He was aware that he was still a child.
「検査検査って、あんたいつになったら退院できるのよ!」
「そんなこと言ったってさ…」
 ふかぁい溜め息が室内に響いた。
 仮にも初号機に取り込まれたのだ、状況としては使徒に取り込まれたのと変わらない。
 リツコ以下のスタッフは、シンジのデータの総チェックに借り出されている。
「それでアスカ…、なにやってんの?」
 シンジはベッドの下などを覗くアスカに問いかけた。
「何でも無いわよ!」
 嗅ぎまわるように病室の中をチェックしていく。
 その様はまるで浮気の証拠でも見付けようとしている倦怠期に入った嫁のようだった。



第弐拾壱話「ネルフ誕生」



「「「退院おめでとー!」」」
 あ、ども…、とぎこちのないお礼の声に、ミサト、加持、アスカの三人は顔を見合わせて苦笑した。
「なにシンちゃん?、驚いちゃって」
「あ、いえ…」
 後頭部を掻く。
「何だろうって思ってたから…」
 そのシンジの言葉にほっとしたのは三人とも同じであった。
 シンジは確かにある程度の未来を知っている、あるいは予測している。
 ミサトは出来るなら予測であって欲しいと思っていた、それはアスカにも話してあることだった。
 シンジのサルベージ以前、ミサトはアスカを捕まえていた。
「シンジ君は、予定と言ったのね?」
 コクンと頷くアスカである。
「でも本当にシンジは未来なんて知ってるの?」
「わたしは…、そうかも知れないし、違うかもしれないと思っているわ?」
「え…」
「シンジ君は愛情に恵まれないで育ったことから精神に異常を来しているとも考えられるの」
「ミサト!?」
 黙って聞いて、との強い視線に、アスカは口をつぐまされた。
「いいこと?、シンジ君は常に自分にとって最悪の事態を想定している、それも幾重にもね?、その中から一番あり得そうな事を選択して…」
「でも!」
「もちろんそれだけでは説明のつかない事も多過ぎるわ?、でもね、未来を知っている割に、シンジ君にはミスが多過ぎると思わない?」
 それはアスカも同意見だったために反論しなかった。
「結局、シンジ君は何も求めていないのかもしれない…、レイを、あなたを守るのも『もう一度』経験するのが恐いから逃げているだけなのかもしれない、それが結果的にあなた達を命がけで守っているように見えているだけで…」
「シンジは、あたし達を何とも思ってないっての?」
 アスカの剣呑な目つきに真顔で頷き返すミサト。
 アスカは言い返すのをやめた、アスカにはアスカの感じた事があったからだが。
 パーティーと言っても本当の身内、シンジを『知る』者達だけで集まっていた。
 それはミサトなりの配慮であった、シンジはそれ以外の人間に心を開かないであろう、生来の臆病さゆえに仮面を被ってしまうだろうと考えたのだ。
 そしてその選択は正解であった、何気にベランダを見ているシンジの顔には、安堵を示すものが浮かんでいたのだから。
 加持とミサトが仲良く肩を並べている、『史実』ではもうミサトが泣き伏していていい頃なのである。
「加持さんかぁ…」
 アスカはシンジの目を追って呟いた、壁にもたれるのも面倒なのでシンジの肩にしな垂れかかるようにしてジュースを口に運んでいた。
「…妬いてるの?」
「ちょっとねぇ?、やあっぱ好きだったのかもしれないわね、あたし」
「…今は好きじゃないの?」
 シンジの意外そうな声にアスカは苦笑してしまった。
「そ、失恋したの、だから慰めてよね?」
「う、うん…」
 シンジの赤い顔に満足をする。
 過去を知っているからと言ってそれを有効に利用できるほど器用な人間ではない。
 人を見る目があるかどうかが難しい所なのだが、アスカの目はそうシンジを評していた。
 ミサトの言う通り、シンジは結局自分のことだけに必死なのだろうと思う、そしてだからこそ人を好きにならないように勤めているのだとも。
 他人に構うほどの余裕がないだけなのだ、だからこちらからアプローチしてやればこのように反応もする。
(単純な奴ぅ)
 くすくすと笑ってしまう、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかと、自分自身がおかしくてたまらなかった。
 シンジが自分に好意を見せないのは、他人に好いてもらえると思っていないから。
 だが向けられた好意には純朴な程に反応を示してしまう。
 そんな自分をどうにかしようと、『好きにならない』などと喚くことで空気を壊す。
 そうやって戸惑わせる事で距離を取らせるのだ、無理矢理に。
 考えれば考えるほどに単純な話しで…、そんな奴を相手にヤキモキしていたのだから、これはもう笑ってしまうほか無いだろう。
「何がそんなにおかしいのさ?」
「なんでもないわよぉ」
 アスカは先程からジュースを煽っているつもりで、ミサトが並べていたチューハイ系の瓶に手を出してしまっていた。


