WEAVING A STORY
「え?、零号機に、ですか?」
 その日、僕達は機体交換テストを受けるはずだった。
 でもその前にと、僕達はリツコさんに呼び止められたんだ。
「ATフィールド中和状態での攻撃は、光学、鈍器など、まあ確かに色々考えられるから、盾というのは案外悪いアイディアじゃないしね?」
「でもこの追加装甲というのは……」
 そうなんだ。
 初号機のために、と思って用意してもらった鎧とも言えるそれは零号機のものになるらしい。
 画面に映る青い零号機には白銀の胸当が付けられていた。
 それと、別画面に白い盾の姿も見える。
「全体的な戦力の底上げ……、と言った所かしら?、シンジ君に着いていけないようじゃね……」
 まあ確かに、僕の乗る初号機と零号機との間には開きがあり過ぎるわけだけど……
「戦闘能力の平均化ですか」
「そう、良く勉強したわね?、これも作戦課、ミサトからのお願いなのよ」
 突出した能力というのは、特殊戦には向いていても、チームを組んでの戦闘ではバランスを欠いてしまう。
 かと言って僕達には専門的に突出している部分があるわけじゃない、強いて言えば、僕はナイフ、綾波は銃、と言った所か。
 ちなみにアスカは小器用にどれもこなす。
「でもそれなら、アスカの方が合ってるんじゃ……」
「あたしは嫌よ?」
「なんでさ?」
「スマートじゃないもの、趣味じゃない」
 まあそう言う物かもしれない。
 肩の武器庫、腰回り、足もだ、ブーツのような物を履かされている。
 今は実験前だから何も装備して無いけど、後でナイフとかN爆弾を流用した手榴弾なんかを持たせる予定だ。
「投擲兵と言った所ね?、火薬で撃ち出す弾丸よりも、エヴァで投げる槍の方が威力が出るというのは実感できなかったけど」
「テストの結果はどうだったんですか?」
「一応はね……、MAGIに計算させたら第一宇宙速度を突破したわ」
 ……やっぱりあれはエヴァの力で、ロンギヌスの槍が特別だったってわけじゃないのか。
 もちろんあの距離でATフィールドを破るには、ロンギヌスの槍でなきゃ無理なんだろうけど。
「今からテストですよね?、鎧、着けたままやるんですか?」
「元々あなたのための物だったから、あなたに試してもらおうと思ったのよ」
「わかりました」
 僕が背を向けたので、アスカと綾波も後を着いて来た。
「はぁ〜あ、毎日テストテストテスト!、いいわねぇ?、愛しのシンジ様の初号機に乗れるなんて」
「やめなよアスカぁ……」
「はん!、なぁによいいかげんそのすまし顔やめなさいよね!」
 はぁ……、この間の一件以来、三人で居ると妙に機嫌が悪くなるんだよなぁ。
 はっきり言って静かにして欲しい、下手をするとこれから暴走に付き合わなくちゃいけないから。
 暴走……、結局あれって、何が原因で起こったんだろ?
 あの時入って来たのは、間違いなく綾波だった……
 暴走した零号機に綾波が危なかったって聞いたけど……、僕が初めてここへ来た時、それから僕が暴走させちゃった時。
 両方とも、零号機は初号機の置いてあるケイジへの壁を破ろうとした。
 ……偶然、なのか?
「むぅ!、なぁによぉ、レイの顔じっと見ちゃってさ!」
「そ、そう言うわけじゃ……」
「はん!、どうせあたしだけ仲間外れですよぉだ!」
「……でもどうせ、弐号機以外の機体に乗るつもりなんて、ないんでしょ?」
 あれ?、今一瞬つまんなそうな顔をしたけど。
「ふんっだ!、勝手にすれば!」
「あ、アスカ!」
 あ〜あ、行っちゃったよ。
「碇君」
「あ、うん」
 立ち止まった僕は綾波に急かされて歩き出した。



