She said”Don't make others suffer for your personal hatred”
「ふんふんふん♪」
 前回の戦闘で傷を負ったアスカには、自宅療養が言い渡されていた。
 よって楽でラフではしたない恰好で、リビングの中央に寝そべっている訳なのだが…
(やあっぱこいつ、便利だわ)
 不幸なのは、その世話役を言い渡されてしまった少年であろう。
 しかも世帯主である上司と怪我人の少女は結託していた。
 家主の方は、なんとかシンジを連れ戻そうとしての親切心であったのだが…
 また少年も、少女のことが気がかりで断り切ることは出来なかった…、それにしてもである。
「シンジぃ、ジュースぅ」
 時には目の前にあるティッシュを取れとまで命じるこの少女には正直辟易してしまう。
 少年に対する感謝の気持ちはないのだろうか?
「やぁっぱ部屋が奇麗だといいわねぇ?」
「だったら少しは掃除しろよなぁ!」
 掃除機を手に少年が通り過ぎていく。
 アスカはちろりと舌を出した。
(香水で護魔化すのも無理あったのよねぇ)
 生ゴミの匂いを護魔化す発案をしたのは大雑把で有名な某作戦部長であるが。
 …二人はその香水作戦が、悪臭をより強めていたとは気が付いていなかった。



第拾弐話「奇跡の価値は」



「シンジ君が?」
「ええ…」
 シンクロテスト中の何気ない会話である。
「教本なんて…、戦自に鞍替えするつもりかしら?」
「戦争に興味を持った…、って訳じゃないんでしょうけど」
 それを題材に学んだ自分のいくつかの失態と失策。
 その両方は、シンジ自身によって指摘されている。
 なのにシンジはその本に興味を示し始めたのだ。
(そこから何を学ぼうって言うの?)
 よく分からないのだ、分からないと言えば。
(このテストも、ね?)
 歪んだ思想を押し付けている人間の思う所ではないのだが…
「まさにエヴァに乗るために生まれて来た様な子供ですね?」
 単純にシンクロ率の数値に喜んでいるマヤが、二人の会話にはしゃいだ声で割り込んだ。
 ミサトもその数値にだけは感心している。
 群を抜いて安定しているからだ。
(でもシンジ君はそんな事だけでは安心していない、そうね?、なにに脅えていると言うの?)
 あれ程の力を手にしながらと目を細める。
 このようなことを喜んでいないことは知っている。
(ならこれほど没入できる理由はなに?)
 思い詰めるほどに、何故こちらに着き合おうとしているのだろうか?
(アスカやレイはまだいいわ…、エヴァに乗る事に価値を見いだしているもの、でもシンジ君は違う、違うのよね?)
 シンジが戦わなければ全人類が滅びる所だった。
 だが現在では事情が違う、シンジが欠けたとしてもアスカが居る、レイが居る、あるいはそれ以外のチルドレンも見つかるだろう。
(降りると言い出せば認められるかもしれない…)
 最悪、チルドレンが何人死んで、エヴァが何体倒れようとも、最後に人類が生き残っていれば勝ちなのだ。
 これはそう言う戦いである。
(ならなにも一番死亡率の高い前線に居る必要は無い…、ないのよ、ないはずなのに)
 シンジは遠ざかるどころかのめり込もうとしているように見えるのだ。
 懸命に立ち向かおうとして。
(何故?)
 死ぬのが恐いと訴えながら、魅入られているようにはまり込んでいくのかが分からない。
(この子が命を賭けられる理由って、なに?)
 その答えがどうしても得られない。
 アスカにしてもそうであるように、ミサトにとってもシンジはとても不可解な存在として見えていた。


「へぇ!、ミサトさん、昇進したのか?」
「うん…」
 学校、話題がなかったからか、珍しくシンジから聞き出せた情報に少年達は沸き上がっていた。
「そうなの?」
 寄って来るアスカ。
「かー、人の心を持っとるのはシンジだけやのぉ」
「うるっさい!」
 シンジはド突かれるトウジに苦笑を見せる。
「そうだ、お祝いしてあげない?、アスカ」
 しかしアスカは蹴り倒すのに夢中で、まったく聞いていないようだった。


