IRON MAIDEN Jesu, Joy of Mana Desiring.
 不意に爆発音が聞こえた。
「なんでぇ?、なんで非常事態宣言が発令されないのよ!、ほんとにこの国ってトロイんだからぁ」
 ベランダに行こうとしたら、お風呂上がりかな?
 アスカが裸で立っていた。
「敵はぁ?、新手の使徒ぉ?、もうシンジもミサトもどこほっつき歩いてるのよぉ!」
「僕ならここにいるけど?」
「ひぃ!」
 アスカって、立派だ。
 ……なんて僕、どこ見てるんだろう?
「頭隠して尻隠さず……、違うか」
「VielenDank!」
 僕の道は定まりかけてた、不安定な程、狂った方向に。
 そしてそんな時に、僕はこれまた最低な人と、最悪な再会を果たす事になってしまった。



第X話「鋼鉄のガールフレンド」



「霧島マナです、よろしく」
 翌朝。
「はい、よろしゅう!」
 どっと笑いが巻き起こる、でも僕はマナから視線を外せずに居た。
 マナ、霧島マナ。
 僕は知ってる、彼女を知っている。
 制服よりも白いワンピースの似合う女の子で。
 ……とてもつらい、僕に初恋をさせた人。
 僕のファーストキスの相手。
 そして……、僕じゃない人を選んだ子だ。
 マナは僕の隣の席に着いた。
「碇君、ね?」
「あ、うん……」
「かわい!、よろしくね?、碇君」
 よろしく、か……
 ……あれ?、隣の席っていつから空いてたっけ?
 やっぱり転校は多い、逃げ出す人は多い。
 ネルフの職員は全てが本職員なのか?、と言うとそういう訳じゃなくて、当然国連からの出向や国連駐屯軍の人達だっている。
 得に駐屯軍の人は死亡率が高い、だからその遺族の人達が転校していくのは当然のことなんだろうけど……
 最初の頃のいじめがなくなったのは奇跡的だったのかもしれない、僕が生き残るために国連の人達に先陣を切って貰ってる、それは事実だ。
「担任が優しそうな人で安心しちゃった、よかったら碇君の下の名前、教えてくれない?」
「シンジ、碇、シンジ」
「シンジ君ね?」
「うん……」
「本日、私、霧島マナは、シンジ君のために、午前六時に起きてこの制服を着てまいりました!、どう?、似合うかしら?」
「うん」
 敬礼もね。
「ねえ、この学校って、屋上出られるの?」
「まあ……」
「あたし……、シンジ君と一緒に眺めたいなぁ」
 どうしよう、これも選択するべきなんだろうか?、それとも以前のように流されるべきか……
「ばかシンジぃ!」
「な、何だよアスカ……」
 僕はついぼうっとしちゃってた、いけない、どうも自分を保てない。
「ほぉんと、あんたって女の子だったら誰でもいいって感じよねぇ?」
「ま、ね……」
「こんのスケベシンジが!」
「……好きになるつもりは無いからね、誰でも同じだよ」
「え……」
 手を振り上げたままアスカは止まった。
 マナもなにか奇妙な目で僕を見ている。
「行こうか、霧島さん」
「え……」
「屋上、行きたいんじゃなかったの?」
「あ、うん……」
 きょろきょろと僕とアスカを見比べてる。
 来ないで……、お願いだから。
 この子にとっては、僕の記憶なんて妄想でしかない。
 キスした事も、笑い飛ばされてしまうんじゃないかな?
 そのことがとても辛かった。


「奇麗ねぇ……」
「山が?」
 街が?、と間違えずにすんだのは、もちろん答えを知っていたからだ。
 こうしてると普通の女の子なんだけどな……
「シンジ君……、エヴァのパイロットだよね?」
「誰から聞いたの?」
「お父さん」
 嘘だな。
 これは直感。
「あたしね?、生き残った人間なのに、なんにも出来ないのが悔しい……、うらやましいのよ、シンジ君が」
「そう……」
 それは本当だと思う、たぶんあのムサシって人達と比べてるんだ。
「見て?」
「この、ペンダントは?」
「あたしがシンジ君に付けてあげるの、くすぐったいけど我慢してね?」
「ありがとう……」
 でも嬉しくない、きっと見る度に辛くなるから。
「シンジぃ!」
「アスカ」
 タイミングとしては丁度いいけど……、まさか覗いてたとか?
「ネルフ本部に行くのよ!」
「わかったよ、じゃあ」
「あ、うん」
「むぅ……、先に行くわよ!」
 なに怒ってんだろ……
「あっかんべーっだ!」
 時々妙に子供だよな……
 僕はそんなアスカに好ましさを感じて苦笑いしていた。


「ふん!、あの霧島って娘なに?、来たそうそう男にちょっかい出してさぁ!」
 電車、隣空いてるのに……、何で座らないのかな?
 まあいいや、たぶん……、追って来てるはずだよな?
「こんにちわ!」
「あんた!」
「来ちゃった」
 屈託の無い嘘の笑い。
 僕はもう、見ていられない。
「学校に戻りなよ……」
 できれば深入りはして欲しくない。
 これって僕のわがままなのかな?
「だって退屈なんだもん、あたしもネルフへ連れてって?」
「IDカードがないと入れないよ」
「こうすれば、どう?」
「あああ、あんた!」
 体を倒して抱きつかれた、丁度いいや。
 これならアスカに聞かれない。
「……脱出ルートは、確保済み?」
 僕の言葉に、マナはばっと跳び離れた。
「え?、あれ?」
 つかみかかろうとしたのか?、アスカもマナの挙動に驚いている。
 マナは青くなっていた。
「……え?、どうしたの」
 僕は冗談だったんだけどなって顔を作った。
「あ、あはは、ごめん、やっぱり迷惑だったよね?」
「当ったり前でしょうが!」
 雰囲気を払拭するかの様に、二人のケンカは暫く続いた。


