたしも」
「ちょっとぉ!、なんでそうなるのよ!」
「わたし……、お肉、嫌いだもの」
 ま、そういうことだよね。
 ラーメンよりは豪華に行こうよ、なんなら僕だってお金出すから。


「ねえ、シンジ」
「なに?」
 ケイジへ向かうエレベーターの中、前は僕が尋ねたけれど、今度はアスカが口を開いた。
「あんた、なんでエヴァに乗ってるの?」
「死にたくないから……」
「はぁ?、あんたバカぁ?、これから死にに行くようなもんじゃない」
 そう、そうかもしれない。
 真っ先に死にに行くような物かもしれない、でも。
「それでも……、今の僕は、エヴァに乗るために生きてるから、……アスカこそどうなんだよ?」
「あたしぃ?、あたしはねぇ、自分の才能を世に知らしめるためよ」
「自分の存在を?」
「まあ似たようなもんねぇ、ファーストはどうなのよ!」
「わたしも……、これしかないもの」
 まあそのために生まれたんだもんな……
 綾波は、本当に変わってくれるのか?
 まだ一抹の不安を拭えないでいた。


「シンジ君、昨日聞いてたわね?、あたしがどうしてネルフに入ったのか」
「本当は……、おおよそ知ってます」
「そう……」
「お父さんを憎んで、許せなくて……、でもミサトさんを助けて死んで、なにもわからなくなって」
「ええ」
「だから目標を見付けた、セカンドインパクトを起こした使徒を倒す、そのために入ったんですよね」
「ええそう、そうよ、結局あたしは、父への復讐を果たしたいのかもしれない、その呪縛から逃げ出すために」
「僕をそのための道具にするのが、辛いんですか?」
「かもしれないわね?」
「いいですよ、もう」
「あなたはいつもそうね?、何かを知っているくせに、なにも話さずに、ただ受け入れる」
 僕は答えられなかった、あの時、なんて答えれば良かったんだろ?
 そんな話をしてもエヴァに乗ってる。
 いつもよりもエヴァを感じる、MAGIからの誘導は絶対なのか?、どうしよう……
 この間のこともある、賭けに出るか……、従うか。
『目標、最大望遠で確認!』
 来た。
『目標は光学観測による弾道計算しかできないわ、よって、MAGIが距離一万までは誘導します』
 距離一万五千までは従う、それで記憶の通りなら一気に行く!
『では、作戦開始』
「行くよ、スタート!」
 クラウチングスタートで一つの山をジャンプして越える。
『距離、一万二千!』
 行け、行け、行け、早く!
『初号機、MAGIの誘導から抜けます!』
『シンジくん!?』
『何をするつもりなの!』
 ここだ!
 今の初号機に出来る一番の動きで真っ先にポイントに辿り着く。
「フィールド、全開!」
 力が溢れる、初号機のATフィールドが足元の家屋を吹き飛ばす。
『初号機、ハーモニクス不明!、シンクロ率もノイズだらけでモニターできません!』
『制御機構にアクセスできません!』
『どうなってるの、リツコ!』
『まさか、ATフィールドが電子を遮断しかけているとでも言うの!?』
「うわあああああああああああ!」
 使徒で視界が一杯になる。
 初号機のATフィールドと、使徒のフィールドがぶつかり、反発した。
『脚部筋組織、断裂!』
『内部電源供給部に問題発生!』
『アスカ、レイ!』
『いま向かってるわよ!』
『弐号機、フィールド全開!』
『やってるわよ、初号機、なんてフィールドなの!』
『どうなってるの!』
『使徒じゃないわ、初号機のフィールドが強過ぎて、零号機と弐号機を受け入れないのよ』
『アスカ、中和して!』
『だからやってるってば!、なによこれねばねばして、体が重いのよ……』
 綾波が来た、ナイフでフィールドを裂いて隙を作る。
『こんのぉおおおおお!』
 弐号機のナイフが目玉、コアを貫いた。
 直後、爆発。
『『きゃあああああああああああああああ!』』
『アスカ、レイ、シンジ君!』
 く、う……
 みんなの悲鳴が聞こえる、でも僕は踏ん張って耐えていた。
 初号機のATフィールドの上で使徒は炎を吹き上げ崩れていく。
 そのグロテスクな姿を、僕は見ていた。


 終わった……、はっきり言って眠い、疲れた。
 ご飯どころじゃないんだけど、綾波も来ちゃうと帰れなくて……
 あの後、通信が繋がって父さんが誉めてくれた。
「ねえミサトさん……」
「ん、なに?」
 そんなにシューマイ頬張らなくても……
「さっき、父さんの言葉を聞いて、なぜ誉めるのかなぁって、思ったんだ」
「あんたバカぁ?、子供を誉めない親が、どこの世界に居るって言うのよ」
 自分はどうなんだよ?、っとちょっと言いかける。
「父さんは僕をそう見てないよ……、なにかあるはずなんだ、なにか気が張り詰めて、逆に緩んじゃった様な理由が」
「考え過ぎじゃない?」
「かもしれない……」
 アスカに呆れたような顔をされてしまった。
「ほんとにバカね」
 考え過ぎなんだろうか?、でも僕は、それが酷く見過ごせない事のように思えていた。



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