「ガギエル戦線は、ただいま黒潮に乗って北上しており…」
テレビはピチピチと跳ねる大きさ1メートル程度のガギエルの群れを映し出した。
それを追い網漁業で捕獲している漁師さん達。
日本の四季は未だ消えたままである、いつまでたっても常夏の状態。
「春ねぇ…」
正直感慨深いものは何もない。
そう言った風物詩が、いま何月かを知らせてくれるだけだった。
「アスカぁ、早くしないと遅刻しちゃうよ?」
「うん、わかってるぅ!」
アスカはテレビを消して玄関に向かった。
うらにわには二機エヴァがいる!
第八話「春、到来」
はぁはぁはぁ…
ゲション、ゲション、ゲション…
ゲション、ゲション、ゲション…
走るシンジと二体のエヴァ。
アスカは前を走るシンジを見た。
「ねえ、パパ?」
「パパはやめてってば…、なに?」
アスカはつまらなさそうに口を尖らせた。
「どうして走ってるの?」
シンジは良く分からないと言う風に首を傾げた。
「どうしてって…」
ぱっと良い事を思い付くアスカ。
「じゃあパ…、シンジも乗らない?」
シンジはキョトンとしてから辞退した。
「いいよ、僕はいい…」
「え〜、どうしてぇ?」
不満をぶちまけるアスカ。
「だってそんなに距離もないしさ」
得に意味は無かった。
意味があれば、アスカは残念がって引っ込んだはず。
「もういいもん、バカ!」
アスカはヒステリックに叫んで先に行ってしまった。
「なんだよもう…」
シンジもブスッとしてしまう。
お父さんと、二人きり…
レイはクスリと笑うと、零号を降りてシンジの隣にすっと並んだ。
「パパのバカ!」
アスカはいつもは通らない、疎水沿いの通学路を選んでいた。
水が上から下のネルフ本部へ向かって流れ落ちている。
浅く、アスカの腰までもない流れ。
あら?
うきゅ〜〜〜
何かが叫びながら、ウォータースライダー顔負けの勢いで滑り落ちていった。
「弐号!」
とっさに叫ぶアスカ。
弐号はアスカが降りるのを待ってから飛び出した。
ばっと柵を乗り越えて、自分も水の中に飛び込む。
アスカは走って、いま来た道を戻るように追いかけた。
絶対決めた、明日からは歩こう…
はあはあと息を切らせ、机に突っ伏しているアスカ。
「それで遅刻までして来るんだから…」
シンジは呆れた表情でアスカを見下ろした。
「だって、助けたかったんだもん…」
シンジは怒っているわけではない。
「優しいね、アスカは」
頭をかいぐりかいぐりしてあげる。
ぷいっとそっぽを向くアスカ。
「あたし良い子だもん!」
「うん、知ってるよ…」
その雰囲気をはたから見て、机の下でひそひそと声を潜めている二人が居た。
「まあ、聞きました鈴原さん?」
「聞きましたがな、相田はん!」
「一体何があったんでしょうねぇ?」
「ええ雰囲気やないですか?」
そこにいきなり割り込むアカリ。
「いやーーー!、いやんな感じぃ!」
ガン!
いきなりの叫びに、二人はつい机で頭を打った。
「いったぁ…、なにしとんねん!、びっくりするやないか!」
アカリに食って掛かるトウタ。
「二人ともフケツ、フケツよぉ!」
しかしアカリは聞く耳を持たずにわめいている。
「なんや?、フケツって…」
「俺達のことか?」
シンスケは怖々と確認した。
「当たり前よ!、そんな嫌らしい妄想するなんて、人間の風上にも置けないわ!」
「妄想って…」
「わしら別に…」
流れ落ちる汗を、同じ動きをしてハンカチで拭う。
見事なユニゾン。
「お前…、いったい何考えとんのや?」
トウタの素朴な疑問に、アカリは両手で顔を被って隠した。
「いや!、そんなこと恥ずかしくて言えない!」
「ほほう、つまり恥ずかしくて言えない様な事を知ってるんだ、洞木って…」
いやんいやんと一人恥じらうアカリをからかう。
「ほらみんなも、早くしないと授業に遅れちゃうよ?」
そこへシンジが声をかけた。
「おう、わかったわ!」
「なんだ、もう着替えちゃったのかよ?」
次の授業は水泳である。
更衣室の使用は5年生からで、シンジ達一年生は教室で着替えなくてはならない。
シンジはズボンのしたに直接水着を履いて来ていた。
それでも、早く着替えちゃわないとね?
