「喜べみんなぁ、今日は新しいお友達を紹介するわ!」
 何とか自我の再確立に成功したらしいマナ先生。
 何故だか今日はハイテンション。
 だってシンジ君だもの!
 もうっ、何回アタックしても答えてくれなかったのに!
 もしかして、これは教え子とのいけない関係の予感!?
 あ、でもだめよマナ、いくらなんでもまだ幼過ぎるわ…
「新しいて…、綾波とちゃうんかい?」
「そうよねぇ、他に居ないわよねぇ…」
 でも手なずけちゃうチャンスかも?、確か今ネルフの宿泊所に一人で住んでるって…
 これはもう!、家庭訪問しか無いわよね!?
 ううん、中学の時は葛城さんの家に居候してたぐらいだし、いっそのことうちに…、うちに、きゃあ☆
「気持ち悪いのぉ…」
「なにだらしない顔してるのかしら?」
 青い果実も悪くないかも…
 一人浮かれる霧島マナに、みんなの視線は冷たかった。

うらにわには二機エヴァがいる
第参話「触れない、心」

「ねえ、綾波くんって、アスカの家に住んでるんでしょ?」
 アカリの唐突な質問。
「ううん、お父…、おじいちゃんの家に泊めてもらってるんだ」
 それに対して、シンジは寂しそうに首を振った。
「えーーー、どうしてぇ?」
「アスカに嫌われちゃったらしいから…」
 シンジはおどおどと目を向ける。
「なによ、じゃああたしが悪いってぇの?、あんたわ!」
 今日のアスカは、とってもご機嫌斜めであった。


 それは昨夜のことである。
「やっぱりパパの作ってくれたミルクの方が美味しいなぁ…」
 アスカは一人で、ホットミルクを飲んでいた。
 時刻は晩の11時、レイはとっくに寝てしまっている。
 電気は消えて、真っ暗のキッチン。
 一人椅子に座って寂しさに耐えている。
 その時だ。
 ガサリ!
 背後で何かが蠢いた。
 な、なに?
 恐怖に顔が引きつってしまう。
 は、はん!、どうせゴキブリか何か…
きゃあああああ!
 振り返ったアスカは、覆い被さるような影に悲鳴を上げた。
 三角形の頭に長い髭、大きさは二メートルぐらいだろうか?
 暗闇の中、アスカはそのまま気を失った。


 このあたしが気絶しちゃっただなんて!
 ぐぐっと拳を握り締める。
「なんや、よっぽど嫌われとるんやのぉ」
「…しょうがないよ、急にお兄ちゃんだなんて言われてもね?」
 ふっと笑顔に影がさす。
 寂しいな、今までパパって甘えてくれてたのに。
 だがその影を、みんなは違う方向に勘違いした。
 可哀想!、綾波くん今まで独りぼっちだったって…、寂しいのね?
 アスカもなに意固地になっとんねん!
 憂いを帯びる美少年、これはいける!
 約一名、さすがはあの親にしてこの子ありである。
「気長に待つよ、仕方が無いから…」
「そうよ、負けちゃダメよ!」
「そや!、世間の風は冷とうても、立派に育たなあかんのやで!」
 キョトンとシンジ。
「…なに言ってんだか分かんないけど、心配してくれてる事だけは分かるよ」
「くぅ!、気遣いは無用っちゅうわけかい!」
「なんてけなげなんだ!」
「心配かけまいとして、わざと明るく振る舞ってるのね!」
 シンジの微笑みが誤解を深める。
「あ、あの、僕本当に…」
「くっ、ええんや、わしは涙で前が見えへん!」
「アスカ達との仲も取り持ってあげる、まかせといて!」
「そうだよ、歓迎会をしよう!」
ナイスアイディアだわ!
「「「ミサトさん!」」」
 驚く一同、窓の外にはハシゴを上った葛城ミサトが…
「って、ウメさんですか、まったく!」
「あらシンちゃん?、今時の子はウメさんなんて知らないわよ?」
「じゃあミサトさんはかなり歳食ってるってわけですね?」
 くっ!、口が悪くなったわねぇ?
 即座にこめかみに怒りが点灯する。
「そんなこと言ってていいのかしら?、お小遣い上げないわよ?」
「良いですよ、父さ…、おじいちゃんにねだりますから」
 あの親馬鹿が!
 ミサトは心底悔しがった。
 それ以前に、碇シンジとしての預金がある事には思い至っていない。
 そんなミサトとシンジの間に、すっと割り込む影があった。
「ミサトおばさん、ちょっと良い?」
「おばさんはやめてよ、なに、アスカ?」
「ここじゃなんだから…」
「そう、シンちゃんの事なのね?」
「あん?、なんでパパのことが出て来るのよ?」
「いいのよ、いいの…、いくら隠し子を作っていたような人であっても、愛したい気持ちは分かるのよぉ〜」
 何処からかマイクを取り出し、小指を立てるミサトであった。


