「シンクロスタート」
 ブォン…
 綾波シンジは、いとも簡単に初号機とシンクロする。
「あの時のままだね…」
 さよなら、母さん…
 多くの魂が昇華していく中で、エヴァ達はゆっくりと下降していく。
 それにまとわり付く、幾つかの赤い光。
 湖、懐かしい芦の湖、変わり果てた湖畔。
 隣を見る、横たわる紫色のエヴァンゲリオン。
 反対側には幼い赤子。
 生きなさい?
 行きなさい…
 逝きなさい。
 そしてシンジは選択した。
 生きるんだ。
「今日も順調ね?」
 アンビリカルブリッジから見上げているのはミサトだ。
「唯一残されたS機関ですもの、利用しない手は無いわ」
 リツコは黙々とチェックを重ねている。
「これが世界のエネルギーの70%を支える事になるなんてねぇ…」
 うんうんと感心した調子で頷く。
「絶対無公害、無尽蔵、これもネルフが必要とされている理由のうちの一つだけれど…」
「シンジ君が居なくなれば、はいそれまでよ…」
「シンクロ…、うまくいって良かったわ」
「人類の命綱だものね?」
「チルドレンが老いて死んでしまうまでのね?、上がっていいわよ、シンジ君」
 フウン…、エヴァの瞳から光が消える。
 背中のコンセントは、「外部蓄電器」にエネルギーを送電できるよう作り替えられている。
 バシュ…
 プラグが吐き出される、そこから現われたシンジは、以前よりも少し柔らかな印象を持っていた。

うらにわには二機エヴァがいる!
第伍話「レイ、湯煙の向こうに」

 ガラガラガラ…
 お昼休みに入る直前、クラスの視線は急に開いた扉に集中した。
「あ…、すみません、遅くなって…」
 頭を下げながら入って来たのはシンジであった。
「話は聞いてるから、早く座ってね?」
「はい…」
 シンジは皆に見えないよう、こそっとマナに片目をつむった。
 まったく、シンちゃんってば…
 苦笑するマナ。
「それじゃあ続きを…、ってもう時間なのね」
 キーンコーンカーンコーン…
 今日のお昼は、クリームシチューであった。


「んで、今日は何処でなにしとったんや?」
 みんなで帰る姿はかなり変で…
 ゲションゲションゲション…
 零号と弐号が変な足音を立てている。
 その上に腰かけているアスカと、しゃがみこんでいるレイ。
 アカリ、シンスケ、トウタとシンジは、その前をとことこと歩いていた。
「うん…、引っ越しの準備をしてたんだ」
「「引っ越しぃ!?」」
 皆が驚きの声を上げる。
「碇君、何処かに行っちゃうの!?」
 アカリはすがりつくように身を寄せた。
「せっかく仲良くなったのに…、今度はどこに転校するの?」
 え?っとなってから、シンジはようやく誤解に気がついた。
「違うよ、今までネルフの宿舎にお世話になってたでしょ?、でも学校にも通う事になったからさ…」
 適当にあらかじめ用意していた設定を口にした。
「なんや、ほな近いとこに来るんか?」
「うん」
「じゃあ放課後も遊べるようになるな?」
「え?」
 シンジは歩みを止めた。
「…なんや?」
「どうしたんだよ?」
 怪訝そうな顔をするシンスケとトウタ。
「遊んで、くれるの?」
 シンジはおずおずと口を開いた。
 その顔は二人の答えに期待している。
「当たり前やろが」
「俺達、友達だろ?」
 すうっとシンジは、胸の内を感動でいっぱいに膨れあがらせた。
「ありがとう」


 アスカ、レイ、シンジと並ぶ。
 それを尻目に、エヴァ二機が「げしょんげしょん」と庭の方へ回っていった。
「…じゃあ、入るわよ?」
 自分の家に入るのに大袈裟だなぁ…
 シンジはそう思ったが、「あ、僕が居るからか」っと納得した。
「じゃあ、お邪魔します…」
 遠慮がちに敷居をまたごうとするシンジ。
 すぱぁん!
 その頭にスリッパが炸裂した。
 …いったいなぁ、何するんだよ!
 そう叫ぶ前に、アスカにスリッパの先をつきつけられた。
「あんたバカァ!?」
 なんのことだか分からない。
 キョトンとしたシンジの馬鹿面に、アスカはさらに怒り出す。
「ここはあんたの家でもあるのよ?、そんな言い方ないでしょうが!」
 シンジは驚き、アスカを見た。
 照れているアスカ、だがシンジは違う感慨を抱いていた。
 あの日の、ミサトさんと同じ言葉…
 だからシンジは、はにかむように微笑んでしまった。
「ただいま…」
 その凶悪な微笑みに、アスカは真っ赤になってしまっていた。


