A transfer
「どう?、シンジ君、調子は?」
『…いいと思いますけど』
「曖昧ねぇ?、どうしたの」
『はあ、まだちゃんと慣れてなくて』
 リツコ、マヤはその言葉に胡散臭さを感じて顔をしかめた。
 当然だろう、ナイフを抜く、ただそれだけのこととはいえ、命じてから機械が動作する迄には当然のようにタイムラグが存在するのだ。
 しかしシンジは、それすらも計算に入れてエヴァを見事に操っている。
 これを疑わずして、如何にしろと言うのだろうか?
「それじゃあ、インダクションモード」
『はい』
 リツコは小気味言い返事の後に繰り広げられて行く『戦績』を追った。
 次々とシンジは敵のグラフィックを討ち倒していく。
 その動きには一切無駄なものは見られない。
 当人であるシンジですら気が付いていない事だが、シンジは中途半端に小器用だった。
 これまでの事なかれ主義の成果か?、料理のようになんでもある程度まではこなせるのだ。
 シュミュレーションもまた同様に、慣れの範疇でこなしている、実戦のように不確定要素が少ない分だけ、確実にそのプログラムパターンを見抜きつつ。
「うまいもんねぇ…」
 ミサトは腕組みをしながら、その能力を見定めていた。
 銃を構える動作、引き金を引くタイミング。
 何処かに慣れを感じるのだ。
 銃口を向け、狙いを定めてから引き金を引くのではなく、先に目標を捕え、視線と銃身が一直線に並んだ瞬間引き金を引き絞っている。
 そんな印象をミサトは受けていた。
(何処でこんな事を覚えたのかしら?、テレビゲーム?、にしたって…)
 推し量れば量るほどに、動作からは間というものが削られていた。
 なるべく一つの挙動で行なおうとしているのが見て取れるのだから、余計に怪しい。
「ま、いいわ…」
 とにかく、と、ミサトは安堵した。
 これでライフル主体の作戦を行えるとわかったからだ。
 前回のような接近戦でなければ、もっと余裕のある対処が行えるだろう。
 それでこそ指示を与えるゆとりも生まれようというものだ。
 できれば己の手で使徒を葬りたいと気が逸っているミサトである、可能な限り口を挟み擬似的にでもその感触を味わいたいのかもしれない。
 だから口喧しくもなるのだが、現場の判断を許さないと言う指揮者は最悪と言わざるをえない。
 命が惜しいからこそ生き残るために最良の方策を選ぶのであるし、それをウォーゲームのユニットが入力したコマンドを無視して行動した、などとそれと同じレベルでヒステリーを起こされても困るのだ。
 ミサトとゲンドウの違いはここにあった、ミサト自身『道具として見ていた』と言い表している。
 誰も預かり知らぬ事だが、ゲンドウはシンジと再会した時に彼が道具として扱える人間かどうかを、わざとあのような言葉で持って確かめていた。
 駄々をこねる子供は駒には成りえない、だからこそゲンドウは細かな事など無視してシンジに『使徒撃退』のみを希望している、期待ではない。
 ミサトはリツコがシュミュレーションの条件をランクアップしていくのを確かめながら、次の使徒を思い通りに倒せるかもしれないと邪な欲望を抱いていた、しかし。
『…これって、ほんとに効くのかなって』
 初号機が銃を軽く振って見せる、その仕草にマヤはミサトのこめかみが引きつるのを確かに見た。
 それほどシンジの一言は、ミサトの神経を逆なでしていた。