「「「おめでとうございまぁっす!」」」
「って何であんた達が居るのよ!」
 やおら立ち上がるアスカである。
「なんやとう!、委員長かて居るやないかぁ」
「あたしが誘ったのよ!」
「ねー?」
「レイは?」
「ちゃんと誘ったわよぉ、でも付き合い悪いのよねぇ、あの子ってぇ」
 そう言ってちらっと見た視線の先は、ミサトではなくシンジへと向けられている。
(なんでよ!)
 この広いテーブル、トウジやケンスケの隣というのならまだ分かる。
 しかしシンジは、真っ直ぐ、それこそ自然にミサトの隣を陣取ったのだ。
(いっつもそう!)
 アスカとレイならばレイを選ぶし、アスカとミサトでも自分を選択してはくれないのだ。
 自然と対抗心からシンジの隣に遅れて並び、女性で挟み込む様にしてしまっている。
(これじゃ、あたしが嫉妬してるみたいじゃない!)
 アスカははっと気が付いて赤くなった。
「そんなにかっこいいの?」
「そりゃもう!、ここにいる芋の固まりとは月とスッポン!、比べるだけ加持さんに申しわけないわ」
 それを護魔化すために今の話題にすり変える、しかしその加持とてミサトにはとても甘いのだから…
(これだから男って!)
 魅力が通じていないわけではない、それはこの数日間、シンジをからかう事で確認していた。
(なによ、なによ、なによ!、すぅぐ赤くなる癖にさ!)
 結局は胸の大きさなのだろうと当たりをつけて不機嫌に陥る。
 その当面の敵である所のミサトはと言えば、隣のシンジの様子を窺っていた。
(はしゃぐつもりは…、ありそうなんだけどね?)
 しかしどこか線を引いていて、この輪から外れようとしているように見えるのだ。
(様子を窺ってるの?)
 馴れ合いの関係に縁が無くて、うまく入って来れないだけなのかもしれない。
 そう考えて見る。
「苦手?、こういうの」
「そういうわけじゃ、ないんですけど」
(友達と仲良くなるダシぐらいにはなってあげようと思ったんだけど…)
 さすがにそこまで不器用だとは思えなかった。
(じゃあ何なの?)
 ちらと覗いて、逆に冷静な目で見られている事に気が付いた。
「なに?」
 思わず尋ね返してしまう。
「あの、ミサトさんはどうして、ネルフに入ったんですか?」
 予想外の質問にうろたえてしまった。
「…さって、昔のことは忘れちゃった」
「護魔化すの、下手ですね」
「そう?」
 ビール缶に口をつけて、これも護魔化しか、と自嘲する。
「安心しました」
「なにが?」
「嘘を吐かれるより、いいから」
 ドキッとした。
(見抜かれてる!?)
「シンジく…」
 話を続けようとしたのだが止めざるをえなかった。
 加持とリツコが遅れてやって来たからである。
「よっ、本部から直なんでね?、さっきそこで一緒になったんだ」
「「怪しいわね」」
「あら、妬き餅?」
「しかし司令と副司令が揃って日本を離れるなんて前例の無かった事だ、これも留守を任せた葛城のことを信頼してるって事さ」
「父さん達、いないんですか?」
「司令は今、南極よ?」
 それを聞いた途端に、俯き、怪訝そうにするのが不可思議に思えた。
(なんでそんなことを気にするの?)
 いけない、と思う、どうにも勘繰り過ぎていると。
(お父さんのことだもんねぇ…)
 まともに顔を合わせた事も無いのだから、気になるのも仕方が無いことなのだろうと思いやる。
 しかしその至極まともな発想が、逆に違和感を募らせた。
(たったそれだけの理由で気にするの?)
 今の今まで無視して来たと言うのに、その存在を。
(聞いて、教えてくれるようなものでも無さそうだしねぇ…)
 勝手にそう決め込むミサト。
 だが実際にはシンジは自分から話そうとしていないだけであったのだった。
 聞けば割とあっさりと、自分の考えを漏らしていた事だろう。


