「おや、シンジ君」
本部発令所、指令塔。
みんなを見下ろせる場所には副司令の他にミサトさんも居た。
「シンジ君、学校は?」
僕は答えず、まっすぐ副司令に向いた。
「何か用かね?」
僕はただ、頷いた。
声が出せなかったのは喉が渇き切っていたからだ。
緊張で……
「……父さんの」
その一言だけで緊張が走った。
「父さんの家を……、教えて貰えませんか?」
たったそれだけの事を聞くために……
僕には大きな勇気が必要だった。
父さんの家を聞いただけだけど、ミサトさん達はどう思っただろうか?
今更家族の縁を取り戻しにとか……
色々詮索してるだろうな、ま、いいさ。
「ここか」
僕はそのマンションを見上げた。
コンフォート17と同じ規模のマンションだった。
住んでいるのはリツコさん。
父さんは居候しているらしい、あの父さんが……、って思ったんだけど、元々父さんは家なんて持っていなかったらしい。
元々は……
元々は綾波の部屋に住んでいたんだそうだ。
母さんと……
父さんも、変な所で感傷的だったんだな。
あるいは母さんに似た何かが蘇って来る事を期待してたのかもしれないけれど。
そんなことはどうだっていいさ。
今の僕にはやる事がある。
そのために僕はここに来たんだから……
ことりと……
僕の前に、リツコさんは麦茶の入ったコップを置いてくれた。
水滴が表面に付き始めている。
僕はその向こうに居る父さんから目を逸らさなかった。
今、ここにこうしていることの秘密を……
父さんには話していなかった全ての謎を、僕は明かした。
「そうか」
父さんの答えは簡潔だった。
「僕が憎い?」
「ああ」
僕はもうひと押しした。
「僕が恐い?」
「そうだな」
父さんは難しい顔を崩さない、いや……
懐かしいな、あの……、手で口元を隠すポーズを父さんは取った。
「何が望みだ?」
僕は答える。
「恐いんだ……」
「恐い?」
ピクンと……
父さんの目尻に反応が見えた。
「恐いんだよ……、幸せになりたいと思った、でも幸せって、こんなに簡単に、何もしてないと消えて行ってしまう物なんだね?」
そう……
ただぼうっと幸せの中に沈んでいる事なんて出来ないんだ……
「覚えてる?、あの戦自のロボットが来た時のこと」
「ああ……」
「また……、あれのパイロットが来たんだよ、今度はクラスメートだって」
僕は父さんから目を外して俯いた。
顔を見られたくなかったから。
「……信じられない自分を見付けたんだ、きっとまた何かあるって、僕は父さんが憎かった、僕を信じてくれない、見てもくれない父さんが、でも僕も同じだった」
「シンジ君……」
そう言って優しく肩に手を置いてくれたのはリツコさんだった。
「僕は……、僕も憎まれるのかもしれない、今でもそうだ、優しくしてもらいたいって、そればっかり考えて、人に優しくしてるわけじゃない」
「そうか」
「……僕は、僕は人を利用して、自分が幸せになる事ばかりを考えるような人間だったんだ、でも僕はもう、それを変えられないから」
「どうしろと言うのだ?」
「教えてよ……、どうすれば、どうすればエヴァから離れられるの?」
僕は真剣に、父さんに縋るようにして訊ねていた。
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