「アスカが変?」
ミサトはカヲルの世間話に眉を顰めた。
「なぁによぉ?、あの子が変なのは今に始まった事じゃないでしょう?」
しかしカヲルは食い下がる。
「この所、シンジ君の事でレイと共に落ち込んでいたんですが……」
「明るくなった?」
「いえ……」
「じゃあ落ち込んだまま?」
「はい」
「なら原因なんて決まり切ってるじゃない」
ミサトはモニターを見た。
テストプラグの中に沈んでいるシンジ。
付き添いのマヤが今日もデータの収集に勤しんでいる。
リツコはダミープラグ製作のために不在だった。
「彼じゃないの?」
視線を戻す。
「シンジ君が原因なら、もっと落ち込んでいるはずですよ」
「良く見てるのねぇ?」
呆れた声を出す。
「惚れたの?」
「何を今更……」
カヲルは微笑んだ。
「僕は人を好きになったからここにいるんです」
「あなたの定義って広過ぎるのよね」
「好きと言うのも意外と幅が広くて困っているんですよ、人の言葉というのは不便なものだ」
「それを上手く使うのが詩人ってもんでしょうが」
「シンジ君が上がります」
マヤが唐突に割り込んだ。
黙り込んでいたのはカヲルが居るからだ。
ミサトのように距離を取る事も、シンジのように受け入れる事も出来ない不器用さの結果である。
プシュッとドアが開いた。
プラグはまだ回収作業中である、オレンジ色の棒が壁に収納されていく所だ。
シンジが帰って来るには早過ぎた。
「アスカ?」
ミサトは入って来た人物に驚いた。
「ミサト、シンジは?」
「いま上がって来るけど」
「そう……」
アスカはテストプラグに目を向けた。
「ミサト……」
「なに?」
「お願いがあるの」
「なによ?」
「あたしをあれに……、乗せてくれない?」
アスカの言葉に、ミサトは気付かれない程度にカヲルへと目線を送った。
先日の話がある、アスカを乗せていいものかどうかためらわれたのだ。
それを察したのか、アスカは焦れるように言った。
「別にエヴァに乗りたいってんじゃないのよ?、ただ……、確かめておきたいの」
「なにを?」
アスカは答えなかった。
ただ顎を引いて、目を伏せた。
「わかったわ」
ミサトは折れた。
「ただしテストプラグでよ?」
「十分よ」
背を向ける、だがアスカが開けるよりも早く扉は開いた。
「アスカ?」
シンジだった、髪をタオルで拭いながら、キョトンと首を傾げている。
だがアスカの目は曇ったままだった。
特に感慨を抱いていないのが明らかだった。
シンジの脇をすり抜けて出て行く。
「シンジ君」
カヲルは声を掛けてみた。
「振られちゃったかな?」
だがシンジから返って来たのは、いつもの通りの反応であった。
『アスカ、着替えないの?』
「いいわよ、このままで」
そう言ってアスカはテストプラグに入り込んだ。
スカートのために座りが悪いのか、何度かお尻の下に折り込み直している。
「着替えならあるわ、シンジのを借りてもいいし」
『そう……』
あからさまにミサトは怪訝な声を出した。
喧嘩をしているというのなら、先の返答はおかしすぎるからだ。
「はじめて」
ハッチが閉じる、注水が行われる。
移動の震動、定位置に固定。
そしてシンクロが開始された、その結果は……
(やっぱり……、ここにいるのね、ママ)
九十を越えるシンクロ率。
起動すら危ぶまれていたにしては異常な数値に、カヲルとミサトはシンジを見つめ、シンジは愕然とした表情を浮かべていた。
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