うう、シンジ、お前はわたしのことが嫌いになってしまったのか?
 ゲンドウは留置場の隅っこで小さく体を丸めていた。
 当たり前だな、わたしは父親としては失格だ。
 服は黒と白のストライプ、典型的な囚人服だ。
 父さん。
 にっこりと微笑むユイ似のシンジ。
 ゲンドウはそっと腫れ上がった頬を撫でた。
 それは初号に吹っ飛ばされた名残だ。
 わたしのことが分からなかったのか…
 ゲンドウはちょっぴりショックを受けていた。
 シンジ…
 それでもシンジを憎めない。
 ぽっと頬を染めるゲンドウ。
 これが…、愛なのだな?
 いきなり間違った家族愛に目覚めつつあるゲンドウであった。

うらにわには二機エヴァがいる!
第七話「人の作りしもの」

「あ、アスカ…」
 ドアを開けるとそこにいた。
 ごくりと生唾を飲み下すシンジ。
「パパって…」
 うつ向き、だがきっつい目で見上げてくるアスカ。
「どういう事?」
 その唇は、ひたすらきつく引き結ばれた。
 どうしよう…
 しかしシンジにもその表情の意味は分かる。
 ごまかせない…
「アスカ…」
「……」
「明日まで、待って…」
 シンジもこれ以上になく真剣な表情を作った。
「レイにも、話したいから…」
 アスカはこくりと頷いた。


「だぁっはっはっはっ!」
 ネルフ本部、ミサト専用執務室…とマジックで書かれた段ボール箱の切れ端が張り付けられている、その部屋の中。
 ミサトは「ひー、ひー」と腹を抱えて転がっていた。
「ミサト、悪いわよ?」
「あんただって口元引きつってるじゃない」
「あら?、そう…」
 必死に口の端をマッサージする。
「でもよかったわねぇ?、もう一つの方に気付かれなくて」
「まったくね?、不幸中の幸いとでも言うのかしら?」
 二人の視線は、自然とシンジの股間へ向かう。
 シンジはそんな二人に声を張り上げた。
「お願いですから、助けて下さいよ!」
 なぜだか内股で股間を押さえて隠している。
「でもね?、シンジくん…」
 ゲンドウの真似をして、手を組むリツコ。
「嘘はいつかはがれる物なのよ…」
「リツコさん…」
 シンジは伝家の宝刀を抜いた。
「お母さんって…、呼んで欲しいって言ってましたよね?」
 ぎくーっと固まるリツコ。
「リツコ…」
 ミサトは床の上から呆れて見上げた。
「あんたそこまで落ちてたの…」
「…なりふりかまうつもりはないわ」
 もう高齢出産だしね?っと、いまだ諦めていないらしい。
「僕もです」
 シンジもどうしても逃げたいらしい。
「でもシンちゃん…、逃げると辛いわよ?」
「隠すつもりはありませんよ」
 嘘はいけない事だって、教えちゃってるもんなぁ…
 はぁっとため息をつく、腐っても親の真似事をして来たのだ。
「わかったわ…」
 よっこらしょっと立ち上がる。
「ミサト…」
「なに?」
 リツコはにやりと誰かさんの真似をした。


「なんや?、ものごっつう機嫌悪いな?」
「そうかぁ?」
 気付かないシンスケに、当たり散らされたトウタはため息をついてしまった。
「ほんまかなわんで…」
 アカリと一緒になって、やれゴミを捨ててこいだの、黒板消しをはたけだのとこき使われたのだ。
「おっと、んじゃわしらこっちやさかい」
「じゃあね?、アスカ、レイ!」
「うん…、またね、アカリ…」
 シンスケとトウタは「ダメだこりゃ」っと視線を合わせた。


「ただいま…、?」
 アスカは帰って来るなり、カレーの匂いに驚いた。
「シンジ?」
「違うわ、おばさんよ…」
「誰がおばさんよ!」
 おたまを持って出て来るミサト。
「なぁんだミサトおばさんか…」
 アスカは緊張が解けたのかほっと息をついた。
「だからおばさんはやめなさいって…、シンちゃんが居間で待ってるわよ?」
 ビクリと体を震わせるアスカ。
「恐いの?」
「恐くなんか無いわよ!」
「そう…、良かったわね」
 とことこと先に行くレイ。
 アスカはそれを見送ってからミサトに問いかけた。
「ねえ…」
「ん?」
「ミサトおばさんは知ってたの?」
「何を?」
 ニコニコと微笑み返しではぐらかす。
 その態度にムッと来た。
「もういいわよ、バカ!」
 踵を返す。
 その背中に、ミサトはつい苦笑していた。


