INTRODUCTION
 翌日は学校をサボってしまった。
 またアスカに小言を言われるだろうけど……、ファンから逃げ回るのに必死で、ネルフと学校でしかじゃれ合えないもんな。
 僕は人気の無い所を探して、まるで導かれる様にここに来てしまっていた。
 無数に並ぶ黒い墓標。
 共同墓地だ……
 僕は母さんの墓を探して、その人達に目を奪われた。
 スーツ姿の男性がしゃがみ込んで手を合わせている。
 その後ろに日傘を差した女性が立っていた。
 父さんと……、髪の色が変わってるけど、リツコさんだ……
 だけど僕が目を奪われたのは、その二人が持っている雰囲気にだった。
 とても穏やかで、連れ添う二人の和やかさが心地良さそうだった。
 僕は止めかけた足をまた動かした。
 ここで引き返すのも変だと思ったから。
「父さん」
 父さんは僕に横目を向けてから、また前を見て立ち上がった。
 それから僕へと正しく向き直る。
「父さんも、母さんに?」
 僕は平静を保って問いかけた。
「ああ……」
 僕と父さんの目が、一本の墓標の名前を捉える。
 そのお墓は母さんの墓だ。
 中に何も無いって分かっていても、やっぱり心は気の持ち様なのかもしれない。
 話しかけたい時には、初号機よりもどうしてもここへ来てしまう。
「わたしの祖母のお墓参りのついでにね?」
 複雑そうな顔で補足したのはリツコさんだった。
「おばあさんに預けていた猫が死んだのよ……、その後を追うみたいにね?、そこまで面倒見てくれなくても良かったのに」
 そう言うリツコさんは悲しそうで……
「僕も、手を合わせていいかな?」
「ああ……」
 僕は父さんに場所を譲ってもらった。
 ……父さん、やっぱりこの街にはいたんだな。
 当然か、ここから出られるはずは無いんだし。
 好意的な解釈は想い浮かばなかった。
 リツコさんの悲しみが分かったからかも知れない。
 吐き気がした。
 身内の死にはそんなに悲しそうなのに、どうして他の人も、同じように親しい人が死んだら悲しいって……
 やめよう、それが分からないから、父さんはあそこまで行ってしまったんだから。
「父さん……」
「なんだ」
「お腹空いちゃった、何か食べて帰らない?」
「ああ……」
「そうね?」
 父さんはいままでの表情のまま、リツコさんは少しだけ微笑みを浮かべた。
 二人の間には穏やかな空気が漂っている。
 僕はそれを、少しだけ憎らしく思ったけど……
「お寿司がいいな……」
「ああ」
 無理に掻き回すことはないって……
 自然と自分を抑え込んでしまっていた。
 何故だかとても苦しかった。


 世間は何かと忙しい。
 テレビは連日、使徒の驚異とエヴァの有用性ってやつを説いてる。
 反論はやっぱりセカンドインパクトで生まれた難民救済に費やせってものばかりだ。
 素人のケンスケの言う通りになって行くって言うのが……
 世の中複雑な様でバカばっかりなのか、それとも単純な話をややこしくするのが上手いだけなのか。
 詳しく知りたければミサトさんにでも聞きに行けばいい、世間話の代わりに教えてくれるから。
 でも僕にはそのつもりは無い。
 ただ気がかりなのは……
「もうすぐか」
 僕はまた、カレンダーの日付にバツを付けた。


