某小学校の校長室に、こめかみを引くつらせているヒカリがいた。
「減棒…、もう減らすほども無いわね?、用務員として夜間警備をお願いするわ?」
ソファーではマナが唸り声を上げている。
「そんなぁ〜…」
イスラフェルによって連行されてしまったのだ。
「ただ働き、いいですね?」
校長先生からの温かいお言葉に、マナはガクッと力尽きた。
うらにわには二機エヴァがいる!
第拾話「フィールドレイバー」
お父さんの匂いがする…
そうやって気持ち良く寝付くのが最近のレイだった。
「まったくもう…」
苦笑して自分一人で眠るにはあまりに大きいベッドを眺めやる。
「子供なんだから」
シンジの寝室だ。
「あれ?」
だが今日は他にもお客さんが潜り込んでいた。
シーツがもう一人分盛り上がっている。
アスカまで…
大人だった頃は、この後二人を自分のベッドまで運んであげた。
今の僕じゃあ、ね…
両手を見る、細い腕に小さな手のひら。
とても二人を抱き上げるような力はない。
しょうがないっか…
二人の穏やかな寝顔に諦める。
お休み、アスカ、レイ…
二人の頬にキスをする。
そしてシンジは、居間のソファーで眠りについた。
「っくしゅん!」
「ははは、それで風邪を引いたのか?」
可愛いシンジのくしゃみを笑う。
「もう!、レイがパパの場所取っちゃうから」
「後から潜り込んで来たのはアスカよ」
「まあまあ」
今日のなだめ役は加持だった。
「二人とも、シンジ君の熱が上がるだろ?」
むうっと睨み合った後、お互いぷいっとそっぽを向く。
「やれやれだな?」
「どうもすみません…」
頭を下げる。
「いいさ、それより…」
加持はアスカの動きを目で追った。
裸足のまま、アスカは庭へと飛び出していく。
レイは下へ降りずにそれを見ていた。
ももももも…
平たいバグが口の周りに生えた髭のような触手で土を掘り返している。
「さっすが加持おじさん!、あんなに大きいサンダルフォン持ってるだもん!」
嬉々として振り返るアスカ。
農耕用に品種改良されたバグだ、トラクター代わりに使われている。
「良くあんなに育ちましたね…、製品前のプロトタイプですか?」
通常バグはその大きさを抑制されるよう、プロテクトがかけられている。
「まあな?、あれのおかげでうちの畑も随分と広くなったよ」
普段は葛城家に居候しているものの、加持は郊外に広い田畑を持っていた。
「でも急にどうしたんだ?、家庭菜園でも始めるのかい?」
窓枠にもたれ掛かり、レイの頭をぽんぽんと叩く。
特に嫌がりもしないレイの後ろにシンジも立った。
「それが…、風邪だって言ったらミサトさんが果物持って来てくれて…」
「パパァ!、おっきなスイカ作るから期待しててねぇ!」
くすくすと二人で笑ってしまった。
「もう風邪なんて治りかけてるんだけど…」
「やっぱりまだ子供だな?、可愛いもんじゃないか」
「ですね?」
優しい目をアスカに向ける。
「可愛い…」
一人バグのぎょろっとしたまなこを見ているレイ。
アスカはと言えば、頑張ってくれているバグに着いて、てくてくてくてくと歩いていた。
ん〜〜〜、ぱくっと口にする。
「おいしぃーーー!」
プリンの甘さに、アスカは頬を押さえて唸りを上げた。
「そうか?、新しい店を見付けたんでどうかなと思ったんだ」
「それって…、今度誰を連れていくつもりなんですか?」
げほっと咳き込む。
「酷いな…、シンジ君は」
「ミサトさんから釘を差すように言われてますから」
こんな所にもか…
ちょっとトホホが入る。
「それでアスカちゃん」
「ん?」
スプーンを咥えたままのアスカ。
「どうだい?、畑の調子は」
「ん〜〜〜、よくわかんない」
ちょっと悩む。
「ねえ?、スイカってどれぐらいで出来るのかなぁ?」
正直な返事にアスカは驚く。
「ええ〜〜〜!、そんなにぃ!?」
「植物を育てるってのは時間がかかるもんさ」
「だってぇ…、それじゃあパパ治っちゃう。
「おいおい…、まるで治って欲しくないみたいだな?」
「ち、違うもん!」
「まあ次に病気になった時のためでもいいじゃないか?」
「…お父さん、また病気になるの?」
レイは嫌そうな顔をした。
むう…
悩むアスカ。
「まあほとんどはサンダルフォンが頑張ってくれるさ」
「ほんとに?」
「ああ…、ほとんど手を出す必要は無いよ、可愛い奴さ…」
「面白い顔してるけどね?」
あはははっと笑いが起こる。
「あ…」
その中で、レイだけが中を覗いているサンダルフォンに気がついた。
「なに?」
レイの問いかけに涙を流し、ばたばたと跳ねるように走り出していくサンダルフォン。
「…えっと?」
ついキョトンと見送ってしまう。
「逃げた…」
アスカはレイの解説に、ようやく事態に気がついた。
「はぁ、はぁ、はぁ、まったく、どこに行っちゃったのよ!?」
息を切らしてごみ箱の蓋を開け覗く。
「こんな所を探したって居るわけないし…」
弐号じゃ遅過ぎるのよ!
