2nd Impression Your EPISODE:X
「そういや知ってるかぁ?、今日転校生が来るんだってさぁ」
「ふぅん……」
「このご時勢に第三新東京市に引っ越して来るなんて、ほぉんと物好きだよなぁ」
 この間からトウジとはすこぶる仲が悪い。
 ……実際には怒り続けてるトウジが、僕の顔を見る度に不機嫌になるからだ。
 机の上に足を置いて、僕の視線がなくなると睨み付けて来る。



第X話「福音を呼ぶための資格」



「山岸マユミです」
 教壇の前に立ったのは、黒髪と眼鏡がとても大人しそうな印象を作ってる女の子だった。
 山岸さんか……
 実はあんまり記憶にない。
 前はそんなに話さなかったんだよな、話したのも図書室で偶然ぶつかった時だけだったし。
 そんな感じだから、今度はどうしようかと考えていた。


「あっついねぇ……」
「俺達も水泳の方がいいよなぁ」
 ぼうっとプールを眺めやる。
 アスカ……、まだ怒ってるのかな?
 怒鳴りつけたのはまずかったよなぁ……、単に身構えてただけだったんだけど。
 あの後からあからさまに避けられるようになったし、顔も合わせてくれなくなった。
「なに見てんのよ、ばかシンジ!」
 ほらこれだ。
 はぁ……
 またサボろうかな。
 なんだか最近、また学校がつまらなくなって来た。


 昼休みは窮屈だ。
 アスカ、トウジ……
 トウジのあからさまな態度と、アスカへの同情が効いてるみたいだ。
 そんな二人を気にしてか、クラスのみんなには避けられちゃってる様な気がする。
 気にしてないように振る舞ってくれるのはケンスケぐらいなものだ。
 だから結局逃げ出して、僕は図書室に来てしまっていた。


「あ……」
「きゃっ」
 本棚の間でぼうっとしていてぶつかった。
「ごめんなさい……」
「大丈夫?」
 山岸さんだった。
 落とした本を拾ってあげる。
「ほんとにごめんなさい、ぼうっとしてて……」
「いいよ、そんなに謝らなくても」
 反射的に謝ってるって感じがする……
「ああ、あなたは……」
「シンジ、碇シンジ、……こんなに読むの?」
「本が好きなんです、だって……」
「だって?」
「……なんでもないんです、ほんと、すみませんでした」
 また謝ってる……
 なんで謝るんだろ?
 なにも悪いことなんてしてないのに……
 でもそんな感じが前の僕に似てたから、つい口元が笑ってしまった。


 使徒が来た、どうやらここの所この付近に潜んでたらしい。
 綾波はそのために警戒待機に着いていたのか、気がつかなかったな……
『目標の能力は不明のまま』
 能力については分かってる、問題無いはずだ。
 前はかなり際どかったけど……
『強羅絶対防衛線にまで引き付けて、通常火器と連携して、敵の能力に対してはその場での判断に委ねる』
 ……なら、パターンの分かってる僕だけの方がいいのかもしれない。
「僕が行きます」
『わかったわ、初号機のみの単独出撃とします、最悪の場合を想定して、零号機と弐号機は本部で待機、いいわね?、シンジ君』
「はい、やります」
『……いい返事だわ、発進!』
 できればこれ一回でケリをつけたい。
 でもそう上手くできるだろうか?
 攻撃パターンは知れてるんだけど……
「接近戦をやってみます」
『気をつけて』
 零号機の新装備は後で必要になるな……
 僕はこの使徒の強さを知っていたはずだった。


《警告》
《民間人をエリア内に確認》
「山岸さん!」
『こちらでも確認したわ、シンジ君は民間人を救出、一時後退して』
 くっ!
 使徒を火器群に足留めしてもらって、足がすくんで動けなくなった山岸さんに声を掛ける。
「乗って!」
『え……、あ、碇、くん?』
 スピーカーからの声に驚いたらしい。
 僕は一端、初号機で山岸さんを運んでからとって返した。
 思えば、それを使徒に見せたのが間違いだったのかもしれない。
 結局、一度目の撃退は中途半端に終わってしまった。


