委員会からの突き上げをかわしたゲンドウではあったのだが、やはり相当なフラストレーションが鬱積してしまっていたのだろう。
がらにもなく、冬月に向かって愚痴を漏らしてしまっていた。
「使徒は知恵を身に付け始めた、残された時間は…」
「後わずか、という事か」
その一方で、加持リョウジはゼーレでも内務省でも、そしてネルフでもなく独自の行動を開始していた。
(アダム、南極で還元された物体、全ての生命体をひとつにする事で生まれた物、か)
全ては南極に端を発している。
特定された範囲内での全ての生命は消え失せた。
(ただ一つ、いや一人、葛城を残して…)
操っていた端末から手を離し、タバコに手を伸ばす。
正確には第一使徒と共に消え失せた…、わけではなかったのだ。
(第一の使徒も何も、全て俺たち人類が生み出したって事か…)
南極で発見された『赤い玉』への『槍』による接触実験。
用意された被験者は今となっては謎だが、かつてリツコが『コアを中心にして形作られた仮初めの肉体』と仮定したように、肉体を持たぬ魂のみの存在であったから、『彼』は人の姿を『光のような物』で真似たのだ。
そして肉体を構成するためにその周辺にあった命を吸い上げようとした。
(それがセカンドインパクトの正体か…)
還元とはすなわち、形を失い見えなくなっていたアダムに肉体を与えるための行いであった。
(それじゃあれはなんだ?)
地下にある『モノ』には大量の人間の足のような物が生えていた。
まるで取り込まれるように…
(違うな、事実取り込まれたんだ、いや、取り込ませたのか?)
真実は定かでないが、どちらにしろ『アレ』には肉を構成する生命体が与えられている事になる。
(人身御供か…、ゲヒルン時代の人間が消えていたな?)
神に差し出されたのかもしれない、供物として。
(だとしてだ、問題は俺が運んで来たアダムだ、あれはどこにある?)
今の使徒が擬似的な肉体を構成しているだけの不安定な存在とするのなら、当然本当の肉体を欲しているはずなのだ。
(エヴァも含めてどれもこれも同じ物で作られている…、そして第一の使徒はこの世界の生き物を吸収している、俺たちも同じだというのか?、奴らと)
「加持さぁん」
プシュッと開いた扉に焦り、加持は素早い動作でキーを一つ押した。
ダミー、いや、本業のデータが映される、監察部としてのだ。
「なによこれ!」
そしてアスカは見てしまった。
「嫌ぁ!、どうして?、信じらんない!、なんでこいつが!?」
そこに表示されている、フォースチルドレンの個人データを。
第拾八話「命の選択を」
(加持のドジが!)
ミサトは憤りを禁じえなかった、例え言いがかりだったとしてもだ。
なるべくシンジとアスカの間に波風を立たせたくは無かった、仲良くしてくれているのならそれに越したことはないからだ。
(シンジ君の次はアスカ?、それともレイ?)
なにも力付くで止める方法ばかりを抱える必要はないではないか。
従わぬから、不穏だと言う理由だけで、一体何人の子供を犠牲にするつもりなのだろうか?
きりが見えないからこそミサトは苛立っていた。
「シンちゃん」
アスカを探してジオフロントゲート前に。
そこでシンジを見付け、ミサトは気まずそうな顔を作った。
「ミサトさん…」
「アスカは?」
「先に行っちゃいました」
「徹底してあたしと顔を会わせないつもりか…」
歯噛みする。
その頃、アスカは…
(きゃあああああああああああああああ!)
両手を頬に当てて、熱を何とか奪おうとしていた。
(あたし何やってんのよ!)
シンジに抱きついたのだ。
フォースのことで愚痴を言いに行って。
(あた、あた、あたし!)
それにシンジに応えてももらったのだ。
(嫌ああああああああああああああああ!)