「仲良くやってるようだな?」
「ええ…」
 ミサトは肩に回された手をつねり上げた。
「いてててて…、酷いなぁ」
「ばぁか、子供達が見てるでしょ?」
 はいはい、と加持は受け流した。
「…加持」
「なんだ?」
「あなた、いつ頃からシンジ君のこと、知ってたの?」
 夜風が間を埋めていく。
「…覚えてるか?、霧島マナを」
「戦自の?、あの時から!?」
 ミサトは噛みついた。
「どうして教えてくれなかったのよ!」
「おいおい…」
 手で落ちつけと押し返す。
「俺自身信じられなかったからな?、それにあの時は彼女のことで精一杯だった」
「あんたほどの男が、どうして!」
 ミサトは喚いてから後ずさった、加持の真剣な目に気圧されて。
「…信じられるか?、ネルフの、司令の、ゼーレの、俺たちが全てをかけているセカンドインパクトからの真相と真実、それと引き換えに彼が望んだのは彼女を無事に逃がすことだけだった…、それにな、葛城」
「なによ?」
「お前を泣かせるな、だとさ」
「え…」
 キョトンとしたミサトだったが、その言葉の意味が滲透すると共に赤く染め上がった。
「な、何言ってんのよ、あんた!」
「俺じゃない、シンジ君が言ったのさ…」
 真面目な顔つきで告白を続ける。
「最初は俺たちを利用するつもりなのかと思ったよ、だが彼の態度はどうだ?、自分達のことは自分達で責任を取れとさ」
「責任…」
 深く悩む感じでミサトは俯いた。
 加持もまた、自分の責任とは何かを考えるために、黙り込んでいくのであった。


「ありがとうございました」
「なんだ?、急に…」
 ネルフへ送ると加持がハンドルを握っていた。
 助手席に座っているシンジは、行きと同じように冴えない表情を続けていた。
「…今日は楽しかったなと思って」
「なら、そう言う顔をした方が良い、暗いぞ?」
「そうですか?」
 シンジは窓に映る顔に首を傾げた。
「なにがそんなに気になるんだ?」
「いえ…、『前』の時はこんな風にして貰えなかったから」
「嬉しいかい?」
「…嬉しいです、でも、恐いです」
「どうして?、いい事じゃないか」
「でも…、やっぱり恐いんです、大体僕の記憶と同じだから、やっぱり同じように嫌われるんじゃないかって」
(自分から積極的に話してる、こんなのは初めてだな)
 加持はそれが今日で良かったと思っていた。
「他人の顔色ばかり伺っていたら、楽しい事を見逃すぞ?、後ろの座席の足元を見てくれるかい?」
「え…、スイカですか?」
「小振りだけどな?」
 スイカが一個転がっている。
「本当はケーキか何かの方が良かったんだろうが…、ゴミを『燃やして』捨てられるからな?」
 シンジはスイカの入っている網にディスクを見付けて「ああ…」と納得した。
「…そう言えば、加持さんには言いましたっけ?」
「なにをだ?」
「…僕はサードインパクトを経験したって」
「ミサトに聞いた」
「なら良いです、一つだけ…、いいですか?」
「なんだ?」
「どうしても行っちゃうんですか?」
 ウウンと、対向車の風を切る音が聞こえた。
「分かるか?、やっぱり」
「はい…、でも加持さんが行ってしまうんなら、ミサトさんに頼むことにします」
「葛城に?」
「五号機以降のエヴァと…、あと全ての使徒を倒した後に、本部は戦略自衛隊だったのかな…、襲われましたから」
「…それは荷が重過ぎるな」
 ふむ、と加持は顎を撫でた。
「わかった、手は打っておくことにするよ」
「すみません…、本当はこんなこと」
「いいさ、気にするな…、誰も死なせたくないんだろう?」
「はい」
 シンジは加持の問いかけに神妙に頷いた。
「…もう誰も、目の前で死ぬのを見たくないから」
 この時加持は、シンジが何の幻を見ているのか知りたいと思った。
 シンジが見ていた物、それは量産型エヴァ達に蹂躪される、エヴァンゲリオン弐号機の姿だったのだが…
 当然、シンジはそれについても二人には隠してしまっていた。
 なによりも、誰よりもアスカに知られたくは無い事だったから。



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