Both of You,Dance Like You Want to Win.
(どいつも、こいつも!)
 アスカははっきり言って不機嫌を持て余していた。
 さして期待もしていなかった学園生活は、やはりほぼドイツで思い描いていた通りに展開していた。
 少々うっとうしいのは下駄箱を埋めつくすバカな男達からのラブレターであろう、まさか今時と言う想いがあった。
 それもまた人気のバロメーターではあるのだが、しかし今の彼女の関心事は特定人物のみに向けられている。
 彼女が必要としているのは彼との綿密な対話であったのだ。
 なのに彼はのらりくらりと逃げ回っている。
(どういうつもりなのよ!?、せっかくあたしが声かけてやってるって言うのに!)
 そう、彼とは避ける様にして逃げ回っている碇シンジの事であった。
 この一週間、ずっと当たり障りのない言葉で避けられているのだ、これはもう意識してやっているとしか思えなかった。
 苛立ちはいや増すばかりである、さらには追い打ちをかけるようにバカの集団が言い寄って来る。
 彼女の忍耐もそろそろ限界に達しようとしていた。



第九話「瞬間、心、重ねて」



「また派手にやったわねぇ?」
「水中戦闘を考慮すべきだったわぁ」
 エアコンがかけられていると言うのに、ミサトはうだるように椅子の背に体を預けていた。
「あら珍しい、反省?」
 リツコの研究室はミサトとの部屋とは対照的な程に整頓されている。
 ちなみにリツコが読んでいるのは、ネルフに回されて来た太平洋艦隊からの請求書である、本来はミサトが処理すべき文書だ。
「いいじゃないのよぉ、貴重なデータも取れたんだしぃ」
「そうね…、ミサト?」
「ん〜」
「これは本当に貴重なデータよ?」
 シンクロ値は過去の記録を更新しているが、それは数字だけの単純な話ではない。
 弐号機によるアスカの平均シンクロ率は七十を越えれば良い方である。
 シンジの存在は足かせになりはすれ、上がることは無いはずなのだ。
(そう、「システム上」あり得ない事だわ…)
 碇シンジがコアの書き換えも無しに弐号機と同調を果たしたと言う事態そのものが重要なのだ。
 そしてもう一つの異常なデータ。
(このハーモニクスの値…)
 まるで自身がエヴァであるかの様な同化を果たしている。
 初号機とでもそうであるように。
(まさかエヴァからの侵食?)
 不安が過る、と、そこに至って思い出した。
「そう言えば…」
「ん、なに?」
「アスカが聞きに来たのよ、ハーモニクスとシンクロって同じことじゃないのかって」
「アスカ、ねぇ…」
 ミサトは以前とはイメージが違うと感じていた、どこか、アスカの感じが変わったのだ。
 戦闘の前後から。
「適当に答えておいたけど…、気にならない?」
「シンジ君のことが、でしょ?」
 ミサトもそれは懸念していた。
 船のことからてっきり反発すると思っていたのだ。
(あのアスカが…)
 なのに弐号機から出て来たアスカは誇るでもなく、シンジを、男の子を胸に抱きかかえて、助けてあげてと取り乱していた。
 何しろ加持が居なくなった事にも気が付かなかった程なのだから…
(シンジ君、なにかしたのかしら?)
 下世話な想像が過るのだが、キスの一つで大人しくなるような子でも無いだろう。
(何があったの?)
 会話はまる聞こえだった、何かがあるような余地は無かった。
 なのにシンジが何かをしたとしか思えないのだ。
「あのアスカが…、変われば変わるものね?」
 リツコも技術交換の意味合いで何度かドイツには顔を出し、アスカとは既に面識があった。
 もっと小生意気で他人など歯牙にも掛けない部分が見え隠れしていたはずなのだ、それが今や…
「ふ〜んと、アスカが男の子に興味を持つようになるとは思わなかったわぁ〜」
 ひっくり返る様に椅子にもたれる。
「ロジックじゃないのよ、男と女なんてね…」
 ちなみにアスカは加持のことを思い出したのは、シンジの怪我の具合を尋ねに本部に来て、加持と顔を合わせた時であった。