「良くやってくれたわ、って言いたいとこだけど……」
「まだ何かあるの?」
 本部作戦室。
「零号機の警戒待機は解かれていないのよ……」
 使徒はあっけないほど簡単に倒せた、でもそれは僕にとっては予定通りのこと。
 逆に言えば、結局変えられなかったって事だ、なにも。
「使徒はやっつけちゃったじゃない?」
「……碇司令の命令なのよ」
「ふぅん……、ファーストも大変ね?、ま、あたし達には関係の無い事だけど」
「そうね」
「むぅ……」
「じゃあ綾波、頑張って」
「心配しないで」
「むむぅ!」
 だから何に怒ってるんだよ?
 段々うっとうしくなって来た。
「後は……」
「どうしたんですか?、ミサトさん」
「ううん……、アスカの言うように、あっけなさ過ぎる使徒が気になっただけ」
 それは気のせいじゃないですよ、ミサトさん……


 夜。
 アスカ……、まだ怒ってる。
 何で怒るんだろう?、一応謝ったのに……
 本気で謝ってないと思ってるのかな?、でも僕は……
(ごめんなさい)
 あの子……、山岸さん。
 昔の僕に似てるのかもしれない、今の僕の謝り方も、変わってないからアスカを怒らせちゃったのかなぁ?
「よくわかんないや」
 僕は横になって、シーツで頭を覆い隠した。
 カヲル君の幻は、ようやく見ないようになっていた。


 学校へ行く前にリツコさんの所に寄って、零号機の新装備の説明を受けた。
 さすがにテキストの持ち出しは出来ないから、それを咀嚼する様に何度もくり返し思い出す。
 こんなことしながら登校してる僕って、すさんでるんだろうか?
「あ……」
 本屋から山岸さんが出て来た。
「碇さん……」
「朝から本を買ってたの?」
「ええ、昨日図書室で借りた本、みんな読んじゃったから……」
 あれ全部!?
「はは……、本が好きなんだね?」
「ええ……、本は色んな事を教えてくれるから」
「そう……」
「あの、碇君は、本は読まないんですか?」
「よく読むよ」
「よかった」
「どうして?」
「だって、同じ趣味の人が居るだけで、楽しくなるじゃないですか」
「そうだね……」
 そうかもしれない、でも僕の読む本って……
「どうしたの?」
 急にさし込んだように、山岸さんの動きが止まる。
「大丈夫?」
「あ、はい……」
 なんだったんだろ?
 一応注意しながら、僕達は一緒に登校した。


「シンジ、ちょっと付き合えや」
「わかったよ」


 図書室。
「何考えとんのじゃ、お前は!」
 本棚に押し付けられる。
「トウジ、やめろって!」
「霧島の次はあの女か!、惣流をなんやと思とるんじゃ!」
 どうしてこう、トウジっていつも力づくなんだろ?
 あまりにも勝手で、僕もいい加減限界に来た。
「そんなの、関係無いだろ!」
 押し返す。
「このあほが!」
「やめて!」
 山岸さん!?
 なんだかはらはらして、って当たり前か……
「わたし達、そんなんじゃありません」
「お前には関係無いわ!」
「だけど……」
「人の気持ちを考えろとか、アスカがどうとか、そんなの知るもんか!」
「シンジぃ!」
 ケンスケの声も耳に入らない。
「僕の気持ちなんか知らないくせに、勝手な事言うなよ!」
 僕はトウジを突き飛ばした。
「やめたんだよ!、人の顔色窺うのも、好きになるのも、僕はもうしないって決めたんだ!」
「碇さん……」
「ごめん、山岸さん」
「おいシンジ待てよ」
「ケンスケ、今日は帰るよ、先生にそう言っておいて」
「シンジって!」
 僕は無視した、もうここには居たくない。
 そろそろ使徒が来るはずだ、そうさ、遊んでる余裕なんて、今は無いんだ。
 無いんだよ……
 だんだん心が擦り切れていく。
 そうさ、僕はもう、人の顔色を見るのは、やめたんだ……


 状況は酷い、使徒はいきなり街中に現れた。
 市民の避難は終わってない、けど、終わるまでは時間があるはずだった。
 学校に居て遅れたアスカも出て来た。
 使徒はゆっくりと進行、ビルの谷間でウニのような繭に変わる。
 サナギだったはずだ、あれは。
 日が暮れる頃になって状況が動いた。
 サナギから、新たな使徒が生まれ落ちた。