 あの日のことは良く覚えてる。
 陽射しがあんまりきつくて、全部が真っ白に見えていた。
 僕は誰にも頼る人が居なくて……
 アスカに縋り付いた揚げ句、とても最低な事をした。
「ってことをしたんだよ、僕は……」
 アスカと綾波とミサトさんと……
 三人は三人とも、僕の話に奇妙に顔を歪めてくれた。
 アスカは嫌悪感と羞恥で半笑いの引きつりを生んでいる。
 綾波は一生懸命想像しているのか、目を虚ろにして天井を見上げている。
 一番生々しい反応を示してくれたのはミサトさんだろう。
 うわちゃーっと手で顔を覆ってくれた。
「またなんでそんなことを……」
「わかりませんよ……」
「わからないって……、自分でやった事なんでしょ?」
「そう言う人間だったって……、それだけのことだと思います」
 僕は目を閉じて、その後のことも語った。
 銃を突き付けられたこと、ミサトさんに引きずり回されたこと、もう死にたいって言ったら叱られたこと。
 そして……、送り出してくれる時にキスしてくれた事まで。
「し、シンジ君……」
 ピクッと……
 僕は両側の席に座っている二人の反応に気が付いた。
 正面のミサトさんはもう逃げ腰だ。
 でも僕は落ちついていた。
 大事なのはそこじゃないから。
「……その後、アスカが死にました」
 ピクンと……
 何かを言いかけていたアスカの動きが静止した。
「……弐号機はバラバラにされて、白いエヴァが食い散らかしていました」
「それで?」
 ミサトさんの目が座った。
「その後はなにも……、ただ恐くて、震えて……、僕なんか……、僕なんかって」
「シンジ君」
 優しい声だった。
「ミサトさん?」
「マヤに聞いたんだけどね?」
 ミサトさんは教えてくれた。
「サードインパクト……、いいえ?、セカンドインパクトのデータから、依代とされる人間の精神が形而化……、現実に投影されるのがインパクトの正体、そのものらしいわ」
「え?」
「デストルドーって言葉知ってる?、自己破壊欲望と言ってもいいわ、誰も彼もが自分を必要としてくれない、だから自分なんていらない、死にたい、その欲求が引き金になったのよ」
「……じゃあ」
「あなたをエヴァに無理に乗せたのは……、あたしなんでしょう?」
「けど!」
「大丈夫よ」
 ミサトさんは微笑んでくれた。
「その時と今では状況が違うわ?、初号機はあなたでないと動かせない、ネルフが隠していた物は失われ、あなたは自分が必要とされている事を知っている」
「そうよ!」
 ここぞとばかりにアスカが割り込んで来た。
「誰もあんたがいらないなんて言ってないじゃない!」
「……そうだけどさ」
「だ、だからって、その、あ、あたし、あた、きゃああああああ!」
 バタバタって走ってっちゃったよ……
「なんだろ?」
「自覚したんじゃないのぉ?」
「はい?」
「シンちゃんがぁ、男の子だって」
 にたりと笑うミサトさん、いつもなら嫌な感じだと思うけど……
「どういう意味です?」
 今日は好奇心の方が勝ってしまった。
「ん……、わかってたんでしょ?、アスカってどこか子供の延長をやっちゃってるって」
「ええ……」
「つまりそういうことよ、シンちゃんが一人前の男だって分かって、自分のしてた事を思い出したのよ」
「してたって……」
「くっついたり、裸見せちゃったり……」
「ああ……」
「で、シンちゃんがそれを見て何かをしてるんじゃないかって、まあ生々しい想像しちゃったんじゃないのぉ?」
「じゃあ……、少しはそういうの、止めてくれますかね?」
「止めて欲しいの?」
「できれば……、好きじゃないんですよ、べたべたするのって」
「そう?」
「だって……、アスカと一緒に居ると、みんなに恨まれますからね」
「それが嫌なわけ?」
 あ、ちょっと呆れられちゃったか……
「そんなことで恨まれたり憎まれたり……、くだらないじゃないですか、そんなのは」
「でも重要な事よ?、少なくともアスカにとっては」
 ちらりと綾波を見るミサトさん。
「レイにとっても……、そうじゃない?」
 自分の名前に反応してか、ようやく綾波は意識を取り戻したみたいだ。
「碇君……」
「なに?」
 微妙な間が空く。
「今日はウナギにしましょう」
 ……どう言う思考をしてたんだろう?
 いまいち綾波のことはよく分からないままだった。



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