「ふうん…、それじゃ夕べは?」
 がやがやと騒がしい教室。
「うん…、ミサトおばさんの所にね?」
 洋服も何も全滅だ。
 今日はミサトが用意してくれた服を着るしかなかった。
「それでおばさんが来てくれるの?」
 授業参観。
「わかんない…」
 ちらりとシンジの姿を探す。
「パパ…、今日は来れないし」
 複雑なんだ…
 ぐしっと鼻をすするアカリ。
「ちょ、ちょっと!、なんでアカリが泣いちゃうのよ!?」
「ううん、なんでもない!」
 けなげにもキラリと涙を光らせるのだが、勘違いなので抜けている。
 シンジはシンジで、そんなアスカ達をすまなさそうに盗み見ていた。
 僕のわがままなんだもんなぁ…
 ふとマナのセリフが蘇る。
 やっぱり母親って必要だと思うの…
 そうなのかなぁ?
 だからと言って結婚なんてさ…
 アスカとレイの世話をしてもらうためだけに?
 できないよな?、そんなこと…
「お兄ちゃん…」
「ん、レイ?」
 心配そうな目を向けている。
「ごめん…、暗くなっちゃって」
 シンジはレイに微笑んだ。
 自分でも分かっている。
 入って来る父兄を見やる。
 父兄と言いつつ、ほとんどがお母さんだ。
 でももう一度、どうしてもやり直したかったんだ…
 シンジの目が、ゆっくりと驚きに見開かれた。
 知っている人、懐かしい人…
 二度と逢えないはずの人がそこに居た。
「かあ、さん?」
 はぁ〜いっと、小さく手を振る碇ユイ。
 シンジもつい手を振り返した。
 やり直したいと言う夢は、ちゃんと叶うかも知れなかった。

うらにわには二機エヴァがいる!
第拾弐話「奇跡の人は」

 時間は昨夜半に遡る…
「父さんまで怪我すること無かったのに」
 ザアアア…
 外は強く降っていた。
「うむ…」
 いかめしい顔をしてはいるのだが、許してしまった後なので怒れない。
 病院のベッドだ、ゲンドウは頭に包帯を巻かれ、右腕と左足をギプスで固定されていた。
 許してもらった二人は、そのベッドの右端で「「くぅ、すぅ」」っと静かな寝息をたてている。
「はい、リンゴ?」
「うむ、すまんな…」
 シンジに直接食べさせてもらう。
「…どうしたの?」
「気恥ずかしいものだな?」
「うん…」
 赤くなって窓の外を見る。
「…明日からは」
「ん?」
「どうする?、家は壊れたが…」
 普通ならば、「家に来るか?」と言いたい所なのだが。
「わたしは家を持たんからな…」
 ゲンドウは遠い目をした。
 常に仕事で動き回っていた為だ、移動の途中で常に仮眠を取っていた。
 その癖が今でも続いてしまっている。
「あの執務室が父さんの家みたいなものだものね?」
 苦笑する。
「…明日」
「なんだ?」
「新しい家…、探して来ようと思うんだけど」
「そうか…」
 シンジは思い切った。
「よかったらさ…、父さんも一緒に!」
 今まで言えなかった言葉を言う。
「住まない?」
 つうっと、ゲンドウの頬を涙がつたった。


「この警報はなに!?」
 同時刻、ネルフ本部発令所。
 大写しになるアンビリカルブリッジ。
 零号、初号、弐号が、並んで初号機を見上げていた。
「シンジ君なの?」
「いえ…、特別療棟に確認しています」
 ゲンドウとアットホームしている画像。
「じゃあどうして…」
 少しだけシンジのことを知っている少女が振り返った。
「あの…、初号とかって、なんなんですか?」
 マユミだ、まさしくもっともな質問をする。
「…ああいうものよ?」
「ああいうものって…」
 ミサトは苦渋に満ちた顔を上げた。
「ああいうもの…、それ以上の説明ができないのよ」
 いつの間にか居た、としか説明ができない。
 初めはバグかとも思ったわ?、でもアスカとレイを守り続けた…
 初号もそうだ、シンジが小さくなった時、いきなりどこからか現われたのだ。
「使徒に良く酷似した、エヴァに似たものとしか言えないのよ…」
 ミサトの愚痴と共に一気に状況が動き出した。
「初号機に変化!」
「なに?」
「ATフィールドが発生しています!」
「なんですって!?、どうして…」
「コア、露出します!」
「嘘!?」
 胸部装甲がググッと内側から押し広げられた。
「ATフィールドに変化、ぱ、パターン青!?」
「どういう事なの!?」
「葛城さん!」
 日向はミサトを引っ張った。
「これ…、あの時のデータに似てません?」
 小声でミサトに確認する。
「あの時って…、あ!」
 シンジが子供に戻った時だ。
「まさか!?、でも誰が…」
 はっとする。
「そんな…、でも」
 たった一人だけ、まだエヴァの中に誰かが居る。
 帰って来るとでも言うの?
 ミサトは酷い焦りを覚えた。