恋愛ドラマのようなシーンが第三者の客観的な視点から構成される。
アスカは美化率140%程度で抱き合う男女の光景に悶えていた。
翌日、早朝。
松代へ向かうトラックの中で、ミサトはリツコと取り留めの無い会話を交わしていた。
「じゃあまだシンジ君は知らないの?」
彼のことを、とリツコは内心で呟いた。
あの少年のことだ、フォースをレイ、アスカ以上の足枷として感じるだろう。
それが狙いだったとしても、リツコはシンジに話しが伝わる事を望んでいた。
(なんて言って来るかしらね?)
エヴァ以外での直接対決を望んでいる自分を感じているのだ、加持が何かを掴んでいることはもう分かって居た。
加持に比べると出遅れた感が否めず、焦りもしていた、何しろ彼はいつ消えてしまうか分からない存在でもある。
「彼が自分で言い出すかもしれないわ?」
「それはないわね、人に自慢するほど、喜んでなかったもの」
それに、と続ける。
「入院中の妹を本部に転院させてくれっていうのが、彼の出した例の条件だったの」
その怪我を負わせたのは誰か?、フォースの少年は思っていた程シンジを憎くは思っていなかった。
なら、少年のことを思い、乗るための条件を隠して罪悪感を与えぬように、全ての口をつぐむだろう。
(ほんと、誰も彼も不器用ね…)
リツコは自分も含めて自嘲していた。
その頃、アスカの幸せ指数はうなぎ昇りの上昇傾向に取り付かれていた。
シンジとは良い感じであるし、良い気分をいつもぶち壊してくれるぐーたら家主は姿を見せず…、そう、別にアスカは避けているわけでは無かった、逃げ回ってはいたが。
からかわれて嫌な気分にさせられるのを怖れていたのだ、忘れていたいのは、シンジの性癖。
驚いた事にこれ程あからさまでもシンジはアスカの好意には気が付かない、あるいは気が付こうとしない。
(何があったのかしら?)
よく分からないのだが、過去に何か余程のことがあったのだろうとは思う、でなければこれほど人に絶望はしないだろう。
ただ自分の気持ちを気付かれた時、少年はどうするのか?
心の何処かで分かっていたのかもしれない。
それでも今は…
(シンジの部屋に泊まっちゃったのよねぇ…)
ぽうっとする。
一応ドキドキと夜半まで様子を窺っていたのだが、シンジはあっさりと寝付いてしまっていた。
『バカ!』
枕を投げ付けようとして思いとどまる。
『へぇ…、こいつでもこんな顔するんだ?』
普段見せない柔かな笑み、それが寝顔であるのは残念な事だろう。
アスカはそのまま枕を抱きしめ、幸せそうに寝顔に魅入っていた。
で、朝になる。
(嫌だ…)
恐らく初めてのことだっただろう、加持以外の相手に起き抜けの顔を見られたくないと思ったのは。
あるいはシンジの寝顔に対して、劣等感を抱いたのかもしれない。
アスカはそそくさと逃げ出すように飛び出していた。
そして登校途中…、先程に戻り。
(鈴原の事…、言わない方が良かったのかしら?)
あの少年はまた気にするかもしれない、例え仲間になったとしても、鈴原トウジが碇シンジのようになるとは到底思えなかった。
違うのだ、何かが、根本的に。
なら使徒と対峙した時にどうなるのか?
(レイはいいわよ、シンジが考えた鎧がある、あたしもシンジに守ってもらえる)
しかしシンジは、その中に無理矢理にでも不慣れなフォースチルドレンを組み入れようとするのではなかろうか?
守るために。
(だからって、どうすれば…)
自分がシンジになれるなどとは自惚れられなかった。
シンジの代わりに守ればいい、負担を減らせれば、だが現実としてはシンジに守られているし、また自分も他人のために命を賭けられるかどうかは怪しかった。
(自己中心的ぃ…)
結局、シンジと自分で、それも自分を中心に考えていると気が付いた。
シンジのためならば駆けつける事も出来よう、だがトウジのためとなるとそれもどうか…
そんなこんなで、アスカは思い悩んでいる内にかなり登校時間を食い潰してしまったのだった。
昼休み、トウジは一人で黄昏ていた。
じっと自分の右手を見ている。
(そんなんと…、ちゃうわ)
自分の中に黒い欲望を感じていた。
シンジに勝つこと。
自慢の兄になるために…、母親がいない分、しっかりするために漢になるよう言い聞かせて来た。
だが現実はどうであろうか?
