「あれ……」
教室に入って、僕はすぐそこに座っていたマユミさんの本に気が付いた。
「また新しい本読んでるんだ?」
「あ、はい」
はにかみながら、マユミさんは顔を上げた。
以前の臆病さが見えなくなっただけで、こんなに可愛くなるんだな。
言葉が続かなかったのは、その笑みが眩しかったからだ。
怪訝そうに小首を傾げてる。
「なにやってんのよバカシンジ!」
「わかってるよ……」
僕は逃げることにした。
「ごめんね?、マユミさん……」
「ううん」
微笑んでくれるマユミさん。
それがまた痛い、辛い……
マユミさんは、僕達は似てるって言ってくれた。
そうだったかもしれない、でも今は違う。
マユミさんは明るくなった。
恐れると言う事をしなくなった。
でも僕は僕のままだ。
まだあの頃のまま、恐くて、足踏みだけを続けてる。
幸せになるって決めたんだ。
実際、今は幸せだから。
変わる必要なんてないって思ってる。
「アスカって感じ悪ぅい」
アスカ達の内輪もめが聞こえて来た。
「なによ、あたしはあんたみたいに甘くは無いのよ!」
「なによそれ!、あたしがシンジに相手されて無いって、そう言いたいわけ!?」
「よくわかってるじゃない」
「むっかー!、腹立った!!」
「はっ、だからどうだってのよ?」
「アスカなんて、シンジにキスしてもらった事も無いくせに!」
ああ、もうバカ……
「シンジ君……」
マユミさん……、視線が痛いよ。
僕は結局いつものように、苦笑いで護魔化した。
「シンジも大変やのぉ」
「何がだよ」
逃げるように、僕はトウジとケンスケを誘ってゲームセンターに寄ることにした。
「霧島と山岸に決まってるだろ?」
「ああ……」
「で、どないなんや?」
「何が?」
「かー!、何がやないやろ!」
「マナ、マユミさん……、なぁんて、名前で呼んで、綾波恨めしそうだったぞぉ?」
二人の厭らしい笑みに、僕はつい溜め息を吐いた。
「どうもこうもないよ……、別にそういうの、思ってないし」
「ふぅん、一応はわかってるってことか」
「なにがや?」
「霧島と山岸の気持ちってやつだよ」
「そりゃあれだけあからさまならね?、でも僕はただの……、友達って思ってるだけで」
「女はそうは思わんやろ?」
「おっ、実感こもってるな?、トウジ」
「……もしかして、洞木さん?」
あ、当たりみたいだ。
「女っちゅうんは変わるもんやなぁ……」
「あの委員長がベタベタだもんな?」
「ちょっとでも放っとくと怒るんやぁ……、わしが何したっちゅうねん」
「なんにもしないからだろ?」
「シンジはどうないやねん」
「え?」
「綾波とアスカだよ、怒らないのか?」
「……そりゃ、色々言われてるけどね?」
「そ、それでキスしたんか!」
なに鼻息荒くしてんだよ……
「綾波とはしたけどね……」
「なんやとぉ!」
「怒らないでよ……、一回しただけだよ」
「一回で十分じゃ!」
「トウジはしてないのか?」
「するかい!」
「なんでさ?」
「くっ、ほっとけ!」
「恐いんだぜ?、きっと」
「失敗するかもしれないから?」
「いや、ここはきっと委員長に逆らえなくなるってのが……」
「それって今と何か違うの?」
「それに気が付かないからバカなんだよ」
「誰がじゃあ!」
「怒るなよぉ!」
「そうそう」
冗談を言い合いながら……、トウジは本気みたいだったけど、僕は綾波とマナ、それぞれとのキスを思い出していた。
マナは明らかに衝動的だった。
キスしたって言うより、されたって言うのが正しいよな?
まあそれを説明するほどバカでも無いけど……
綾波は……、綾波に対しては違う。
あれは僕がキスしたいと思ってやったことだった。
別に後悔なんてしてない。
いや、本当はもっとしたい、したいって思ってる。
何度もしたい、抱きしめたい、違う、抱き合って眠りたいんだ。
手のひらに綾波の胸の感触が蘇る。
股間に血が集まっていく。
どうして綾波がいないところだと、こんなに強く思えるんだろう?
答えは決まってる。
恐いからだ。
人間が。
あの時と今とは違う、綾波もアスカも幸せなはずだから、あの時みたいな雰囲気にはなれないんだ。
そう考えると、僕はとてもズルいんだよな。
弱ってるところを狙おうだなんて。
とても気持ちの好い事だから、ずっとそうしていたいのに。
寂しい人が動物を飼ったり、ぬいぐるみを抱くのと変わらない。
だからかもしれない。
どうすればいいのかわらかないんだ。
好きだって言えば、そんなことをしていいの?
それが間違ってるって事ぐらい、僕にだって分かる。
愛するとか、愛されるとか、そういうのがあって、初めて……
じっと右手を見つめてみると、今だにべたついている感じがした。
いや、実際そうなのかもしれない。
最低だと感じた。
ただ抱きしめてくれるなら……
きっと僕は、それが誰だって受け入れてしまうだろうから。
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