「こらアスカ!、ちゃんと上も着なきゃだめだろ!」
 べえっと舌を出し、受話器に戻る。
 少々受話器が大き目に見えるのはアスカが子供だからだろう。
 そんなアスカの今日のパンツは、白にネコさんプリントだ。
 着替えの途中、上はシャツ一枚だけの雑な恰好。
「ねえ、アカリは何を着ていくの?」
 遠出をするわけではない、単に明日は授業参観。
「お出かけ用のお洋服よ?、ママが出しておいてくれたから…」
 こもった言い方に、アスカは口元をネコの様ににやけさせた。
「あ、それって鈴原と初めて会った時に着てた服?」
「バカ!、どうしてそうなるのよ!?」
 慌てている様が目に浮かぶ様だ。
「なぁんだ違うのぉ?」
「当ったり前よ!」
 つまんなぁいっとからかってみる。
「ねえ、鈴原は?」
「え!?、と、トウタお兄ちゃん!?」
「あっれぇお兄ちゃんだってぇ?」
 ニヤニヤといやらしく顔が歪む。
 ませてるよなぁ…
 もうすぐ小学二年生になる程度の、子供達の会話とは思えなかった。

うらにわには二機エヴァがいる!
第拾壱話「静止した白煙の世界で」

「ほらレイ、靴下履いて?」
「うん…」
 うんしょっと、座り込んで小さな靴下を懸命に履く。
 アスカ、まだ電話してるのかな?
 覗き見るが、まだ切るという気配はない。
「だからぁ!」
「はいはい、それで校長先生は来るの?」
「わかんない…」
 立場上、教室に覗きに行けないというのが理由。
「そう…」
「でもね、でもね?、『お父さん』は来てくれるんだって!」
「ほんと?、やったじゃない!」
 お父さんと言うのはトウジのことだ。
 家が壊れてしまったので、同居を少し早めている。
「で、アスカの方はどうなのよ?」
「パパ?」
 ちらりと振り返る。
「うん…、まだだめみたい」
「そう、早く良くなるといいよね?」
「うん…」
 前回の病気と言う嘘を、そのままにしてしまっている。
「綾波君は?」
「え?、ああ…」
「お父さんに会えなくて、寂しがってない?」
 アスカは苦笑しながら答えた。
「大丈夫よぉ、あたしがいるもん」
「やだ!」
 電話の向こうで、恥ずかしがる声が炸裂した。
「な、なによ?」
「あ、アスカって、綾波君のことが好きなんだ?」
 そっかーっと言う納得声。
「ちょ、ちょっとアカリぃ!?」
「カッコイイもんねぇ?、綾波君…」
「そう?」
「もうっ、アスカ何処見てるの?、席替えの時だってすっごくもめたじゃない!」
 当ったり前よ!、あたしのパパだもん☆
 アスカはそう言いかけて、うぐっと言葉を飲み込んだ。
「ま、まあね、あんな青っ白いやつのどこがいいんだか…」
 言いながら、ちらちらと聞かれていないか確認してしまう所が可愛らしい。
「ふふ、レイちゃんに取られないようにしないとね?」
「あの子…、べったりなのよねぇ?」
「そうなの?、お兄ちゃんっ子だったんだ…」
 実に意外そうな声を出す。
「あたしも知らなかったわ…」
 パパにべったりってのが本当なんだけどね?
 見えないのをいい事に舌を出す。
「それじゃあ、待ち合わせは…」
 アスカは電話に向かって頷いた。
「いつもの交差点ね?」
「はーい、待ってる!、アスカのお洋服も楽しみにしてるからね?」
「はーい」
 受話器を置いて居間に戻る。
「電話終わったの?」
「あ、うん、さてと、レイ?」
「なに?」
「気に入ったの、あった?」
 足元どころか、廊下にまで散らばっているお洋服。
 全部アスカのおさがりなのだ。
 レイはその横にある、アイロンをかけたばかりのシンジの洗濯物を指差した。
「あんたねぇ?」
「ダメ?」
 アスカにではなく、シンジに尋ねる。
「まあ…、いいけど」
 苦笑いを浮かべるシンジ。
 ズルいんだから…
 アスカは散らかっている洋服を一つ持ち上げた。
「な、な、な…」
 真ん中に大きく穴が開いている。
「なによこれぇ!?」
 お気に入りのワンピース。
 ぽとっと、小さなバグが中から落ちた。


 むうっと首を捻っているシンジ。
 ひっく、くすん!
 アスカはシンジの膝の上で泣いていた。
「悪は滅びたのね?」
「うっさい!」
 いつもの切れが無い。
「レイ?」
 シンジのたしなめにブスッとするレイ。
 膝の上を取られて悔しいらしい。
「バグだよね?」
 シンジは誰にともなく呟いた。
 マトリエルだ、そうか、もうそんな季節なんだ…
「アスカ?」
 シンジは優しく問いかけた。
「ごめんね?、アスカ…」
 ぐしゅっと鼻をすするアスカ。
「なんで…、どうしてパパが謝るの?」
 頭を下げる。
「僕がいけなかったんだ、マトリエルが出る時期だっていうのに、ちゃんとしなかったから…」
 マトリエルほいほい、仕掛けるの忘れてた…
 シンジは罪悪感を感じている。
 ふええええーんっと、また泣き出すアスカ。
 それに合わせて、シンジもますます沈んでいく。
「アスカ…、泣かないで」
「でも、でもぉ!」
「それに…、ごめんね?、少し嬉しいんだ」
「ん?」
 アスカはちょっとだけ泣くのを堪えた。
「…どうして?」
「うん、だってアスカが大きくなったから着れなくなったんでしょ?、この服…」
「うん…」
 二人で広げたままの洋服を見る。
「そっか…、アスカももうちょっとで7歳なんだって…」
「でも…、これ、パパにねだって買って貰ったのに…」
 口を尖らせ、上目づかいに顔を見上げる。
「大丈夫、これぐらいなら直してもらえるよ…」
「本当?」
「本当だよ、寸法も直してもらうからさ…」
 アスカは目元をごしごしと拭いながら身を起こした。
「…うん」
「だから元気を出して、ね?」
「うん、わかった」
 ついでにっと、シンジにねだるようなお願いをする。
「おでかけ…、連れてってくれる?」
 つい苦笑してしまう。
「わかったよ」
「やったぁ!」
 ばっと飛び上がる。
 ほんと、単純なんだから…
 レイはシンジの微笑みにむすっとした。


