「はっ!?」
目を覚ます。
「天井…、医務室の天井だ」
シンジは体を起こした。
「生きてる…」
ウルトラマンエヴァ 第二話『覚醒編』
「シンジ君が目を覚ましました、後遺症はないそうです」
報告したのはネルフの技術部を取り仕切っている赤木リツコだ。
「そうか…」
頷くゲンドウ。
「だから言ったでしょ、案ずるより生むが易しってね?」
そんなアスカに、問いかける冬月。
「では、君達は人類の味方だと?」
「違います、人類を含めた、あらゆる生あるものの味方です」
心地好いな、ここまで言い切られると。
冬月はつい感心してしまう。
「質問は一つだ、君達は、これからもネルフの一員として戦ってくれるのかね?」
「そっちが認めてくれるのならね?」
冬月は目だけでゲンドウに意見を求めた。
「ああ…、問題無い、彼女達の正体は諜報部と保安部により隠蔽された」
「ふうん、大手を振って歩けるってわけね?、じゃ!」
「何処に行くのかね?」
きびすを返すアスカを引き止める。
「決まってるじゃない?、あのバカの様子でも見て来るのよ」
「わたしも…」
後をついていこうとするレイ。
「ふうん、あんたそんなに気になるんだ?」
「あなたは碇君を傷つけるもの…」
「なんですってぇ!?、あいつがいつまでも、うじうじうじうじやってるからじゃないの!」
「碇君は…」
「レイ」
呼び止めるような口調に、振り返るレイ。
「なんですか?、司令」
「…すまなかったな?」
驚きの後、レイは微笑みを浮かべた。
「はい」
そして再び、シンジの元へと急ぎ出す。
「あ、こ、こら!、ちょっと待ちなさいよ!」
呆気に取られていたアスカも後を追った。
「驚いたな、初めて見たぞ」
ゲンドウが謝る所を。
レイが微笑むところを。
冬月は、目を白黒させてしまっていた。
「はい、碇君…」
「あ、ありがとう…」
レイがリンゴを剥いてくれた?
「はい、バカシンジ」
「あ、うん…」
ちなみにアスカは桃缶を開けて器に移しただけだった。
でも、それだけでも驚きだよな…
病室の外にはそれを訝しむ隊員達が扉に張り付き、息を潜めて中の様子をうかがっている。
「あ、あの…」
「なに?」
「なによ?」
二人は同時に返事をし、そして顔を見合わせ、ぷいっとそっぽを向いた。
「あの、さ…」
まるで檻の中だよ…
シンジは恐る恐る尋ねた。
「聞きたいんだけど…、あの、父さんが僕の体に宇宙…」
むぐ!
あんたバカァ!?、ここじゃ聞かれちゃうでしょうが!
口を塞がれ、組み敷かれた。
「「「あああああ!」」」
ドタドタドタ!っと、倒れ込んで来る男達。
「い、いやぁんな感じぃ!」
シンジの同期生である諜報課のケンスケが見た所によると、それはまさしく今まさにベッドインしようとしている二人に見えた。
宇宙怪獣襲来、スタッフは速やかに持ち場に…
「ちえっ、話してる時間も無かったわね?」
何でシンジとぉ!っと、ゾンビのように群がり寄って来ていた男共を蹴飛ばしていたアスカは、シンジに向かってウィンクした。
「もう!、通常兵器なんて効きゃしないじゃないの!」
アスカ隊員の乗る高速戦闘機、ウルトラジェッター弐号のミサイルが炸裂する。
しかし爆煙が晴れた後でも、怪獣はその形を保っていた。
「まるで魚じゃない…」
空中を浮遊している。
「動いた!?」
シャオオオン!
アスカはジェッター弐号を、慌てて同じ方向に向けた。
「速い!」
シャオオオン!
怪獣はまるで泳ぐように大気を切り裂いていく。
グパァ!
その口が大きく開いた。
「なに?」
零号のレイが眉根をよせる。
雲がその口の中に吸い込まれていく、と、おヒレがピンと伸ばされた。
プピィ!
「おならぁ!?」
アスカは慌ててそれを避けた。
「解析結果は出たかね?」
球形の映像が空間投影されている、地球図だ。
その一部分が、尾を引くように赤く塗り潰されていた。
「炭酸ガスの異常増加が著しいですね…」
「やはり大気組成を…」
「ああ、作り替えるつもりだな」
作戦室には、ゲンドウ、冬月、赤木、アスカ、レイ、それにシンジが揃っていた。
「やっすい手に出て来たわねぇ?」
「だけど人類を滅ぼすには、一番有効で効果的な手段だわ?」
「そうかしら?」
アスカの疑問にはレイが答えた。
「不自然な空間で無理をして生きていくのは、正しい生態系の姿ではないわ…」
「へぇ?、自然を大切にする、アヤナミ星雲の人間らしい考え方ね?」
「そうかもしれない…」
レイ?
