「レイ、大丈夫!、レイ!?」
 シンジは慌ててズボンを履くと、レイを抱き上げてお風呂場を飛び出した。
「なによ、レイがどうしたの…、って、レイ!」
 アスカもぐったりとしたレイに気がつき、青ざめる。
「早くミサトさんに電話して、早く!」
「わかったわ!」
 慌てて電話に飛び付き、電話用のメモ帳の中からミサトの携帯電話の番号を探し出す。
 その番号通りにプッシュしながら、アスカは…
「あいつ、本気で心配してたわね…」
 などとちょっと嬉しくもあり、むかついてもいた。

うらにわには二機エヴァがいる!
第六話「決戦、三人住む碇邱」

「心音不安定!、呼吸器の用意、急ぎます!」
「湯当たりね…」
 慌てて駆けつけて来たリツコは、レイの様子を見てそう診断した。
「ミサトさんは?」
 レイのベッド脇に、様々な医療機器が設置されている。
「こんな時だけ人使いが荒いんですから…」
 数百キロはあるだろう機器を運ばされて、苦痛の声を漏らしている青葉。
「ミサトなら本部よ?」
「本部?」
 荒い息をついているレイ、その隣で心配げにアスカは膝をつき、ベッドの端に噛り付いていた。
 シンジとリツコは、部屋の外で声をひそめている。
「来てはくれないんですか?」
「司令と…、ちょっとね?」
「父さんが、どうかしたんですか?」
 ぷくくっと笑っているリツコに、シンジは首を傾げていた。


「レイ、待っていろ、レイ!」
 ゲンドウはレイ倒れるの報が届いた瞬間に駆け出そうとした。
「だめです!、司令仕事が溜まってるんですから!」
 その体タックルをかけ、羽交い締めにして固定するミサト。
「今の司令は君だ、葛城君」
「隠居した冬月顧問に、悪いとは思わないんですか!?」
「思わん!」
 加持をも絞め殺すベアハッグ、その信じられない怪力での拘束を力づくで引き剥がした。
「司令!」
 走る走る走る!
「まったくもう!」
 ミサトの声が遠くなった。
 黒き月と呼ばれるネルフ本部から抜け出し更に走る。
 車は使えない、現金が無い、クレジットカードを使えばミサトに居場所を知られる危険性が高まる。
「それだけは避けねばならんからな…」
 暗い夜道、足元しか見えない中を、ゲンドウは薄暗い電灯を頼りにひた走った。
 街は中心にある、この半ば以上埋もれた球体に向かって、すり鉢の様相を呈している。
 つまり、ゲンドウは坂を駆け昇っていた。
 普段車で移動しているせいだろう、今ひとつ土地勘が働かない。
 だからゲンドウは、恐ろしいほどの勘の悪さを発揮して、傾斜30度はありそうな極上の坂ばかり選んで昇っていた。
 この街には昇るか下がるかの道しかない。
 ゲンドウは不意に目の前に現われた人影に驚いた。
「ぬおっ!?」
 …と思ったら看板だった。
 ゲイン!
 派手にぶつかりバランスを崩す。
「ぬおおおおお!」
 そしてそのまま転がり落ちていく。
「ぬおおおおおおおおおおおお!」
 ドスン!
 坂の下にある家の垣根に突っ込んだ。
「な、なんなの!?」
 その家の者だろう、実はお醤油を買いに出かけようとしていた奥さんが、物音に慌てて飛び出して来た。
「むう、夜道は気をつけねばいかんな…」
 既に体の一部と言ってもいいサングラスのせいで、周りが良く見えていなかったらしい。
 がさがさと木々をかきわけて現われる。
「な、なんですあなたは!?」
「む、問題無い…」
 相手の顔がよく見えない。
 外さねばならんな…
 ゲンドウはメガネを外して謝ろうとした。
「きゃあああああ!」
 しかし急に驚く奥さん。
「な、なにをする?、話を聞け!」
 ゲンドウの頭は、看板にぶつかった時にぱっくりと割れていた。
「いやああああ!、こっちに来ないでぇ!!!!」
 奥さんは有効利用されているバグ、「痴漢撃退ラミエルくん」を取り出した。
 カッ!
 ゲンドウは、陽電子の光で真っ白に燃え尽きる感覚を味わっていた。


「はぁいこちらネルフ、…ってこんな時間にかけてくるなんて、あんた覚悟は出来てるんでしょうねぇ?」
 ミサトは思いっきり不機嫌そうに電話に出た。
 その物言いに、新人オペレーターの山岸マユミが慌てている。
「あん?、碇ゲンドウ?、確かに関係者だけど…」
 ミサトの表情が引き締まる。
「警察に保護ぉ!?、引き取って下さいって…、冗談じゃないわよ!、とにかく確認させて」
 フゥン…
 何故だかメインモニターにゲンドウの姿が大写しになった。
「あんた…、誰?」
 それがミサトの第一声だった。
「わたしだ」
「誰よ?」
 頭が割れ、転がった時の擦り傷や腫れもあり、わけのわからない陥没までこさえて、巻いた包帯などで人相がまるで分からなくなっていた。