「さってと…」
 シンジは洋服を片付けにかかった。
 アスカも着れなくなった服を分けるように整理していく。
「お父さん…」
 一人にされて不満が募ったのか?、レイはシンジに話しかけた。
 決然とした表情を浮かべている。
「…退治しましょう」
「え?」
「これ以上…、被害を拡げたくないから」
「うん…、まあ」
 アスカに顔を向ける。
「アスカ?」
「なに?」
「敵討ち…、する?」
「うん!」
 パパ大好き!っと抱きつくアスカ。
 レイの目が嫉妬に燃えあがっている。
 これ以上…
 いちゃつかれたくないと、レイは静かな嫉妬に燃えていた。


「では、マトリエル殲滅戦を開始します」
 ラジャー!っとアスカに対し敬礼する二人。
 着ているのは対細菌戦用プラグスーツだ、ヘルメット付き。
「パパ!、じゃあ説明をお願い」
「うん」
 シンジはコホンと咳払いした。
「えっと…、マトリエルは直系1センチ程度ですが、群れで巣を作るために総個数は計り知れません、時には服だけでなく、傘なども溶かし…」
 言いよどむシンジに、アスカは怪訝そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ!」
 やたらと焦るシンジ。
「わたし知ってる」
「あ、レイ!」
「パンツに穴を開けられて、気付かずに履いて」
「うん?」
「ダメだったら!」
「ミサトおばさんに笑われたの…」
 アスカは心底情けないというか、哀れみの目でシンジを見つめた。
「パパ…」
「そんな目で見ないでよう!」
 端っこの方ですねまくる。
「う、うん…、じゃあパパの敵討ちもしないとね?」
「うん…」
「パパを笑い者にするなんて許せない!」
 酷いや…
 シンジをさらに突き落としたが、あくまでフォローのつもりである。
 お父さん泣いてる…、見られたくらいで。
 泣かせたのは誰だと言う話しは置いておいて、レイはくすくすと笑いを漏らした。


 第一作戦開始。
 ここかな?
 シンジはタンスの裏を覗き込んだ。
 いるいる…
 わしゃわしゃと何匹か動いている。
「これでどうだ!、うわ!?」
 殺虫剤を吹き掛けたら、その煙の向こうからうぞぞぞぞっと這い出してきた。
「なんだこれ?、なんだよ、助けて、助けてよアスカ、レイ!、うわわわわ!」
 無数のバグの群れに飲み込まれるシンジであった。
 先発隊、全滅。


 第二次防衛ライン。
 階段、あるいは廊下をうぞうぞと埋めつくしているバグ。
 まるで子蜘蛛が溢れたようだ。
「虫、嫌いだもの…」
 レイは不可思議な缶を取り出した。
 どこかバ○サンそっくりだ。
「ホワイト・だいなまいと」
 レイは缶のプルトップに指をかけた。


 ぽむ☆
 碇家屋内は、真っ白な白煙で満たされた。
「ケホ…」
 ピシッと窓ガラスにヒビが入っている。
 半分ヘルメットがずれているアスカ。
 灰のように降り積もった白煙。
 ひっくり返って、ピクピクと痙攣をしているバグ達。
「だあ!、あの二人はなにをやってんのよ!?」
 アスカは玄関先に陣を張っていた。
 そこへ向かって生き残ったバグが殺到して来る。
「もう当てになんないんだから!」
 アスカはついに切り札を出した。
「弐号!」
 台所から現われる弐号。
「踏み潰して!」
 ベシャッと一匹踏み潰す。
「あ…」
「やったわね?」
「へ?」
 二人の声に、アスカはキョトンとしてしまった。


「わたしは、帰って来た」
 感慨深げに碇家を見上げる男、碇ゲンドウ。
 どこに行ってたのさ、父さん!
 おじいちゃん!
 じいさん…
「くっ、レイ…」
 自分の妄想にちょっと涙してしまう。
「ともかくわたしは、帰って来た!」
 はははははー!っと、まるで少女のように瞳を輝かせて玄関の戸に手をかける。
 ボン!
 ゲンドウはその戸に吹っ飛ばされた。


 カッ!
 弐号の足元で生まれる、高さ数センチ程の炎の十字架。
 粉塵爆発
 碇家のドアと言うドア、窓と言う窓、換気扇に至るまでがその内圧に吹っ飛んだ。


「あああああ…」
 全てが灰と化した自宅を、シンジは庭にへたり込んで見つめていた。
「もう!、リツコおばさんなんかが持って来たものを使うから!」
「火を付けたのはあなたよ、わたしじゃないわ」
「レイ!」
「とどめ…、奇麗に差したわね?」
「あああああ…」
 使徒とエヴァとの接触により、ファーストインパクトを迎えた碇家であった。


[BACK][TOP][NEXT]



新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。