上辺ばかり、あるのは腕力だけになっていた。
心の強さ、想いのひたむきさ、本当に大事であるはずのものは、何一つ『彼』には届きはしていないのだ。
『僕の気持ちなんか知らないくせに!』
(ほんまやで…)
今になってあの時の言葉の重みが理解できていた。
シンジが妹のことを知ればどう思うかを考えると気が重い、誰にも言うわけにはいかない悩み、そしてシンジも同じような物を抱えていたのだとようやく悟る。
(あれは…)
シンジも泣きたくなるほどに気が張って、限界を越えかけていたのかもしれない。
自分などより遥かに重い悩みを抱えて、だからこそ命も賭けられるのだとトウジは思った。
(わしは…)
再び拳を握り込む。
妹のため、それは言い訳に過ぎなかった、母親に続いて妹までと言う想いが恐くて承諾したのだ。
決してシンジのように立ち向かおうとしたわけではないのだとの引け目が、トウジを確実に追い詰めていた。
「鈴原君」
そんなトウジに、気遣わしげな声が掛けられた。
「なんや、綾波か…」
振り向きもせずに苦笑する。
「シンジやったらここにはおらんで…」
(何を言うとんのや、わしは)
レイが口をつぐんだ事で、傷つけたと後悔が走った。
「知っとんのやろ?、ワシのこと、惣流も知っとるようやし」
「うん…」
「知らんのはシンジだけか…、人の心配とは珍しいなぁ」
「そう?、よくわからない」
「お前が心配しとんのはシンジや」
「そう…、そうかもしれない」
「そや…」
(碇君…)
トウジではなく、シンジの視線をレイは見付けていた。
教室からまっすぐに自分達を見上げている。
(そう…、もう知っているのね?)
レイは小さく頷いた、と、シンジは目を逸らすように動いて消えた。
弁当でも広げているのだろうと予測される。
だからレイはトウジに集中した。
(何故?)
シンジばかりがこのような目に合わされるのか?
レイには納得いかなかった。
無理矢理徴兵され、エヴァに乗せられ、乗ったら今度は友人を敵としなければならないように仕向けられている。
(碇君…)
レイはそっと目を閉じて思い返した。
初号機の暴走、咆哮、シンジの魂の嘆きの全てを。
この少年は、きっとそれを深くさせることだろう。
シンジは心の何処かで生きる事を望んでいない、終わる事を望んでいるとレイは感じていた。
でなければ使徒の影に飲み込まれた時、あれ程冷静に死を受け入れられるはずが無いではないかと。
(なら、わたしは…)
アスカとの約束があった、N2爆雷を前に使徒ごとシンジを守ろうとした、あの時の。
レイはあれをまだ有効だと思っていた。
(…碇君は、わたしが守るもの)
シンジは人として失ってはいけないものを知っていて、しかもそれをとても大切に思っているからこそ、自分にも優しくしてくれるのだ。
それはレイが辿り着いたシンジの中にある真実の一面である。
レイにとってはそれこそが、人として最も尊い物に思えていた。
松代第二実験場。
エヴァ参号機起動実験、総合制御地点。
「これだと即、実戦も可能だわ」
「そう…、よかったわね」
皮肉を込めて言い放つ。
(何がそんなに嬉しいのよ?)
嬉々として状態のチェックを進めているリツコに嫌悪感が沸き出し、ついつれなくしてしまっているのかもしれない。
だがそんな気分の産物も、リツコの鉄面皮には通じなかった。
「気のない返事ねぇ?、この機体も納品されれば、あなたの直轄部隊に配属されるのよ?」
「エヴァを四機も独占か…、その気になれば世界を滅ぼせるわね?」
会話が途切れる。
(エヴァが四機、本当に?、シンジ君はわたしの思い通りにはならない、アスカ、レイもよ、どちらにつくの?、決まってる)
それについては苦々しくも思うのだが…
(ほんと、大人のやる事じゃないわ…)
父親というだけで人格を、意志を無視して従わせられると思っていたのだろうか?
