「今日はもう寝ていて、後はわたし達で処理するわ」
「そうそう!、それとっ、明日はちゃんと学校来なさいよね!」
「え……」
「来なかったら、迎えに来るわよ?」
その迫力にはかなわなかったわけで……
「う、うん……、わかったよ」
と、ついつい答えちゃった、まあアスカが嬉しそうにしてくれたからいいんだけどさ……
「よろしい!、お子様が一人前気取ろうなんて十年早いんですからね!」
「なんだよもぉ……、自分だって子供の癖にぃ」
「……碇君」
「あ、なに?」
「無理な様なら、退院を延ばして」
「うん……、でももう大丈夫だよ」
「そう」
失望……、してるのを感じたのは気のせいだろうか?
「よかったわね……」
そう言った綾波の言葉に、同じ匂いを僕は感じる。
やっぱり、母さんの匂いなのか?
「それにしても……」
「なに?」
「取れないわね?、血の匂い……」
アスカは僕の髪をくんっと嗅いだ。
第拾七話「四人目の適格者」
「さ、飯や飯やぁ!、学校最大の楽しみやからなぁ」
「「「えー!」」」
トウジの声が聞こえたかと思えば、それは女子の悲鳴に飲み込まれた。
「なんだろ?」
「惣流じゃないのか?」
ケンスケがカメラのレンズの向きを変える。
僕もそっちを見た……、ら、アスカが妙に気合いを入れて歩いて来た。
「はいっ!」
「え?」
差し出されたタッパ、中にはご飯とおかずが入っているらしい。
「なに?」
「あんたバカぁ!?、お弁当に決まってるじゃない!」
「いや、そうじゃなくて……」
「あんたインスタントしか食べてないでしょうが!、そんなんじゃ困るって……、その、み、ミサトに頼まれたのよ!」
「ふぅん……」
と言って受け取ったんだけど。
「な、なによ?」
だから気合い入れ過ぎだって……
「た、食べないと、コロスわよ?」
うう、ドスの聞いた声で脅されちゃったよ。
「……のろけちゃってぇ、いやぁんな感じぃ」
ケンスケの一言に、僕とアスカは小さくなった。
「シンジぃ!」
帰ろうとした所をトウジに呼び止められた。
「ちょっと付き合えや」
まだ何人か残っていた人達が息を飲んだ。
「うん、いいよ」
僕は努めて明るく返す。
(ヌカ喜びと自己嫌悪を重ねるだけ、でもその度に……)
僕は、トウジに甘えたいのかもしれない、許してくれないかって。
自分に嘘を吐いても苦しくなるから。
だから、どうせ後悔するのなら、希望も持たない生き方よりは、失望に耐えてたまの喜びをつかむ事に僕は決めた。
「すまんかったな……」
「なにが?」
トウジの用事は簡単で、綾波にプリントを届けに行くと言うものだった。
「わしは……、アスカに同情ばっかりしとって、お前のこと何にも考えとらんかった」
「そんなの……、別に」
「なぁ、シンジぃ」
「なに?」
「お前は……、なんでエヴァに乗っとるんや?」
なんだか変に大人しいな。
「どうしたのさ、急に……」
セミの声がうるさい。
黙り込んじゃった、か……
僕は溜め息を吐いてこう答えた。
「……死にたくないから、かな」
「そうかぁ……」
妙に思い悩んでる。
「どうして?」
「ん、ああ……、ケンスケに聞いたんや、ワシが殴って、お前が学校来んようになった時、偶然会って話したっちゅうて」
「で、なんて?」
「楽しくないから、って断られたちゅうとったわ」
「……そうだね、僕は結局逃げてるだけだ」
「シンジぃ……」
「楽しい事を見付けたんだ、やっと恐がらなくていい事を見付けたんだ……、でもやっぱりって、恐くなって、逃げ出した」
「わしらはあの使徒っちゅう化けもんと変わらんのやなぁ……」
トウジの言うことは、どこか当たってる……
そっか……、ここでも僕は変われてなかったから、だから同じ事になっちゃったんだな。
これからはどうなんだろう?
僕にはまだ分からない。
綾波の住んでる団地。
その部屋の前に来て、インターホンを押そうとしてやっぱりやめた。
「なんや?」
「壊れてるんだよね」
だからドンドンと戸を叩く。
「綾波、碇だけど!」
返事が無い。
「どないするんや?」
「ここに入れても読まないだろうしね……」
郵便受けに目をやる。
「玄関口に放り込んでおこうよ」
「鍵かかっとらんのか?」
「綾波は……、そういうの気にしないから」
戸を開けて、いないのを承知で言葉を置いておく。
「綾波ぃ!、プリント、置いておくからね?」
バサッと放り出して戸を閉じる。
そのすき間から見た一瞬の光景に唖然としたんだと思う。
トウジが戸惑っていた。
「なんや!、あれが女の部屋やっちゅうんか?」
「綾波は、そう言う子なんだ」
「お、綾波、今お帰りかい」
戸を閉じたのと、通路の先に姿を見せたのが同時だった。
「なに?」
こういう時って、綾波、凄く近くに立つんだよね?
それこそ綾波の匂いが分かるくらいに。
「プリント、置いておいたから」
「……わかったわ」
「じゃ」
僕とトウジは帰ろうとする。
「あの……」
「え?」
綾波が呼び止めてくれた?
