「ほぉら、お望みの姿になったわよ、十七回も垢を落とされてね」
僕の新しい部屋は、カヲル君が入るはずの部屋だった。
それが何を意味するのか分からないけど、ベッドの上にうずくまっているとカヲル君がそこに居るみたいで恐くて……
電気も点けずに、ただ壁をじっと見て、そして学校で寝不足を解消するような日々が続いていた。
『では三人ともこの部屋を出て、その姿のままエントリープラグに入ってちょうだい』
「えー!」
隣では裸のアスカが文句を言ってる。
新しいテストらしい、エヴァとの感覚共有、ハーモニクスは実際の神経接合だけでは自己の肉体との誤差が出る。
もちろん、誤差がなくなれば自分とエヴァとの区別がつかなくなっちゃって、かなり危ない事になっちゃうんだけど。
弐号機に乗った時、僕にだけダメージが来たのはこれの数値が高過ぎたからだ、だからパイロットとしてはアスカの方が適正だったりする。
アスカは自分を見失わないから、神経の接合率は低い。
まあそれを補うために、機械と肉体の接触面で信号を伝えるプラグスーツがあるんだけどさ。
『大丈夫、映像モニターは切ってあるから、プライバシーは保護してあるから』
「そう言う問題じゃないでしょう!、気持ちの問題よ!」
『このテストは、プラグスーツの補助無しに、直接肉体からハーモニクスを行うのが趣旨なのよ』
僕の初戦のことがある、過度の感覚共有は危険だから、MAGI側でわざとゲインを下げてある。
その分、プラグスーツで機械的に調整を取っているわけだ、僕自身の数値を低く設定し、プラグスーツでプラスしている。
おかげで過剰にシンクロしてしまっても、僕自身の変動はプラグスーツの分のゆとりで吸収できると、そういうわけ。
だからプラグスーツはあった方がいいのに……
『アスカ、命令よ』
「もー!、絶対見ないでよ!」
「……行きましょう」
予備動作も無しに綾波がボックスを出た。
「きゃあああ!、あんた何やってんのよ!」
「なに?」
すっと振り向く。
奇麗だ。
あんまり奇麗過ぎて、恥ずかしい感情も起こらない……
そう言えばアスカって凄かったのに、綾波って何にも無いんだな、なぁんて……
「むぅー!、なぁにジロジロ見てんのよ、スケベシンジ!」
「え?」
「きゃああああ!、こっち見るんじゃないわよ!」
『アスカ』
「わかったわよぉ!、シンジ、先に行きなさい!」
「えー?、いいけどさぁ」
「振り向くんじゃないわよ?、見たら殺すから」
「わかってるよぉ、別に見たくも無いし……」
「なんですってぇ!?」
「な、なんだよ……」
「この間、黙って人のお尻眺めてたの誰よ!、しかもその後ひとの大事なとこまで見たくせに!」
「あ、あれはアスカが!」
『シ〜ンちゃあん』
「ち、違いますよ!」
「ほらレイこっちに来なさいよ!、こぉんなやつに背中向けてたら何されるかわかんないわ」
綾波は振り返ったけど……、ただじっとこちらを見て。
「いい……」
「よくないわよ!」
「……見られるの、初めてじゃないもの」
「な、なななな!」
『あらま、シンジ君やるぅ』
「こんのばかシンジ!」
「あ、アスカ、苦しい!」
アスカはクリアボードごしに首を締めて来たわけで……
「っきゃーーーー!、ばかシンジのくせにぃ!」
僕の癖にってどういう意味だよ……
アスカの視点がただ一ヶ所に固定されていたのを、僕はちゃんと見逃さなかった。
第拾参話「使徒、侵入」
『各パイロット、エントリー準備完了しました』
『テストスタートします』
『シュミレーションプラグを、挿入』
『システムを模擬体と接続します』
『気分はどう?』
『心拍数、高いですね』
『まあすんごいもの見ちゃったみたいだから、しょうがないんじゃない?』
『フケツ……』
うう、泣きたいのはこっちだよ……
『だあっ!、いつまでも引っ張るんじゃないわよ!』
『アスカぁ?、こっちじゃ身体データ取ってるんですからね?、護魔化せないわよ?』
『ぐっ……』
『二人ともいい加減にしなさい?』
リツコさんの苦悩が見えるようだよ……
『で、どうなのレイ?』
『何か、違うわ』
声に戸惑いが混じっている。
『感覚がおかしいのよ、右腕だけはっきりして、後はぼやけた感じ』
『レイ、右手を動かすイメージを描いてみて』
『はい……』
すぅ、はぁ……
LCLで満たされていても、空気を取り込んでくれるのは肺胞だ、だから深呼吸に意味が無いわけじゃない。
体の中のLCLを循環させる必要はある。
でもいま僕が求めているのは平常心だった。
『シンクロ位置、正常』
『シュミレーションプラグを、模擬体経由でエヴァ本体と接続します』
「綾波……」
『なに?』
ゆっくりと心を切り換える。
「なにか感じない?」
『いえ……、感じないわ』
『ちょっとシンジぃ、どういう意味よ?』
「あ、うん……、ちょっと」
『ちょっとぉ!?、あんたねぇ、そうやってまた護魔化して……』
相手をしてる暇はない。
綾波の生まれはどうあれ、ATフィールドが使えるとか、そう言う特別なことはないみたいだ……
じゃあカヲル君はなんなんだ?