 シンジはぼうっと窓の外を眺めていた。
 以前していたのと同じように。
 キシ…と軋む廊下の板。
 シンジは人の気配に振り返った。
 誰もいない、だが廊下に誰かの気配。
「レイ?」
 シンジが声を掛けると、レイはすっと顔をだし、そしてとことこと歩き寄った。
 無言で見下ろすレイ。
 微笑みで受け止めるシンジ。
「お帰り、早かったんだね?」
「…お父さん」
 数秒の確認の後に、レイはちょこんとシンジの隣に座り込んだ。


 さてその間、シンジの鼓動はドキドキばくばく状態にあった。
 ここまではリツコさんのシュミュレーション通りだけど、本当にうまくごまかせるのかなぁ?
 嘘は良くないので、はぐらかすことに決めたらしい。
「アスカは?」
「ここにいるわよ」
 怒っているようで、アスカはランドセルを部屋の隅っこに放り投げた。
 びくっと脅えてしまうシンジ。
 う…、まるで昔のアスカみたいだ。
 懐かしさよりも、恐怖が先に立ってしまう。
「じゃあ、話してもらいましょうか?」
 直球勝負なの!?
 シンジは動揺しまくった。
 せっかく256通りも言い訳考えて来たのにぃ!
 アスカは無駄口を叩かない。
 これじゃあ論点をずらすとか煙にまくとかできないじゃないか…
 じぃっと顎を引き気味に睨んでいるアスカ。
 シンジは笑ったままで口元を引きつらせていた。


「無様ね…」
 庭には垣根に首を突っ込み、状況観察をしているリツコの姿があった。
 猫の着ぐるみ(茶トラ)に身を包み、集音マイクと双眼鏡で武装している。
 道路側にはお尻から下だけが突き出していた。
 ひょこひょこと揺れる尻尾がラブリー☆だ。
「先輩、素敵…」
 電信柱の影から、そのお尻を見つめているマヤ。
 頬が赤く染まっている辺りかなり危ない。
 そんな二人の双方を、ご近所の人達は関り合いにならないように避けていた。


 これからどうすればいいんですか、リツコさん…
 シンジは困って視線を漂わせた。
「!?」
 驚く、庭の垣根からズボッと顔を出している、巨大な猫の頭があった。
 リツコさん!?
 その左右には首を傾げた零号と弐号がしゃがみこんで、リツコを棒でつついている。
 リツコは二機を追い払いながら、小さな手旗信号を振っていた。
 ふふふ、この情報収拾を目的とした、「市街地専用N型装備」に声も出ないようね…って、呆れてるんですよ、僕は!
 シンジが慌ててパクパクと口を開いたので、リツコはさも分かっていると言う風に頷いた。
 わかってるわ、早くそこから助け出して欲しいのね?
 絶対の自信に勘違いしているリツコ。
 で・も・だ・め・よ・…
 カレーが完成するまでの後36分、何とか耐えなさいって、そんなぁ…
 泣きそうになる。
「なにやってんのよ?」
「え?」
 シンジは噴火寸前の活火山をアスカの背後に見た。
「あんたがパパってどういうことなのよ!」
 ひっと首をすくめるシンジ。
「そんなでたらめ言わないでよ!」
「で、でたらめ?」
「そうよ!」
 アスカは髪を振り乱した。
「パパがちっちゃくなっちゃうなんて、そんなマンガみたいな事あるわけないじゃない!」
「それがあるのよねぇ…」
 にやにやとしながらミサトが入ってきた。
 ミサトさん!
 その手に持っているカレー鍋。
 リツコは双眼鏡から目を離した。
「そんなミサト!、まだ早過ぎるわ!?」
 垣根から飛び出そうとしてできなかった。
 引っ掛かった!?
 もぞもぞとお尻を動かすリツコ。
 そのお尻に、そ〜っと誰かの手が伸びた。
「ひゃっ!?」
 ビクンと着ぐるみの方までシンクロして総毛立つ。
「ちょっと誰よ!?」
 背後を確認しようとするが、あいにくとこの着ぐるみは振り向けるように出来ていなかった。
「いや、ちょっとやめなさい…!」
 必死に逃げようとお尻を動かす。
 ぷりぷりと動いて、その分よけいに可愛く見える。
 うう、可愛い…
 マヤは「ぷぷぷ」っと含み笑いを漏らしながら、しゃがみこんでリツコのお尻を撫で回していた。


