「じゃあ、おばさんも一緒に住むの?」
「おばさんじゃないでしょ、アスカちゃん?」
「うう、恐い…」
 街の外輪部にて、四人は夜景を眺めていた。
 すり鉢状になっている街の中央部では、ネルフ本部の黒いドームがライトアップされている。
 子供達は停められた車のボンネットに座っていた。
「い〜い?、あたしはシンジのお母さん、ってことは綾波シンジのお母さんでもあるのよ?」
「うん」
「と言うことは綾波シンジを生んだ、つまり碇シンジの奥さんってわけね?」
「へ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ母さん!」
「ってわけだから、今日からは「お母さん」あるいは「ママ」と呼ぶように、これは命令です」
「え〜!?、だってホントのママじゃないし、おばあちゃんなのに…」
「あら?、それならシンジだってそうでしょ?」
「う、それは、そうなんだけど…」
 それでもアスカは不満な様だ。
 ユイはにこやかにアスカの髪を撫で付けた。
「あたしとレイのお母さんとは、まんざら無関係って分けじゃないし」
「そうなの?」
「そうなのよ、レイのお母さんもあたしの娘みたいなものだから」
「じゃあパパって、パパって「きょうだい」で結婚したの!?」
 ブッと吹き出すシンジ。
「ち、違うよ、そうじゃないだろ!?」
「似たようなもんじゃない」
 ウインク一発。
「くっ、母さん、何を考えてるのさ…」
「ホントのことが言えないんだから、適当に合わせなさい」
 耳打ちし合う。
「なにこそこそ打ち合わせしてんのよ?」
「なんでもないのよぉ?」
「子供だからって甘く見ないでよね!、レイ、あんたも何とか言いなさいよ!」
「…ばあさんなのね」
 くっとなるユイ。
「レイ、その口の悪さ、母親譲りね…」
 譲りって、本人なんだから仕方ないじゃないか…
 半眼になるシンジ。
 取り合えず夜空に瞬く星だけが、妙に澄んだ空気の中で白々しい程に煌めいていた。



うらにわには二機エヴァがいる!
第拾参話「ユイ、同舟」

「はぁ…」
 アスカは夕日のようだと言ったのはヒカリである。
 もうちょっと、あと少し。
 時間も忘れて遊びほうける子供達を真っ赤な光で焚き付ける。
 それだけに沈んだ時はとても悲しい。
 クラスを巻き込んで消沈する。
 …心配すること無いのに、あるかな?、やっぱり。
 そんなアスカを眺めていたシンジも、また皆と同様に溜め息を吐いた。
「レイは…」
 ちらりと確認。
 表面上は気にしていないように見える。
「なぁ…、どないしたんやと思う?」
 尋ねられたシンスケは溜め息を吐いた。
「ばかだなぁ、そんなの決まってるだろう?」
 あん?、っとトウタ。
「ほら見ろよ…、レイちゃんの余裕の表情」
「どこがやねん?」
 いつもと変わらない様にしか見えない。
「これはあれだよ…、とうとう碇が綾波に…」
「なんやねん?」
「告白したんだよ!」
「あほか…」
「いいや、そうに違いないね?」
「ほなら碇は…」
「姉と兄への気持ちに板挟み」
「アスカ!」
 ガタン!、っと椅子を蹴って立ち上がるアカリ。
「アスカ、ちょっと付き合って!」
「へ?」
「いいからっ、来るのよ!」
「ちょ、ちょっとアカリぃ?」
 引きずられるように連れ去られる。
「シンスケ…」
「…信じるか?、普通」
 はぁ…
 今度は違う溜め息を吐く二人であった。


 夕べ。
「父さん…」
「シンジか…、ゆ、ユイ!?」
 一緒に入って来た人物を見て飛び起きる。
 その脇に居たリツコも驚きに目を見張った。
「何故ここに居る!?、お前は!」
「ああ、別にあなたのためではありませんから」
 にっこりと微笑んでからゲンドウのために用意された病室を見渡した。
「それにあなたにはもう、いい人が居るみたいですからね?」
「違うぞ、それは誤解だ!」
「ご、誤解!?」
 ガーンッとショックを受けるリツコ。
 思わず剥いていたリンゴも取り落とす。
「母さんだけならまだしも、あたしまで捨てるというの!?」
「待て、待ってくれ、ユイ!」
「お別れですね…」
「ユイ!」
 リツコに首を締められながらも泣き叫ぶ。
「おじいちゃん、さいてぇ」
「…お古は用済み」
 がーん!
 アスカとレイの感想に、室内はリツコまで巻き込んで固まってしまった。