(あれは…)
 目立つと言えば目立ち過ぎる風貌だった、青い髪、他にはそんな中学生などいないだろう。
 考えれば彼女に対しても憤慨していた、もう一週間、アスカには大したお呼びはかかっていない、なのに綾波レイは本部へと通い詰めである。
 ここでは自分は部外者扱いされているのではないかと、ヒガミ根性が沸き出していた。
(これじゃいけないわね…)
 ここは支部では無く本部なのだ、ならそこでの『地盤固め』は重要だろう。
 アスカはそう言う打算から、彼女に元気よく声を掛けた。
「ファーストチルドレン!」
 少々威圧的になってしまったのは、シンジのことがあるからだろう。
 アスカは考えた。
(最初が肝心よね!)
 思えばそのせいでシンジには調子を狂わされっぱなしになっているのだ。
(それってぇのも!)
 最初に機を逸したからだ。
(同じ轍は踏まないわ!)
 と言う短絡的な思考の結果、アスカはベンチに座るレイを見下ろすために花壇に昇った。
「誰?」
 アスカはその返答に、片眉がピクリと跳ね上がるのを押さえられなかった。
 怪訝そうにするでもなく、ただ確認のみを行う様に憤りさえ感じてしまう。
 なぜ自分は相手のことを知っているのに、彼女は自分のことを知らないのだろう?
 感情的になっていた時点で負けは決まっていたのかもしれない、「あんたあたしが誰だか分かってるんでしょうね?」という知名度に対する思い上がりを指摘されたような気がして、アスカはそんな単純な理由から悔しがった。
「エヴァ弐号機のパイロット、仲良くしましょ?」
 それでも表面上は押し隠す、これ以上軋んだ人間関係は作るべきではないと。
「命令があればそうするわ」
 しかしレイには友好的な関係を築くつもりはないようであった。
 朝の一時、シンジが登校がてらに声でもかけてくれないかと期待していたレイにとって、威圧的な彼女はとても好きになれる人物では無かったのだ。
 最初の印象はお互いに悪いものとなってしまった。
「変わった子ね?」
「お前もやろが」
 アスカの率直な感想に入る関西的に速やかな突っ込み。
「なんですってぇ!?」
「や、やぁ…」
 バカに対して手を振り上げたつもりだったが、その少年が逃げ込んだ背中は、アスカが生まれて始めて身を案じた男の子の背中だった。
(何でこんなタイミングで出て来るのよ!?)
 ずっと捉まえようとは思っていたものの、レイに対処するのが精一杯で、シンジのことは一時忘れてしまっていた。
 肉食獣と同じで前にあるものしか見えないような性格をしているのかもしれない。
 今まで逃げ回られて、半ば諦めかけていたのもあったのだろう、とにかく…
(なんって、間の悪い奴!)
 これまでに考えていたシンジへの対策が吹っ飛んでいた。
 真っ白、一つも思い出す事が出来ないでいる。
 シンジが入院同然に病院へ運び込まれた翌日には、花束を抱えていったのに退院した後だった。
 ミサトの家に行こうかと思えば、ミサトは暫く泊まり込みだと言う。
(それじゃあまるで、あたしがシンジに会いたいみたいじゃない!)
 そう深く考える必要は無いはずなのだが、一度気にしてしまったものは止まらない。
 ならば学校しか無いだろう。
 しかしこれも逃げ切られていた。
 ネルフ。
 女の子と男子では、根本的にシャワーから着替える時間までが違っていた。
 彼を待ち伏せしているつもりで、何度無人の更衣室の前で間抜けな姿を晒してしまった事だろう?
「ぐ、グゥテンモルゲン!」
 とにかく、今は突っかかるのが精一杯で…
「あんたねぇ、友達の教育ぐらいちゃんとやんなさいよ!」
(ち、違うのよぉおおお!)
 アスカは口元が引きつるのを感じた、言いたい事の百分の一も言葉が出て来ないのだから仕方が無いが。
(なんであたしが、こんな奴に!)
 会話も出来ないのかと変な屈辱感に苛まれていく。
 もっともそれは仕方の無い事だろう、同年代の少年と話す事がまれであったアスカには、同じ年の男の子の話題などくだらない物としか思えないのだ。
 当然応対も雑なものになってしまう、ところがこの少年は『ガキ』ではない。
 共通の話題が見いだせない、どの様な態度を取るべきか判断がつかない、さらには口調を改めるべきかどうかですらも迷ってしまう。
 有り体に言えばどう接すればいいのか分からない相手だった。
 それらをアスカ的な思考に直すと、次のような表現になる。
(う〜)
 結局悔しげに睨み付ける事で訴えに変える、が、それすらも間に入った影によって遮られてしまった。
「行きましょう」
「ちょ、ちょっとこらぁ!」
 完全無欠の無視にピンと来る。
 あるいは女の勘だろうか?
(こいつ!?)
 きつめの陽射しは真っ白に反射していると言うのに、アスカにはその肌の紅潮に気が付いた。
 極わずか、誰にも分からぬ程度に下げられた唇の両端からは、すねているのだと感じ取らせる。
(なんで!?)
 当然かまってくれないからだろう、それにおはようの順番を奪われた事にも関係しているのだろう。
 答えは簡単過ぎるほどに明白だった。
(この女!?)
 何か、何かが面白くない。
 彼女が彼に持つ感情の何かが気に食わない。
「もう、時間だから」
 その上彼女は、あくまでシンジ以外の者を相手にしようとしていない。
 シンジはシンジでレイに従うように行ってしまう。
 心の中で伸ばした手が空振った。
(なんであいつの言うことなら聞くのよ!)
 自分が待てと言った時、「トウジ達が待ってるから!」と逃げていったのは誰だっただろうか?
「なによ!、バカシンジのくせにぃ!」
 沸き上がる屈辱感に、アスカはそう叫ばざるを得なかった。