『エヴァ零号機、コンタクト確認』
『ATフィールド、出力2ヨクトで発生します』
カヲル君と綾波の違い、魂が宿る?、あの時、はっきりじゃなかったけど聞こえたんだ。
(碇君とひとつになりたい、わたしの心……)
心、心の壁、ATフィールド……
(リリンもわかっているんだろう?、ATフィールドは誰もが持っている心の壁だと言う事を)
壁、心の壁、心、魂。
使徒にもあるのか?、人にもあるように……、でも人にはコアは無いし、S2機関だってないじゃないか。
じゃあ、違いって、なんなんだ?
そんな事をぼうっと考えてしまったわけだけど、それを遮るかの様に壁がALERTの文字で埋めつくされた。
『どうしたの!』
『シグマユニット、Aフロアーに汚染警報発令』
『第八十七蛋白壁が劣化、発熱しています』
『蛋白壁の侵食部が増殖しています、爆発的スピードです』
僕はとっさに綾波を見た。
間に合う?
「リツコさん!」
『なに?、今……』
「いいからエントリープラグを放り出して下さい、早く!」
『何を言っているの?』
「急いで!」
『プラグを緊急射出して!』
『ミサト!?』
くっ!
強くシートに押し付けられる、かすれる通信。
『第六パイプを緊急閉鎖……』
『ダメです、侵食部は壁づたいに……』
『ポリソーグ』
『来ます!』
『模擬体が!』
『まさか!』
『……急いで』
『ATフィールド!』
『パターン青、間違いなく使徒よ!』
下じゃ大変な事になってるな……
プラグは浮上したみたいだ、オートでバランスが取られ、自動的に天井が上に来た。
『シンジ、どういうことよ!』
「どうって……」
とりあえず、プラグ間同士の守秘回線に切り換える、もちろん僕と、アスカと、綾波用に。
「聞いての通りなんじゃない?」
『聞いての通り、じゃないでしょうが!、早く戻らなきゃ……』
「無駄だよ」
『どういう意味よ!』
「必要なら拾いに来るさ、来ないのは余裕が無いからだよ」
『使徒が来てるのよ?、戦わないでどうするのよ!』
どうって言われてもな……
正直、この時のことは良く知らないから手の出しようがない。
「ま、何とかしてくれるんじゃない?」
『なんとかってなによ!』
「この間の停電騒ぎの時にも抗議しておいたけど、これでも迎えに来ないならそれこそもう保安部とかって役たたずだと思うしかないよ」
『……なんでよ』
急にアスカの声質が変わった。
「なに?」
『いつも死にたくないとか、余裕が無いとか言ってるくせに……、この間だってそう、あのマナって女、好きだったんでしょ?』
「違うよ……」
『ほんとは好きだったくせに……、騙されてたのに、あいつの男助けちゃって……』
「……知ってたからね」
『なにをよ?』
「彼女が……、スパイだったって事」
『それこそバカよ……』
呆れた声、でも僕も知ってる、アスカもバカだ……
「シンジぃ、顔貸せや」
そう言って無理に連れて来られた学校の屋上。
いきなり殴られた。
「わしはお前を殴らないかん、いかんのや!」
「シンジぃ……、アスカがお前のこと、授業中にじっと見てるんだよ」
それは知ってる、気がついてた。
「なぁシンジぃ、霧島のこと、残念だったけどさ……、少しは気にしてやれよ」
「なんで……」
「惣流はなぁ!」
また殴られた。
「あの日さ……、霧島が檻に入れられて連れてかれるの見てたんだ」
ああ……
本当なら、僕が一緒に見るはずだった……
「それで惣流と助けに行ったんだけど……」
え?
「その時はもう、お前がなにかしてて……、銃とか持ってたよな?、惣流、ショック受けてた」
「どうして……」
「お前が、そこまでするなんてってさ……」
憤慨したトウジが僕を引き起こした。
「そやなのにお前は何をしとんのや?、いつまでもぼうっとしおって!」
「でも俺は……、お前が惣流と付き合ったら軽蔑するな……」
二人とも、何か誤解してる。
僕はマナの為になることがしたかった、でもそれはムサシとくっついて欲しかったからだ。
でないと、僕はまたマナの好きだって気持ちに縋っていたかもしれないから。
でもそれは、アスカの気持ちを……、アスカ?