だが自分で走っていては、スタミナの点で負けてしまう。
「お、なんや?、アスカやないか?」
「トウタ…、それにみんな」
ついそれぞれが持っている、ビニール製の透明鞄に目が行ってしまう。
「プールに行って来たの?」
「うん、アスカは?」
「なんでもない!」
ぷいっとそっぽを向く。
なによ!、誘ってくれてもいいじゃない!!
昨日学校帰りに、用事があると言ったのはアスカなのだが。
「なんだよ、なに怒ってんだよ?」
反射的に身構えるシンスケ。
「アスカ…」
アカリはアスカの背中を引っ張った。
「う…、バグを探してるのよ」
「バグを?」
ほんまアカリには弱いんやなぁ…
ぼうっとそんなことを見抜いてしまうトウタ。
「どうして?」
「うん、パパが病気でね?」
「お父さんが!?」
「大変じゃないか!?」
アカリとシンスケは顔を見合わせた。
「それで、バグがどう関係するんや?」
「だからバグ…、サンダルフォンでスイカをいっぱい作ろうって思ったの」
「スイカ?、なんで!?」
「お見舞い…」
照れのためか、つい言い辛そうにしてしまう。
「でも逃げられちゃって…」
アスカはちょっと暗くなった。
「早くパパに良くなってもらおうって思ったのに」
かなりブルーが入っている。
アスカのお父さん、よっぽど酷いんだわ…
アスカっていい奴なんだなぁ…
二人はそれぞれに誤解した。
「ええい、ほんならこんなとこで喋っててもしょうがないやろ!」
「トウタ?」
「バグを探さなあかんのやろ?、手伝うたるから…」
「…ほんと?」
アスカはおずおずと尋ねた、まるでらしくない。
面白い顔って、傷つけちゃったのあたしだし…
手伝ってもらう事にはどうしても引け目を感じずにはいられない。
「ねえ、ほんとにいいの?」
「当たり前や!、わしら友達やろうが!」
ドンッと強く胸を叩く。
「うん…」
アスカはようやく笑顔を取り戻した。
「ありがと…、トウタ」
ちょっと赤くなるトウタがそこにいた。
「あ、ちょっと…」
ネルフ職員にしては狭い部屋。
「いいだろ?」
エプロン姿で台所に立つマヤ。
その腰に手を当てるように、マコトはマヤを引き寄せた。
「フケツ…」
「夫婦なんだからさ…」
くるっと回して、マヤを正面から抱きしめる。
「あ…」
顎を軽く持ち上げられ、甘い吐息を漏らしてしまう。
「マコト…」
ついに目を閉じてしまうマヤ。
ドガァン!
しかし次の瞬間、甘い瞬間は爆煙と供に吹き飛んだ。
バタバタバタバタバタ!
跳ね飛ぶように走っていくバグ。
「こら待ちなさいよぉ!」
アスカもだ、弐号に乗ったまま部屋を駆け抜け、ガシャアンっと反対側の窓から飛び出していった。
「な、なんなの?」
呆然と抱き合っているマヤとマコト。
「すんませぇん」
「おじゃましまぁす」
「ども、こんにちわ〜」
一応靴を脱いで、遠慮がちに通り抜けていく子供達。
「あ、レイちゃん…」
マコトの言葉に下を向くと、顔を真っ赤にしながらも無表情を保っているレイがいた。
「お願いシンジ君!、レイちゃんには誤解だって、誤解だって説明させてーーー!」
だから今いないって言ってるのに…
シンジはため息をつきながら電話を切る。
プルルルル!
またか…
今日は苦情の電話がやたらと多い。
「はい、碇です」
「シンジぃ!、おどれなにやっとんのや!?」
「と、トウジ?、どうしたのさ」
「どないもこないもあらへん!、アスカがバグと一緒にトンネル掘りおって!」
「トンネル?」
「そや!、家の下にやな…」
「トウジくん、傾きがとまらないようだから、そろそろ逃げさせてもらうわね?」
「ああ!、リツコさん、そない殺生な!?、うお!、うがああああああ!」
ドドォン!っと、何かが倒壊した音と同時に電話が切れた。
「あ〜、そう言えばトウジの家って、一戸建だったっけ?」
まあちょうど引っ越す予定があって良かったよね?
冷静に受話器を戻す。
「でもリツコさん…、なんでトウジの家に居たんだろ?」
シンジは首を傾げてしまった。
「あちゃー…」
振り向くと家が傾いている。
「ごめんねぇ、おじさぁん!」
「あほかー!」
トウジの怒鳴り声が聞こえた。
「くっ、この敵は取ってあげるわよ!」
ゲションゲションゲション!