第拾四話「ゼーレ、魂の座」



 プラグの中で深呼吸をする。
 零号機、綾波レイの機体。
 初号機は綾波とシンクロした。
 このテスト自体、その確認が目的なんじゃないのか?
 そう考えると、恐くなる。
『被験者は?』
『若干の緊張は見られますが、神経パターンに問題無し』
『初めての零号機、他のエヴァですもの……、無理ないわ』
『シンジでも緊張するのねぇ?』
 アスカの答えはまるで的外れだけど……、勘繰られるよりはいいかもしれない。
『エントリースタートしました』
『LCL電化』
『第一次接続開始』
 と同時に、少し柔らかい、でも拒絶されるような、惹かれる物をなにか感じた。
『どうシンジ君、調子は』
『綾波の匂いがします……』
 そう綾波なんだ、この感じ……
『むぅ!、この変態がぁ!』
『では相互換テスト、セカンドステージへ移行』
 僕は無意識の内にグリップを握り直した。
 零号機、初号機の前に作られた機体。
 だったら何故初号機なの?、母さんは最初の起動実験で死んだんじゃないの?
 なのに初号機の前に存在していた零号機って何?
 動いた事もないって言ってたのに。
 そうだ、動いた事もないって、初めてここに来た時に言ってた。
 でも綾波のシンクロには七ヶ月かかったって……
 弐号機についてもそうだよ、なんで?
 それまでまともに動いた事も無かったって言うの?
 稼働したエヴァは『それまで』なかった?、動いたのは……
 使徒が、来てからって事?
『どうおシンちゃんママのおっぱいは、それともお腹の中かなぁ?』
「うるさい!」
 一瞬、音が消えた、みんな黙り込んだ。
『な、なによばかシンジ……』
『……次へ行くわよ?、A10神経接続開始』
『ハーモニクスレベル、プラス二十』
 来た、入って来る!
 直接、なにか……
 綾波レイの感じ、だめだ、僕が僕でなくなる感じ。
 綾波じゃない、誰?
 一方的に入って来る。
 エヴァなのか、これが……
 知ってる人を探してる。
 僕の中から、綾波レイを探してる。
 綾波レイ。
 マルドゥク機関によって……、違う。
 たった一つの魂を、いくつもの体で繋ぎ止めてる人。
 何も関心が無くて、何処に居ても眺めてるだけで。
 でも何か望みを持っている人。
 そう、物欲しそうなんだ……、あの感じ。
 プールで、一人座っている綾波を眺めてて気がついたこと。
 僕は記憶を歪めてるのか?、今度の時は、学校では見てないじゃないか。
 あれは……、別の世界に閉じこもっていたのか?
 人ではないからって、なのにここに居るって……
 ダメだ、気が、遠くなる……
 僕が維持できなくなる。
 そして僕は、気を失った。


 なんだろう、この感じ、懐かしい……
 体がふわふわする、僕が僕でなくなる、僕だけがいる、どこまで行っても僕だけの世界。
 そんな感じだ。
 誰?
 わたしと一つになりましょう?
 ……嫌だ。
 なぜか僕はそう思った。
 わたしと一つになりましょう……
 わかってる、ほんとはわかってる。
 僕には欲しい物がある。
 それはとてもとても気持ちのいい……
 嘘だ!
 ざわざわするんだ、落ちつかなくなるんだ。
 好きだって思った瞬間から恐くなるんだ。
 だから一人でいる方がいい。
 寂しいのね?
 そうだよ、そうさ、寂しいんだ、だから側に居て欲しいんだよ!
 好きだから?
 そうさ、好きでいちゃいけないのかよ!
 悪いとは言っていないわ……
 でも好きになっちゃいけないんだ。
 なぜ?
 嫌われるから。
 恐いの?
 恐い、嫌われるのは恐い、一人は嫌だ……、嫌なんだよ、もう……
 だから距離を取るのね……
 そうだよ。
 気持ちの好い事なのに……
 だから恐いんだ、恐いんだよ!、……でも側に居たいんだ。
 ……あなたは、なにを望むの?
「はっ!」
 鋭く息を吐いて覚醒する。
 見慣れた天井が目に飛び込んで来た。
 全身の力を抜くと、反り返っていた体がベッドに沈んだ。
「……やだな、またこの天井だ」
 何か夢を見ていた様な気がする……
 でも僕は、はっきりとそれを思い出す事ができなかった。



[BACK][TOP][NEXT]