『おかしいわね?』
『どうしたの?』
『シンジ君のシンクロ率が低いのよ……』
 普段が高いだけに下がった時は大騒ぎになる。
 シュミレーションプラグって好きじゃない。
 エヴァとのシンクロ率だけを引き出されて、感覚の共有は断たれているから。
『あの子のこと想像してるんでしょ!、いやらしぃ!!』
『アスカ、私語は謹みなさい、今は大事なテストなんだから』
『なによ、シンジばっかり可愛がっちゃってさ』
『エヴァは遊びじゃないのよ?、使徒が出て来て攻撃に失敗したらそれでお終いなのよ、アスカ、聞いてる?』
『わかってるわよぉ……』
『いいじゃない、そこまで言わなくても……』
『あなた、いい加減な人ね』
『アスカも機械の部品じゃないんだから』
『ふっ……、わかりました、今日の実験は中止します』
「はい」
『はぁい』
『各自コンディションを整えておいて下さい』
「わかりました」
『ふんっだ!』


「こぉんな食事ばっかじゃ、食物繊維とかぁ、カルシウムとかぁ、ベータカロチンとかぁ、ちぃっとも取れないんじゃなぁい?」
 こんな時くらいは一人になりたいと思う……
「じゃあアスカが作れば?」
「あたし料理できないもん」
 これなんだろうな、前のアスカとの間に溜まってたものって。
「それじゃあどうやってお嫁に行くのさ?」
「貰ってくれますぅ?」
「……遠慮しとく」
「ぶぅ!」
 ミサトさんの本もあらかた読んだし、そろそろ出ていった方がいいのかもしれない。
「ほらさっさと食べなよ」
 なんだろう?、忙しなく突き回すだけでちっとも食べてくれない。
「シンジ……」
「なに?」
「……あの霧島マナって娘のこと、忘れなさいよ」
「え?、なんで……」
 ……前にも同じ質問をしちゃったけど、アスカがこう切り出した理由が分からない。
「ただいまぁ!、お、いい匂い」
「作りますか?」
「あ、いいから、さっき帰りがけに食べて来たから」
「よ、元気?」
「加持さん☆」
「デートだったんですね?」
「違うって」
「むぅ……」
「はは……、二人とも、今日は怒らせたんだって?」
「あんなに怒ったリツコ、久しぶりだったわ……」
「まあ、次から気をつければいいさ」
「あたしは、悪くない!」
 あ、部屋に逃げてっちゃった……
「アスカ、泣きそうでしたね」
 僕はつい責めるように見てしまった。
「別にアスカが悪いとは言ってないんだが……」
「子供なんですよ、まだ」
「おいおい……、シンジ君だって似たようなもんだろう?」
「僕は扱いやすい子供のつもりですけど?」
 そう、そうしているはずだ。
「自分で言うかぁ?」
「そうでないと……、いつ処分されるかわからないから」
「こりゃまた物騒な話だな?」
「加持さんだって似たような物じゃないんですか?、父さんにとって」
 詳しくは知らない、でも多分あのアルバイトって単語が指してる何かのことだ。
「アルバイト、バレると困るんでしょ?」
「何を知ってる?」
「なんにも」
「食えないな、シンジ君は」
「僕が知ってるのはアルバイトってところまでですよ、それが何を指しているのかは知りません」
「……そうか」
「何の話なのかしら?」
「いや!、まあこっちのことだ」
「ふぅん……」
 ビールを口にしつつ半眼を作ってる。
 その調子で加持さんを見張ってて下さい。
 たぶんそれは、ミサトさん自身のためになる事だから。


 神経がささくれ立ってるのかもしれない、夕べのはちょっと迂闊だったし、一晩寝たら反省できた。
(シンジ君、その娘と一緒になりたいのなら、彼女が何を望んでいるのかまずよく見るんだ)
 思い出した一つの言葉。
 本当ならマナに近付きたくて受けたアドバイスだったんだけど……
 マナの事は加持さんに調べてもらうのが一番だ、元々なにか知ってたみたいだし。
 別に一緒になりたいってわけじゃないけど……
 調理実習、こうして見てると普通の、普通の……
「へー、シンジ君て料理上手ぅ!」
「手助けが欲しかったら、なんでも言ってよ……」
「そ?、実は……、エヴァのこと、教えて欲しいの」
「……霧島さんも、同じ、なんだ」
 正直、エヴァについての会話は避けたい。
「エヴァのパイロットが……、珍しいだけ、なんだね」
「あ、違うの、シンジ君!」
 僕は、普通の女の子と話したいんだ……
「よぉシンジぃ、霧島とえろぉ仲ええやんかぁ、そういうんはもっとやれぇ?、アスカが妬きモチ焼いてええ気味や」
 あ、殴られた……、アスカ素早い。
「な、痛いなぁ、こんぼけぇ!」
「誰のおかげで地球の平和が守られてると思ってるのよ!」
「シンジを取られて悔しいんやろがぁ!」
「あ、あたしがこんなガキに興味があると思ってんのぉ!?」
「ガキって……、同い年の癖に」
「あんたもエヴァのパイロットなんだからぁ、女とでれでれするの禁止ぃ!」
「禁止って……」
「そやシンジぃ!、AもBもCも禁止じゃ!」
「し、Cですってぇ!、このばかシンジ!」
「そんなことしてるわけないだろう!?」
「じゃあなんでいつもこいつとベタベタしてんのよ!」
 クラス中からのはやし立てる声に、マナは俯いて震え出した。
「あたし、帰る!」
「霧島さん!」
 怒って行っちゃったよ……
「シンジ」
「え?、あ、なに?」
 追いかけるかどうか悩んでたら、アスカに呼び止められた。
「家に帰ったら話があるの……、それだけ」
「わかった」
 結局、僕は追いかけなかった。
 辛いことは、嫌いだから……
 マナの存在自体が、辛かったから。