『信じられません!、使徒の質量が増加しています!』
『質量が!?』
『考えられることは一つ、成長しているのよ』
『だとしたら……』
『エヴァの攻撃方法に対抗する能力を、身に付けているはず』
 でもこっちだって零号機の新装備がある。
 片手に槍、片手に身を隠せるほどに大きな楕円形の盾を持って、零号機はオレンジ色に身を染めていた。
「接近戦を仕掛けます」
『やれるのね?』
「敵の動きを止めます、綾波、後は頼むよ」
『わかったわ』
『あたしも前に出るわよ!』
「……行くよ」
 僕は答えない、今はケンカしてる場合じゃないから。
 この使徒は強い、僕の力じゃ及ばないくらいに。
 弐号機のバズーカが唸り、僕はアクティブソードで斬り付ける。
 いつになったら、破壊力の低い武器は通じないって分かってくれるんだろう?
 いくら斬り裂いたって復元するのに。
『効いてるように見えないわね?』
『気をつけて下さい!、敵を示す測定数値の幾つかがゼロを示しています!』
 え?
『どういう事よ!』
『つまりあなたたちの前に居る敵は、実体であり実体でないと言うことよ』
『それじゃあ幻と戦ってるって言うの!?』
『でも、攻撃は本物だわ』
 綾波の方にも光線兵器は飛んでいる。
 その盾には爆発の痕が付いていた。
『分析は進めているわ、遠距離からの牽制に切り換えてて』
『なら前衛はわたしが……』
『レイの重装甲に任せましょ』
『たまには信用してみるわよ、レイ……、裏切ったら承知しないから!』
『わかったわ』
 僕は近くの兵装ビルからポジトロンライフルを取る。
 綾波は盾を前に、そして右手で抜き差しするように槍を振るった。
 そうか、ビルの谷間だから直線に並べるんだ。
 横からの攻撃は考えなくていい、綾波が真正面から盾で攻撃を受け止めてくれた。
 ありがたい。
 微妙な角度で盾とビルのすき間を狙って、使徒の体を狙い撃つ。
 でも。
『ダメです、目標へのダメージ、認められず』
『もう!、しつこいわねぇ!!』
 アスカが焦れ始めてる。
『目標が、移動を開始しました!』
 あっちは……、学校!?
 またなの?
 また油断したの!?
 新しい武器もあるから何とかなるって思ってたのに、ダメージも与えられないなんて!
『シンジ!』
 無視する、最近アスカに対する態度ってこればっかりだ。
『なんとかしなさいよ!』
 使徒は学校を盾にした、どうして?、分かるのか?、あそこを守りたいってことが……
「うわああああ!」
『シンジ君!』
『シンジ!』
『碇君!』
 使徒の光に吹き飛ばされる。
「くそ……、なんだ!?」
 背中の軋みに耐えて起き上がると、いきなりエラーに襲われた。
「LCL浄化ユニットの損傷!?」
『シンジ君、アスカとレイに足留めさせるわ、その間にユニットの交換を受けて』
「大丈夫、少しは保ちます!」
 耐えられない……
 いくらみんなと上手くいってなかったからって、苛付いてたからって、こんな……
 こんな失敗、しちゃうなんて!
『シンジ君!、ユニット交換は十分もあれば済むわ、いま作業用トレーラーをそっちに回したから』
『いいから修理を受けなさいよシンジ!、そんな初号機で戦われても迷惑なのよ!』
 気づかっただけなのかもしれない、でも今の僕には皮肉にしか聞こえなかった。


