Those woman longed for the touch of other's and thus invited their kiss.
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『ああーん!、助けてぇ、加持さぁん!、なにすんのよへんたぁい!、きゃあああ!』
その時、加持は携帯に出れば良かったかとわずかばかり後悔していた。
暇だったのだ、やる事も無く。
『史実』通りであれば、今頃京都でゲンドウの持つ架空の会社の名を書き連ねた登記名簿を、片端から調べているはずであった。
しかし先日の使徒侵入騒ぎの直前…
『使徒が本部に侵入します、マギも大変な事になるから…、きっと確認しやすいと思いますよ』
ほぼ開き直りに近い状態でシンジを信じて、加持はターミナルドグマへの単独侵入を果たしていた。
そして見たのだ。
『アダム』を。
(この分だと他の事についてもシンジ君の話し通りだな…)
真実を追いかけて来ただけに、それを先に暴露された事への落胆は大きかった。
興味が失せてしまったのだ。
犯人の分かっている推理小説を誰が読みたいと思うだろうか?
加持にとっては、それと大して差の無いことだった、興味と言う点では同程度の感覚でもある。
(潮時か…)
単純な感情と動機であったが故に、冷める時も一瞬であった。
やりたい事が他にあるわけでもないのだが、それでも惰性で今を続けられるほどのんびりとした性格をしてもいないのだ。
加持は何気にカレンダーを見て思い出した。
「今日は…、そうか」
職場仲間の結婚式だった事を思い出す。
それはそこに招待状が張り付けられていたからだった。
第拾伍話「嘘と沈黙」
ネルフへの道程、レイは久々にシンジと二人きりで歩いていた。
その時アスカがいなかったのは、ヒカリに押し付けられた約束を果たすために、彼女の姉とデートについての打ち合わせを行いにいっていたのだ。
やっと訪れてくれた待ち望んだ組み合わせ。
たがレイはシンジとは並ばず数歩先を歩いていた。
それをシンジがどう感じるかを考えると、気が重くもなるだろう。
(子供なのね…)
ゲンドウからシンジとの過剰な接触を避けろとの命令を受けていた。
レイの目にはそれは明らかな嫉妬としか写らなかったのだ。
もうレイにとってゲンドウは『小うるさい姑』とさして変わらなくなっているのかもしれない。
それでも多分に譲歩はしている、だからこそこうして離れているのだ。
なのに…
「明日…、父さんと会わなくちゃいけないんだ」
シンジの憂鬱そうな声に、会わなければいいのにと思ってしまった。
直感的に分かるのだ、彼がそれを望んでいない事が。
またゲンドウに対しても文句を言いたくなってしまう。
何故彼にかまうのかと。
見たいのはシンジのあの『微笑み』であって、このように落ち込んでいる姿ではないのだから。
「何を話せばいいと思う?」
「どうしてあたしにそんな事聞くの?」
「…綾波が、父さんと楽しそうに話してるの見たから」
(やっぱり…)
レイはそっと溜め息を吐いた。
確かにあの時は楽しかったのかもしれない、だが今となっては何が楽しかったのか分からなくなっていた。
山岸マユミ同様に、レイは空想癖を持ち出していた。
本から得た知識を糧に、シンジとの甘いロマンスを夢見るようになっていた。
それに比べて、育ててくれた恩はあっても、必要以上に干渉されるのは納得が行かない。
反抗期。
そう、レイは静かに反抗期に入っていた。
そしてそれは、シンジに対しても向けられている。
(鈍い人…)
自分でさえセカンドチルドレンの気持ちには気付いている。
なのにどうして、彼は行動を起こさないのだろう?
…起こされても困ってしまうが。
「それが聞きたくて、昼間からわたしのこと見てたの?」
「…それだけってわけでも無いけど」
(じゃあ、なに?)