(あたし、シンジ君といると迷惑かもしれない)
(自由か……、自由っていいね?)
(パイロット同士は、仲良くしないといけないんだもんね!)
(あたしの自由も、ここまで、かな……)
 あの時、マナは確かに寂しそうだった。
「霧島マナはスパイよ!」
「ミサトさん、ビール」
「ありがとう☆、霧島さんってぇ、シンちゃんのこれでしょ?」
 ビールを飲みながら、いかがわしそうにアスカを見る。
 途中で綾波も目に入ったけど、リビングの隅で何かを読むのに夢中になってる。
「あの謎の移動物体の暴れた翌日転校して来た、何か満たされないシンジにぃ、「わたしをあなたの女にしてぇ」とかなんとか言って接触!、シンジからエヴァの情報を執拗に聞き出そうとしたのよ!」
 そう、あからさまなくらいにマナはエヴァにこだわっていた……
 それも僕の価値が、エヴァのパイロットであると言うように。
 一番嫌いなパターンだ。
「面白そうねぇ、今度うちに連れて来なさいよぉ、お姉さんが見てあげるわ?」
「そんな良いものじゃないですよ」
「シンちゃん、照れてんの☆」
「僕に好意を持つ人なんて、居るわけありませんから」
 ミサトさんの顔に険が宿った。
「シンジ君……、霧島さんのこと信じてないのね」
「そうですね……」
「あたし達の仕事は、人を疑う事じゃないわよ?」
「碇君」
 突然綾波が口を開いた。
「みんなは、あなたのことがとても心配なのよ」
「だぁれが!、心配するもんですか!」
 そう言うこと言うと、怒るに決まってるのに……、綾波ってば。
「いーっだ!」
 部屋に引き上げちゃったよ。
 怒りのままに戸が閉められた。
「……シンジ君の判断に委ねましょ、何が大切なのか……、自分で良く考えて、行動するのよ?」
「はい……」
 でも答えは最初から出てしまっている。
 僕は、マナを受け入れられなかった。


 何となく流れで、僕は綾波を送っていくことになった。
 この間の停電騒ぎの時のことを話したら、ミサトさんは保安部員の怠慢だって言ってた。
 ミサトさんとリツコさん、リツコさんと父さんを見ても分かるように、ネルフも一つのように見えてバラバラなんだってわかった。
 だからあまり信用してない、僕程度じゃ護衛にもならないだろうけど、不良程度からなら逃がしてあげる事ぐらいできるはずだから……
(任務を遂行する義務、か……)
 こうして歩いてて、諭された事がある。
 もう、今度は無い事なんだろうけど。
「綾波……」
 半歩後ろから前に出ようとしない、もう随分と歩いているのに。
「父さんから課せられた任務を遂行する義務……、って考えたこと、あるよね?」
「ええ……」
「そっか……」
 綾波……
 綾波は疑問を持つことがないのか?、父さんに……
 あれだけの事があったのに、僕に対する態度にも少しだけ変化が出て来ているのに。
 それでも綾波は今だに父さんの後ろに着いて歩いてる……、綾波の気持ち、父さんの考え。
 少しずつ僕の感じてる事については話してる、けど、まだ反論されたことって無い。
 そうなんだ、前はすぐに否定されてた、でも今はそんなことはない。
 綾波も変わり始めてる……、間に合うんだろうか?
 僕が……、僕って人間が壊されてしまうまでに。


「芦の湖って、大きいんだぁ」
 図書室、この街の地図が見たいって言うんで手伝ってる。
「バスで二十分ぐらいだよ」
 このやり取り……、そうか。
「なに、笑ってるの?」
「あ、ううん……」
 つい思い出しちゃった……
「芦の湖でさ……、僕、初めてキスしたんだ」
「キス?」
「うん……、それを思い出しちゃって」
「ふぅん……」
 なんだろう?、落ちつかなくなった。
「それって……、惣流さん?」
 ぷっとつい、吹き出しちゃった、マナってば目を丸くしてる。
 僕とアスカって、どうしてそう見えちゃうのかな?
「違うよ……、どっちかって言うと霧島さんに似てた」
「え……」
 あ、赤くなった。
「ご、ごめん、変な話しちゃって」
「ううん!、いいの……、そっかぁ、シンジ君って、もうしちゃってるんだぁ」
「しちゃってるだなんて、そんな……」
 大体記憶の中だけだし……
「……湖、行ってみたいなぁ」
 上目づかいに何見てるんだか。
「湖、好きなんだ?」
「でも一人で行ってもねぇ……」
 はいはい……
「今度の日曜日の天気、晴れなんだってぇ……」
「……おでかけとか、したい?」
「一緒に……、行ってくれる?」
「いいよ」
「ほんと?、やったぁ!」
「碇君」
 割り込んで来たのは綾波。
「ネルフ本部から、呼び出しがかかっているわ」
 綾波って……、アスカにもそうだけど、どうして女の子を睨むのかなぁ?
「わかった、ごめん、霧島さん……、また後で」
「うん……」
 心細そうだな……、そりゃそうか。
 いつ捕まるか分からないんだもんな。