『先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は二十六パーセント、実戦における稼働率はゼロと言っていいわ』
(来た来た来たぁ!、ついにこの時がやって来たわね!?)
 前回の反省もどこへやら、アスカは鼻息荒くミサトから伝えられる状況報告に胸躍らせていた。
 それがクールを装っているシンジやレイとの間に空回りを生んでいると気が付いていない。
 アスカはちらりと初号機を見た。
(こいつを押さえられればいいのよね?)
 シンジとレイの関係を見れば歴然としている。
 やはり尻に敷かれるような情けない男なのだ。
(あれは気の迷いだったのよ!)
 こんな男のことを心配してしまったなどと。
(将を射んと欲すればまず馬からってね!)
 レイを屈伏させるためにはまずシンジから、と言いたいのだろうが引用が間違っている。
『初号機ならびに弐号機は、目標に対し波状攻撃、近接戦闘で行くわよ?』
(ちっ…)
 舌打ちは先行できない事に対してである。
 それでも零号機が修理中なのは幸運だった、もっともそのためにレイはネルフに通い詰めになっていたのだが。
「あ〜あ、日本でのデビュー戦だってのに、どうしてわたし一人に任せてくれないの?」
(やっぱりこの間のがまずかったのかしら?)
 レコーダーを調べられれば分かる事だ、シンジに対して余りにも情けなかった。
 それは認めている、だからここは我慢して引き下がるしかない。
「二人がかりなんてやだな、趣味じゃない」
(護魔化してる…)
 自分でも分かる、そうやって理由を付けないと納得できないのだ。
 評価が低く、そのために稼動可能な二機での投入をされてしまった事に対して。
『わたし達は選ぶ余裕なんて無いのよ、生き残るための手段をね』
「サードもなに黙ってるのよ!」
『え?、いや別に…』
 その気のない返事にムカッと来た。
『別にじゃないわよ!、まったく、なんであんたみたいなのが選ばれたのよ…』
 やはり返事は来なかった。
(なんなのよ、こいつは!)
 どれ程強く当たろうと、言い返して来ると言うことがまずないのだ。
 ケロッとし、へらへらとして受け流すだけで。
(一体何なの?)
 情けないだけなのかとも思う、しかしひとたび戦闘になればまるで人格が変わるのだ。
 まさしく豹変と言ってもいいくらいに。
『来たよ』
 重々しい言葉にハッとする。
 この声に前回も戸惑ってしまったのだから。
 沖の方で水柱が上がった。
『攻撃開始!』
(先手必勝!)
 シンジに邪魔をされたくなかった。
(失ったプライドは!)
 自らの手で回復させるしかないのだ。
「じゃ、あたしから行くわ、援護してね!」
『じゃあ射線を塞がないでよ!』
 やってるでしょうが!
 回り込むようにエヴァを走らせる。
(なんて奴なの!?)
 日本では銃の携帯を認められていない、それぐらいは知っていた。
 なのにこの少年は余りにも鮮やかに銃器を扱う。
(ちゃんとバックアップに徹してる、何かするのかと思ったけど…)
 シンジにして見れば銃が効かないのを知っているからこその行動である。
 ATフィールドは基本的に全方位へ向かって展開されている。
 しかし強度は違っていた、『意識』の向かっている方向にこそ硬度は増す。
 そこに意識が集中するからだろうか?
 敵の中心を狙わずに、パレットガンの射線はわずかに右側を狙っていた。
 そして。
『てえええええい!』
 アスカが跳んだ、弐号機が使徒の左側から踊りかかり、そして刀を振り下ろした。
(やった!)
 自賛するアスカ、しかしすぐに良い気分は吹き飛ばされる。
『アスカ下がって!』
「なぁによぉ、戦いは常に無駄無く美しく、なにか文句があるってぇの?」
 眉音を寄せる。
『まだ終わってないから言ってるんだよ!』
「はん!、なにを言って…」
 これのどこがと言おうとして、アスカは自分の迂闊さに毒づいてしまった。


 フィルムが終わった。
『本日午前十時五十八分二十秒、二体に分離した目標『乙』の攻撃を受け、弐号機は活動停止、初号機により回収、この状況に対するE計画責任者のコメント』
『無様ね』
(くっ!)
 歯噛みする、なによりも帰還を出迎えたケイジでの綾波レイの視線が痛かった。
(なによ、見下しちゃってさ!)
 もちろんレイにそんなつもりは無いのだが、アスカにはそう見えてしまったのだ。
 とにかく彼女ははけ口を探し、結局隣に座るシンジに求めた、が、出遅れた。
「何だよあれぇ、山ん中で逆さになっちゃってさ、ダサぁ」
「くっ、ば、ばかシンジのくせにぃ!」
 相手が一枚上手のようである。
『国連第二方面軍に指揮権を譲渡』
「まったく恥をかかせおって」
(まずいわね…)
 副司令の声音に内心脅える、これで通算二敗、シンジに遅れを取った事になるのだから。
 その上今回は足まで引っ張ってしまっている。
『構成物質の二十八パーセントを焼却に成功』
「やったの?」
「足止めにすぎん、再度進行は時間の問題だ」
「ま、立て直しの時間が稼げただけでも儲けものっすよ」
(加持さん…)
 つい目がうるうるとさせてしまう。
(やっぱりあたしの味方は加持さんだけね?)
「いいか君達、君達の仕事は何だか分かるか」
「エヴァの操縦」
「使徒を倒すこと」
(だからなんで!)
 余りにも波長と言おうか、揃わないのだ。
 アスカはその事に苛立ちを募らせている。
 冬月はそんなアスカの協調性の無さに嘆息した。
「…使徒に勝つことだ、こんな醜態を晒すために、我々ネルフは存在しているわけではない、そのためにはセカンドチルドレンにもっと自覚を持って」
「なんであたしだけ!」
 本当は分かっている、しかしあの時シンジも加わっていれば使徒を倒せたのではないのか?
 無理をせずに安全策を取った、と言えば聞こえはいいが、臆病ではないのかと言う見方も出来るのだ。
 最後まで戦い抜いたと言う達成感が無い、だからアスカは納得できなかった。
「もう!、なんであたしだけ怒られるのぉ!?」
「ま、確かに倒した所で気を抜いたのはまずかったな」
「そんなのこいつが臆病なだけじゃない!」
「…死にたくないから臆病なんだよ」
(やっぱり、こいつ…)
 気分が一度に悪くなった。
「一度負けたらそこで終わるかもしれないんだ、僕はまだ、死にたくないからね」
(わかるわよ、けど!)
 倒すためには勇気を持って戦う事も必要なのだ、しかし…
(これが碇シンジ君か…)
 勇気と無謀は違う事を知っている。
 加持リョウジの目はアスカとは違う視点を持っているようで、彼女とは違った風に見て取っていた。