「だからホントだって言ってるだろ!?」
「嘘!」
「僕が碇シンジなんだよ!」
「あたしのパパはそんな間抜けじゃなかったもん!」
 アスカとシンジは、お互い意地になりながらテーブルを拭いていた。
 その間にレイがミサトと食器を運んで来る。
「まだやってるの?」
 呆れ顔のミサト。
「「だって!」」
 見事にユニゾンする二人。
「はいはい…、二人とも座りなさい、アスカ、あたしがちゃんと説明してあげるわ」
 アスカはちらりとシンジを見てから、しぶしぶ口を尖らせてテーブルについた。
 シンジとレイを待ってから、ミサトも座る。
「それじゃあ、頂きます」
「「「いただきます」」」
 三人は唱和し、アスカとシンジは不用意にスプーンで口に運んだ。
 この時、シンジはすっかり忘れていた。
 ミサトのレパートリーの中で、唯一全く変化しなかった味付けのものがあった事を。
 レイはぱくっと咥え込む二人を見ている。
「「うっ!」」
 スプーンを咥え表情を固定したまま、アスカは真っ青に顔色を失った。
 きゅ〜、ばたん…
「ああ!、アスカ!?」
 シンジは耐性があったので耐えられた。
「アスカ!、アスカ!?」
 シンジの必死の声も届かない。
 レイは恐いものに接するように、興味津々とスプーンでカレーをつついていた。
「なによ、失礼ねぇ…」
 ミサト特製レトルトカレー改。
 これだけは、今でもこの味が好きなミサトであった。


 パタパタパタ…
 涼しぃ。
 アスカは心地好いまどろみから脱した。
「気がついた?」
 うちわで仰いでくれているシンジがいた。
「パパ…」
 くしゃっと顔が潰れた。
 今のシンジに、大きなシンジの姿が重なる。
「パパ…、どうして?」
 ぐしっと鼻をすするアスカ。
「どうして?」
 アスカは泣きながら手を伸ばした。
 その手をしっかりとつかみ、ゆっくりと首を振るシンジ。
「パパはパパでいるのが嫌になっちゃったの?、あたしのことが嫌いになっちゃったの?」
 アスカの中に、知らないはずの情景が浮かんで来た。
 嫌!、あたしのママをやめないで!
 お願いだからママでいてぇ!
 アスカの知らないアスカが泣き叫んでいる。
 ママ?、あたしのママなの?
 どうしてあたしのママはいないの?
 どうしてパパまでやめちゃうの?
 アスカの瞳に、ぶわっと涙が溢れてこぼれた。
いやああぁぁぁ…
 嗚咽を漏らすアスカ。
 シンジはそんなアスカを抱き起こすと、優しく頭を抱え込んだ。
「…僕はここにいるよ?」
 そしてアスカの耳に囁く。
「僕はアスカの為に、ここにいるよ?」
 アスカがまだ幼稚園に通っていた頃、シンジは良くせがまれていた。
 キスを。
 アスカの両頬を挟んで、その唇に軽く合わせる。
 かたい唇。
 アスカはまだ泣いている、シンジにキスされたと気がついたかどうかも怪しい。
「ぐす…、ひっく」
「ごめん…」
 シンジは唇を離すと、こんどはおでこ同士をくっつけた。
「でもね?、僕は羨ましかったんだ…」
 ひっくと、でもそのしゃくる声が小さくなった。
「うらやま…、しい?」
「うん」
 苦笑するシンジ。
「バカみたいだよね?、でも楽しそうなアスカたちを見てて、羨ましくなったんだ」
「なに?、それ…」
 ごしごしと手の甲で涙を拭い去る。
「僕はアスカみたいに、学校に「遊びに行く」って事は無かったんだ…」
「あたし、勉強しに行ってるんだもん!」
 アスカは力一杯否定した。
「そうだね?」
 シンジは微笑んだ。
「でも僕は「ただ行くだけ」だった…」
「え?」
 アスカの胸がちくりと傷んだ。
 それは父親が時折見せていた、寂しそうな笑みだったから。
 またパパにこんな顔させちゃった…
 パパ…
 この時ようやく、アスカの中で二人のシンジが重なった。
「パパ…、なのよね?」
 うんと頷いてから微笑むシンジ。
「パパ!」
 アスカはシンジの首に噛り付いた。
「お帰りなさい!」
 シンジは驚いたものの、その言葉を聞いてついアスカを抱きしめていた。


「やめなさい…、マヤね?、この手つき!」
「先輩!、あたしだってわかるなんて、やっぱりこれって愛ですよね?」
「違うわ!、あなたねぇ、エレベーターに乗る度にあたしのお尻撫で回して、何考えてるの!」
「くすくすくす…」
 その頃、夜のとばりが降りても二人まだやっていた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。