 芦の湖湖岸。
『謎の移動物体は、湖の中に逃げ込んでいるらしいわ』
「潜れるだけ、エヴァより凄いですね……」
『そうね……』
「で、どうします?、管轄、違いますよね?」
 来た……
 隠れるように走っているマナの姿があった。
 画面の端にウィンドウが開いて、マナのパーソナルデータが表示される。
『スパイですよ、ミサトさん!』
 言ってる相手の事が違うって分かってても焦ってしまった。
『状況報告して』
『上空一万メートル……』
 エヴァの偵察か……
『ゆっくりしてられないわね?、帰るわよ、シンジ君』
「はい」
 どうしてみんな、そんなにエヴァを欲しがるんだろう?
 僕はそう思いながら、初号機を立ち上げて歩き出させた。


「どうシンちゃん?、彼女と上手くやってる?」
「多分……」
「なぁんだ、疑ってるから、ぎくしゃくしてるのかと心配したわ?」
 ミサトさんの車で帰る……、って言っても途中で降ろされちゃうんだよな。
 でも芦の湖のデートマップ、買わないと……
「それじゃあシンちゃん、あたしちょっち寄る所があるから」
「僕は、本屋に寄ってからバスで帰ります」
「シンちゃん?」
「はい……」
 近ごろ珍しい、優しい瞳……
「あたしはシンちゃんの味方だから、じゃあ」
 うわ!
 ギュキュ!って、恥ずかしいからってタイヤ軋ませて逃げなくてもいいじゃないか。
 さ、て、と……
 僕は記憶を頼りに歩き始めた。
 霧島さんが話してた男の子、あれ、ムサシって言ったっけ?
 なら昼間に接触できたってことか……、いた。
 喫茶店の窓際。
 楽しそうに話してる二人。
 どう見たって、恋人同士なのに、どうして僕なんだろ?
 あっと、マナに見つかった……
 隠れる事もないか、僕は小さく手を振って雑踏に逃げ込む。
「よっ、お目当ての本は見つかったかい?」
「加持さん」
「こうやって見ると、普通の中学二年生だって実感できるわね?」
「リツコさん……、あの、この間はすみませんでした」
「いいのよ……、でもちょうど良かった、ちょっと、いいかしら?」
「はい?」
 加持さんの言葉からミサトさんも混ざってたんじゃないのかな?、でも今は二人だけか……
 二人とも雰囲気がおかしい、だから僕も緊張した。


「日曜日、芦の湖でデートか」
「素敵じゃない?」
「でも……、霧島さんが喜んでくれるかどうか……」
「そう堅くなることは無いさ」
「僕はただ……」
「ただ、どうした?」
 適当に入ったファミレスで、僕は遠慮無く奢ってもらう事にした。
 父さんに話を付けて給料を貰えるようにしたんだけど、危険手当ては確かにべらぼうに高かった。
 だからお金はある、でも下手するとサードインパクトで、こんな金額は無意味になっちゃうかもしれない。
 願掛け……、って言うのかな?
 僕はそれを乗り越えるまで残して、安心してのんびり暮らすのに使うつもりだった。
「なるようにしかならない、流されてるだけの状況に波風立てて逃げようとしてるなって、気がして」
 そういう腹積もりもあって、奢ってもらえると言うのはありがたかった。
「だから俺達に意味ありげな事を言うのか?」
「……はい」
「シンジ君、子供の無茶はあまり感心しないわよ?」
「いいんですよ……」
 僕は目を細める、ミサトさんのように。
「『アダム』、『リリス』、『十八種』の使徒、サードインパクトを起こすための『エヴァシリーズ』……」
「シンジ君、あなた!」
「父さんに言いますか?、父さんに捨てられないために……」
「シンジ君、君は……」
 二人を見るのが辛くて、窓の外に目を向ける。
 暗い街に、わずかな人と、車のライトが流れていく。
 値踏みしている二人の視線を感じて、気持ちが悪い。
「……綾波を、母さんを、父さんは何がしたいんでしょうか?」
 答えてはくれない、か。
「僕には、人の心がわかりません……」
 一瞬、カヲル君の笑みが脳裏を過った。
 人の心、人の想い。
 僕の心、マナの想い。
 僕は自分に照らし合わせて考えられるようにはなったけど、それは必ずしも理解しているって事じゃないんだ。
 人の心が知りたい……
 僕は僕って人間が、人よりも使徒に近くなって来ているような気がしていた。


「シンちゃあん、デート決まったんだって?」
 家に返って来た途端それか……
 やっぱり何処かで連絡を取り合ってるのか……、三人で僕に探りを入れているのか。
 正直、かなりうっとうしい。
「ミサトさん、電話!」
「はいはいはい、日向君?、わかったわ……」
 またお出かけか。
「行ってらっしゃい」
 さて、と、どうせ盗聴はされてるだろうけど。
「電話電話っと」
 僕はマナに日曜の待ち合わせ時間とか、細かい事を伝えようとした。
『嬉しい……』
「霧島さん?」
『約束……』
「うん……、でもなんだかこういうのってくすぐったいよね?」
『え?』
「電話ってさ、……耳元がくすぐったい」
『うん……』
 いい雰囲気って、こういうのを言うんだと思う。
「じゃ、じゃあまた明日、学校で」
『うん、お休みなさい……』
「お休み……」
 さっきからうしろでちょろちょろやってるし……
「なにやってんの?、アスカ」
「無敵のシンジ様も、今やすっかりプレイボーイねぇ?」
「アスカには関係無いだろう?」
「ふんっ、バカシンジ!」
 なんだよもうぉ……
 綾波といい、アスカといい。
 なんだかだんだん分かり辛くなって来た気がする。


 今回、ペンペンには遠慮してもらった。
 気分じゃないって言うのもある、もしかすると雰囲気が悪くなる可能性があるからかもしれない。
 それとも期待……、してるのか?、やり直せると。
 ばかだな、そんな事あるはずないのに……
 それが本音のような気がして、僕は僕が情けなかった。


