希望なのよ。
希望?
ヒトは互いに分かり合えるかも知れない、と言うことの。
好きだと言う言葉と共にね。
でもそれは見せかけなんだ、自分勝手な思い込みなんだ。
祈りみたいなものなんだ。
続くはずないんだ。
いつかは裏切られるんだ。
僕を見捨てるんだ。
でも僕はもう一度会いたいと思った。
その時の気持ちは、本当だと思うから…
(夢?)
綾波レイは夢を見ていた。
初めて夢と言うものを見ていた。
だがそれはあまりにも現実味を帯びていた。
存在感が強過ぎた。
(あれはわたし?)
自分ではない自分がそこに居る。
(なぜ?)
自分に似た少年が居る。
(あなた誰?)
綾波レイは彼を見ていた。
黒髪の少年、何故あそこにいるわたしは、あれ程優しげに見守っているのだろうかと。
(風が…)
哭いた。
少年との絆が断ち切られていく。
それは錯覚。
(絆?)
あろうはずが無い、見知らぬ少年との間になど。
(なぜ?)
綾波レイには分からない。
今はまだ、分かる必要もないことだから。
ガァアアアアア!
ストレッチャーの車輪の音がレイを現実へと引き戻した。
使徒、襲来。
(また…、あれに乗るのね)
そっと溜め息を吐いた綾波レイは、初号機のケイジへと運ばれていった。
第壱話「使徒、襲来」
半月前。
ネルフ本部、第二実験場。
「主電源接続完了、起動用システム稼動開始」
緊張感の漲る中で、零号機に火が入れられた。
「起動システム、第二段階へ移行」
「パイロット、接合に入ります」
”EVA0PROT”
腕部に電光表示が浮かび上がる。
注意が注がれる、動いた?、緊張の糸が切れかけた時、それは起こった。
『パイロット、接合に入ります』
レイは全身から力を抜いていた。
それは決してリラックスしていたからではない。
頭の中では外面に反して、激しく自問をくり返していた。
(何故これに乗っているの?、わたし…)
彼女はこれに乗る事に意義を見いだせないでいた。
しかし意義など必要ないのだ。
(…わたしには、他に何も無いもの)
生きている理由が無い。
生み出されたわけが。
それがレイには、エヴァ以外に思い当たらなかった。
死ぬ事すら許されない。
拒否する権限も与えられていない。
自由が無い。
流されるままにエヴァに乗り。
命じられた事を完遂する。
(他に、なにも…)
だがしかし。
それが自分でなければならない必然性は、一体何処にあるというのか?
初号機。
もう一体のエヴァンゲリオン。
それが稼動した時、零号機と、自分はどうなってしまうのだろう?
不安がレイを支配する、直後。
零号機は、暴走していた。
レイの嘆き、そのままに。
「パルス逆流!」
悲鳴が上がる。
「実験中止、電源を落とせ」
即座にゲンドウが命令する。
しかしエヴァは抵抗を見せる。
「予備電源に切り替わりました」
「完全停止まで後三十五秒」
拘束具を引きちぎり、拳をゲンドウに向かって叩きつける。
ガシャ!
「危険です、下がって下さい!」
強化ガラスが砕け散る。
窓枠に巨大な拳の跡が残される。
零号機は、続いて壁に向かって頭を打ち付けた。
その向こうは初号機が保管されているケイジである。
苦しみを訴えるように、叩き、殴り、額を打ち付け、縋り付く。
「オートエジェクション、作動します」
「いかん!」
慌てるゲンドウをあざ笑うように、エヴァはレイを『放り捨てた』
射出されたエントリープラグが、壁にぶつかり落下する。
「レイ!」
駆け寄るゲンドウ。
その慌てぶりに驚いたのはリツコのみだ。
それだけ注意を注いでいたのだろう。
碇ゲンドウと言う男に。
「レイ、大丈夫か、レイ!」
プラグの中に座っていたのは綾波レイであった。
顔が苦痛に歪んでいる。
ぼやける視界にゲンドウの顔が写り込む。
だからレイは頷いた。
「そうか…」
ほっとする。
怪我が大したことは無くて、と、だがそれは間違いであった。
綾波レイは心の中に、大きな傷を負っていた。
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