「掃除の時さ、雑巾しぼってたでしょ?、あれって…、なんだかお母さんって感じがした…」
「お母さん?」
「うん…、案外、綾波って主婦とかが似合ってたりして」
(主婦?、誰の?、…碇君の)
最後のはただの願望であろう。
しかしレイの頭の中では、一瞬で割烹着姿で味噌汁の味見をしながら、お腹に宿った命を慈しむかの様に撫でて微笑んでいる自分の偶像が出来上がっていた。
(つまんない男ぉ…)
目の前でへらへらと笑う男に落胆をする。
翌日、アスカは約束通りデートに出かけていた。
乗り物に乗る気も起こらず、適当に時間を潰した所で、一息つくことにしたのだが…
休みの日だけにわりと埋まっているカフェテリアの一席。
差し向かいのテーブル、やる気も無く腰掛けると相手は何やらニコニコと頬杖を突いている。
「ねぇ…」
「なに?」
年上の余裕でも見せたいのだろうかと眉根を寄せる。
「何がそんなに楽しいわけ?」
「え?」
予想外だ、と言わんばかりの少年の反応だったが、事実アスカにはつまらなかった。
シンジを連れ回すようにした、皆が修学旅行に行ったあの日の方が遥かに楽しかった。
何処へ行くでもなく、なにをするでもなくただぶらついただけであったのに。
(そうよねぇ…)
しどろもどろで適当に理由を並べる相手を無視し、アスカは運ばれて来たジュースのストローに口を付け、明後日の方を向いて考えた。
加持でもそうだった、やはり『相対的な歳の差』を考慮した対応しかしてくれない。
それが当たり前なのかもしれない、でも居心地いいのはやはりシンジだ。
(あのバカって誰にでもそうだもんねぇ…)
好意を持った時には軽口を叩くが、気に食わない時には例え大人であろうともぞんざいな態度しか彼は見せない。
ジュルッと音がした事で、ジュースが無くなった事に気が付いた。
いま相手をしてやっている少年のように、彼は絶対に媚びなど売らない。
それはその事に関して『絶望視』しているからなのだが、アスカは知らない。
(あたしは必要とされているの?)
それを思うと気が重い、足ばかり引っ張っているからだ。
彼が嫌な相手なら突っかかる事も出来るだろう。
しかしいつも自分の後始末を負うように、死ぬような目を見てくれている。
恩すら着せずに、当たり前だと。
これもまた本当の所を言えば、見返りを求めても無駄だと『知って』いるからだ。
シンジはアスカを必要とはしていた、求めているのは幸せな未来だから、でも彼女に期待はしていなかった。
無駄だから。
(二時、か…)
ここからは帰るだけでも時間がかかる。
(一時間半から二時間ってとこね?)
夕べのミサトの言葉が蘇って来た。
『シンちゃんに掃除頼んどいたから、見つかって恥ずかしいものはちゃんと隠しときなさいよぉ?』
だがアスカは何を今更とばかりに、汚れものですら篭に放り込んだままにして来ていた。
不思議とシンジが、下着の傷まない洗い方を知っていると分かったからだ。
(あのバカでも匂いを嗅いだりするのかしら?)
頭に被ったりと、バカな事をしているシンジを思い浮かべて苦笑する、嫌悪はしない。
まだそういう面を見せてくれた方が嬉しいからだ。
それだけ、今のシンジは酷過ぎる。
作り上げた偶像の奥から見せる寂しげな表情。
あれこそが本当のシンジだとアスカは思う。
「何か良いことでもあったの?」
アスカのニヤニヤ顔を、機嫌が直ったと思ったのだろう。
彼は不用意に声を掛けてしまった、そしてそれが致命的なミスになるとも気付かずに。
「あたし、帰る」
「え?、ええ!?」
ちょっと待ってよ!、っと立ち上がる。
「ごめんね?、あたし、好きな人居るから」
うふふっと業務用の笑みを残して、アスカは軽やかに駆け出していった。
本気ではない、適当に思い浮かんだ台詞であったが、アスカはその発言が後になってどれ程大きな波紋を呼ぶか、まったく想像していなかった。
(まだシンジ、いるわよね?)
