放課後、シンジは屋上に居た。
「こんな所に居たわね?」
「アスカ……」
目を丸くする。
「どうしたのさ?」
「それはこっちの台詞よ」
溜め息を吐いて側に寄る。
一緒に柵にもたれて、アスカは言った。
「レイが探してたわよ?、マナも」
「良いよ別に」
「どうして?」
「……用が無いもの」
アスカは心底呆れた声を出した。
「あんたバカ?」
「え?」
「用が無いと一緒に居ちゃいけないわけ?」
「普通そうじゃないの?」
「それでも居たいってのが、好きって事でしょ?」
「そっか……」
シンジは空を見上げた。
「じゃあ、僕はみんなを好きなのかな?」
「違うわね」
アスカは断言した。
「あんたは甘えたいのよね、同情して欲しいのよ」
「そっか、そうかもしれない」
「そうやって、何でも無いって顔してるから気が付かなかったけど」
「なに?」
アスカを見ると、何か懐かしい香りがした。
「あんた……、何にも変わってないわね」
「え?」
「あの頃と」
「いつ?」
間が生まれた。
「この街が無くなっちゃった頃とよ」
それは衝撃だった。
「アス……、カ?」
ごくりと喉を慣らす。
「記憶が……」
「記憶って言うのかしらね?、これって」
アスカは何でも無い事のように言った。
「でもこの世界……、あんたが作ったにしてはいいんじゃない?」
ふうと息をつく。
シンジは慣れた作業で落ちついた。
「そう?、そう言ってくれるとありがたいよ」
様子を窺いつつ、シンジは続けた。
「そっか、だからシンクロ率が……、僕を嫌ってたこと、思い出したんだね?」
「ええ……」
「そっか……」
寂しそうに呟く。
これで望みが断たれたからだ。
「アスカ……」
「なによ?」
「ドイツか、アメリカへ行くの?」
「行かないわよ」
え?、とシンジは驚いた。
「どうして……」
「だって、ここ、あんたが居るじゃない」
「アスカ?」
シンジは怪訝そうな声を出した。
溜め息一つ、アスカは切り出した。
「あんたが嫌いだってわけじゃないのよ、あの頃は……、そう思ってたけど、でも違う、あたしは憎んでただけ」
「同じじゃないか」
「違うのよ……、加持さんを、エヴァを、あたしの存在価値を奪ったあんたが憎かった……、けど、あんたがエヴァのパイロットで無かったら、別に嫌ったりしなかった、そういうことよ」
「でも今は?」
「今も、よ」
アスカは憎々しげなものを顔に浮かべた。
「苛立って仕方が無いのよ、なぁんでこうなのかなぁってね」
「そう……」
「勘違いすんじゃないわよ?」
「え?」
「あたしが言ってるのは、あたしのことよ」
項垂れる。
「アスカ?」
「昔のあたしには……、エヴァしかなかったもの、でもエヴァだけに縋ってる自分が、いかに寂しいか分かるのよ」
「どうして?」
「あんたを……、こっちのあんたを見てるからよ」
アスカは言った。
「と同時に、あたしはあたしでもあるわけ、前の独りきりのあたしがどんなに寂しい奴だったか、あんたみたいに甘えようとしていたのかわかるの、でもこっちのあたしはあんたに甘えてもらおうとしてる、あんたを何とかしたいと考えてる、でも昔のあたしは知ってる、あんたがどんな奴なのか、ほんとは自分が優しくされたいだけで、誰かが欠けちゃうと寂しくなるから、必死になってた、でもそんなあんたを見て来たあたしは、あんたは自分に価値を認めてない、だから自分の命と同じか、それ以上にあたしを大切にしてくれてるってわかってる、どうしてこれで嫌えるのよ?」
「アスカ……」
「あんたを好きなあたしと、あんたを憎んでるあたしがいて、その整理がつかないの、悪いわね?」
「いいよ」
シンジは原因が分かって力を抜いた。
「気にしてない」
「ほんとに?」
シンジは右の手のひらを見つめた。
「アスカ……」
「なによ?」
「言ったよね?、僕がこの手で、なにをしてたか」
アスカは顔をしかめた。
「あんたねぇ、そういう事は……」
「アスカが、収容されて、薬で眠らされてるのに、パジャマの胸元を開いてさ、胸を見て」
シンジはアスカの目を見て、首を傾げた。
「あの時……、僕は何がしたかったのかな?」
「そんなの」
アスカは答えようとして赤くなった。
「ば、バカな事聞くんじゃないわよ!」
「……そうだね」
「シンジ?」
寂しそうな声に驚く。
『助けてよ!』
シンジの耳には、自らの叫びが木霊していた。
それはアスカの知らない、どちらのアスカも知らない叫びであった。
[BACK][TOP][NEXT]