 ネルフニュース!
 ぱっぱらっぱらー!
 いつもは下らない偽情報が載るこの紙面であったが、今回だけはあまりにも笑えない記事が、そのトップを飾ってしまっていた。
 碇ゲンドウ、ショタコンに落ちる!
 写真はゲンドウがシンジと手を繋いだりシンジと抱き合っていたりシンジに髭をすり寄せていたり…
 ちなみにネルフ特殊技研による鑑定の結果、合成でないとの判断まで下されてしまっていた。
「やれやれ、まさかこの記事の出所を探るために呼び戻したわけじゃないでしょうね?、碇元司令」
 振り返る男、加持リョウジ。
「そのためだ」
 真顔で肯定する実力者、碇ゲンドウ。
 しばしの沈黙。
「いや、あの…」
「葛城君に司令としての責務を委譲しているとはいえ、実質の執行権はわたしにある…、無用の混乱は避けねばならんのでな?」
 嘘だな、絶対。
 それはその記事を見て、ニヤニヤとにやけている所からでも、容易に察しが付いてしまった。


「で、ここに来たと言うわけね?」
「まあな…」
 リツコはモニターに向かう振りをして、背後の加持に顔を見せないようにしていた。
 マズいわね…
「どうしたリッちゃん?、手が止まってるぞ」
 その動揺は口元の引きつりにも現われている。
 しかもバレてる…
 前回の事で給料が激減する事になったリツコとミサト。
 二人は結託してニュースソースを流していたのだ。
「でもま、頼まれたのが俺で良かったよ」
 ふうっと、タバコをくゆらせる加持。
「なんのこと?」
「とぼけるのもいいが…、ここの監視カメラは全てMAGIのフィルターを通ってるからな、いずれバレるぞ?」
 加持の両腕がリツコの首に回された。
「隠し撮りするなら監視カメラが一番だ」
「どういうつもり?」
 声にわずかな色香が混ざる。
「口封じの賄賂でも貰おうかと思ってね…」
「そう」
 くすりと笑うリツコ。
「でもダメよ?、ここ、ミサトにモニターされてるから」
 ずん、ずんずんずんずん!
 廊下から聞こえて来る足音に、加持は顔面蒼白になっていた。


「えーーー!?」
 電話に出たアスカは、悲鳴のような声を上げた。
 どうしたんだろうと覗き見るシンジ。
「ちょっとおばさん!」
「ごめーん、ちょっち急用が出来ちゃってさ…、ほんとにごめん!」
「ごめんじゃないわよ、今日のご飯どうするのよ!」
 シンジを迎え入れる事にはためらいがあったのだが…
歓迎会するって言ってたじゃない…
 別段反対と言うわけでも無いらしい。
おいしいもの作ってくれるって、言ってたでしょ?
 その辺りが理由なのだが。
 ちなみにミサトの料理も、人並みの人並みぐらいの味付けに変化していた。
 やはり子供にまで自分の味覚を押し付けるつもりは無かったらしい。
「大丈夫よん、そこにシンジ君いる?」
「え?、いるけど…」
 アスカはちらりと振り返った。
 視線が合い、バツの悪そうな顔をするシンジ。
「わかった、変わるから」
 アスカはシンジを手招きした。
「…なに?」
「ミサトおばさんが代われって」
 んっと差し出された受話器を受け取る。
「はい、…え?、良いですけど、わかりました、じゃあ」
 ピッと電話を切る。
 ふうっとため息をつくと、アスカが「説明しろ」っと怒っているのが目に入った。
「ミサトさん、帰ってこれないって」
「それは聞いたわよ、で?」
「うん、ご飯適当に作って食べててくれってさ」
「…誰が作るのよ?」
 シンジは自分を指差した。


 で、これ?
 目の前に並んだ料理に呆然とする。
「ごめん、大した物作れなくってさ…」
 どこがよ…
 なにかのパーティーでもするんじゃないかと言うほど立派である。
 サラダボールに、骨付きチキン、レタスの上に円を描いて、真ん中にも彩りを…って完璧じゃない?
 アスカも小学生にしてはやけに詳しい。
 それもこれもシンジを見て育ったためである。
 …それに、似てる。
 父親の盛り付け方にそっくりだ、当たり前なのだが。
「…ごめんね?、遅くなっちゃったけど食べようよ?」
 エプロンを外すシンジ。
「…もう頂いてるわ」
 いつの間にやら席について、レイはご飯をよそっていた。