 南極、洋上。
 国連経由で召集された船団が、変わり果てた世界を航海していた。
「いかなる生命の存在も許さない、死の世界、南極…、いや、地獄と言うべきかな」
 空母には『海藻』にまみれた巨大な棒が引き上げられて固定されている。
 先の言葉と矛盾するように、そこだけ生命に取り付かれていた。
「だが我々人類はここに立っている、生物として生きたままだ」
「科学の力で守られているからなぁ」
「科学は人の力だよ」
(科学の力か…)
 その中には初号機、綾波レイも含まれるのだろうかと訝しむ。
「その傲慢が十五年前の悲劇、セカンドインパクトを引き起こしたのだ、結果この有り様だ、与えられた罰にしてはあまりに大き過ぎる、まさに死海そのものだよ」
「だが原罪の汚れなき浄化された世界だ」
「俺は罪にまみれても、人が生きている世界を望むよ」
(しかしシンジ君はどうなのだ?)
 確かにエヴァが無ければただの子供だ。
 だがそれを操る術と、まごう事無き意思の発現は間違いなく人の力そのものであろう。
 事実自分も、頂くべき主を間違えたかの様な錯覚を覚えていた、いや、気の迷いではないのかもしれない。
 その影響は良かれ悪しかれ、ネルフの上層に近い人物全てを巻き込む形で表われているのだから。
(やはりお前とユイ君の子供だよ…)
 横目に見やる。
 彼も、彼の妻もそうだった。
 魅力と嫌悪感と言う違いはあっても、絶えず人の目を惹きつけるのだ。
 そして巻き込んでいく、抜け出せぬほど。
『報告します、ネルフ本部より入電、インド洋上空、衛星軌道上に使徒発見』
「大変だな」
「ああ…」
 二人は他人事のように呟いた。


「二分前に、突然現われました」
「目標、映像で補足」
「常識を疑うわね?」
 形、色、その大きさ、どれを取ってもそうだろう、しかしリツコだけは目を細めていた。
(衛星軌道上の、使徒?)
 不意に脳裏をかすめる。
 それはシンジから、武器の開発について尋ねられた時の話しであった。
「長距離支援用の兵器?」
「はい」
 リツコの研究室だ、普段なら追い払う所だが、相手がシンジだったからだろう。
 興味の方が勝ってしまい、リツコは結局招き入れていた。
「第五使徒との戦いでもわかりました、『人の力』でATフィールドは破れるって」
「それはね?、でも無理よ」
「どうしてですか?」
 コーヒーカップを弄ぶシンジ、その様子には言葉ほど問い詰めるようなものは無い。
「あの大電力常時確保する、と言うのがね?」
「使徒は突然来て突然襲いかかって来るからですか?」
「え?、ええ…」
「ならせめて、遠くに現われた時に、近付かれる前に何とか出来ませんか?」
 シンジの言うことは何か物がはまったように遠回しで、リツコはそこが気になった。
「限定された戦場での遠距離…、じゃないのね?、どのくらいの遠さを言っているの?」
「そうですね…、衛星軌道」
『目標と、接触します』
 その声に記憶への回帰を中断する。
(そう、あの子、確かに衛星軌道って言っていたわ?)
 まるで知っていたように。
「ATフィールド!?」
「新しい使い方ね?」
 念動力で潰される様に衛星はひしゃげ壊れた。
(エヴァにも…、できるのかしら?)
 まるでぼうっとしているように見えていても、リツコの意識は実に多様な事を考えていた。