シンジは寂しそうなレイの横顔に首を傾げた。
「シンジ…」
「はい」
「お前が初号機に乗るのだ」
「碇、それは!?」
初号機?
シンジとレイはキョトンとした。
「それって、封印されてた桜花の後継機じゃ!?」
アスカが噛み付く。
「またシンジを殺すつもりなんですか!?」
表向きには、ゲンドウの命令でシンジは発進した事になっていた。
シンジの独断による先行、その責任をもみ消すためである。
「そのつもりは無い…」
「なら!?」
「問題はあの早さなのよ…」
リツコは怪獣を追いかけるジェッターの姿を映し出した。
その差は少しずつだが開いていく。
「これに追い付ける可能性があるのは初号機だけだわ」
「しかし碇、フレームの問題は解決したのかね?」
まるでロケットのような機体だった。
「特攻用の炸薬部を無くし、その分重量バランスを取る目的も追加して、強化フレームで覆いました」
「これで、どうやって捕まえるんですか?」
「電磁ネットで使徒を捕縛後反転、フル加速で…」
「綱引きさせようっての!?」
アスカは目を剥いた。
「そうよ?」
「そうよじゃないわよ!、相手は怪獣なのよ!?」
「だから?」
「そんなの、力負けしてバラバラにされちゃうわよ!」
「その心配は無いわ」
リツコは作戦を段階ごとに説明していく。
「電磁ネットはある程度以上の負荷で、自動的にカットされます」
「え?」
「一瞬でも動きを止めて欲しいのよ、その隙に火力を集中、敵を地上に叩き落とします」
ワイヤーフレームで表示される怪獣、その頭上に無数の弾道ミサイルが炸裂した。
「地上に叩き落とした後は…」
「まかせてよ!」
パンッと、アスカは腕を直角に曲げてその力こぶを叩いて見せた。
「シンジ」
「はい」
「後でわたしの部屋に来い、渡す物がある」
「はい…」
シンジは少しだけ脅えるような目を、出て行こうとするゲンドウの背に向けた。
キュッ!
無意識の内に、レイの手を握り締めて…
「なに?、父さん…」
ゲンドウの執務室だ、二人きりだと、異様な広さを感じてしまう。
「これだ…」
「これって?」
机の上に置かれたのは赤い玉だった。
「母さんのものだ」
「母さんの!?」
「ああ…」
シンジはそれを手に取って見た。
まるで血のように少し黒っぽい色をしていた。
ここももうすぐ戦場になるのかな?
シンジは基地の屋上に出ていた、基地はまるでピラミッドのような形をしている。
怪獣は南米などと言った、地球の大気を作り出している主な地点を狙い、そして今はネルフ本部を目指していたのだ。
日本を狙うのは、たぶんベトナムへ向かうついでなんだろうって、リツコさんは言ってたな…
「碇君…」
「綾波?」
シンジが振り返ると、レイが今までに無いような表情をしていた。
「何をそんな顔してるのさ?」
「顔?」
「泣きそうな顔をしているよ?」
レイは自分の頬を軽くつねった。
「綾波…、そう言えばさっきも悲しそうにしてたね?、どうして…」
「…わからない、から」
「わからない?」
「わたしは宇宙人…、それは知っているわ」
だらりと下げていた手のひらを握る。
「でも生まれた時の記憶は無い…、気がついた時には地球に居たの、司令に拾われ、そして検査の後に碇君に引き会わされたわ」
「綾波!?」
「わたしはわたしが宇宙人だと知っている、でもそれ以外の記憶が無いの…」
唇もまた引き結ばれる。
「でも、宇宙怪獣を倒すためにやって来たって、言ってたじゃないか!?」
「そう感じているだけ…、その想いがわたし自身の記憶に根付く物かどうかも自信が無いの…」
「綾波…」
そうだよな、僕自身の悩みなんてちっぽけなものなんだ…
「…綾波が、僕に命をくれたから」
はっとするレイ。
「綾波は幸せになれるよ、僕が守るから」
「碇君…」
頬を染めるレイ。
シンジは気がついていなかった、それがプロポーズの言葉としても、十分通用するものであることに。
そうだよな、父さんは僕の体に何かをしたのかもしれない…
シンジは整備済みの初号機を、暗い格納庫で見上げていた。
でもそのおかげで、僕なんかでも人を守れるんだ、ならいいじゃないか…
シンジはポケットから赤い玉を取り出した。
「母さん…」
「あら、シンジじゃない?」
「アスカ…」
白い作業着に、髪を三つ編みにまとめたアスカが、オイルまみれの顔を袖で拭きながら出て来た。
「なにやってるの?」
「作戦前の最後のチェックよ?、あんたこそ何やってんのよ?」
「う…、ん」
「それ!?」
アスカは目ざとく、シンジの持つ玉を指差した。
「あんたがどうしてそれを持ってるのよ!?」
「え?、これ?」
シンジはアスカにも良く見えるように持ち上げた。
「父さんに貰ったんだ、母さんの形見だって…」
「お母さんの!?」
アスカの表情は、まさかと言う驚きに溢れている。
「…なに?、アスカこれが何か知ってるの?」
「え、ええ…、でも」
アスカは言い淀んだ。
「いや、アスカが言いたくないなら、いいけどさ…」
ポケットの中にしまい込む。
シンジはそのまま、初号機を見上げた。
「いい機体だよね?」
「ええ、でも実戦には向かないわね?」
「え?、どうしてさ…」
「ほんとにバカね?、これはドラッグレーサーと同じ、ただ真っ直ぐ飛ぶための機体なのよ?」
ああ、特攻兵器だもんな?
