「珍しくシンジ君が遅刻なんてするものだから呼びに行ったんですけどぉ」
もじもじとマヤ。
「もう驚いちゃってぇ、だってアスカちゃんと抱き合って寝てたんですよ?、あたしビックリして逃げて来ちゃいましたぁ」
などと実に楽しそうに、午前中だけでも両手両足の指では数え切れないほどの『場所』で語ったものだから、午後にはほぼネルフ全体に話は広がってしまっていた。
問題なのは想像力豊かな人間が多かった事だろう。
マヤが『服を着たままで』と言わなかったのは、裸なんてとんでもないという、実に常識的な判断があったからだ。
だが誰もその事には気付かなかった。
あまりにも赤い顔をして、いやんと身を捩るマヤの恥じらいから、それはとてもとんでもない事になっていたのでは?、と想像したのだ。
極め付けは……
「はい、シンジ」
「……」
「あーん」
「……」
「……あーん」
「あ、ん……」
「おいしい?」
「うん……」
「よかったわね?」
という姿が、食堂で見られた事だった。
「アスカぁ」
「なに?」
「食べられないなら、頼まなきゃ良いじゃないか」
「一度お寿司って食べてみたかったのよねぇ」
単にそれだけの事だったのだが、いちゃついていると誤解されても仕方の無い姿ではあった。
今日は休みなさいとリツコに命じられて、シンジ達は仲良く学校へ向かっていた。
「いいのですか?」
リツコはゲンドウに訊ねた。
「かまわん、データは十分に在る、シンジのテストは補正作業のついでに過ぎん」
「テストにもお金はかかりますものね」
と言う裏事情もあったのだが、それはシンジの知らない所である。
マヤやミサトは、シンジとアスカの仲を心配する親馬鹿と踏んだようだったが……
学校に近付くにつれて、シンジは異様な雰囲気を察していた。
「なにかしらね?」
「アスカも?」
シンジは首を傾げた。
もちろん、アスカには気が付いていた。
「あたしを見てる……」
校門に辿り着いた時、その正体ははっきりとした。
「なによこれ……」
バラだのなんだのと、花束を抱えた少年、青年、中年、壮年と、物凄い人が集まっていた。
『アスカさん!』
「は、はい!」
重なった声の大きさに、アスカはつい悲鳴のような返事をした。
『……!』
は?、と思った。
色々な台詞が重なって聞こえなかったのだ、だが意味は分かった。
”この気持ちを受け取って下さい”、と言うのだ。
「な、なんで……」
助けを求めて隣を見ると。
「え!?」
シンジが居なくなっている。
「よう、シンジぃ」
遠くから聞こえた声にそちらを見やる。
「これ、なに?」
「お前昨日、振られたって言ったじゃないか」
「ああ、それで?」
「傷心のお姫様にってさ」
(シンジぃいいいいい!)
アスカは自分の態度を棚上げして拳を握り締めた。
「アスカさん!」
「ひゃ!」
アスカは脅えて後ずさった。
ぎらぎらと目が血走っている狼の群。
アスカは柄にも無いか弱い声を出してこう言った。
「やぁああああん、シンジぃ!」
逃げようとしていたシンジは蹴つまずいた。
それぐらい、余りにもわざとらしい声だった。
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