 何を考えてたんだ僕は……
 記憶通りに行かないってのは、もう十分過ぎるほど分かっていたはずなのに……
 またやってしまったの?
 結局、前と同じなの?、もっと酷くなってしまうのか……
 僕には、何も手に入れる事が出来ないの?、何も、何も……
 まんじりとして、トレーラーの横でプラグの修理が終わるのを待ち続ける。
 どんどん思考がマイナス方向へと落ち込んでいく。
 先が分からないってだけで、こんなに不安になるなんて……
 そう、もう僕の知ってる歴史じゃない、だからどう戦っていいのか分からない。
 僕は……、ミサトさん達にしっかりして欲しいって思ってた。
 いつも後手後手にしか動いてくれないみんなに不満をぶつけてた、だけど……
 そうだ、そうだよ……
 それって同じなんだ。
 何をすればいいのか、どうしたらいいのかも分からなかった僕がいた。
 それは前の僕だ、みんなが嫌っていた僕なんだ。
 自分で学ぼうともしない、なにもわからない、見付けられない僕自身のことじゃないか。
(いい?、波風立たないように生きてる人間は、そのうち本当の波風に見舞われた時に、なぁんの対処も出来ないで慌てるだけなの!)
 そうだ、アスカに言われてた通りじゃないか。
 アスカにはきっと、こうすればいいって正解がわかってたんだ、なのに僕はそれを見付けようともしなかった、だから嫌われてたんだ、情けなくて……
 でも僕は、どうしていいのか分からなかった、本当はどうにかしたかったんだ、でも教えてもらえばいいってことすらも分からなかった。
 最後にはそんなアスカや、ミサトさんからも、僕は恐いって逃げ出した。
 そうだ、恐かったんだよ、だから逃げたのに……
 今の僕、か……
 なんでも訳知り顔で、どうしてわからないんだよって突っかかってる。
 恐がられて当然か……、僕はあの時のアスカや、ミサトさんなんだ。
 そしてみんなは、僕なんだ……
 何も分からなくて、恐くて、だから脅えて、臆病になるのが当然なのに、僕は!
「碇君」
 山岸さん!?
「どうしてこんな所に!、早くシェルターに逃げなくちゃ危ないじゃないか」
「お願い、わたしを殺して!、お願いだから!」
 切羽詰まった表情に気圧される。
「何を言ってるんだよ……」
 訳が分からない、でも、真剣で、泣きそうで……
「わかるの!、わたしの中にあの怪物が居る、あの怪物の魂が宿ってるのよ!」
 泣き崩れてしまう……
 でも。
「そんなこと出来る分けないだろう?」
「でもあたし嫌だから、人に迷惑かけるのもかけられるのも嫌だから、勝手に心を覗くのも覗かれるのも、そんな自分も嫌だから、このままじゃもっと自分を嫌になるから!」
 魂からの叫びなのかもしれない、でも、僕には……
 ふいに思い出す。
 前に考えた事だ。
(一パーセントでも自分に悪い所があったら……)
 僕は謝ってしまう、例え相手が悪くても。
 山岸さんは僕だ、僕なんだ。
 でも重なるのは……
(自らの死、それだけが……)
 唯一の、自由……
「そんなの、おかしいよ……」
 どうすればいいのかはわからない。
「自分が嫌だからって……」
 僕に殺させようって言うの?
「そんなの嫌だよ!」
「碇君!?」
 僕は自分の思いに落ち込む。
「何で勝手なんだよ!、カヲル君も、山岸さんも、みんな、みんな!」
「勝手……、わたし」
「死ぬなら勝手に死ねばいいだろう!?、なんでみんな僕に殺させようって言うのさ!?、また殺さなきゃいけないの?、人を……、好きになれるかもしれない人を、僕は……」
「碇君……」
 瞬間、山岸さんは複雑そうな顔をした。
 辛そうに、でも少し頬を染めて、戸惑って。
 僕は背を向けた。
「シェルターに隠れて」
「でも!」
「僕が……、なんとかするから」
 そう、なんとかするしかないんだ。
 これは僕のミスなんだ、僕のせいで、こんな事になったんだ。
 一度は倒せたんだ、今度だって!
 その根拠というには余りにも弱い物を拠り所にして、僕は再びLCLの中に沈むことにした。
 僕は……、でも、逃げる事だけは、嫌だから。