アスカは気合いを入れ直した。
「だぁ!、この忙しい時になに言ってんのよ!」
その頃、ミサトは切れる寸前だった。
「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないですか!」
引く構えを見せないのは青葉だ。
「大体ミサトさんがいけないんですよ!?、ずさんな隠蔽工作をしちゃって…」
うずたかく積まれた書類の山に苛つきながら、ミサトは頭をガシガシと掻いた。
「しょうがないでしょ!、あのボケコンビのおかげでどれだけ迷惑してると思ってんの!」
ミサトは部外秘とした書類を叩きつけた。
全部はあの二人が起こした、網走収容所襲撃事件の関係書類である。
「リツコには今も潜伏して貰ってるけど…」
まったく!、フォローする立場にもなってよね!
そのせいでお酒の量が増えている。
青葉の爪先がカン…と何かに当たった。
空き缶だ、そこら中に転がっている。
「あーもぉ!、こんな不味いビールじゃ酔えないわよ!」
しっかりと飲み切ってからベシャッと潰す。
また転がる缶が一つ増えた。
「とにかくですね!、早くリツコさんを監視できる所に…、っと」
「電話?、誰からよ、もう!」
もしもし!っと怒り気味に電話に出る。
「よぉ、ミサトぉ」
「加持ぃ!?、どうしたのよ?」
「実はうちのサンダルフォンが逃げちまってな?」
「で?」
なに怒ってんだ?
事情が分からず、引いてしまう。
「いや、探してくれないかなぁって…」
「あんたねぇ?、ネルフを何だと思って…」
「あ、ちょっと代わるから」
「代わるって誰によ?、こら!」
だがミサトは、次に出て来た人物に息を飲んだ。
「もしもし、ミサトさん?」
「シンジ君!?」
「特務権限を発令します」
「はぁ!?」
ミサトは驚愕に凍り付いた。
「3時間以内にバグの逃走経路を把握、捕獲のために追い詰めて下さい、いいですね?」
「ちょっとってば!」
特務権限!?
それは本来、「戦闘配置」を意味している。
「そ、そこまでの事なの!?」
「だめですか?」
「だめに決まってるでしょ!」
「そうですか…」
ふうっと深いため息が聞こえる。
「じゃあミサトさんの不当に高いお給料を減らして、特別チームを組む予算を…」
「あのねえ!?」
「今ならえびちゅ2ケース…」
「わかったわ!」
青葉は流れ落ちる涙をどうしても抑えることができなかった。
「ありがとうアスカ、美味しいよ…」
シンジが手にしているのは具体的な何かではなくて、やたらと得体の知れない果物だ。
「でへ?」
しかしアスカには関係無い、重大なのはシンジが喜んでくれること、ただそれだけ。
「…なのに!」
ぐるっと一周して戻って来たのは、結局自宅の庭だった。
「もう嫌!」
へたり込んでいるアスカ。
その靴を脱ぎ、投げ付ける。
「パパに元気になってって、喜んで貰いたかっただけなのに!」
どうして!?
むうっと、何処かに消えたバグを睨み付ける。
「もういいわよ!、新しいのおじさんに貸してもらうから!」
「そして怒られるのね?」
ボソリと言う呟きにギクッとする。
「れ、レイ!?」
「借り物を逃がして…、いいの?」
「わかってるけど…」
顎を引き気味に、ちょっとすねる。
「もたくさしてらんないんだもん」
「お尻百叩き…」
ううっと、お尻を押さえて泣きそうになる。
「お父さん…、もうお部屋に入れてくれないかも…」
アスカもレイも、二人とも自分の部屋に「追い出されて」いる。
もちろん風邪がうつってはいけないからだ。
「だから早く治してもらおうって!」
「余計に怒らせて?」
ううっとしょんぼりするしかない。
「わかったわよ…、探せばいいんでしょ?」
「お父さんのために?」
「決まってるでしょうが!」
とか言いつつ半分は自分のためだ。
「そう…」
レイは背を向けた。
「頑張ってね?」
「わかって…、ああ!」
ゲション、ゲション、ゲションと、レイの前を零号が横切っていく。
その腕が持ち上げているものにアスカは驚いた。
「レ、レイ、それ!?」
サンダルフォンだ。
「あんた捕まえたの!?」
「…なにを?」
「それよそれ、サンダルフォン!」
レイはバグに視線を向けた。
そのお腹は何やらグネグネとしていて気持ちが悪い。
「…いいえ、違うわ」
「違ってないじゃない!」
「これはサンダルフォンではないわ」
「嘘おっしゃい!」
「じゃ、さよなら」
「こら、レイー!」
アスカの泣き叫びにも耳を塞ぐ。
お父さんに誉められるのね?、わたし…
そのためならばアスカをも裏切るレイだった。
その頃、街中では…
「探せぇ!、探すのよぉ!」
自ら陣頭指揮しているミサトと。
「なんやこりゃあ!?」
倒壊している自宅に、悲鳴を上げるトウタが居た。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。