「上がっていけば?」
思わず僕とトウジは、お互いの顔を見合わせていた。
「ほんま、エヴァのパイロットちゅうんはまともな奴がおらへんなぁ」
この部屋を見られると反論できないよな……
「綾波、大丈夫?」
「ええ……」
お茶をいれるってことに慣れてなかったのか?、綾波は無造作に電熱器で温めたポットに触って火傷したんだ。
慌てて冷やして、手当てもしてあげたんだけど、それでもやっぱり引きつった感じが痛々しかった。
まあ、すぐに消えるだろうけど……
(ありがとう……)
赤くなって、手当てのお礼を言って……、綾波も可愛いよな。
トウジにひゅーひゅーってからかわれたけど。
部屋に帰ろうとして本部内をうろついていると、リツコさんに捉まった。
ミサトさんがジュースを買いに行ったまま帰って来ない。
呼び出しは恥ずかしいからやめろって……、ミサトさん、子供じゃないんだから。
で、結局僕が使いに出された。
「よ、たまにはどうだ、お茶でも」
ミサトさんを見つけまでは良かったけど、今度はナンパをしていた加持さんにつかまった。
学校ではトウジ、その後は綾波、リツコさん、加持さん。
ホントに今日は良く人に捉まる日だな。
「加持さんって、男は誘わないと思ってました」
「おいおい、そうだ、一つ良いものを見せよう」
場所移動。
「スイカ、ですか?」
見事な畑が出来上がっていた。
前よりちょっと広いかもしれない。
「可愛いだろう?、俺の趣味さ、みんなには内緒だけどな?」
「いいんですか?、勝手に」
「何かを育てるのはいいぞぉ?、色んな事が見えるし分かって来る」
「護魔化してません?」
「楽しいからな、秘密ってのは」
「秘密……」
秘密か。
まあ確かに、僕は知ってるけどね?、って言うのは楽しいけどさ……
「楽しいのは嫌いか?」
「……好きじゃないです、秘密にするのは」
そう辛い事の方が多いから。
隠しているのは息苦しいから。
「辛い事を知ってる人間の方が優しく出来るさ、それは弱さとは違うからな」
「でも何も話せないから……、だから」
「だから、誤解されたらもう諦めてしまうのか?」
加持さんに電話が入った。
マナの時に、僕のクラスにはチルドレンの選抜候補者が集められているとか、ここの地下には何があるとか話してある。
どうして僕がそれを知っているのか?、については、加持さんのことを詮索しないってことでお互い様にしてもらった。
「葛城からだ、これからシンクロテストだと」
最近また多くなってる。
「加持さん」
「なんだ?」
僕は切羽詰まって来ていた。
「お願いです、アスカを支えてあげて下さい」
「ああ」
僕の言いようには何か混ざってしまったのかもしれない。
加持さんは目を細めて、神妙な顔つきで頷いてくれた。
またアスカが壊れませんように……
僕は、僕が支えきれると思うほど、そんな自信は持てなかった。
このところシンクロ率は落ちる一方だ。
だからテストが多いのか?、それとも『あの』準備のためなのか?
僕には今ひとつ分からない。
零号機での暴走の時のこともあるから、表面上はなんでもないように振る舞ってるけど……
やっぱり、シンクロ率までは護魔化せないか。
それは心を護魔化せていないのと同じだった。
学校。
トウジが校長室に呼び出された。
「エヴァ参号機!?」
そして屋上でのケンスケの追及。
「なぁ、教えてくれよ!」
「ほんとに知らないよ!」
「なぁ、隠さなきゃいけないのは分かるけど……」
「ほんとに……、何も聞いて無いんだ」
「じゃあ……、四号機が欠番になったって話は?」
「なにそれ?」
「ほんとにこれも知らないの?、第二支部ごと吹っ飛んだって、パパの所は、大騒ぎだったみたいだぜ」
ケンスケと二人でトウジが来るのを待ってるんだけどまだ来ない。
その分不安が募る、それは校舎横の駐車場に停まっているネルフの覆面車、赤い車が原因なのかもしれない。
「じゃあ、昨日のが……」
「やっぱりなにかあったのか!?」
「うん……、警報が鳴ってるのに呼び出しがかからなかったんだ」
「そうか……、まあ末端のパイロットには関係ないからな?、言わないって事は、知らなくてもいいって事なんだろ?」
そう言う物なんだろうか?
変な所で子供扱いしてるから、僕達に心配かけないようにしてるんだとか……
そっちの方が迷惑なんだけど、本当の所はよく分からなかった。
僕って大体のことは知っているのに、分かってることはホントに少ない……
トウジは悩んでる、ぼうっとしてるようだったけど、ずっと何かを考えていた。
間違い無い、トウジは巻き込まれた。
冷房を強めにかけて、知恵熱で熱くなった頭をはっきりとさせる。
一人の部屋、物を考えるための部屋。
(考えてる時って、人は邪魔でしかないから)
いつか聞いた、リツコさんの言葉が実感できた。
このままだと、トウジは間違いなく……、だめだ!
もう二度と、あんなことは……、じゃあどうするんだ?、乗るなって言うのか?
煮詰まった時、部屋の戸が開いた。
「アスカ?」
そこに立っていたのは、似たように煮詰まった顔をしているアスカだった。
[BACK][TOP][NEXT]