 使徒が次に狙うは本部と言う段になって、ミサトが提案した作戦は使徒を受け止めると言う正気を疑いたくなるようなものであった。
「やるの?、本気で」
「ええ、そうよ?」
「あなたの勝手な判断で、エヴァを三体とも捨てる気?」
「勝算は0.00001%、万に一つもないのよ?」
「0ではないわ、エヴァに賭けるだけよ」
「自分のためでしょ?、あなたの使徒への復讐は!」
 言ってしまってから、はぁと溜め息を吐くリツコである。
 ミサトの父親は南極で死亡している、セカンドインパクトに巻き込まれてだ。
 だがミサトの想いとしては複雑であった、母を、家庭を振り返らなかった父、その父から何らかの答えが得たかったのかもしれない、しかしその機会は永遠に奪い去られてしまったのだ。
 使徒に、セカンドインパクトによって。
 今では父を恨んでいるのか、あるいは父に対する甘い幻想を抱くことすら奪っていった使徒と言う生き物を憎んでいるのか?
 ミサトには区別がつかなくなっていた。
 だがそんな事に関係無く…
「…一つだけ、聞かせてちょうだい」
「なに?」
 お互いに声が硬いのは仕方の無い事だろう。
「あなたのその自信の根拠…、本当にエヴァなの?」
「どういう意味よ?」
 ミサトは怪訝そうに尋ね返した。
「いえ…、いいの、気にしないで」
「そ…」
 と言いながら、本当はリツコの言いたい事を理解していた。
『碇シンジ』
 あるいは彼の存在こそが、この無謀を極める中にあって、唯一の確固たる自信であったのかも知れなかった。


「シンジ君、昨日聞いてたわね?、あたしがどうしてネルフに入ったのか」
 パーティーを開いた翌日の事だ。
 夕焼けを見に行こうと誘ったのはミサトであっが、奇妙な違和感を覚えていた。
 同居などについて普段は口喧しく言われぬように逃げ回っているくせに、時折あっさりと誘いに乗って来るのだ。
「本当は…、おおよそ知ってます」
「そう…」
(どうして?)
 誰から?、ではなく、どうして、と考えてしまっている。
 しかしミサト自身はその差に気が付いていなかった。
「お父さんを憎んで、許せなくて…、でもミサトさんを助けて死んで、なにもわからなくなって」
「ええ」
「だから目標を見付けた、セカンドインパクトを起こした使徒を倒す、そのために入ったんですよね」
「ええそう、そうよ、結局あたしは、父への復讐を果たしたいのかもしれない、その呪縛から逃げ出すために」
「僕をそのための道具にするのが、辛いんですか?」
「かもしれないわね?」
(道具?)
 そう、最初、一番初めの直上会戦ではそうだったかもしれない。
 ようやく現われてくれた使徒に、出現するかどうかも分からなかった仇をようやく討てると興奮して…
 無理矢理にでもシンジを操ろうとした、自らの手の代役として、しかし。
(操れなかった…)
 彼は人形ではなかったからだ。
 道具にすらもできなかった。
「いいですよ、もう」
 はっとする、シンジの全てを許す微笑みに。
(許す?)
 違う、許容しているのだ、なにもかもを、誰の想いも、みんなみんな。
 だからミサトは、フッと笑った。
「あなたはいつもそうね?」
 今度はシンジが怪訝そうにする番だった。
「何かを知っているくせに、なにも話さずに、ただ受け入れる」
「それが僕の価値でしょう?」
 薄い笑みにぞっとする。
「価値?」
「人類を滅亡から救うための道具、使徒に復讐を果たすための兵士、他にもあるでしょうけど、結局は同じです、使徒を倒す、そのために僕を呼び出して、エヴァに乗せているんですから」
(誰が?)
 ミサトはその一言を言いかけて…、やめてしまった。
 自分かもしれない、親友のリツコかもしれない、司令かもしれない、副司令かもしれない。
 エヴァかもしれない。
 恐くなったのだ、そこから得られる解答が。
 特に最後に思い浮かんだ『存在』が。