ミサトはガタイが大きくなれば大人だと思っている、だから自分も大人だと。
だがミサトも含めて成熟した精神を持つ大人は何処に居るというのだろうか?
「シンジ君に話しはしたの?」
(これはあなたの敵となる機体だって?)
「実験が終わったらね」
まだダミーシステムを乗せてくれた方が良かったと…
ミサトはつくづく、そう思うのだった。
『目標接近』
ミサトの願いはある意味叶えられたと言える。
少なくとも人同士で争わずに済んだのだから。
『全機地上戦、用意』
膝をついていたエヴァ各機が武器を手に順番に立ち上がっていった。
夕焼けの世界は血に染まったように赤く、その向こうからやって来る黒い巨人は死神にも悪魔にも見えていた。
(嘘…)
アスカは動揺を隠し切れなかった。
「あれが使徒ですってぇ!?」
エヴァ参号機。
『そうだ、目標だ』
「そんな…、使徒に乗っ取られるなんて」
震えるアスカに反して、ゲンドウは嫌に冷静に対応していく。
こうなる事を予測していたのだ、だからこその本部では無く、松代での実験であったのだから。
どんな理由があろうとも、一般には報道監制を布かれているエヴァである、その存在を『衆目』に晒すような処置は、通常ありえない。
この場合の衆目とは一般のマスコミに対してである。
F型装備での着陸場所が他に無かったにせよ、松代から本部までは直通のエヴァ専用リニアレールが存在しているのだ、輸送面での問題は何も無い。
なのに何故、実験は松代でと言うことになったのだろう?
使徒は人の心に興味を持ち始めた、そしてこの惑星で生きる最適な形態を摸索して進化もしている。
生態として今だ上回る事の出来ぬエヴァンゲリオンと言う肉の塊に興味を持つのは当然であろう。
同じ力をもってぶつかり、推し量ろうとしているのだ。
そしてそれでもかなわぬ時は、『人形』以外の部分に差があると言う事になる、すなわち、人、だ。
『零号機、外部追加装甲に使徒接触!、エヴァ本体に侵食を計ろうとしています!』
「こんのぉ!」
しかし威勢だけで、アスカは不用意に近付く事が出来なかった、人ならざるものの支配下にあるエヴァは、まさにその肉体の特性を如何なく発揮して来るからだ。
エヴァが受けた刺激がパイロットへフィードバックされるように、人の反応がエヴァにも伝達される、これがシンクロと呼ばれる操作法だが、故に『人体には起こりえない現象』をエヴァに行わせることは不可能なのだ。
その壁を打ち破っている参号機はまさしく悪魔と言えた。
(どうすりゃいいのよ!?)
背中に見えるエントリープラグ、射出命令に従ってエヴァ外部装甲が吹き飛んでいる。
(くっ、これじゃあ…)
アスカはためらっていた、装甲があるのなら多少の着弾や衝撃でもエントリープラグが壊れることは無いだろう、だが剥き出しなのだ。
ついマニュアル通りに物事を行った司令と言う存在を恨んでしまう。
そしてもう一人、アスカの比ではないほど碇ゲンドウを恨んでいる少年が居た。
『初号機!、使徒に向かっていきます!』
『碇君!?』
「え!?」
(シンジ!?)