 アスカが苛付いていた事に関しては、もう一つの原因があった。
「加持君の案があったとは言え、同居なんて良く通ったものねぇ?」
 はい、とミサトにマグカップを渡す。
「ありがと…、アスカが焦ったのは精神状態が不安定だったからだって話したのよ、ほら、もう一週間も宿舎暮らしが続いてるでしょう?」
「住居、まだ確保されてないの?」
「チルドレンの引き受け先となるとねぇ…」
 保安上の問題がある、そのため「仮」とされた宿舎では梱包を解くわけにはいかない荷物が山積みにされ、アスカはその隙間で暮していたのだ。
「なんとかなるの?」
 リツコは尋ねる。
「あんなのはじゃれ合いよ…、シンジ君ならうまく手綱、握ってくれるんじゃない?」
「いい加減ねぇ…」
 確かに妙に達観した所のあるシンジではある。
 しかし二人は見過ごしていた。
 それは決して「世慣れしている」、あるいは「人付き合いに慣れている」こととは違っているのだと言う事を。


「で〜〜〜!、出てっちゃったぁ!?」
「うん」
 ムスッとした表情でアスカは頬杖を突いていた。
「どうして!?」
「知んないわよ」
 本当は知っている、自分がお払い箱と言ったからだ。
 葛城家のリビングには美女と美少女が揃い合わせたかの様な恰好で、くつろぎ…、には程遠い状況を作っていた。
 お互いに袖なしのアンダーシャツにホットパンツと、かなり無防備な状態である。
「そんなに心配?」
「当ったり前でしょう!、あの子、ここを出ていっても行く当てなんて…」
「あれ?、司令がいるんじゃないの?」
 ピタとミサトの動きは止まった。
「…あの二人は、親子なんて関係を越えちゃってるもの」
「は?、親の仕事を分かってるとか?、邪魔したくないって?」
「逆よ…」
 アスカの小馬鹿にした言葉をミサトは否定する。
「あの二人に書類以上の接点なんて、何処にもないの」
 ますますアスカは眉間に皺を寄せてしまう。
 なんだか良く分からなかった。


「どうだ、レイ…、零号機の調子は」
「…一次装甲の取り付け後、再起動実験に入る予定です」
「そうか…」
 この男がその予定を知らないはずは無い。
(なら、なに?)
 この会話の意義はどこにあるのだろうかと訝しむ。
 単に意思の疎通を計っているのかもしれない。
 対話が欲しいのかもしれない。
 言葉をかわす事で、お互いの心を感じ取れる。
 それを否定するつもりは無い。
(でも)
 今のレイには、ミサトが申請して来た時のやり取りが耳に残っていた。
 司令の執務室にレイが居たのは、いつものように付き従っていたためである。
 ミサトはその事に頓着せずに、用件のみを切り出した。
「エヴァ二体による同時過重攻撃かね?」
「はい」
 そのためにアスカを引き取りたいというのだ。
「しかしそれならば一時的な同室でも良かろう」
「既に一週間、ネルフの保安部が取り掛かって今だ問題無しとされる住居は確保されておりません」
「…どうする?、碇」
「かまわん、保安部にも下らん仕事をさせているよりは良かろう」
(下らない?)
 この瞬間、レイの心には決して小さくは無い刺が打ちこまれていた。
 保安上の問題、住居の安全の確保。
 では自分のあのマンションはどうなのか?
 解体寸前で人気は無く、住人もレイただ一人のみである。
 監視の目が行き届いているわけでもない。
 せいぜいがマンションの前に保安部員の車が見える程度である。
 不安と言う意味では特に何も感じてはいなかった、襲われ、強姦され、殺されようとも、痛みも悲しみも抑え込めると自信を持っていたからである。
 どうせ、自分には何も無いからと。
 しかし、今のレイは違っていた。
 何よりもシンジであれば、そんな悲しみすら見抜いてくれるかもしれないと言う期待が胸の隅にあったから。
 だからその様な目には会いたくなくなっていた、嫌われたくないからである。
(なぜ?)
 疑問符ばかりが募っていく。
 ではこの男はどうなのだろうかと思う、そんな自分の不安に気が付いてくれているのだろうかと。
 少女は確実に成長している、だが男は以前のままだと思っているのかもしれない。
 それは今のレイをちゃんと見ていないからだろう、彼女の変化に気が付かないのだ。
 この男にとって自分はそれ程大切な存在ではないのかもしれない。
 そんなしてはいけない想像を、疑惑をレイは唐突に持ってしまっていた。
 尋ねて見るべきか?
 その事を。
 しかし思い切る前にその出鼻はくじかれた。