アスカは期待を胸に孕んで扉を開けた。
(帰ってたら承知しな…)
シンジ!、っと怒鳴ろうとして、アスカはその声を飲み込んだ。
(クラシック?)
すぐに違う、と気が付いた。
スピーカー…、いや、『デジタル』にしては音の幅が広いのだ。
(なにこれ?)
アスカには、たった一つだけ思い当たるものがあった。
それはシンジの部屋を占領した時に、押し入れの中から出て来た見慣れないものの事であった。
アスカはそっと扉を閉めて靴を脱いだ。
森でリスでも見付けた時のように、大きな音を立てては消えてしまうと思ったのかもしれない。
そしてアスカは目を奪われた。
(シンジ?)
シンジが一心不乱に弓を弾いていた。
奏でられる音はとても優しく、空気までもがその音に浄化されてしまったのか?、とても澄んでいる感じが漂っていた。
外から漏れる日はシンジだけを包み込んで浮き上がらせる。
音の和やかさに反して、シンジの表情はとても凛々しく、汗によって張り付いた前髪はシンジが何かを訴えようとする度に揺れていた。
アスカは言葉を無くして立ち尽くしていたが、やがてはゆっくりと壁に背を預けていた。
(なんだ…、こんなのもあるんじゃない)
自然と顔がほころんでいく。
レイ同様に、エヴァは唯一シンジが感情を発露させられる場なんだと感じていた。
(違ったのね…)
ほっとする。
こんなにも豊かな表現方法を、シンジはちゃんと持っていたから。
しばし目を閉じ、その音に身を委ねてみる。
ふわふわするかと思えば、ギュッと心を掴まれるような慟哭の中へと落とされる。
でも、その先にある何かに期待しているのがアスカには分かった。
それはきっと希望なのだろう。
夢を見たのに諦めたもの。
アスカの目尻から涙が一雫こぼれ落ちた。
それをまるで見計らったかの様に、シンジの演奏も終了していた。
(シンジ…)
アスカは素早く涙を拭い、そのまま両手を打ち鳴らした。
「アスカ?」
まるでそこに居る事を知っていたかの様な微笑みに、アスカはわずかに赤くなった。
「結構いけるじゃない、あんたのだって言うからどうなんだろうって思ってたけど」
(だめ!)
これ以上その微笑みを向けられたら、何を言い出すか分からなくなる。
そう思ってアスカは洗面台の方へと逃げたのだった。
「いやぁお二人とも、今日は一段とお美しぃ」
「あら珍しい」
「あんたが時間通りに来るなんてねぇ?」
加持は不利を感じて適当に笑って護魔化した。
「そうしてると夫婦みたいよ?、あなた達」
「良いこと言うねぇ、リッちゃん」
「誰がこんな奴と」
ミサトの不満気な顔を見ながら、今度こそ加持は込み上げて来るおかしさで鼻で笑った。
(夫婦、か)
そうなることは恐らく無いだろうと自分でも分かっている、戸籍を持って一つ所に落ち付ける自分ではないと、強い自覚があったからだ。
(それに…)
シンジから『死ぬ前後』の出来事について、出来うる限り詳しく説明を受けていた。
それによって大体の時期も推し量れるつもりでいる。
(死ぬのは嫌だからな)
今関わっていることは、命をかけるべき事柄ではないのだ、既に。
「それで?、今日は仕事をサボって何をしていたのかしら?」
加持はリツコの揶揄する声に苦笑いを浮かべた。
「別に、ごろごろしてた」
それを容易く信じるリツコではない。
「あまり深追いしてると、火傷するわよ?」
「なによぉ?、あんたまた女の子追っかけてんの?」
ミサトの剣呑な声に、二人同時に大きく吹き出す。
「ちょ、ちょっとなによ?」
「い、いや」
「なんでもないわよ」
なによもうっと頬を膨らませるミサトが余計におかしい。
「ふんっだ、そういうお軽いとこ、変わんないわねぇ」