納得する。
「…まあ、あたしとレイが後は上手くやるわよ、だからあんたは気楽にやんなさいよね?」
いざと言う時は、頼りにしてるわよ?
アスカは最後にそう、シンジの耳をくすぐった。
ゴォオオオオ…
大気を切り裂く震動が、初号機を空中分解寸前に追い詰めている。
本当に保つのか!?
怪獣を追い越す前に自爆したのでは意味が無い。
いた!
シンジは正面の雲が、円形に散らされるのを見つけた。
基地への報告はしない、できない。
限界を越える速度のために、障害が出ていて通信機は使えないのだ。
でも、こちらの動きはモニターしてくれているはずだ!
怪獣をついに視界に捉えた。
大きさの差は怪獣が300メートル近いのに対して、初号機は50メートルとあまりにも小さい。
追い抜く!
最後のブースターに点火、それでもごくゆっくりとしかその背に近付かない。
抜くんだ!
視界がブラックアウト寸前に陥っている、シンジは正規のパイロットではない為、訓練が不足しているのだ。
抜いて!
徐々に怪獣の背を這い進んでいく。
背中側に、仮面のような顔があった。
こいつ、使徒だ!
直感が嫌な感じを告げて来る。
くそ!
シンジは予定よりも早い位置でネットを撃ち出した。
いけるはずだ!
予定通りに減速をかける。
「このぉ!」
血液が背中から押され、体の全面に集中するような感覚。
「くっ!」
それでもシンジはレバーを操った。
「反転、ブースター再点火!」
ゴゥ!
力比べが始まった。
シャオオオオン!
顎を引っ張られるような感じでのけぞる怪獣。
「くそぉ!」
怪獣の速度が一気に落ちる。
「父さん!」
シンジは叫んでいた。
頭の上に無数の筋が見えた。
ミサイルの航跡だ!
ビー!
「なんだ!?」
非常音にシンジは焦った。
まだ早いよ!
電磁ネットが限界を告げている。
怪獣が破ろうとしているのだ。
機体が悲鳴を上げている。
身をよじり、衝撃を吸収できる怪獣とは違い、シンジの乗る機体はあくまで機械なのだ。
「歪みが出てる、このままじゃ分解しちゃう、だけど!」
レイとアスカの顔が蘇る。
「発令所…、聞こえてますか?」
「なんだ?」
モニターにゲンドウの顔が映し出された。
「父さん…」
「作戦中だ、早くしろ」
ごくっと生唾を飲み込むシンジ。
「…僕に命をくれた人達のために、この命を使います」
「ちょっとバカシンジ!」
「碇君!」
ジェッターからの通信が割り込んできた。
シンジはその通信を、くっと堪えるように断ち切った。
「…いくぞ!」
リミッターを解除する。
非常音がおさまった。
「これで手動で無ければネットは切れない、後は!」
スロットルを最大にまで引き揚げる。
「着弾するまでの62秒、押さえてみせる!」
シャギャアアアア!
怪獣が吠えた。
ミサイル群は、わずかに起動を修正しながら、その背へと落ちていく。
「嫌あああああ!」
空中に幾度も爆光が巻き起こった。
ジェッターがその余波に揺さぶられる。
「こんなことのために!」
あんたを助けたんじゃないわよ!
その嘆きをレイも通信で聞いていた。
「わたしは…」
守るとは、このことなの?
