Refrain.
「ん……」
 シンジの手が髪を掻き分け、首筋を這う。
 そのくすぐったさにアスカは身悶えをした。
 首と頭の繋ぎ目を掴まれ、引き寄せられる。
「あ……」
 わずかに開いた唇から、悩ましい声が漏れ出た。
 もちろん、自分から塞いでもらうためにシンジに”かぶりつく”。
 これが大人のキスだとは知っている。
 だが具体的に、どう唇を、舌を使えばいいのか分からない。
 それを教えてくれたのはシンジだった。
「ふっ、ぐ……」
 口腔を犯される、まさにそんな状態だった。
 頭を押さえられたまま、歯ぐきから、舌の根まで丹念に洗われた。
 だらだらと唾が溢れてしまう、それがシンジの口の中に流れ込んでいると分かった時、アスカは羞恥から赤く染まった。
(シンジ……、あたしの、飲んでる)
 それと同時に、恐怖がアスカを支配する。
(シンジ、感じてるの?)
 存在を。
 目を開く事が出来ない、開けば……、夢が壊れてしまうようで。
 酷く冷めた目をして、機械的に作業をこなすシンジが居るようで。
(シンジ!)
 アスカはシンジの胸倉を掴んで脅えた。
 長かったキスが終わる。
 アスカは飛び起き、顔を背け、そのまま逃げ出そうとした。
 とてもシンジの顔など見れなかったから。
 恐くて。
 だができなかった。
 身を起こすよりも早く、シンジの腕が自分を捕えていた。
 熱を持った頬同士が擦れ合う。
 アスカはシンジに抱きすくめられていた。
「シンジ……」
 返事が無い。
「シンジ?」
 荒い呼吸がくり返される。
「シンジ」
「こういう時って」
 奇妙な間。
「普通、黙ってるものじゃないの?」
 カーッと、、今度は別の意味で赤くなる。
「バカ!」
「ふぐ!」
 零距離で鳩尾に拳を叩き込んだ。
「変な事考えてんじゃないわよ、もう!」
 返事は無かった。
「シンジ?」
 気を失ってしまったらしい。
「まったくもう……」
 アスカは苦笑して、力を抜いた。
 体を少しずらして、シンジの胸に耳を当てる。
(とくん、とくんって言ってる……)
 まるで時計の音を聞くように。
 右回りの短針と、左回りの長針が合わさっていく。
 こちらのアスカは、キスしたいと願っていた。
 それは必要とされている証しだから。
 あちらのアスカは、抱きしめられたいと望んでいた。
 それは温もりを頂けるから。
 シンジの言う事も分かるのだ、いや、アスカだから分かるのだろう。
 エヴァを動かせるからと頼りにされていた自分が居た。
 皆が暖かく見守ってくれたのは、それはエヴァを動かせたからだ。
 だからエヴァから離れるわけにはいかなかった、何があっても。
 シンジを憎んだのは、そのためだった……
 シンジも今同じ縁に立っている。
 ただ違うのは……
(それが自分のためになってないって事なのよ……)
 エヴァに縋る事しか出来なかった自分と違って、シンジはそんな自分をも嫌悪しようとしている。
 それはさせてはいけなかった。
(認めなくちゃいけない……)
 こちらのアスカの言うことを。
 エヴァに縋る事が全てじゃない、もう一人の自分が、シンジを手に入れた事でエヴァの呪縛から解放されたように、シンジにも何かを与えてあげなければならない。
 そしてそれこそが、自分であっても良いはずなのだ。
 シンジの鼓動が、二つの人格を溶け合わせてくれる。
 優しい気持ちになれる、こんな自分でもだ。
 それはシンジが……
 シンジが、価値を認めてくれたから。
 命をかけるほど。
(あたしを大事にしてくれるから)
 アスカは身を委ねて力を抜いた。
 シンジに体重の全部を預ける。
 今日は良く眠れそうだった。



[BACK][TOP][NEXT]