第参話「鳴らない、電話」



 ここ数日、学校での綾波レイは明かに異常な醜態を晒していた。
 窓際で頬に杖をつく姿はいつものものだが、目の動きが違っていたのだ。
 視界にはいつもの様に、誰が誰だか分からない蟻のような少年少女達が群れている校庭が映り込んでいる。
 焦点を合わせる必要性は感じていないのだろう、ただただぼうっと眺めていた。
 別に友人が居るわけでも無い、これまではそうだった、その中には見知った顔などないのだ、何を探せというのだろうか?
(碇君…)
 そう、ここ数日というもの、彼女はいつも同じ時間に登校して来る一人の少年の姿を探してしまっていた。
 目の焦点が急速に合い始めた、何故か大勢いる中で、彼にだけ色彩があるように目に留まる。
 校門の門柱に沿うように曲がって来る少年が居た。
 彼こそがレイの探していた少年だった。
 校門をくぐり、何が楽しいのだろう?、ずっと一人でにやけている。
 耳にはヘッドフォンが刺さったままだ、それは授業中もそのままなのを、眺めているから知っていた。
 友達どころかまともな知り合いも居ないようだった。
 事実彼がクラスメートと話す姿を、綾波レイは見たことがない。
 登下校は一人きり、ネルフでも職員とは上辺の会話だけで、彼はまるで他人との絆を築こうとはしていなかった。
(なぜ?)
 それは彼女の信望している男にとても良く似ている態度であった。
 何よりも、その中でごく少数の人間だけを、「人」として対しているのがさらに似ている。
(どうして?)
 その中に間違いなく自分も含まれている。
 それがレイに混乱を生んでいた、自分と彼との間に何か繋がりがあるのだろうかと邪推する。
(わたしが、エヴァのパイロットだから?)
 レイはすぐに違うと考えを改めた、なぜなら彼の方が優秀だからだ。
(そう…)
 なら、自分は必要のない存在だろう。
 もうひとつ、彼女は酷く困惑する光景を見ていた。
 退院間際、彼女はシンジを見付け、何故だか後を追ってしまった。
 着かず離れず、院内を歩き、一つの病室に辿り着く。
「鈴原さん、だよね?」
「どなたですか?」
 やけに幼い女の子だった。
 だが非常にしっかりとしている。
「うん…、ロボットのパイロット」
「あ…」
 驚いた声に、レイは扉の前で立ち尽くす。
「ごめんね?、…もうすぐ普通の病院に移るって聞いたから、その前にって思って」
「なにを、ですか?」
 すぅ、と息を吸う音が聞こえた。
「言い訳はしないよ」
 それは毅然とした声だった。
「君に怪我をさせたのは僕なんだ、ううん…、もしかすると、殺してたのかもしれない」
(何を言っているの?)
 戦闘区域で見つかった負傷者だった、もちろんその何時間も前に避難勧告は出されいた。
 しかし平和にぼけた子供、大人達は逃げようともせずに、「何を馬鹿な」と受け流し、今度の『災害』にあったのだ。
 その結果が、ここにあるだけ。
 シェルターに入っていれば怪我を負うことは無かったのだから、自業自得と言われても仕方の無い事だろう。
 なのに、シンジは。
「謝りたかっただけなんだ、許す必要は無いから」
「どうして、ですか?」
 困惑する少女にシンジは何も答えなかった。
 答えず、戸を開き、出て来て、そこに居たレイに驚く。
 しかしすり抜けるように無視して行ってしまう、声も掛けずに。
 その一瞬前のシンジの表情が忘れられなかった。
 レイが居なければ表情を消しはしなかっただろうその顔が。
 許す必要は無いと言った、その想いを引きずった顔。
 部屋から出て来た瞬間の、おそらくは少女に見えないように隠した想い。
 手に入るかも知れないものを、自分には無理だからと諦めた表情。
 背後で不安げに、泣きそうに少年を見送っている儚げな少女の瞳、幼いなりに何かを感じている悲しげな目。
 それらはどこか、自分がこれまでに読んで来た本の主人公達に重なってしまう部分があった。
 少年は幸せになれるのだろうか?
 レイは何故だか気になっていた。


「シンジ君のクラスメート!?」
 ミサトの声にハッとする。
 そう、今は戦闘中なのだから。
「なぜこんな所に!」
 レイはその鈴原と言う少年に呆れながら、シンジの戦いへと向い直った。
 シンジが彼に殴り倒されたのを見た。
 自業自得のはずの怪我を、本人でも無い者が人のせいにして気を晴らしている現場であった。
 そして今、その彼が妹と同じようにシンジの邪魔をしていた。
 きっとこの後、またシンジを殴るのだろう。
 危ないじゃないかと責めるのだろう。
 あの少年はそう言う意味でシンジを殴りつけたのだから。
 また同じことを吐き散らすのだろう。
 そして、シンジは?
 レイはキュッと唇を噛んだ。
(あの人は、きっと…)
 また黙って殴られるのだろう。
 やるせないもどかしさに包まれる、しかしそれが何なのかはまだわからない。
「シンジ君、エヴァを現行モードでホールド、二人を…」
「越権行為よ!、葛城一尉!」
 その時、初号機が動き出した。
 シンジの咆哮にレイは激しく揺さぶられた。
 理不尽な怒りを爆発させて、少年達を無視し、エヴァは使徒へと向かっていく。
(エヴァンゲリオン…)
 レイはこの時、改めて違いを感じ知った。
 シンジの心そのままに力を荒れ狂わせるその巨人。
 なんと躍動感に満ち溢れ、力強く動くのだろう。
 それはまさに、普段抑え込んでしまっているシンジの激情、そのものだった。
(わたしには…)
 あのような動きは出来ない。
 あのように心をとても見せられないから。
『うわああああああああああああ!』
 使徒に鞭で貫かれ、それでもシンジは止まらなかった。
 初号機もまたシンジの心のままに暴走して見せる。
 心のままに動く物。
(これが、エヴァンゲリオン…)
 この時、レイは魅せられていた。
 そのあまりに豊かな「感情」に。
 自分にもあるかもしれない、大切なものに。
 雄叫びに震える何かを、胸の奥に感じていたから。



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