レイの頬を涙がつたう。
だがシンジはまだ死んではいなかった。
「やれやれ、世話が焼けるわね?」
「あ…」
シンジを抱き上げているのは…
「ミサトさん?」
「そうよ?」
「また、助けてくれたんですか?」
「違うわ、助けたのは彼女よ?」
「え?」
赤い玉が浮かんでいた。
「泣いてるの?、…母さん」
赤い玉から染み出した血が、渦を巻くようにまとまり、人の形を作り上げた。
「母さん…、なの?」
「そうよ?、地球名碇ユイ、そして最初の被験者…」
「被験…、なんですか?」
ミサトはシンジを下ろして立たせた。
「…今から20年前、人は宇宙人の遺伝子を人間に組み込もうとした、それがユイ」
「母さん…」
「でも実験は失敗に終わったわ?」
「何故ですか?」
ユイの形が崩壊する。
「人が持つ己のイメージというのは、それ程に強固な物なのよ…」
ユイがユイであるためには、別の何かに変わってはいけないのだ。
変われば、それはもうユイではない。
地球人である碇ユイが、宇宙人になることはありえなかった。
「遺伝子が…」
「地球人の、いえ、碇ユイの遺伝子に食べられちゃったのね」
血は凝縮されていき、そして再び玉に戻った。
「これが?」
「その遺伝子の塊ね?」
シンジはふわふわと浮かんでいるそれを手にした。
「母さん…」
「そしてあなたが生まれた…」
「僕が?」
「ユイの中に吸収されていた遺伝子は、濃縮された形で吐き出されてしまったの」
「それが僕…」
自分の両の手のひらを見る。
「そうよ?」
シンジはくっと顔を上げた。
「そうだ、みんなは!?」
「戦いは、これからよ?」
ギュッと玉を握り締める。
母さん!
祈りをこめる。
「戦いは常に先手必勝!、一撃で決めなさい、いいわね?」
「はい!」
赤い炎と青い風が、シンジを取り巻くように吹き上げる。
「行くよ?」
シンジは二つの力に呟いていた。
「こんちくしょうー!」
ズガガガガン!
だがジェッターのバルカンなどは豆鉄砲にすぎない。
それでもアスカには撃たずにいられなかった。
「落ちなさいよぉ!」
涙混じりの叫び。
怪獣が地面に落ちた。
ズガガガガン!
山を崩し、地面を削りながらの着地になった。
シュグルルル…
ゆっくりと鎌首を持ち上げる。
「なによ!」
カッ!
開いた口から放たれた閃光が、天を貫くように吹き上がった。
「きゃあああああ!」
「アスカちゃん!」
ゴォン!
オペレータの悲鳴が空しく響く。
その光の生み出した衝撃波の余波によって、アスカのジェッターが空中で分解した。
カッ!
同時に起こる閃光。
ジュワッ!
赤い巨人が現われた。
よくもシンジをぉ!
アスカの怒りがテレパシーとなって怪獣を打つ。
「…死んではいないわ」
ジェッターの中で呟くレイ。
碇君が、わたしの命を呼び起こしている…
ピクン…
怪獣に飛び掛かろうとしていたアスカも動きを止めた。
シンジ!?
バァン!
怪獣がその長大な体を跳ね上げた。
しまった!
「逃げる気ね?」
レイのジェッターが急速上昇をかけて追いかける。
「バルカン、発射…」
バララララ…
間違いなく怪獣に当たってはいるのだが、ただそれだけだ。
こぉんちっくしょー!
アスカが飛び去ろうとした怪獣に怒鳴り声を上げた。
ピカッ!
「なに?」
紫色の閃光が起こった。
「碇君?」
シンジ!
フルオオオオオーン!
咆哮を上げる巨人が、怪獣の前に立ちはだかった。
「光の、翼?」
二枚の巨大な翼が左右に広がっている。
シャギャアアアアア!
フルオオオオオーン!
ガシィン!っと怪獣はシンジの変身した巨人に追突した。
シンジの体が後方へ持っていかれ、その分翼が前に流れる。
無茶よ!
だがアスカの心配は無用だった。
身長60メートルほどの巨人が翼をはばたかせた。
ゴウ!
それだけでがくんと怪獣の動きが止まった。
まさか!?
シンジは背中の翼に手をかけた。
それを握り潰すようにもぎ取ると、光は剣の形へと変わった。
フオオオオオオン!
剣がどこまでも伸びた。
ブシュウ!
一刀の元に怪獣を縦に両断する。
なんて力なの!?
シンジの背中には、新しい翼が現れていた。
両断された怪獣が、血の筋を引きながら落ちていく。
神々しい翼とは逆に、シンジのその姿は悪魔のようにも見えていた。
「これが碇君の…」
手にした力…
それは二人の想像を遥かに越える代物であった。
続く
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