「あたしね?、もしかしたら、断られるんじゃないかなぁって思ってた」
 フェリーは芦の湖の上を渡っていく。
「どうして?」
「なんとなく」
 この下に、ムサシって奴がいるんだろうか?
 そう思うと、湖面の下にロボットの顔が見えた気がした。
「僕が……、ネルフの人間だから?」
 覗かれてる様な気がして慌てて護魔化す。
「ううん、ムサシと居るとこ見られちゃったから」
 あのこと、か……
 ムサシ、最後にマナが選ぶ人。
 期待してるくせに、もう諦めもしてる、いやらしい奴なんだ、僕って……
「うん……、それもある、ねえ!」
「なに?」
 思い描いてたマナにやっと会えたような気がする。
 その服、その顔。
「わたしが敵だとしても、シンジ君は、わたしを愛してくれる?」
「僕は……、人を好きになるのは、やめたんだ」
「え?」
 なんとなくマナの手を握る。
「シンジ君……」
「マナの手、柔らかいね……」
「うん……、シンジ君の手は、堅いね……、パイロットの手だね?」
「……その内、人殺しになる手だよ」
「シンジ君!」
 僕はマナを離さないように手に力を込めた。
「マナ」
「はい……」
 目を合わせる。
「逃げちゃ、だめだ」
「え……」
 そう、マナも逃げてる。
「仕方ないとか、しようがないって逃げても、やってしまったら自分で自分が許せなくなる、だから……」
「だから……、考えろって、言うの?」
「うん……」
 マナも僕の目を見てる。
「……不思議」
「え?」
「シンジ君の目……、もう後悔してる目だ」
「そう……、そうかもしれない」
 僕の選んだ道が正しいかどうかなんてわからない。
 自分勝手で、わがままな道だけど……
 僕はその道を踏みにじられたくないんだ。
 だから父さんは、敵だった……


 待機待機って……
『戦自の司令部に、直接確認中』
『放射線と有害物質の確認を、至急お願いします』
 芦の湖に流れ込む有名な滝に、一機のロボットが突っ込んで頓挫している。
『甲は自らの重量で足を踏み外し、花崗岩に激突』
『謎の移動物体は、新型の人型兵器だと思われます、高速で移動中に崖を踏み外し、そのまま岩盤に激突したものです』
『生存者はいるのか?』
『胴体の中央に、人の入れるハッチのような物がありますが』
 ケイタ君……、だっけかな?、こっちは。
『シンジ、シンジはいるか?』
「なに?、父さん……」
『待機の必要は無くなった……、実験棟の方へ行き、テストの続きをしろ』
「はい」
 実験棟……、リツコさんの所か。


「お帰りなさい、デートの方、どうだったの?」
 表面上は優しいんだよな……
「楽しかったです」
「人生最良の時ね?」
「リツコさんは……、いつもこの部屋に一人っきりですね」
 味気ない室内だ。
「いつの間にかね……、考えてる時って、人は邪魔でしかないから」
「……寂しいですね」
「そうね……、さてと、ちょっと出かけて来るわね?」
「実験は中止ですか?」
「あの人型兵器の中から、パイロットが収容されたのよ、……シンジ君と同じ中学生くらいの男の子ですって」
 やっぱり、ケイタって子なのか……
「とっても楽しみ……、行って来るわね?、彼女によろしく……」
 なにしに行くんだ……、リツコさん?
 やっぱりリツコさんって、時々恐い気がする。


「パイロット収容したの、聞いた?」
「リツコさんが見て来るって、言ってた」
 アスカって気がつくと沸いて出て来るよな……
「その収容先が聞いて驚き!、戦略自衛隊病院だって言うのよ」
 全ては秘密か……
「行くの?」
「行くに決まってんじゃない!、あたしだってパイロットなんですからね?、何でもかんでも秘密にされてたまるもんですか」
 違うだろ?
 ああだめだ、心がすさんでる。
 のけ者にされるのが恐いんだろう?
 僕は無口になることにした。
 でないと、そろそろ傷つけてしまう様な感じがしたから。


 ケイタ君、か……
 リツコさんと、あと何人かのお医者さんが見える。
 僕達はその部屋を見下ろせるような位置にある廊下に居た、部屋は窓で密閉されているから遠いけど……
「多数の精密なミサイル、百ミリはある機関砲、物がつかめる手だって付いてるわ」
「ネルフの敵、か……」
「良いこと言うじゃない!」
 なに嬉しそうな顔してるんだろ?
 僕は何も嬉しくない。
 人の敵、人類の敵、敵って使徒じゃないの?
 僕にとっては、父さんだけど……
「この少年はエヴァを潰そうとした、ただそれだけの事だったのね」
「そんなはずありません!」
 マナ、か……
 僕は驚きもせずに花束を抱えた少女を見た。
「そこに横たわってる人は、あたしの友達です!」
 最初は驚いたアスカだったけど、すぐに嫌らしく顔を歪めた。
「はぁん、なるほどぉ?、霧島さんはそれが目的でシンジに近付いたってわけねぇ?」
「あたしはただ、お見舞いに来ただけです!」
「あんたがお見舞いに来たその少年は、エヴァ潰しの犯人よ?、そうやって罠に陥れるつもりだったのね?」
「そんな!」
「シンジもバカよ、転校して来た女の子からいきなりデートに誘われる分けないじゃない」
「違います!」
「ばかシンジっ、殺されても知らないからね、あたし帰る!」
 殺される、か……
 そうか、そう言う可能性もあったんだな……
「シンジ君は……、あたしの言うこと信じてくれるよね?」
 どうしてそんな、縋るような目で僕を見るの?
「とにかく、ここに居るのはまずいよ」
 僕達は屋上に出ることにした。