まさに一瞬の早業だった、影を残す勢いで踏み込んだかと思えば、次の瞬間には参号機の右肩付け根を斬り上げていたのだから。
「シンジっ、何やってんのよ!」
吹き出す鮮血にゾッとする、あの中には『顔見知り』が乗っていると言うのに、シンジの行動には躊躇が全く見られないのだ。
しかし行動の端々に、普段と違う物を感じていた男が居た。
ゲンドウである。
四肢への攻撃など、目標の無力化を狙っている。
その甘さによって初号機が喉を締め上げられた時、ようやくゲンドウは口を開いた。
「シンジ、なぜプラグを狙わん」
『人が乗ってるんだ!』
(これが演技であるのなら大した物だな)
ゲンドウはミサト、リツコほど甘くは見ていなかった。
シンジの得体の知れない側面が、いずれ仇成すと予感しているのかもしれない。
臆病者は臆病ゆえに敏感なのだ。
(しかし)
「シンジ、そいつは使徒だ、我々の敵だ」
ゲンドウには一つの懸念があった、それは今回も使徒が『パイロット』を取り込んだと言う事実である。
エヴァのみに興味を持ったのであればパイロットの搭乗を待つ必要は無かったはずなのだ。
だとすれば汚染されていたのはエヴァか?、それともパイロットであったのか?
パイロットであれば使徒は人に共棲、あるいは汚染する方法を選んだのかもしれないのだ。
それはチルドレン一同に対する不安感を増大させる、子供達がいつ犯されるやも知れないからだ。
ATフィールドの発生に過敏に反応して活動を起こすことは、第十一使徒で確認されている。
あの粘菌はフォースチルドレンから吹き出した物かもしれない、エヴァと使徒は同じ物で構成されている、それは逆に一瞬で別のものに造りかえられる材質でもあると言う事だ。
それをさせないためのATフィールドであっても、最初から侵食されていたのでは話にならない。
何度も口にしている通り、使徒の殲滅条件は生態としての完成度の高さを示す事である。
「かまわん、パイロットと初号機のシンクロを全面カットだ」
「カットですか!?」
もしここで躊躇すれば、同じことが二度三度起こるのだ、それはゲンドウにとって面白くない事だった。
「そうだ、回路をダミープラグに切り替えろ」
有無を言わせぬ口調で、ゲンドウはそう命令を発したのだった。
『父さん、やめてよ!』
はっとする、不覚にもアスカはシンジが叫ぶまで初号機の異様な目に射すくめられて動けなくなっていたのだ。
「シンジ!」
『アスカ、綾波っ、止めて!』
参号機の首を逆に締め上げ、初号機はそのままくびり折った。
何が気に食わないのか、そのまま地面に叩きつけ、初号機は更に暴力を振るう。
「シンジやめて!」
「碇君、だめ!」
二人の想いは似通っていた、とっさに初号機を取り押さえようと跳びかかる。
しかし。
「きゃあ!」
「くっ…」
初号機の腕の一振り…、何かの力に吹き飛ばされて尻餅を着く。
「なによ、今のは!」
頭を振って起き上がる。
「ひっ!」
初号機は参号機の腕をもぎ取りにかかっていた、ビチビチと音を立てて筋肉が千切れていく。
シンジがやっているとは思わないが、この光景を最も近くで見ているのはシンジのはずだ。
彼がどれ程傷つくかを思えば、アスカの顔からは血の気が引いた。
「シンジぃ!」
『くそっ、止まれ、止まれ、止まれ!、止まれよ、止まってよ!』
初号機からは泣き叫びが聞こえて来るのだ、その声の高まりと共にシンジの心が壊れていくのが手に取るように感じられた。
(なんで!)
アスカは泣きたくなってしまった。
かつて自分はネルフにおいて認められるために頑張っていたのでは無かったのかと、それを評価してくれるべき人物達のトップは、このような事を平然と行わせる男なのだ。
かつての想いが過る、やはり人類の味方イコール正義ではないのだと、そしてシンジが絶望していたのも当然なのだと。
「碇君っ」
またレイもとてつもない焦りを感じていた、ダミーシステムの開発、その核になっているのは『自分』なのだ。
この先にもたらされる結果に、その真実に、シンジは自分をどう見るだろうか?