下半身が普通でないシンジは、バレる心配が無いとはいえ、一応注意を払っていた。
わああああ!っと盛り上がっているプール。
水深は1メートル、長さ25メートルに、幅は20メートルと極普通な屋外プールである。
「これ?、アスカが拾って来たのって」
「違うわよ!、助けてあげたの!」
アスカは自分の身の丈ほどもある怪獣を抱き上げた、ガギエルだ。
うきゅうきゅと縦に持ち上げられたので苦しがっている。
「あ、ごめん!」
アスカが手を離すと、バシャンと潜ってアスカを下から持ち上げた。
「なに?、乗せてくれるの?」
うきゅーっと、ガギエルは口を開けて鳴いた。
「ありがとう!」
アスカがしがみつくと、ガギエルはバシャ〜ッと水を切って泳ぎ出した。
「あはははは、凄いわね、あんた!」
うきゅーっと鳴く。
「…まるでイルカみたいだ」
「ね?」
シンジが感想を漏らし、相槌を打ったのはマナだった。
「いいんですか?、学校にあんなの持ち込んじゃって…」
「だってガギエルって大人しいでしょ?、でも…」
マナは不安げな表情を見せた。
「なんです?」
「飼育が難しいって聞いた事があるの」
「こらー!、あんたシンジに何してるのよぉ!」
突貫、ガギエルはマナにぶつかる寸前でターンを切った。
「きゃ!」
「うわっ!、こらアスカ!」
巻き添えを食った者数名。
「べーっだ!」
アスカは人差し指で目の下を引っ張りながらベロを出して逃げ回った。
みんなでアスカを追いかけ回す。
「まったくもう!、大丈夫?」
優しくマナに声をかけるシンジ。
…やられ損よね?
マナはその昔以上に優しい微笑みに赤くなった。
「シンちゃん…」
「はい?」
「後で指導室に来てね?」
身の危険を感じたシンジが行かなかったことは言うまでもない。
ぱくぱくとご機嫌でご飯を頬張っているアスカ。
「おかわり!」
アスカはシンジに茶碗をさし出した。
「…これで3杯目だよ?、大丈夫?」
うっと、ちょっとお箸を咥えて考える。
「大丈夫!、だってパパのご飯おいしいんだもん」
ジン…と来るシンジ。
「ありがとう!、一杯炊いてあるからね?」
「うん!」
忘れられかけているのね、わたし…
レイはちょっと、つまらなさそうにモソモソと食べていた。
レイの事を忘れていたわけではない、シンジはアスカの事が気になっていたのだ。
マナの一言が引っ掛かり、どうしても懸念が消せないでいた。
「ガギエルぅ!?」
「はい…」
シンジは携帯電話でミサトを呼び出していた。
シンジの部屋…、「綾波シンジ」の部屋だ。
「そうねぇ、別に危険は無いんだけど…」
小さくても使徒である、食物連鎖から外れているため、身の危険がない限りは暴れたりしない。
ちなみにシンジたち人類が合成たんぱく質を選んだのは、保存していた遺伝子で復活させた動物達はそのままに、自らその連鎖を抜け出そうとした結果である。
「別に大丈夫なんじゃない?、あ、こらちょっとやめなさいよ、あん!」
何やってんのかな?
ちょっと息が荒い。
もう!
そんな怒る声が聞こえた。
「よぉ、シンジ君か?」
「加持さん!?」
シンジは驚きの声を上げた。
「帰って来てたんですか?」
「まあな、でも外出禁止令を食らってな、毎日退屈してる」
ほんとかなぁ…、とシンジは勘繰った。
「どうせまた、ミサトさんといちゃついてるんじゃないですか?」
「言うようになったなぁ」
お互い苦笑し合う。
「それでガギエルの件だって?」
「あ、はい…」
「それなら俺に心当たりがある」
「え!?」
シンジは思ったよりも大きな声を出してしまった。
「今から学校に来てくれ、先に行って待ってる」
「わかりました…」
シンジは携帯の赤いボタンを押して通話を切ると、そのまま身を翻して、窓の外へと消えて行った。
部屋の外で、立ち聞きしている少女が居るとも知らずに…
小学校の校門の所でタバコをくゆらせている男が居た。
加持リョウジだ。
「加持さん…」
「シンジ君か…、こりゃまた見違えたな?」
「からかわないで下さいよ、もう…」
恥じらうようにうつむく。
これはこれは…、おっと。
つい食指が動きそうになる加持。
こりゃ確かに司令の気持ちもわからなくないな…
それにしても、と思う。
俺がバックを取られるとはな…
「加持さん?」
怪訝そうに顔を覗き込む。
「ああ、行こうか?」
加持はシンジと共に校門を乗り越えた。
月下で見るプール。
その光り輝く水面に、背中を見せながらガギエルは横たわっていた。
「大きく、なってる…」
体長2メートルにはなっている。
「これの、事だったんですか?」
加持はシュボッと、新しくタバコに火を付けた。
「そうだ、確認されているガギエルは最大のもので15メートルを越えている」
「15メートル…」
「予測としては、使徒並みの体長になると見ていたな」
「誰がですか?」
「リッちゃんだよ…」
リツコさんが…
ならばまず間違いは無いだろう。
「どうすればいいんですか?」
いつ聞いても、加持は同じ答えしか返さない。
「自分で考えて、自分で決めろ」
悔いや後悔を人のせいにしないように…
加持の言葉の裏に気がついたのはいつからだろうか?