「使徒、使徒だってぇの?」
 校舎裏に集まっているミサト達。
 レイ、それにシンジもなんとなく着いて来ていた。
「寝ぼけたのね?」
「ちがうわよ!」
 真っ赤になって、ぽんぽんと頭を叩くレイの手を払いのける。
「ゴキブリに似た奴ねぇ…、まあ確かに心当たりはあるんだけど」
「第四の使徒…、ですか?」
 シンジが横から口をはさんだ。
「あんた…、なんでそんなに詳しいのよ?」
「え?」
 ジト目にうろたえてしまうシンジ。
「そりゃあ、大事な妹達を守るんだって、さんざん勉強したんだもんねぇ?」
「ミサトさん!」
 からかうな!と言うつもりでシンジは叫んだ。
 だがアスカ達はそう受け取らなかった。
 何よこいつ、兄貴面してさ…
 しかしアスカの目には、シンジが照れているように写ってしまっている。
 なぜかしら?、パパを見ている時みたい…
 何だか嬉しくなってしまう。
 レイはレイで無表情なのは相変わらずだが、少しは険が取れていた。
「とーにかく、あたしは本部で同様のケースを探って見るから、今日はシンジ君に泊まってもらいなさい」
「えーーー!、どうしてこんな奴にぃ!」
 そりゃないよ、アスカ…
 シンジはちょっといじけてしまう。
「こう見えてもね?、シンジ君はバグを処理するために訓練されたエキスパートなのよ?」
「「「えっ!?」」」
「って、なんであんたまで驚くのよ?」
「あ、いや、つい…」
 ミサトさんも何言い出すんだか…
 ミサトはニヤニヤと笑うだけだ。
「小さな時から「シンジ、お前には妹達を守ってもらいたいんだ」って、シンちゃんに「チルドレンの穴」で英才教育を受けて来た、それが綾波シンジ君なのよ」
 その場のノリで作ってるな…
 シンジはもう、開いた口が塞がらない。
「そう言うわけだから、我慢してね?」
 アスカは「うー」っと、不満で頬を膨らませた。


「ここがあたしん家よ!」
「うん、知ってるよ…」
「どうして知ってるのよ?」
「そっ、それは!」
 いきなり墓穴を掘るシンジ。
「その、見に来た事があって、それで…」
「どうしてよ?」
「あ、あの、みんな…」
「あん?」
「見てみたくなって、それで…」
 アスカははっとしてしまった。
 一人寂しく育てられた兄。
 隔絶された世界で、毎日訓練と称した特訓に明け暮れ…
 学校にも行かせてもらえず、脳裏に浮かぶのは聞き知っているだけの楽しい世界。
 そんな世界に憧れて飛び出して、行き着いた先には「碇」の表札。
 あはははは…
 聞こえて来るだんらんの声。
 楽しげな家庭。
 初めて見る妹達と、見た事も無いような父の笑顔。
 父さん…
 しかしそこに踏み込むことは許されない。
 そして彼は、降り積もる雪の中を、裸足のままで帰っていくのであった。
 日本に雪は降らないはずなのだがって…
 ただのマンガの読み過ぎである。
 しかしアスカの中で、それは確固たる現実となっていた。
「ま、まあとにかく上がりなさいよ」
「え?、いいの?」
 急な態度の豹変に戸惑ってしまう。
「あんたバカァ?、そのために来たんじゃないの」
「そ、そうだね、あははは…」
 乾いた笑いを上げるシンジの隣を、すたすたとレイが通り過ぎていく。
「それじゃ、あの…、お邪魔します」
 ほんとは僕の家なんだけどな…
 シンジは遠慮がちに、碇家の敷居をまたいでいった。


「さてと…、シンジぃ、店屋物取るけど何が良い?」
 え?っとシンジは聞き返した。
 ちなみにレイとテレビゲームの最中である。
 必殺技のコンボ入力中にポーズをかけられたレイは、かなり不満気に口を尖らせていた。
「ぼくは良いよ…、コンビニで何か買うから」
「なに遠慮してんのよ?、あんたお客様なんだから、黙って奢ってもらっときゃ良いのよ」
「ご、ごめん…」
 怒り出したアスカに、つい謝ってしまう。
「お父さんみたい…」
 それを見て、ぽそりと口走るレイ。
 シンジは内心、焦りまくってしまうのだった。


 そして夜が訪れる。
「あれ?、どうしたの…」
 夜の12時、シンジは台所で暇をもてあましていた。
 そこにやって来たのは…、レイだ。
「お腹、空いて」
「そうなんだ、でも言われなかった?、夜食べるとお腹に悪いよって…」
 くっと顎を引き、じいっと見やるレイ。
「な、なに?」
「…どうして、お父さんの言葉を知ってるの?」
 あうっ、また墓穴を掘っちゃった!
 シンジは答え返せない。
「ちゃんと答えて…」
「あ、えっと、その…、僕も父さんに言われたから」
「父さん?」
「…ごめん、レイのお父さんで、僕のお父さんじゃないんだよね」
 あ〜、ややこしいんだよなぁ。
 シンジの言う事に別段深い意味は無い。
 だがその物言いに、レイは悲しげに目を伏せてしまった。
 この人を傷つけてしまった…
 他人の壁を築いてしまっている、自分の言い方はそう取れたと後悔していた。
 理由はよくわからないが、急に落ち込んでしまったレイを見かねる。
「お腹、空いてるんだよね?」
 レイは自分の思考の海から浮上して、シンジに向かって頷いた。
「…ずっと起きてなきゃと思って、おにぎり作って来たんだけど、食べない?」
 シンジは隅っこに転がしていた鞄から、おにぎりと水筒を取り出した。
「これお茶だから…、おにぎりは塩だけだけど、ごめんね?」
「謝らないで…、ありがとう、頂くから…」
「うん、うれしいよ、食べてくれて…」
 シンジが微笑む、その微笑みに父親であるシンジの笑みが重なる。
 はっとするレイ。
「ど、どうしたのさ?」
 シンジは突然動きを止めたレイに焦った。
 だがレイはそんなシンジの困惑など余所に、奇麗な微笑みをシンジに向けていたのであった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。