「マナの恋人、か……」
「ケイタはただの友達だから!、シンジが考えてる様な事は無いのよ?」
 どちらでもいいさ、最後に選ぶのはムサシって人なんだから。
 僕は当て馬だ、わかってる……
 だから別に焦ること無いのに。
「誰!?」
「脅かせて悪かった」
「加持さん」
 まあ……、当然と言えば当然出て来るべき人だから……
 だから僕は驚かない。
「ロボット騒ぎの件で呼ばれたんだ、状況は不利だな」
「ごめんなさい……、みんなあたしのせいかもしれない」
「とにかく、早くこの病院から出るんだ、後は普通に生活してろ……、君はもう病院へ来てはダメだぞ?、シンジ君」
「わかってます……、ミサトさんに頼んでもいいですか?」
「ああ、普通にしているんだ、俺にはもう、何も話すな」
「わかりました」
 何も話すな、か……
 アルバイトって奴に関係しているって事なんだろうか?
 勘繰れば幾らでも怪しい所は出て来るもんだ。
 こんなことは、僕が望んでいた関係じゃないのになんで!
 少しだけマナがうとましくなり、でも、同時に……
 とにかく僕達は外に出た。
「マナの秘密か……」
「シンジ君はそれを知っちゃいけないのよ!」
 ……でももう知っている、僕は。
「勝手な女で、ごめんね……」
「いいよ、別に……」
 何をしてあげればいいのか分からない。
 だから僕は、ただ黙ってマナの手を握ってあげた。
 僕は握って欲しかった。
 ……良い子なんだって、信じたかったから。


『手応えは?』
『ありません』
 垂直式使徒キャッチャー……、って言うか釣り竿を垂らしてる零号機ってシュールだよな。
「ロボットは二機目撃されていて……、うち一機は見つかったけどねぇ……」
「もう一機は、芦の湖の中なんですか?」
 僕も暇なのでミサトさんに着いて来ていた。
「そのはずなんだけど……、餌が悪いのかしら?」
 女の意地、か……
「碇司令、なにか隠してるのよね……」
 いつもそうだと思うけど。
「僕は……、先に帰ります」
「ええそうね……、あっちもちょっちやばい雰囲気だったからねぇ……」
 そうなんだよなぁ……
 マナを保護してもらおうと思って、結局ミサトさんに引き取ってもらったんだ。
 おかげでアスカがむくれて大変だったんだけどさ。


「まだやってたの?」
「お帰り、シンジ君!」
「ばかシンジ!、なにいちゃいちゃやってんのよ!?」
「へ、変なこと言うなよなぁ!?」
「なぁんでぇ?、あなたとはお風呂も一緒、寝るのも一緒、あ、こないだあたしの下着が一枚無くなっちゃったのよねぇ、返してくれる?」
「そんなことしたら殺そうとするくせに……」
「うるさい!、霧島さぁん、素敵ねぇ?」
「はい?」
「好きな人の家を尋ねて、その家族と会うのって」
「家族、ですか……」
「そ、あたし達はほんとの家族じゃないけど、ミサトがそう決めてるから、もっとも愛されてるのは、シンジの方なんだけど」
「僕は監視されてただけだよ……、観察日記だって付けられてたからね?」
「ええ〜!?、信じらんないっ、まさかあたしのも!?」
「さあね?、ここだって、監視カメラくらいあるのかもしれないし」
「あんたよくそう平気で……」
 もう笑ってるしか無いんだよ。
 マナも複雑そうな顔をしてる、エヴァのパイロットって言っても、きっとマナと変わんないよ……
「まあいいわ?、ここならこいつも下手な事はできないってわけね?」
「そう言う言い方、やめろよ……」
「はん!、大体ねぇ、ここまで潜り込んで……、本当の目的はなに?」
「だからやめてってば……」
「あんたがはっきり聞かないからでしょうが!」
「知ってるから聞く必要ないんじゃないか」
「またあたしだけのけ者にするの!?」
「のけ者って……」
「アスカさん」
「なによ!」
「あ、あたし……」
 あ、ここって……
「あたし、シンジ君のこと、愛してます!」
 あ〜、あ〜、アスカこもっちゃったよ……
 閉められたドアに溜め息をつく。
「マナはどうする?」
「え……」
「奥の部屋と、リビング、どっちに寝る?」
「シンジ君は?」
「僕はリビング、……一緒に寝る?」
 ま、軽い冗談だったんだけど。
「……うん」
 その俯きがちの照れた表情に、今更嘘とは言えなくなって……
「布団は、別々だからね?」
「けち……」
 そうやって妥協するのが精一杯だった。


 ロボットが出て、戦自が展開を始めた。
 エヴァ、使徒からの攻撃を防ぐために作られたもの。
 でもロボットは人間の作った物だ、ミサトさんに言ってもどうにもならない。
 人同士が、利益のために争ってる、だから僕達に出番は無い、分かってるんだ、わかってるけど……
 僕は本部に呼び出され、待機室でただまんじりと時間が過ぎるのを待たされていた。
 ロボットなんか、すぐに止められるのに……
 最悪、マナとムサシって人は死ぬ事になる。
 前回は脱出装置とか都合の良いものがあったけど、今回はどうなるか分からないんだ。
 この間のアスカのこともあるから、僕はもう記憶の全部を信じてない。
 最悪の展開だけは避けたい。
 それは心の傷になるから。
 だから僕は、脅えていた。