(碇君!)
 ここに入るはずのない少年。
 とっくに帰ったはずなのに、と慌ててしまう。
(なに?)
 そして慌てた自分に驚いた。
(会わせたくない?)
 そうなのかもしれない、レイは感付いていたのだ。
 ゲンドウと臨んだ時に、シンジの自分を見る目が冷たくなってしまう事を。
 前を歩くゲンドウの歩は変わらない、ベンチにいるシンジへと近付いていく。
(お願い…)
 レイにはシンジを無視してくれる様に祈る事しか出来なかった。
 しかし無情にもその願いは打ち砕かれた。
「…何をしている」
 シンジの視線が恐くて、顔を逸らせる事で逃げてしまう。
「用が無いのなら帰れ、ここはうろつくためにある場所ではない」
 そしてはっとする、用が無いのなら、来てはいけない。
 ではシンジを求めてふらふらと迷いこんでいた自分はどうなのだろうか?
 過去何度かそう言った事があった。
 ちらりとゲンドウの顔色を窺い見る。
 自分もそうだと伝えたとして、この男は自分にも怒るだろうか?
『父さんに聞いてみてよ、息子のこと信じないのかって』
 おそらくは「そうか」と、何事も無かったかの様に受け流されてしまうだろう。
 それは贔屓だ。
(ああ…)
 レイはまた一つ、シンジが何を言いたかったのか理解した。
「アスカが住むからって追い出されたんだ…、だから、ここで寝てる」
「…葛城一尉はどうした」
「警戒待機は解かれてないんでしょ?、まだ本部の何処かに居るんじゃないの?」
「そうか…」
 やはり自分は特別な扱いを受けているのかもしれない。
 それが自分の生い立ちに基づくものか、あるいはゲンドウが人として認知している数少ない人間の内の一人だからなのか?
 どちらにしても知ってしまった。
(この人にとっての、碇君は…)
 特別な存在ではない、信じられないのか?、と尋ねた自分こそが愚かだったのだと。
 だからレイは動けなかった。
「どうした、レイ…」
 怪訝そうなゲンドウなど意識の外に放り出す。
「風邪を引くわ…」
 言葉を探す、誰かが優しい言葉をかけなければならない。
 そう感じた。
 だからこぼれた言葉だった。
「大丈夫だよ、なんなら更衣室だってあるし」
 しかしシンジは、苦笑と共に諦めを感じさせる表情を見せた。
(だめ…)
 その物言いに危機を感じた。
 学校から去った時のシンジに似ていた。
 抗うよりも、こだわるよりも先に去ることを選んでいく。
 そのやりようが、感じが、似ているのだ。
 どこか自分に。
「食事…」
「食堂で食べるよ、お風呂だってタダだし」
 自分の言葉では引き止められない。
 なによりも苛付くようなゲンドウの目線が恐ろしい。
「そ…、じゃあ」
 レイはそう言わざるを得なかった。
 自分は、彼にはこだわっていない。
 そうパフォーマンスをする必要性を感じてしまったからだ、でも。
(わたし、は…)
 それがシンジに対する決別の言葉にも似ていた事から、レイの心は再び軋んだ。
 胸に残ったしこりはとても重くて、レイの胸を締め付けていた。


 再び葛城家。
(何よ何よ何よ!、ちょおっと言われたからって、そんなにすねること無いじゃない!)
「ここは、あなたの家だって言ったでしょ?」
「でも惣流さんも住むんでしょ?、なら僕は出て行きます」
 シンジの態度は頑だった。
「はん!、勝手にさせればいいじゃない」
「なに怒ってんだよ…」
(あんたが出て行くって言うからよ!)
 だがそんな誤解を招くような言葉が吐けるだろうか?、それは無理だ。
 しかし出て行かれても後味は悪い。
 どっちつかずの感情が、またしてもアスカを苛立たせていた。
 その上、いつの間にか『アスカ』から『惣流』に呼び方が戻っているのだから…
 アスカはそっぽを向かずにはいられなかった。
「ま、その問題は後で解決しましょ?、どうせ暫くは一緒に暮らしてもらわなきゃならないから」
「…なにかあるんですか?」
「ユニゾンの特訓!、はっ、なぁんであたしがあんたなんかと…」
(暮らさなきゃなんないのよ!)
 その言葉も何か違うような気がしてしまって…
 アスカは結局、飲み込んだ。