「なんで?、どうして母さんがここに…」
 まだ夢を見ているようである。
「シンジ…、小さくなったわね?」
「冗談言ってる場合じゃないでしょ!?」
 ユイは余裕の笑みを見せた。
「えっと…、パパのお母さんって事はあたしのおばあちゃんなわけで?、でもどう見たってお兄ちゃんのお母さんだし…」
 今のユイはどう見たって二十代前半にしか見えない。
 どうにも多少若返っているようだった。
「その話は後、さ、ちゃんとお勉強してる所を見せてね?」
「うん…」
 席に戻る、隣のトウタがこそっと話しかけて来た。
「…あれが綾波のおかんか?」
「うん…」
「そっかぁ…、シンジってちゃんとお母さんがいたんだ」
「うん…」
 僕も驚いたよ…
 ケンスケの言葉にも、生返事を返してしまうシンジであった。


 ブォオオオオン…
 ユイが運転、シンジは助手席。
 レイとアスカは後ろで緊張しまくっていた。
「ふふ…、あたしもいつの間にかおばあちゃんなのね?」
「なに冗談言ってるのさ?」
 シンジは警戒心を解いていない。
「シンジ?、そう言う言い方は…」
「ミサトさんの車に乗って来たからって、信用できない」
 しかし動揺はしてしまっている。
「サルベージするなんて話は無かったはずだよ?、それに母さんは…、ずっと見守るって、言っていたもの」
 苦い記憶を思い返す。
「…だからあたしは、まだあの中に居るわ?」
「じゃああなたは誰なんですか!?」
 アスカとレイは、わけがわからずびくりと震えた。
「あ、ごめん…」
 パパ…
 心配そうな目でシンジを見る。
 シンジはそれを意識的に無視するよう努めていた。
「あなたは知っているわね?、初号機と初号の繋がりを…」
 !?
 驚愕する。
「どうして…、それを?」
 シンジ以外の誰も知らないはずの秘密なのだ。
「ここにある肉体が、あなたと同じものだとしたら?」
 なら彼女の存在を認めるしかない。
 本当に、母さんなのか…
 シンジは母の面影を確かめた。


 それはシンジがエヴァの中で見たものだった。
 母さん…
 シンジ。
 シンジを母は抱き留めた。
「また来たのね?」
「でもすぐに出て行くよ…」
 シンジは自分から体を離した。
「アスカのことを調べたのね?」
「うん…、零号はエヴァじゃないけど…、弐号はエヴァの素体が再構成したものだったから…」
 その中にはアスカの霊的パターンが存在していた。
「…あれはアスカだ」
 断定する。
「そう…、アスカちゃんよ?」
 ユイも認めた。
「でもまだ眠っているわ?」
「僕には…、起こせないんだね?」
 ユイは頷く。
「アスカちゃんは夢を見ているの…」
「夢?」
「そう、夢…」
 アスカ!?
 二人の間に、裸のアスカがふわりと浮かんだ。
 まるで胎児のように丸まって。
「アスカ…」
 シンジは感慨深げに呟いた。
 昔のままのアスカだった。
「いつかは目覚めるわ?、そうね…、きっと」
「きっと?」
「きっと、14歳、夢の中のアスカちゃんが、現実のアスカちゃんに追い付いた時に」
 夢のアスカとは、すなわちシンジの娘のアスカだ。
 そして現実のアスカとは…、サードインパクトで消えたアスカに他ならない。
 それまでの揺りかごなのか…
 シンジはアスカの髪を撫で付けた。
「僕は…、許してもらえるのかな?」
 しかし触れることは叶わなかった。
 すっと、手がすり抜けてしまう。
「審判の日は近いわね?」
 アスカが眠りから冷めた時、全ては思い出されるだろう。
「なら…、僕は」
「その時まで…、ね?」
 夢を見る事を許してあげる。
 こうしてシンジは送り出された。


「覚えているわ?、あの時のこと…、全部ね?」
 ぽた。
 シンジの膝で涙が跳ねた。
「パパ?」
「おとうさん…」
 驚く二人。
「本当に…、お母さんなんだ」
 すっとシンジの手が握られる。
「お母さん…」
 顔を見る、運転のために正面を向いてはいたが、ユイは優しく微笑んでいた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。