「ふう、満腹ぅ…」
 ごろんと寝っ転がる。
「はしたないよ?」
「うっさいわねぇ、少しは黙ってなさいよ」
 とか言いつつ、シンジの持って来たジュースを受け取る。
「ありがと」
 本気で怒ってないのは顔を見れば分かる。
 パパの味がした。
 かなり満足しているようだ。
 コップを両手で持ち、ストローでジュースを吸い上げながら、アスカはジーッとシンジを観察した。
「…なに?」
「なんでもない」
 ないってことはないだろう?
 居心地の悪さを感じるシンジ。
 …こいつが悪いってわけじゃないんだけど。
 だからと言って、父親の部屋を荒らしたのは許せなかった。
「…あの」
「なによ」
 そっけない返事にちょっと引き気味。
「…僕、お風呂入らせてもらうから」
「そ、わかったわ」
 よっこいしょっと、シンジについて一緒に立ち上がる。
「…どうしたの?」
「お風呂、入るんでしょ?」
 こっくりと頷くシンジ。
「背中洗ってあげるって言ってんのよ」
えええええ!?
 シンジは驚き後ずさった。
「…なによ?」
 目に見えてアスカの機嫌が悪くなる。
「いいわよ嫌なら、レイ、一緒に入ろう?」
 しかしレイは返事をしない。
「レイ?」
 廊下に首を出しても見当たらない。
「二階かしら?」
 どこに行ったのかも分からない。
 しょうがないわねぇ…
 アスカは「はぁ…」っとため息をついた。
「わかったわよ、あたしはレイと入るから、あんたが先に入りなさいよ」
「うん…」
 わかったよっと、シンジはタオルを手にお風呂場へ向かった。


 寂しいけど…、仕方が無いよね?
 服を脱ぎながら、シンジは塞ぎ込んでいた。
 お風呂場には全身が写る大きな鏡が置かれていた。
 ミサトの考えで、いわく「いつも目にしてると、気になって来るものなのよん☆」だそうだ。
 でもあの歳で体のラインなんて気にする必要ないじゃないか…
 そう反論しても、「甘いわ!」っと『今から教育』の重要性を逆にとかれてしまっただけだった。
 脱衣所の電気をつけ、自分を鏡の前に立たせる。
 下半身が普通とは違っている。
 うう、もっとアスカ達とお風呂に入りたかったなぁ…
 レイの背中をアスカが流し、アスカの背中をシンジが流す。
 最後に二人が背中を流してくれたお父さん時代。
「くう、幸せだったのに…」
 本気で涙している親馬鹿がいる。
「はぁあ…、って、あれ?、お湯はってあるのか…」
 戸を開けた途端の湯気にびっくりした。
「誰?」
「あっ!」
 お湯に浸かっているレイが居た。


 お湯、気持ち良い、でも寂しい…
 レイは電気をつけずにお風呂に入っていた。
 なぜ?
 答えは簡単だった。
 広い…
 浴槽に張ったお湯はあまりにも少ない。
 湯船の半分も満たしていない。
 それでもレイの肩は、十分お湯に浸かっていた。
 向こうが見えないのね…
 以前はシンジの膝の上だった。
 だからお風呂場が見渡せた。
 でもいま目の高さにあるのは湯船のヘリだ。
 シンジと浸かると溢れ出していったお湯が、今はあまりにも少なくてすむ。
 いっぱいにすると、立っていないと辛いもの…
 でもレイは、あの溢れ出していくお湯が見たくてたまらなかった。
 浴槽の半分を締めていたお父さんの姿は今はない。
 寂しいのね、わたし。
 ふっと顔を上げる。
 誰?
 脱衣所に気配。
 服を脱いでる。
 レイは何故か身じろぎしてはいけないような気がした。
 どうして?
 湯に半分沈み込んで、口でプクプクと泡を吹く。
 それは不思議な感覚だった。
 お父さん?
 がらっと戸を開けて入って来る。
 レイ、背中流してあげるよ。
 そう言って微笑んでくれる。
 ありえない期待。
 でも、レイは待ってしまった。
 そして入って来たのは…
「ぞうさん?」
 ぶ〜らぶら、だった。


 レイ、まさか入ってたなんて!?
 シンジは思いっきり狼狽した。
「電気も点けずにどうしたんだよ!?」
 なるべく語気が荒くならないように気をつける。
 しかしシンジは、レイの視線が一点に集中している事に気がついた。
 まずい、見られた!?
 焦りまくるシンジ、タオルで隠すがもう遅い。
 レイはぼうっとのぼせる寸前の頭で考えていた。
 ぞうさんはお父さんと同じ、ぞうさんはお父さんと同じ、ぞうさんはお父さんと同じ…
 そして一つの結論に達してしまった。
「あなた、お父さんね?」
 ぎっくぅ!?
「ななな、なに言ってんだよ!?」
 おろおろと肯定としか取れないうろたえ方をしてしまうシンジ。
「ほらよく見てよ?、僕がどうしてお父さんに見えるのさ!?」
「…ごまかさないで」
 レイは冷めた目を向けた。
「ごまかしてなんていないよ!」
「嘘ね」
「どうしてさ!?」
「そこ、お父さんと同じだもの」
 ぐわぁん!っとシンジはショックを受けてしまった。
 そんな!、僕のここって大人の時もこんなに小さかったの!?
 バカ丸出し。
「お父さん…」
 にっこりと微笑むレイ。
「あううー!、そんな、こんなに早くバレちゃうなんて…、レイ!?」
 ぶくぶくとお湯に沈んでいくレイ。
「レイ、レイーーー!」
 のぼせたらしい。
 シンジの叫びを聞きながら、レイは楽しい夢の中へと落ちていった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。