「う、裏切りもぉん…」
「い、今時ペア〜ルック!」
「「いやぁんな感じぃ!」」
 葛城家を尋ねて来たその三人の内の二人に、最初アスカは戸惑った。
(誰?)
 あんまりと言えばあんまりであるが、なにしろオーバーザレインボウではシンジのことに腹立ち過ぎて、残りの二人などまったく視界に入っていなかったのだ。
 と言うか完璧なほどに忘れていた。
 ハッとする。
(ペアルック?)
 なにが?
 アスカは考えいたって、徐々に顔を赤くした。
「こ、これは、日本人は形から入るもんだって、無理矢理ミサトがぁ…」
「ふ、不潔よ、二人とも!」
 下手な言い訳はするべきでは無かった。
「ご、誤解よ!、ってシンジもなんか言いなさいよ!」
 そしてシンジの裏切りは見事であった。
「当たってる…」
「はぁ?」
「背中に…」
「背中?、背中…、!?」
 当たってる?、何が?
 あたし何してるの?、乗ってる、どこに?、背中に、背中?、背中!
 乗るためには密着する必要があって…
 当たると言えば何だろう?
 背中に何を乗せてしまっているのか?
 胸だけでなく、シンジのお尻には腰を押し付けてしまっている。
 その自分の状態は…
 ぱぁんっと一発。
「誤解とちゃうやんけ…」
「違うの、違うのよぉ!」
 ドイツではお子様なアスカにそんな感情を抱く者は少なかった。
 アスカなどお呼びでは無かったし、女の子として認知しても露骨に向ける者はいなかったのである。
 子供に興味を持つような不謹慎な大人は、いくら組織が巨大とは言えそれ程多くはいなかった。
(もうさいてー!)
 とにかく、おかげで女である事を意識させられることは、これまでそれほど無かったのだ。
 だがずっと意識はしてもらいたかった。
 加持リョウジに、である、それが対等に扱われると言う事だと彼女は信じていた。
 しかしもちろん、彼にそんな特殊な趣味は無かった。
 なのに。
(何でこんな奴なんかにぃーーー!)
「く、くる、しい…」
 泡を吹くようにもがき苦しんでいる。
 思いっきりシンジの首を締めながら、何故こんな情けない奴にそれを自覚させられなければならないのかと…
 アスカは『異性』を意識させられ、堪らなくなりながら考えていた。


「なんやそやったんですかぁ…」
 一応の混乱はレイと共に帰宅して来たミサトによって解決された。
 物言いたげな視線を感じて、ミサトはついレイを誘ってしまったのだ。
(やっぱりシンジ君かしらね?)
 それを詮索するほどの勇気は持ち合わせていない、恐かったのだ。
(何を考えてるか、わかんないんだもん)
 ミサトはレイがゲンドウ寄りの、いわゆるシンジの敵だと信じていた。
「それで、ユニゾンは上手くいってるんですか?」
「それが見ての通りなのよ」
 ビーッとタイミングよくブザーが鳴った。
「当たり前じゃない!、こんなゲームに付き合ってらんないわよ!」
「そっかなぁ?」
 ミサトはポリポリと頭を掻くシンジと、その態度に更に苛立つアスカを見比べた。
「うまいもんじゃない」
「どこがよ!」
 始めたばかりにしてはそれなりに揃っているのだし、そう焦ることは無い。
 少なくともミサトはそう考えていた。
(いえ、シンジ君もそうみたいだし…)
 あれ程戦闘にはこだわる少年が、今は大人しくペースを守って地道な訓練に没入している。
「じゃあ、やめとく?」
 つい挑発してしまった、そんなシンジに対して余りにもアスカが子供に思えたからだ。
「他に人、いないんでしょ?」
 それはレイ、シンジと、子供らしくない感情を押さえる事に長けた子供達を相手にして来たからかも知れない。
(この二人の方が…)
 ついそう考えてしまった、そしてそれが面白そうだと考えるのが、ミサトと言う女性の悪癖でもある。
「レイ…」
「はい」
「やってみて」
「はい」
(さぁてこっちはどうかしら?)
 別に深く期待しているわけではなかった。
 しかし結果は予想以上のものであった。
(シンちゃんもやるじゃない?)
 アスカの時にも思ったのだが、合わせるのが異常に上手いのだ。
(おっとこの子ねぇ、リードしちゃってまぁ…)
 ミサトは微笑ましく見つめてしまい、アスカの焦る顔に気がつかなかった。
(あら?)
 ちらりとシンジとレイの視線がぶつかった。
 急にぎこちなく動きが固まる。
(レイ、照れてるの?)
 初めて見る、驚愕に値する少女の紅潮した姿に場がどよめく。
 トウジ、ケンスケ、ヒカリも同様に驚いたのだ。
 ビー!
 そして破局が訪れた。
「ほぉら見なさいよ!、ファーストだってそんなもんじゃない」
 ふ、ふんっだっと焦り気味の強がりが発せられた。
 それに対してミサトは突っ込む。
「レイ〜?、いっくらシンちゃんに見られてるからって、恥ずかしがることは無いんじゃない?」
「「「えー!?」」」
 わかっていた、わかってはいたが認めたくない事実を指摘されて子供達は認識せざるを得なくなった。
 レイの顔が赤くなる、普段白いだけに派手に目立った。
「「ま、またしてもいやぁんな感じぃ」」
「もう!、やってらんないわ!」
 突然、アスカは弾けたように駆け出して行った。
(あちゃ〜)
 ぽかんと見送るシンジに頭を痛める。
「い〜か〜り〜くぅん!」
「え?」
「追いかけて!」
「え…」
「女の子泣かせたのよ!、責任取りなさいよ!」
(ま、そうよねぇ…)
 ここは当人同士の問題であろうと…
 他に理由の考えつかないミサトは、自分の責任を忘れて勝手に後始末を押し付けたのだった。


