INTRODUCTION
 僕の考えとミサトさんの思い付きが重なった。
 それは酷く嫌な予感を覚えさせる。
 だから僕は、あの日に向けて、カレンダーにペケを付け始めた。
 ……実際、僕は驚いていた。
 カレンダーを持っていなかった自分にだ。
 時間の流れをまったく意識していなかった。
 毎日は流れるもので、積み重ねる必要性なんて感じていなかった。
 だから……
 ミサトさんの考えは正しいのかもしれない。
 カヲル君の背離。
 アスカの軽蔑。
 みんなは変わっていく。
 僕だけがそのままだから、取り越されていくんだろう。
 でも綾波は……、綾波はまだ側に居てくれた。
 綾波だけは、変化がとてもゆっくりしているからかもしれない。
 ……違うな。
 だぶん、僕が居て欲しいって思ってるからだろう。
 だから綾波は……、こうして僕に体を預けてくれるんだ。
「風が強いね?」
 当然だ、マンションの最上階なんだから。
 僕達は座椅子に座って夜月を眺めていた。
 隣には綾波が……、クッションをお尻に敷いて、僕の肩に頭を預けてくれている。
「……ごめん」
「なに?」
「側に居てくれるから……、嬉しくて」
「そう……」
 いつもなら喜んでくれる様な言葉でも、やっぱり寂しさを滲ませてしまっていたのかもしれないな。
 綾波はいつもより体温が感じられるようにしてくれた。
 座り直して、僕の頭を自分の首元に抱きしめてくれたんだ。
「……良い香りがする」
 甘えるように、襟元に鼻先を潜り込ませる。
 僕はここに居たい。
 僕は幸せになりたいと思った。
 そして幸せになったって言うのに……、どうして。
 どうして、このままで居られないんだろう。
 みんな変わっていってしまうんだろう?
 僕には分からない。
 今がこんなに幸せなのに、どうして、そこから出なくちゃいけないの?
 ……でも、一つだけ分かった事がある。
 僕はやっぱり、僕をやめちゃいけないんだ。
 僕は僕のままで居なきゃいけないんだ。
 何もしてない僕は、”あの頃”の僕と同じだから。
 何も無い日々だった、あの頃と同じ僕じゃいけないんだ。
 同じじゃないから、僕はこれを手に入れられたんだから。
「碇君?」
 しがみつき、むせび泣くと、綾波は優しく頭を撫でてくれた。
 辛かった。
 これを無くしてしまうと思うと、辛かった。
 でも、僕はもう、この暖かさが逃げ場にならない事に気が付いていた。



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