「勝算はどうなのよ!」
(どうしてこう!)
 アスカは不満を募らせていた。
(無理も無いわ…)
 ミサトは内心を隠した、アスカの怒りが以前のシンジと同じであると感じたからだ。
 作戦課と言いつつ、常に概要を整えるだけである。
 結局最後は現場任せになってしまう。
 それに対して、チルドレン達は専門に精神を鍛えられたわけではない。
 戦闘の重圧感に長く耐えられるほど強くは無いのだ。
 なのに上は少しも楽にしてくれない、シンジやレイであるから文句は出ないが、アスカの反応こそが正常であると言えるだろう。
「これで上手くいったら、まさに奇跡ね?」
 だからアスカの言いたいままに言わせている、なのに助け船は意外な所から出されて来た。
「奇跡は…、起こしてこそ価値があるんだ」
(シンジ君?)
 惚けてしまった。
 また何か言われると思っていたのに…
(そう言えば…、そうだっけ?)
 出撃してからの文句はあるが、それ以前についてはなかったように思える。
 それもまたどうしてなのかは謎のままだが…
「すまないけど、他に方法が無いの、この作戦は」
 とにかく、ミサトはやりにくい相手が減った事を喜んだ。
「作戦と言えるの?、これが!」
「ほんと、言えないわね?、…だから嫌なら辞退できるわ?」
「やりますよ…、そのために、僕はここに居るんですから」
(そのために?)
 リツコと目配せするミサト。
 リツコも同じ想いだったのだろう、ミサトを見ていた。
((なんのために?))
 使徒を倒すために?、だがだとしても、その先には何があるのか?、この少年が何を見てそう言っているのかなどは…
 やはり不可解としておく他には無いのであった。


 ケイジへと向かうエレベーターの中。
 アスカはじっとシンジを見つめていた、遠慮無く。
 アスカもミサト達と同じように、シンジの言葉を怪訝に思っていたのだ。
(なんのために?)
 だがそんな視線に対して、気付いているはずのシンジからの返事は無い。
 結局先に耐え切れなくなる。
「あんた、なんでエヴァに乗ってるの?」
 そう、それは一番根底にある疑問であった。
 死にたくないとのたうちながらも命を賭けて…
 チルドレンである事に微塵の興味も持たずに、チルドレンとしての職務のために自分を殺している。
 その上、自分の時間を潰してまで教本などを読みふける。
(恐い…、のよね?)
 まるでそのためだけに生きているようで。
 それが自分の、本来そうでなければならない姿のように思えて。
「死にたくないから…」
「はぁ?、あんたバカぁ?、これから死にに行くようなもんじゃない」
「それでも…、今の僕は、エヴァに乗るために生きてるから」
(今の?)
 その点が引っ掛かる。
 自分と決定的に違うように思えてならないのは、彼がそれ以外の何かを見つめているからなのだ。
 最初、出会った頃はもっと余裕を持っていたように思えるのだが。
 いつの頃からか?、妙に切羽詰まって来たように見えていた。
(あれは…)
 そう。
 それはアスカが、記憶を失った当たりの頃で…
(なぁんて、ね…)
 頬が火照るのをなんとか護魔化す。
(そう単純じゃないのよねぇ…)
 シンジの事か、それともにやける自分のことか?
 おそらくは両方の意味合いで、アスカは手で顔を仰ぐのだった。


(さあ、シンジ君…、行きましょうか?)
 とにかく、今必要なのは開き直りだった。
(今回は見極めさせてもらうわよ?)
 ミサトは口を挟むつもりを無くしていた。
 それが本分から外れる行為であったとしても、どうしても確かめておきたかったのだ。
 本当に彼が自分のための刃に、復讐を果たす武器となってくれるのかどうかを。
 これからの、あるいは自分自身を決めるためにも。
「目標、最大望遠で確認!」
「目標は光学観測による弾道計算しかできないわ、よって、MAGIが距離一万までは誘導します」
「では、作戦開始」
 知らず、組んでいた腕をギュッと握る。
 ミサトは初号機だけを追いかけることにし、視界に収めた。
『スタート!』
 普段は聞かれないシンジの強い声に、ビクンと反応してしまう。
「距離、一万二千!」
(エヴァって、こんなに…)
 素早く動けたのだろうか?
(この動きが出来れば…)
 第四使徒との戦いで、腹部を貫かれるような事は無かっただろう。
 その前に懐へ飛び込めたはずなのだから。
(そうよね…)
 そう考えればシンジとて経験を積む事で強くなって来ているのだ。
 慣れる事で怪我を減らしてきているのだから。
 決して始めからこうだったわけではない。
 強過ぎはしたが、だがそれだけだった。
 常に印象が強烈であり過ぎたから…
(だからそう思えたのかしら?)
 常に彼に躍らされているように…
 ミサトはそう安堵しようとした。
 彼はただ、必死なのだと…
 しかしその楽観は、結局裏切られることとなってしまった。