 僕は……、マンションに帰ろうと歩きながら、夕べのマナの話を思い返していた。
 布団はピッタリとくっつけて並べた、マナは僕にすがりつくようにして来たけど、本当はそんな甘い物じゃなかった。
「わたしは、裏切り者だから……、あたしは、あの人達の仲間です」
 多分、精一杯の告白だったんだと思う、声はかすれてたし、アスカには聞こえないように押し殺してたから。
「転校した日……、僕に声を掛けてくれた事も、嘘だったの?」
「違うわ!」
「マナはスパイ、か……」
「そうよ……、でもわたしはシンジ君が好き、それは嘘じゃない!」
「わかってるよ……、でも僕は言ったよね?」
「……なにを」
「人を好きになるのはやめたって……、人を好きになると辛い事ばかりだから、好きにならなきゃ裏切られる事も無いから」
「シンジ君は……、わたしのことが、嫌いになったの?」
 僕の唇は塞がれた。
 答えを聞きたくないと、脅えた口で。


「あれ?、アスカ!」
「ばかシンジ!、何やってたのよ」
「どうかしたの?」
 ネルフの人達が家に押し掛けている。
「さっきのロボット騒ぎよ!、その最中に押し掛けられて、あの子が連れていかれたらしいの」
「マナが!?」
「ええ、たぶん戦自ね?、で、どうするの」
「どうするって……」
 どうしよう?
 ほんとに何も思い浮かばない……
「もうじれったいわねぇ、助けに行くのかって言ってるのよ!」
 そう、何も出来ない、なにも……
 だから僕は、決断した。
「……行かないよ」
「シンジ!」
「なんだよ?」
「見損なったわ、そんなに冷たい奴だったなんて!」
「……今頃気がついたの?」
 叩かれた。
「バカ!」
 そう、僕はバカかもしれない。
 もっと上手く出来たのかもしれない、言えたのかもしれない、でも他には何も思い付かなかった。
 明日、やるべき事はわかってる。
 芦の湖へ行こう、そこで、全部の決着を着けるんだ。


(最初、新しい乗り物を操縦できるんだって、あたし達は喜んでたわ)
 無理矢理乗せられた僕とは違うよな……
(あたしは内臓をやられちゃって……、六年間も縛られるのは嫌だって、ケイタが柵を越えようとしたらしいの)
 僕も何度も逃げ出したよ……
(みんなも段々苛立って来て……、大人の目を盗んではケイタを苛めるようになったの、ムサシとあたしはそれを止めようとしたんだけど、だめ、みんなそれを見て笑ってたわ)
 籠、か……
(あたしとムサシとケイタの三人は、いつかロボット兵器で脱走してやろうって冗談で言ってたのに、……それを本当にしてしまうなんて)
 夕べ、マナは嘘を言わなかった。
 でもあらかじめ用意されてた嘘なのかもしれない、だから前と同じことを言ってるのかもしれない。
(父さんはうるさいだけだし、母さんなんて心配し過ぎて病気になっちゃうから)
 連絡は出来ないって、拒絶された。
 でも僕は名前を変えてマナが別の人生を歩き出した事を知ってる、ならその父さんと母さんって誰だ?
 尋ねた家にも居なかった両親、それは誰なんだ?
「シュークリーム……、アスカ、買って来てくれたのかな」
「ん、何か言ったか?」
「いえ」
 僕は家を出て、そのまま加持さんの車に転がり込んでた。
「いいのか?、この行動は君の首を締める事になるぞ?」
 僕は頷く。
「僕は男だから……、好きな人を守る義務があるから、だから慰めてもらってる場合じゃないんです」
 それはこの人が教えてくれた事だ。
「着いたぞ」
「……やっぱり、もうもぬけの殻ですね」
 ここはマナの家……、だったはずの場所だ。
「足跡がある、君の言った通りだな」
 ロボットの足跡がある。
「開いてます」
「待った、俺が先に行く」
 懐から銃を抜いて、慎重に戸を開いてくれる。
「やはりダミー、か」
 お父さんとお母さんっていうのも、やっぱり他人だったんだろうか?
 それとも元からそんな人、いなかったのか……
「湖の上の家か……」
「なんだ?」
「湖を見るの楽しみだって、口にしてたから……」
「女の気持ちって奴だな、芦の湖、シンジ君と行きたかったんだろう」
「わかってます」
「何か探さないのか?」
「無駄ですよ、どうせ……」
「そうか」
 加持さんは銃を戻すと、どっかりとベッドに腰かけた。
「しかし、君の言うことが本当だとして、どう証明するんだ?」
「わかりません……、でも、少しでも不安を減らしたかったのも事実です」
「不安?」
「……父さんに殺されるって不安です」
「おいおい……」
「邪魔になったら僕だって捨てますよ、あの人は」
 そう、それはまだ懸念でしかないけど。
 綾波が裏切ってくれないのなら、僕は、もう諦めるしかない。
 だから加持さんを巻き込むことにした。
 他に抗う方法が見つからなかったから……