(なんなのよあれは!)
 アスカは分けの分からない苛立ちに暴発していた。
 ぐるぐると感情だけが無駄に渦を巻いている。
 初めて学校で見た時からそうだった。
 司令のお気に入りだと思っていた綾波レイが、実は司令に媚びているわけでもなく、むしろその司令と不仲であるはずのシンジ寄りの態度をとっていた。
 シンジにだけ微笑み、時には先程のように赤らんでも見せるのだ。
(シンジも何よ、でれでれしちゃって!)
 彼が自分に対して、そのような態度に出た事があっただろうか?
 コンビニの冷蔵庫を開き、髪が冷えていくのを感じながら考えていた。
 膝を抱えるように座り込み、その膝頭を彼の背中に見立てて押し付ける。
 不意に背中に気配を感じた。
「黙ってて」
 そう、彼は決して自分を無視しているわけではないのだ。
 同居は出来ない、女の子が住むのなら自分は出て行くと言う。
(そうなのよねぇ…)
 そっと溜め息を吐く。
 エヴァのパイロット、既に大学を卒業している天才、そして…
 女の子。
 彼はその「惣流・アスカ・ラングレー」を構成する全てを肯定しているだけなのだ。
(なら…)
 彼に届いていない、ただ一つの部分を補い、本当の意味で対等に、そしてそれ以上の高みへと昇り詰める他は無い。
「わかってるわ、わたしはエヴァに乗るしかないのよ」
 それは自分を縛るための呪縛であった。
 誰のために望んだものかは、わからなかったが。


「こうなったら、なんとしてもレイやミサトを見返してやるわ!」
(そう、そうなのよね?)
 どこかみんな、シンジを当てにしている風潮がある。
 ならまずはそれをすり替えてやる以外には無い。
「見返すだなんて…、そんな」
「なぁに言ってるのよ!、あんたやっぱあいつらの味方ってわけ!?」
 そのためには彼をむしろ味方へと引き込む事こそが妥当なのだ。
(そうよ、これは打算なんだから…)
 彼女は彼の存在を、一応ではあるが肯定し始めた。
(で、も、ね!)
「ごめん、プライドなんて無いからさ…」
(こういう所がムカツクのよ!)
「男のくせに!、なに甘いこと言ってんのよ、傷つけられたプライドは、十倍にして返してやるのよ!」
『死にたくないから』
 アスカはその言葉を自分の中の言葉に置換え、まずはシンジに並ぶ事を選び出した。


 時間はあっと言う間に流れていった。
 その間、張り合うようにシンジの行動を真似てみた。
(なんってマメなやつなのよ…)
 朝、顔を洗い髪を整え、アスカ達のために風呂を掃除し、準備をする。
 その間にパンを焼き、お弁当まで用意していた。
 学校へ行くわけではないのだが、練習を始めてからでは調理する気が失せてしまうのだと言う。
 アスカもテンションの維持は大事だと考える、が、問題はその内容だった。
 弁当を受け取ると中身はヒカリのお手製弁当より遥かに細々と気が使われていた。
 なによりご飯におかずの汁が流れないように、アルミ箔などが上手く使用されていた。
 つい手を抜いちゃうものなのよねぇとは、様子を見に来たヒカリの談だ。
 つまり彼は、本職であるはずの女の子よりも芸が細かいという事になる。
「思いやりの差よねぇ?」
「愛って奴ぅ?」
 そう言ってアスカはけらけらと笑った、が、それが洒落になっていない事に気がついていない。
 買い物へには「気分転換」とアスカは無理矢理な理屈で同行を申し出ていた。
 出かけているだけなのだ、たまたま同じ方向へシンジが向かっている。
 主張はそうだが、内実は違っていた。
 シンジはアスカに合わせるように歩調を落とし、追い抜くのも、後から来るのも好きなようにしろと、微妙な早さで物語っていた。
 もちろん、アスカはその両方を拒否し、並ぶ事を選んでいた。
 今はまだ追い越してはいない、だから先に歩くよりもまずシンジを観察し、知ることこそを先にと考えた結果であった。
 彼女は気がついていなかった、それがまるで「恋人同士」の様に見える状態だと言う事に。
 夕日に染まる道を歩きながら、アスカの顔には微笑みが常に浮かんでいた。


「ミサトはぁ?」
「仕事ぉ、今夜は徹夜だって、さっき電話が…」
 ユニゾンの訓練はほぼ完璧と言えた。
(99.89%はって所よね?)
 思いがけない事態と言うのは発生するものだ、しかしそれも今なら恐くは無いように思えた。
(大丈夫、あたしはやれるわ)
 その自信が一人では成り立たない事に気がついていない、今度の作戦はパートナーがあってこそ初めて完遂できるのだから。
 アスカはその点を心配していなかった、それは相手を信用していると言うことだ。
 アスカ自身がそのことに気が付いているかどうかは、甚だ怪しい問題ではあったのだが。
「じゃあ、今夜は二人っきりってわけね?」
(ま、それはそれ、これはこれよ!)
 アスカはシンジの悪癖を忘れてはいなかった。
「これは結して崩れる事の無いジェリコの壁!」
 布団を隣の部屋へと運び込む。
「これをちょっとでも越えたら死刑よ?、子供は早く寝なさい!」
「自分だって子供の癖に…」
「何か言った!?」
「早く寝ればぁ?」
「バッカじゃないの!?、あんたが寝るまで、安心して眠れるわけないでしょうが!」
「はいはい…」
(くっ、子供扱いして!)
 アスカは自分の容姿と肢体が、同年代の中では明らかに跳び抜けていることを自覚していた。
 当然男子を誘惑する事も可能だと信じている、もちろん事実だ。
 なのに彼はちらと胸元を見せたにも関わらず、いや、胸が見えていただろうにちっとも興味を示さなかった。
(そりゃミサトよりは小さいけどぉ…)
 布団の中でもぞもぞもぞもぞやりながら、くすんと鼻をすすってしまう乙女であった。