顔面蒼白になる。
初号機はついに装甲の引き剥がしにかかった、何かを探して内臓を引きずり出し、解体していく。
邪魔だとばかりに叩き潰す頭骸、飛び散る脳漿がビルに張り付き、転がった眼球が家屋を傾けた。
「ダメ!」
アスカは恐怖の余り目から涙がこぼれるのを感じた、初号機が、シンジが握っているのはエントリープラグだ。
慌てて初号機に跳びかかり、取り押さえようと羽交い締めにする。
そしてアスカは見た、肩越しに初号機の目が『遅い』と邪悪に歪んだのを。
『彼』は見付けたのだ、元凶を。
やはりかと本部ではゲンドウがほくそ笑んでいた、勝利条件を満たすためには人の扱う道具、エヴァの破壊だけでは意味が無いのだ、エヴァは使徒に操られていただけなのだから。
使徒にかなわないと思わせ、殲滅するためにも、使徒の核であるものに恐怖を与えなければならない。
初号機の手が引きつるように動いた、軽く開き、次の瞬間には握り…、潰すはずだった。
しかし。
『お願いっ、やめてよ!、母さんっ、綾波っ!、やめてよぉ!』
意味不明の叫びだった、少なくともアスカには何のことだか分からなかった。
ガタン!
指令塔の上で鳴った椅子を蹴る音に、はっとした幾人かのスタッフは司令を見上げた。
そしてそこに驚きに半口を開けている男を見付けて呆然とする。
「碇…」
冬月も呻いていた。
二人の思考は完全に停止していた、それ程シンジの言葉は二人に動揺を呼び起こさせていた。
「シンジ!」
逸早く復帰したのはやはり何も知らないアスカであった。
不可解な言動よりも今は現実への対処だと踏みを出す。
『どうした?』
『エヴァ初号機、信号を拒絶!』
『全てのシステムがロックされていきます』
『全システム、パイロットの制御下へ移行!』
『システムが通常モードに復帰して行きます!』
発令所からの状況報告も再開された。
(あれなら!)
アスカは初号機を羽交い締めにしながら、その手にあるプラグを見た、多少のへこみはあるが外装がへこんだだけであるように思われる。
アスカは弐号機の顎をしゃくって零号機に合図を送った、同時にシンジからもレイにお呼びがかけられた。
『トウジを…』
強ばり固まっている初号機の指。
それはまるで、初めて犯した罪の大きさに緊張してしまっているようでもあった。
松代、実験場『跡』となってしまった崩壊現場。
ようやく消火、瓦礫の撤去、足場の作成から人命救助へと作業は移行していた。
「生きてる…」
エヴァが格納されていたのが地下の竪穴であり、コントロール司令部がその穴の外にあったことが幸いしていた。
エヴァ覚醒の炎は真上に吹き上がり、ミサト達は衝撃波で吹き飛ばされたにとどまったのだ。
もっともコントロールルームごと二転三転横転させられたのだ、どこかでぶつけたらしく腕は折れていたが…
「良かったな、葛城」
「加持?、リツコは…」
「心配ない、君よりは軽傷だ」
まだ朦朧としているのだろう、起き掛けのミサトは漠然と思い浮かんだ事をつらつらと尋ねた。
「エヴァ参号機は?」
「使徒…、として処理されたそうだ、初号機に」
初号機、その名前に一気に覚醒する。
「あたし、あたしシンジ君に何も話してない!」
「無理するな、それに、シンジ君なら大丈夫だ」
「大丈夫って何がよ!」
涙目を向ける、今頃あの優しい少年我と思うといたたまれない。
しかし加持は、ミサトが思うほどシンジが弱くは無い事を知っていた。
「…シンジ君はな、知ってたよ、参号機には誰が乗って、そしてどうなるのかも、みんな、な」
「知っていた!?」
目を剥く。
「ああ、使徒に乗っ取られる事も全部だ」
頷く加持。
ミサトは起こしかけていた体を再びストレッチャーに寝倒した。
「一つだけ聞かせて…、シンジ君がやったの?」
「ダミーシステムらしい、…シンジ君が殲滅命令を無視したからってな?」
「そ…」
それだけで十分だった、深く息を吸って、一気に吐き出す。
(利用しているつもりで、あたしは利用されていただけだったのね…)
司令にも、チルドレンにも。
そう思うと自分の復讐心などとても操りやすい卑小な物に思えて、ミサトは自分が情けなかった。
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