「…ごめん、アスカ」
シンジは月に向かって初号を呼んだ。
バシャンっと、空中から舞い降りて来た初号。
「初号、ガギエルを捕らえるんだ!」
バシャバシャと水を割って歩み寄る。
バシャ!
ガギエルは恐れるかのように一度跳ねようとした、が、あまりにも浅くて動けなかった。
初号がガギエルに手をかけた。
仮面のような顔でシンジを睨むバグ。
だがシンジの目を見て、ガギエルは急に落ちついた。
「…ごめんね?」
シンジは心がわかるかの様に謝った。
翌日。
「ガギエルが居ない!」
まだ朝の7時、登校時間前に、アスカは学校に来ていた。
昨日のシンジの電話を立ち聞きして、嫌な予感にここまで来たのだ。
いくら目をこすっても、プールの中にその姿は無い。
「アスカ…」
シンジはアスカに声をかけた。
「パパ…」
そのシンジの辛そうな表情に全てを悟る。
「パパが?」
頷くシンジ。
「どうして…、どうして!」
シンジに飛びつき、胸を叩く。
「ごめん…」
「どうしてぇ!」
アスカは泣きじゃくった。
「嫌い嫌い、大っ嫌い!」
ズキンと胸が傷むシンジ。
「ごめん、でも…」
「聞きたくない!」
「でも…、引き取ってもらうしかなかったんだよ」
「え!?」
アスカは顔を上げた。
「嘘…」
「嘘ってなにさ?」
だってっと、アスカは離れた。
「殺しちゃったんじゃないの?」
「そんな!」
憤慨するシンジ。
「確かに僕はそう言う仕事をしてるけど、害の無いバグまで殺したりしないよ!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
なんだよもう!
シンジはふくれっ面でそっぽを向いた。
「じゃあ…」
そのせいで聞きづらくなってしまった。
「ガギエルならネルフに居るよ」
「え?」
ちょっといじめ過ぎたかな?
シンジはいつもの微笑みに戻した。
「放課後に会わせてあげるよ」
「うん!」
アスカは晴れやかな顔を見せた。
「ありがとう、パパ!」
アスカはシンジの体に抱きついていた。
「まったく、司令が見たらなんて言うかしらね?」
「すみません、無理を押して…」
ターミナルドグマの下層、そこにはLCLの海が広がっている。
小型のボートに乗っているアスカとミサトとシンジ。
「がぎえるぅ☆」
喜び、ガギエルの大きな口に抱きつくアスカ。
その下顎に頬をすりよせる。
「よかったわね、アスカ?」
「うん!」
ガギエルは一晩で10メートルの巨体にまで成長していた。
パクッと器用に、親愛の情を示そうとアスカの手を咥え込む。
「夕べのうちに運べる所って、ここしか思い付かなかったんです…」
シンジはその様子に微笑んだ。
「嘘ね」
ぴしゃりと言い放つミサト。
「嘘って、そんな…」
笑いを堪えているミサト。
「シンちゃん、アスカがいつでも会える所で飼いたかったんじゃないの?」
ポリポリと頬を掻いてごまかすシンジ。
ほんとに親馬鹿ね?
ミサトはつい苦笑してしまった。
「でもリツコが居なくて良かったわ…、居たら絶対反対されてたもの」
「そう言えば、父さんも見かけませんけど…」
ミサトはにやっと笑って説明した。
「二人揃って網走に出張…」
それって…
まさか父さん!?、リツコさんと!
シンジは前回のこともあるので、さぁっと一気に青ざめていた。
ゴオオオオ…
寒風吹きすさぶ北海道。
日本全土が暑くなっても、何故か網走だけは他よりも気温が低かった。
牢獄の中で、がちがちと震えているゲンドウ。
「ふっ、もんだい、ない…」
寒さのためか思考力が落ち、ゲンドウは漢字変換もできなくなってしまっていた。
「待っていて下さい、司令!」
その一方でリツコはネルフのジェットヘリを飛ばしていた。
ネルフ司令の名を騙った詐欺罪。
それはしゃれにならないものである。
しかもゲンドウのレコードは、全て最重要トップシークレットに指定されていて、一般の司法機関ごときでは閲覧も許されていなかったのだ。
ゲンドウは裁判も無しに網走送りになっていた。
ふふ、でもいいわ…
シンジ君の許可も取ったしねっと、御満悦のリツコ。
これであの人を助け出せば…
ありがとう、わたしには君が必要だ…
「なぁんてね☆、ふふふふふ…」
根暗な含み笑いを漏らす。
「待っていて下さい、あなた…」
リツコはちょっと先走っていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。