『音楽スタートと同時にATフィールドを展開、後は作戦通りに…、二人とも、いいわね?』
「了解」
(わかってるわよ)
 ちらりとシンジの様子を窺うアスカ。
(あたしは、負けない!)
 気合いを込める。
「いいわね?、最初からフル稼働、最大戦速でいくわよ?」
『わかってる、六十二秒でケリをつけるよ』
(頼もしいじゃない?)
 やはりこのパートナーは良いと思った、用は扱い方なのだ。
 戦いの時に限れば、やる時はやるし、引く時は引く。
(冷静さを失ったら負けよ!)
 自分に言い聞かせる、やはり二度の失態の原因はそこにあると思えたからだ。
『発進!』
 シンクロ率の違う二体が、鏡に写したように同じ動作を行なった。
 それこそがユニゾンの成果である、相手の体の使い方を知ることで、同じ挙動を可能にしている。
 粗雑に言えば同じ本の趣味を持つ者は、お互いの趣向と感想を言い合わずとも読み取ってしまう。
 あるいは家に居なければ必ず行き付けの場所に陣取っている。
 それを知っているから、友人は電話の後で必ずその場所を覗くのだ。
 ユニゾンの特訓は、その様な行動パターンを共通認識させる事にこそ目的があった。
 これはアスカとシンジの関係の発展に伴い、非常に良い成果をもたらしていた。
 シンジの掃除に、洗濯に、買い物に、料理に付き合う事で、アスカはシンジを知りシンジはアスカの知らなかった一面を確認する事が出来たのだから。
 あのアスカがお揃いのエプロンを着けて台所に立ったのだ、これは驚嘆に値する出来事だろう。
(行けてる!)
 アスカには手に取るように初号機の次の動きが予測できていた。
 シンジならきっとこうするだろうと分かるから、それはシンジの調理を見て次に必要な調味料を、食材を、皿を準備するのに非常に良く似ている感触だった。
 使徒の合体を睨んでジャンプ、息の統合した蹴りで、融合しようとしたコアを蹴り潰す。
 爆発。
 爆炎。
 爆風。
『エヴァ両機、確認』
「あー、もうっ!」
 アスカは外に出るなり外部無線機を取り上げた。
「ちょっとぉ!、あたしの弐号機になんてことすんのよぉ!」
『そっちがつっかかって来たんじゃないかぁ!』
 無様に二体のエヴァは絡まり転がってしまっている。
「最後にタイミング外したの、そっちでしょ!、普段からボケボケッとしてるからよ!」
 最後の最後、お互い重なり合うように転がってしまっていた。
 先までの高揚感が、今は逆に怒りに変じていた。
 あれ程頑張った料理の出来上がりが、どうしてこれ程酷いものになってしまったのかと言う腹立ちに通じる部分がそこにはあった。
「昨日の夜だって人を自分の布団に運び込んで、一体何するつもりだったの!?」
 そう、起きた時にアスカは心臓が口から飛び出すかと言うほど驚いた。
 目は少々こぼれてしまっていたかもしれない。
(なに!?)
 くすぐったく額に鼻息がかかって来る。
 その度に前髪が揺れてしまう。
 密着した体と、確かな温もり。
 体温がかなり高くなっている事からも、相当前からこうしていた事が伺い知れた。
(なっ!?)
 最初はシンジのいたずらかと思った、しかしシンジのシャツを握って離れないようにしていたのは自分なのだ。
(ぬあっ!?)
 混乱してしまい、手が硬直してしまう。
(起きるんじゃないわよ!?)
 どうにかしなければならないのだが、手が固まってしまって離れてくれないのだ。
 それにシンジの首元に顔を埋めるようにしてしまっていた、彼の腕はなんと頭の下にある。
『抱きついて寝てたの、アスカだろう!?』
 シンジの叫びに、ついにアスカの頭が噴火した。
 そうなのだ、その態勢から求めたのは自分だというのは明らかだった。
 あの後、結局動く事もままならず、シンジの顔を凝視したまま過ごしてしまった。
 揚げ句、鳴り出す時計と目を覚ますシンジ。
 キョトンとした表情と、密着したアスカに対するシンジの言葉。
(なにが「あ、おはよう」よっ、こぉんな美人に腕枕なんてしてたくせに!)
 やはりシンジは特に慌てず、意識する事も何も無かった。
 そこまでバカにされれば、魅力が無いと言われているのと同じであると。
 アスカは完璧に気を悪くしていた。
 二人の痴話喧嘩は、レイの冷ややかな視線を浴びながらも。
 果てなく長く、続くのであった。



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