『遅いわよバカシンジ!』
「ごめん!」
 弐号機はボロボロ、零号機も鎧が壊れかけていた。
 効果はあったみたいだ、前衛に出てたのは零号機なのに、見た目にも分かるほど弐号機の方がダメージを受けている。
「でも、どうやって倒せばいいんだ……」
 これだけの時間、二機がかりで攻撃しても、まったくダメージを与えられないなんて……
『弐号機、損傷率はほぼ限界です!』
『目標、ダメージ認められず』
 このままじゃ……、全滅するのを待つだけだ。
「うわあああああああ!」
 自棄になってパレットガンを撃ちまくる。
『目標、初号機に狙いをしぼりました!』
『シンジ君、避けて!』
「うわっ!」
 体当たりを受けて吹き飛ばされる。
「この……、え!?」
 ウィンドウが開いた。
 ビルの屋上に、山岸さんの姿が見える。
「まだ避難してなかったのか!」
 山岸さんは柵を越えていた。
「なんてことすんだよ!」
 跳んだ、山岸さんは、屋上から。
「この!」
 宙に浮いた体を、エヴァの手で受け止める。
 間に合った、でも気を失ってるみたいだ。
「なんでだよ……、何で死のうとするのさ?」
 僕はもう訳が分からなかった。
「逃げたくても逃げられない、逃げないように、自分に言い聞かせてる、そんな奴だっているのにさ……」
 生きていれば、明日は来るんだ、明日が来れば、楽しい事が見付けられるんだよ。
『シンジ君、来るわ!』
 だから、逃げちゃダメなのに!
『エリア内に新しい反応を確認!』
『確認しました、パターン青、使徒です!』
『まさかっ、新たな使徒!?』
『いえっ!、反応は現在の目標と同一座標上です!』
『もしかしたら……、あの子の体にコアを潜ませていたのね』
『そんなことが!?』
『危険に晒すと判断して、本来の体に戻したんだわ』
『そんなことって……』
「……なら、今なら倒せるんですね」
『え、ええ……』
 僕の低く唸るような声に、リツコさんも声を無くしたようだ。
「綾波……、槍を」
 綾波は無言で僕に手渡してくれた。
「アスカ、そのまま中和してて」
『わかったわ!』
「!!!」
 僕は怒りのままに槍を振りかぶった。
 許せなかったんだ、自分の油断で、人を自殺に追い込んだ事が。
 僕がしっかりしていれば。
 僕がもっと……
「はあっ!」
 ドン!
 空気が爆発した。
 感じられない程に薄いはずの壁を貫いて槍は飛んでいった。
 ATフィールドも、使徒も貫き、槍はその向こうのビルを粉砕し、山を吹き散らして、そしてそのまま放物線を描くように、空に向かって消えて行った。
『……使徒は』
『か、完全に沈黙、反応、消えました』
『とんでもないわね……』
 ミサトさんの呆れたよな声が聞こえたけど、僕は……
「うっ、くっ、ぐす……」
『シンジ……』
 気づかうように、弐号機が倒れかかった初号機を支えてくれた。
 なんで、みんな……
 僕は今度こそ、楽しく過ごしたかっただけなのに。
 上手くいかない何かに対して、僕はただ嗚咽を漏らし続けていた。


「碇君……」
 なんとなく……、僕は一言だけ言いたくて駅に来ていた。
 アスカに聞いたんだ、山岸さんが転校するって。
 山岸さんを見送りに着ていた洞木さんは、僕に驚いたような顔を向けている。
 でも僕は無視した、こうすることが、大事だから。
「ごめん……」
 僕はただ頭を下げた。
「碇君、頭を上げて下さい」
「でも……」
「謝るならわたしの方ですから……」
「山岸さん……」
 僕はやっとで頭を上げる。
「わたし……、人を傷つけるのも傷つけられるのも嫌だったのに……、碇君のことなにも知らないで、傷つけたから……」
「いいんだ、僕には、何も無かったから……」
 そう傷つけられる心も捨てていた。
 好きにならないって、方法で。
「ごめんなさい……、辛そうだなって、見れば分かるのに、わたし……」
 僕達はちょっとの間だけ視線を合わせた。
「わたし達、似てるのかもしれませんね……」
「そうだね……」
「でも、似てるから思ったんです、あたしもシンジ君のように頑張れるかもしれないって」
「……名前で、呼んでくれるんだね」
「あ、ごめんなさい……」
「ほら、また謝ってる」
 苦笑し合う。
「そうですね……、また逢えるといいですね?」
「逢えるよ、生きてれば……」
「そうですね」
 マユミさんは眼鏡を外して、笑みを見せてくれた。
 今日、ここに来るまでずっと考えてたんだ。
 何度も名前をくり返してる内に、僕の中で山岸さんはマユミさんになってた。
 だからきっと、マユミさんも僕のことを考えててくれてたんだと思う。
 僕は……、悪い方に変わっていたのかもしれない。
 他人を遠ざけて、距離を取ってたから、トウジやアスカとすれ違ったのかもしれない。
 もう遅いのかもしれない、でもこれ以上、悪くしたくないと思う、だから……
 だから僕は……
 マユミさんを乗せた電車が遠ざかっていく。
 僕も少し、考えたいと思う。
 僕の嫌いだった事を人に押し付けていた僕を。
 僕の嫌いだった人達と同じになってしまっていた僕のことを。
 誰よりも僕が、嫌いな僕に、気付けるように……
 人を好きになりたい、好きって言いたい。
 マナからずっと考えていたこと、それでも傷つかないでいられる方法を、僕は本当に探したいと思った。



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