 ピーンポーン!、ピンポンピンポンピーンポーン!
 けたたましいインターホンの音。
 いささか焦っているようにも感じる。
「はーい!」
 なんだよもう!
 レイのことが心配なシンジは、ちょっと怒ったようにドアを開けた。
「こんな夜中に…、どちら様ですかぁあああああ!?」
 慌てるシンジ。
「助けてくれ!」
 血まみれの男が飛び込んで来た、ゲンドウだ。
「こら!、逃げるな!」
「人質を取ったぞ!?」
 血まみれのゲンドウが警官に追い回されて来た。
「その返り血、どこで殺して来たんだ!」
「わたしはやっていない!」
 誰もゲンドウ自身が怪我しているとは思っていない。
 ふ、疑われる事には慣れている…
 ちょっとセンチになるゲンドウ。
「うわわわわ!」
 しかしシンジは焦りまくっていた。
 聞いた事のあるような声なのだが、いかんせん誰なのだか真っ赤に染まっていてよくわからない。
「初号ーーー!」
 恐怖のあまりに呼んでしまう。
 ゲスン!
 いきなりわいて出た初号が、ゲンドウを夜空に華麗に殴り飛ばした。


「…というわけなのだ」
 説明し終えたゲンドウ。
 月に重なるように、宙を舞って落ちたとは思えないような元気さである。
 しかしミサトのこめかみは、ピクピクと引きつったままになっていた。
「で?」
「なに!?」
 予想外の反応に焦るゲンドウ。
 ミサトは冷たい微笑を湛えた。
「良く出来た与太話ね?」
「葛城君!、君は何を言っているのかね、葛城君…」
 脂汗がダリダリと流れ始める。
「常識的に考えて、そんな間抜けがネルフの関係者なわけないでしょう?」
「自分のことは棚上げするつもりか!」
 あ…
 言ってから、ゲンドウは自分のミスに気がついた。
 普段は保安部に警護を受けている身である。
 また行動範囲がしぼられていたために、特に身分証を持つような必要も無かったのだ。
「いや、葛城君…」
 すまなかった、言い過ぎた、と言う前に、ミサトの「プチ」っと言う血管の切れる音が聞こえていた。


 暗い天井。
 見なれない機械と、緑色のパネル。
 嫌…
 不意に涙が込み上げて来る。
 モルタルのはがれた壁と天井に見えてしまった。
 それはレイの知らないレイの記憶。
「なに泣いてるのさ?」
 はにかむように笑うシンジが居た。
 瞬間で、その景色は消えていた。
 シンジはベッドの横に、先刻アスカがしていたように膝を折っていた。
「もう苦しくはない?」
 居てくれていた事にも気付かなかった。
 しかし驚きながらも、レイは頷いていた。
「お父さん…」
 先程のやり取りは、しっかり記憶されていたのだろう。
 お父さん…
 その言葉に内心シンジは焦りまくった。
 勘違いだってば!
 僕はまだ子供でしょ?
 僕は…、僕は、僕は!
 しかしシンジの体は自然と動いてしまっていた。
「なに?」
 優しくレイのおでこに手を当ててやる。
「お父さん…」
 レイの瞳が激しくうるむ。
「うん…」
 シンジの瞳が自分の知っているものと同じである事に安心したのか、レイは体から力を抜いた。
 持ち上げかけていた首を落とす。
 深く枕に沈み込んだ。
「僕はここに居るから…」
「うん…」
 普段のレイからは想像もできないような甘えた声を出す。
「でも…、お願いだからお父さんはやめてよ」
 レイは頬に当てられた手のひらの感触を楽しんでいた。
 すりすりと手に頬をすりよせる。
 そのままの状態で、シンジに不満そうな目を向けるレイ。
「なぜ?」
 レイのプクプクとした頬が気持ち良い。
「みんなを混乱させたくないんだよ…」
 混乱?
 迷うこと。
 惑うこと。
 わずらわしい…
 しばらく考え込んでいた。
 しかし結局、面倒臭いのひと想いで片付けてしまった。
「…わかった」
「ありがとう」
 シンジの手が離れていく。
 あ…
 その手をレイは追いかけようとしてとどまった。
 にっこりと微笑むシンジ。
「ジュースを持って来てあげるよ」
「…ありがとう」
 シンジはもう一度微笑み、ドアに手をかけ開けた。
「あ…」
 盗み聞きしていたアスカがそこに居た。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。