独房に尋ねて来た時、アスカ、逃がしたって……
知ってて、逃がしてくれたの?
それは誰のためなんだろう?
『人工知能、メルキオールより、自律自爆が提訴されました』
『シンジ!』
はっとする、引き戻されて。
でも、なるようにしかならない、これは僕には手出しのできない事だから。
……おかしいかな?、今まで必死だったのに、僕は妙に落ち着いている。
何をすればいいかも分からないなんて……
あの時はただどうなってるのか分からなくて待ってた。
アスカは……、まだ喚いてる。
「待つしかないよ……」
ここじゃレコーダーが働いてるかもしれない、下手な事は口に出来無い。
『死んじゃなんにもなんないでしょうが!』
『碇君……』
『あんたねぇ!、いくら振られたからって自棄になることないでしょう!?』
ちくりと来る。
「そんなんじゃないよ……」
『じゃあなによ!』
「ねぇ……、なぜ、生きてるの?」
『な、なによ急に!』
綾波も戸惑ってるか……
「僕は……、楽しく生きてみたかっただけなんだ……、ここに来てから、本当に楽しかった」
『そう……』
『あたしはまだ終われないのよ!』
「なら頑張ればいい……、でも使徒に殺されるのも、人に殺されるのも同じことだ」
『あんた何言ってるのよ?』
『そちらへ行くわ』
『あんたもなに言い出すのよ!』
『碇君……、呼んでるもの』
『ちょ、ちょっと待ちなさい……、あたしも行くわよ!』
「ええ!?、ちょ、ちょっと!」
『どうせ死ぬなら一人よりはってやつよ!、いいからちょっと待ってなさいよ!』
言うことが無茶苦茶だよぉ……
僕は自分の体を見下ろして、どうしようっと青ざめた。
プラグが一瞬横に向けられた。
二人が回転させたんだと思う、上部ハッチは使えないから、側面のをって事だろう。
天井側になった側面ハッチが開けられた。
「あんたなにやってんのよ?」
「え?、だってさ……」
僕はプラグの奥隅に待避していた、背中を向けて小さくなって。
「レイ、こぼすんじゃないわよ?」
「ええ……」
ハッチが閉じられる、三人になった分LCLが溢れてしまった。
「碇君……」
「わあ!、いいから、二人ともそっちに……」
「ははぁん……」
い、嫌な予感が……
「あんた照れてるわね?」
「あ、当たり前だろ!?」
「おかしな奴ぅ、テストの時は無関心なくせに、家とかだと妙に気にするじゃない?」
「だ、だって……、しょうがないじゃないか……」
他に人、いないんだし。
「なにもアスカまで来ることないだろう!?」
「むぅ!、あんたバカぁ!?、太平洋、家、レイ、他にもね?、前科だらけなのに二人っきりにさせられるわけないじゃない!」
まあ……、来るなって言っても綾波がやめてくれるわけないし。
それはそれでありがたいかもしれない、僕はそこまで自分の理性に自信を持ってないから。
持ってないから、あんなことをしたんだろうし……
一瞬、アスカの病室でしてしまった時の事を思い出した。
うっ、膨張してしまった……
「碇君、座って……」
「あ、でも……」
「あんたバカァ?、あんたが座ってシステムを起動させてないと、LCLの循環装置が止まったままになっちゃうじゃない!」
「三人じゃ、すぐに濁るわ……」
だったら出て行けばいいのに……
「保温だって切れちゃうんだから、レイ、手伝って」
「わかったわ……」
わかってないよぉ!
二人に両腕を取られてしまった。
この後僕は、無理矢理シートに座らされ……、このシートって足開く事になるのに……、揚げ句シートに腰掛けるように座った二人を支えるために腕を使われた。
僕の腕を腰に回して、お腹の辺りで握ってる二人。
ちょっとでも下におろせば、それはもう大変なことになるわけで……
修行僧って、こんな感じなのかもしれない。
緊張で手に力が入っている、それを勘違いしたのか?
「大丈夫……、わたしが守るもの」
綾波がギュッと握り返してくれた、それにムッとしたアスカも。
ああ、だめだって、ほんとうに……
『人工知能により、自律自爆が解除されました』
『R警報解除、R警報解除、総員第一種警戒態勢に……』
「やったわ!」
「ええ……」
う、動かないで、だめ!
弾けたように動いたアスカの胸がプルンと揺れた、それも思いっきり目と鼻の先で。
僕はもうがまんの限界と目を閉じて、一心に祈りの声を心で念じた。
熱膨張が収まります様に……
でも助け出されることになったのは、結局それから二時間も後のことだった。
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