 翌朝、僕は加持さんに仕込みを頼んで、マナが来るはずの場所に忍んで行った。
「マナ!」
「シンジ!」
 予定通りだ、マナはトラックの荷台に特設された檻の中に、まるで見世物みたいに入れられて来た。
「取り敢えず水、そのままじゃ脱水症状を起こすよ」
 冗談じゃなく湖岸道路はその熱気を、さらに戦車などのエンジン熱によって焼き上げ、人を焦がすように立ち上らせている。
「鍵がなきゃ開かないの、あたしは、湖からロボットをおびき寄せるための囮だから」
「分かってる」
「パイロットはムサシなの、シンジ君に見られちゃった時、一緒に居た」
「分かってるから静かにして、これがある」
「なに?、それって!」
 それは加持さんに貰った銃だ。
 出所不明って、怪しく言われたけど……
「戦闘に巻き込まれたら、間違いなく死んじゃう、この銃ならこれぐらいの鍵吹き飛ばせるから」
「ムサシを助けたいの、無視して、逃げたくないの!」
「でも死んじゃったら終わりなんだよ!」
 来た。
 耳をつんざくような空気の咆哮。
 バン!
 僕の放った銃声は、砲撃の音に紛れて消えてくれた。
「開いた、行こう、マナ」
「でも!」
「ムサシって人は、逃げるために人を殺してるんだ!」
 腕を引っ張って引きずり下ろす。
「軍の人達がみんな酷い人だったの?、殺して良かったの?、ほんとに良かったの?、後悔は無いの!?」
「シンジ君……」
「マナが死んだらさ……、誰がムサシ君をわかってあげるんだよ……」
 そう、僕にはもう、誰も居ないから。
「シンジ……」
「早く来るんだ、生きてさえいれば……、僕にもすぐに出動命令が出る」
「え!?」
「僕が……、あのロボットを止めてみせる、だから、僕が好きだって言うなら、少しは信じて!」
「シンジ君……」
 あの車、来てくれたのか!
「シンジ君、乗って!」
「ミサトさん!、マナ!」
「霧島さん!?」
「ミサトさん、この先でマナを加持さんに渡します!」
「加持に!?」
「マナの新しい名前と住所は用意してありますから」
「シンジ!」
「後はあのパイロットを逃がすだけです」
「……いいのね?」
 ミサトさんはアクセルを踏みながら聞いてきた。
 ルームミラーに、とても険しい目が見える。
「僕は、エヴァのパイロットです、それ以上でも、以下でも無いから……」
「そう……」
「シンジ……」
 この時、僕は自分でどんな顔をしていたのか分からないけど。
 でも自分を振り返る余裕はとても無かった。


 僕はエヴァに乗る。
 パイロットとして初めて、自分で決めた仕事を成すためにエヴァを動かす。
 それは誰に決められた物でも無い。
『これは救出作戦よ?、みんなで協力してロボットの暴走を抑え込み、停止させるの』
 でないとN爆雷か……
「向こうとの通信は?」
『切られたままよ……』
「外輪山の外に逃げ出したらアウトか……」
『その時は、ケーブルを切断して追いかけて』
『電源が切れたら終わりじゃないのよ』
 アスカのぼやきが聞こえた。
『各機、発射口へ急いで!』
 やるしか、ないんだ……
 一度目は失敗している、でも今度は違う、もっと上手く操れる、シンクロ率も格段に違ってる。
「四肢は、壊しても大丈夫ですよね?」
『発進!』


 戦自が遠慮無く砲撃を叩き込んでる。
 あんな中にマナが居たら、間違いなく死んでるよ。
 良く無事だったもんだな……、前は。
『アスカ、聞いてる?、合図をしたら横っ腹に突っ込んで』
『思いっきりぶつかってやる……』
『レイは、長尾峠を越えて行く可能性があるから、その時はロボットを大破させて構わないから、絶対食い止めてね』
『はい』
『初号機に傷を付けるな』
『救出が先です!』
『葛城三佐……、人助けを気取って我々を巻き込むな』
『待って下さい!』
 誰も彼も!
「爆弾で焼き殺すつもりなの!?、父さん!」
『アスカ、作戦スタート!』
『行くわよぉ、たあああああああ!』
 させるか!
『初号機、アンビリカルケーブルを切断!』
『シンジ君!』
「だあああああ!」
 約束したんだ、マナと!
 ナイフを抜いて突っ込む、ロボットが首を巡らす、あまりに遅い。
 ぶつかった衝撃で絡まるように転がる、ナイフは?、いける!
 目の前に足がある、僕にだってこれがなきゃ動けなくなる事ぐらい察しがつく。
 使徒のコアに比べて、なんて簡単に切れるんだろう?
 僕は流れるような動作で両足、両手と切断した。
 ハッチが開いた、誰か跳び下りた、ムサシ君?
 目……、エヴァを通してだけど目が合った、とても悔しそうな顔をしていた。
 でも僕は動けない、これを倒すと、ロボットの残骸を沈めると波が立って危ない事ぐらい分かるから。
 おかげで最後まで面倒を見られなかった、ちゃんと逃げてくれただろうか?
 違う、それ以上手伝えなかったんだ、マナのためならまだしも、どうして!、こんな奴のために……
 迷惑なんだよ、やることが!
 僕の気持ちは暴発してしまいそうだった。
 弐号機がロボットを受け取ってくれる、帰還命令が僕には出て……
 戻った僕を待っていたのは、命令違反の処罰だった。


 独房のドアが開く。
「アスカ?」
 久しぶりに見る光はまぶしい……
「無茶……、しないでよ」
「彼……、逃げられたかな」
「逃がしたわよ」
「……そう」
 そっか……、ムサシ君、会えたのかな?
「シンジさえ良ければ……、あたしが、霧島さんの代わりになってあげてもいいのよ……」
「……いらない」
「勘違いしないで、あたしはあくまでネルフのために……」
 僕は……、ネルフよりも価値が無いって事か。
 この時は、アスカの気持ちなんて考える余裕が僕には無かった。
「ありがとう……、でも」
「そう……」
 だから僕には、こんな言い方しかできなかった。
 僕はあのムサシって奴を見た時に理解したんだ。
 自分の中にある、もやもやの正体を。
 でもそれは好きって言うだけ無駄だって諦めの気持ちで……
「僕はもう、人を好きにならないって、決めたんだ」
 だからそれが護魔化しの言葉でしかないわけで。
 アスカが出ていった後、僕は呻くように呟いたけど。
 それは僕を、さらに落ち込ませていくだけだった。



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