「いやぁ、変わってるさ、色々と…」
「ホメオスタシスとトランジスタシスね」
「なにそれ?」
「今を維持しようとする力と変えようとする力、その矛盾する二つの性質を一緒に共有しているのが生き物なのよ?」
「ふぅん…、シンジ君みたいね」
ミサトを挟んだ二人はドキリとした。
ミサトは全然違う話から、時折このように核心に触れてくる発言をする事がある。
(こいつは気付いちゃいないだろうが…)
「なぁによぉ?」
「なんでも」
加持はその意味を咀嚼した。
(矛盾する想いか…)
あるいは今、一番興味をそそられる存在かもしれない。
(何処へ行くつもりだ?、何を目指して…)
この時、リツコは加持の目がまた光を取り戻したと感じていた。
だから隠れて、そっと溜め息をついたのだった。
(うげぇ…)
親のいない内に子供が冒険心を満たすものとして、お酒というのは実に手頃な存在だろう。
(って思ったんだけど…)
あまりの味に舌を出す。
アスカはちらりとシンジを見た。
「なに?」
「べっつにぃ?」
護魔化すためにぐいっと煽る。
(あたしも変わったもんよねぇ…)
どうやってシンジを引き止めるかを考えていた時に、丁度ミサトから電話がかかった。
風呂を上がればシンジは帰ろうとするだろうからと、のぼせる一歩手前まで頑張っていたのだ。
正直、電話が無ければ倒れるまで無理をしていたかもしれなかった。
わざと加持の事を持ち出して、自棄になっている自分を演出してまで、アスカはシンジを引き止めていた。
ずるいと分かっていても、そんな自分をシンジは見捨てないだろうと分かっていたからそうしたのだ。
「うう、気持ちわるぅい…」
だがこのビールと言うのは計算違いだった。
「一気に飲むからだよ、はい、お水…」
パシッとひったくる、半分は自分をバカと罵ってのことだった。
(こんなんじゃ、なんにもできないじゃない…)
別にいかがわしい事をしようというのでも無い、ただの会話ですらも酔いと頭痛に出来なくなってしまっている。
そんな自分が情けなかったのだ。
「う〜〜〜」
「唸らないでよ…、薬、飲む?」
「いらない…」
本当に情けなかった。
シンジのことを思ってやるつもりで、実際に介抱されているのは自分なのだから。
だがアスカは、そんな彼女を見る事で和んでいるシンジがいることに気が付いていない。
「シンジぃ、何処行くの?」
アスカは気怠い目で立ち上がったシンジを追いかけた。
「そろそろ帰るよ、電車無くなっちゃうから」
「泊まって行きなさいよ」
ぷらぷらと手を振る、もうまともな思考力が残っていないのだろう。
言い方もぞんざいでストレートだった。
「お母さんの命日に、女の子となにかあるの、嫌?」
「酔ってるの?」
「今ならあんたにだって負けるわよ」
昼間のデートの相手を思い出す。
その下心満載の顔は、何処までのことを想像していたのだろうか?
キス?、B?、あるいはその先?
これをきっかけに、また次も?
(バッカみたい…)
想像するのは勝手だが、だからと言って答えてやる義務が何処にあるのか?
それはシンジも同じだろうから…
(やだ、あたし何考えてんのよ?)
それではまるで、自分が抱かれたいみたいではないかと思って茹で上がる。
なのにシンジは…
「…いいよ、僕はそう言う事、する気無いから」
そんな言い草があるだろうか?
だからアスカは爆発した。
「あんたなんかに好きだなんて言われたからよ!」
(好きって言ったくせに!)
余りにも怒りが強過ぎたのだろう、アスカはこの後どうしたのか?、全く覚えていなかった。
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