「初号機、MAGIの誘導から抜けます!」
(なんですって!?)
「何をするつもりなの!」
「初号機、位置固定!」
 まるで最初からその位置へ向かっていた様な動きである。
 誰の目にもそれは明らかな行動だった。
「ATフィールドを展開しています、出力…、なんだこれ?、計測できません!」
 望遠で写していた画像が揺れ始めた。
「どうしたの!?」
 ミサトは焦った。
 全てを見届けたかったからだ。
「初号機、ハーモニクス不明!、シンクロ率もノイズだらけでモニターできません!」
「制御機構にアクセスできません!」
「どうなってるの、リツコ!」
「まさか、ATフィールドが電子を遮断しかけているとでも言うの!?」
(光学観測機器まで!?)
 さらに問い詰めようとしたが、シンジの雄叫びに縛られてしまった。
『うわあああああああああああ!』
 ノイズ交じりに聞こえる事から、完全に遮断されているわけではないらしいのだが…
「どうしたの!」
「ATフィールドが弱まりました、使徒からの侵食です!」
「初号機の状態は!」
「脚部筋組織、断裂!」
「内部電源供給部に問題発生!」
「アスカ、レイ!」
『いま向かってるわよ!』
『弐号機、フィールド全開!』
『やってるわよ、初号機、なんてフィールドなの!』
「どうなってるの!」
「使徒じゃないわ、初号機のフィールドが強過ぎて、零号機と弐号機を受け入れないのよ」
(そんな!?)
 同じエヴァ、同じ仲間、味方。
 今の今までそう思っていた。
(それが、どうして!?)
 シンジが使徒とエヴァを一括に処理した気がして、ミサトはそのことにショックを受けた。
 道具にならないのならそれでも良い、せめて味方で居てくれればと。
 しかしシンジはそれすらも否定しているかの様な事をして見せたのだ。
「アスカ、中和して!」
 それでも事態は進行している。
 なんとかしなければならないのだ。
(やっぱりこうなっちゃうのね…)
 やはりミサトには、あの少年は手に余るらしい。
 決して手のひらで躍らせることは出来ない、ミサトはようやく、再認識と共に悟るのだった。
 彼が人に躍らされるような脆弱な存在ではないのだと。


『アスカ、中和して!』
「だからやってるってば!、なによこれねばねばして、体が重いのよ…」
 状況の判断はアスカの方が早かった。
 ATフィールドを実際に扱って来たからだろう、使徒もエヴァも、使っている力は同じだと知っていたのだ。
(碇君!)
 その中でレイは奇妙な感じを受けていた。
(これは、壁?)
 違うと感じる、使徒の展開するような一辺の面ではない。
(なに?)
 わからない、思考はアスカによって立ち切られてしまう。
「こんのぉおおおおお!」
 弐号機のナイフがコアのような目玉を貫いた。
 直後、爆発。
「「きゃあああああああああああああああ!」」
『アスカ、レイ、シンジ君!』
 しかしミサトの叫びは杞憂に終わっていた。
(嘘…)
 アスカは仰向けに転がった状態で、空を覆っているATフィールドを呆然と見上げることになっていた。
(これがエヴァの…、本当の力…)
 そのATフィールドの上では炎が踊り、その中でぐずぐずと使徒が溶けていくのが見えている。
 その目は、まるでじっとエヴァ達を睨んでいるかのようである、そして初号機は…
(シンジ…)
 巨大な鬼は、直立したまま挑む様に使徒の目を睨み返していたのであった。
 アスカ達はあまりのその力に、何も気が付いていなかった。
 だが気が付くべきであったのだ。
 初号機のATフィールドの異様な空気が、シンジの世界への不信感を表していたと言う事に。



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