「ねえアスカ…」
「うん…」
 なにが「うん」なのかは別として、アスカは思い悩んでいた。
 どうして?
 どうして『パパ』の『ママ』だから『綾波シンジ』の『ママ』になって『綾波シンジ』の『ママ』だから『パパ』の『奥さん』になるのだろう?
 アスカにはその公式がどうしても解けない、が…
 そんなことはどうだっていいのよ!
 苛立ちからか?、親指の爪をガリッと噛む。
 なによパパったらでれでれしちゃって!
「恋の病は草津の湯でも、千里の道も一歩から、恋は少しずつ育んでいく物だと思うの、お兄さんでもいいじゃない、その気持ちをまず伝えなきゃ!」
 あの人はパパを取るつもりなの?、レイのママって、やっぱりあたし達のママって別々の人だったの?
「そこにあるのは真っ白な紙、でもあなたの想いが溢れた時に、それはあなたの気持ちそのものになるの、ほら痛いでしょう?、心が痛いって叫んでるでしょう?、さああなたの気持ちを書きましょうよ?、あなたの気持ちを伝えなきゃ!」
「そうよ!」
 ママなんかに負けるもんですか!
 つい『ママ』と呼んでいる自分に気がついていない。
「頑張れアスカ!」
「うんっ、ありがとうアカリ!」
 アスカは両手を繋いでブンブンと振った。
「あたし頑張る、負けないわ!」
「うん、うん!」
 アカリ、涙まで流して応援してくれてる、頑張らなきゃ!
 兄妹で始まる禁断の愛!、素晴らしいわ、あたし達みたいなニセモノじゃないもの!、ああ、キョウダイ、素晴らしい響き、そう、これは歓喜の調べよ!
 …ちなみにアカリの思考パターンはヒカリの書物が根源である。
「アスカ、頑張ってね」
 ざーとらしく白いハンカチで涙を拭ったりなんかするアカリであった。


 一方、レイはぼーっとしていた。
 窓の外を眺め、ぼーっとしていた。
 授業中も、ぼーっとしていた。
 そのおかしさが発覚したのは、お昼休みになってからだった。
「あ、レイ、プリンあげるね?」
「…いい」
 シンジは持ち上げたプリンを落としてしまった。
 いつもの表情で頬を強ばらせて。
 教室中の空気も凍っていた、あのレイが、プリンを、断った!?
「ちょ、ちょっとどうしたのよレイ!」
 素早く再起動したアスカが、シンジのプリンを確保、自分の机の中に隠した。
 もちろんコソッと。
「いい…、お腹、いっぱいだから」
「で、でもあんた」
 給食も半分がた残している。
「レイ…、いつもはアスカの分まで食べちゃうのに、お腹痛いの?、大丈夫?」
 むっ!
 心配げなシンジに嫉妬する。
 ぴんぽんぱんぽーん☆
『一年A組の綾波シンジ君、至急『生徒指導室』まで…』
 ぴんぽんぱんぽぉん…
「って、なんだろ?」
「怪しいわね?」
 アスカは大体の想像をつけていた。


「お願い、シンジ君…、正直に答えて」
「な、なんですか?、霧島先生…」
 ここに来ると嫌な事を思い出すんだよな…、ってな感じでシンジは壁際に逃げていた。
「昨日の人、誰!?」
「へ?」
「やっぱりそうなのね!」
 マナはぐじっと下唇をもち上げたまま背中を向けた。
「キスしてもショック受けるし、どうして振り向いてくれないのって思ってたら」
「思ってって…、あの、霧島先生?、僕の歳わかってます?」
「そんなカモフラージュに護魔化されないわ!」
「別にカモフラージュしてるわけじゃ…、もしもし?」
「心はもう立派に大人!、いいえ、そうね?、相手が子供の振りをしてるからって常識に身を任せていたあたしがバカだったのよ!」
 常識を知ってたのか…
 シンジは既に逃げる体勢に入っていた。
「さあシンジ!、今日こそあたしの全部を奪ってって、ああっ、いない!?」
 勢いで破ったシャツに入り込む風が少し冷たい。
「そんな、シンジがおばさん趣味だったなんて…」
 これも葛城さんの影響なの!?
 根源に対して怒りを燃やす。
 暴走した勘違いは止まらない、マナもかなり壊れて来ていた。


「まいったなぁ、母さんってそういう風に見えるんだ…、まあそりゃそうか」
 エヴァに取り込まれた当時のままの容姿を保っているのだから、『碇シンジ』と不釣り合いな程年齢が離れているわけではない。
「あ、ぱ…、じゃなかった、お兄ちゃん!」
「アスカ…、どうしたのさ?」
「だって先生に呼ばれたから、大丈夫だったの?」
 誤解に思い悩むシンジを出迎えたのは、すぐ先の階段で待ち伏せしていたアスカだった。
「まあなんとかね?、ありがとう、心配してくれたんだ?」
「う、うん…」
 微笑みに赤くなる。
「あ、あのね?、ちょっと話があるの、いいかな?」
「いいけど、なにさ?」
「ここじゃだめだから…、ちょっとこっち来て」
「え?、もう授業始まっちゃうよ!」
「だから都合いいの!」
「ってここ女子トイレじゃないか!」
「…アスカ、ナイスよ」
 しっかり連れ込み現場を確認していたアカリであった。


「アスカ…、なに?」
 個室と言うには色気が無いが…
 でもなぁ…
 余計な知識をもっているだけに緊張する。
 それに…
 アスカの表情だ、なにやら俯いてモジモジとしている。
 アスカもこんな顔するんだなぁ。
 妙な感慨も受けてしまう。
「あの、ね?、確かめたかったの」
「確かめる?、なにをさ…」
「あたしとレイ…」
 レイ?
 予想外の単語に驚いてしまう。
「やっぱり…、ママが違うのかなぁって」
「アスカ…」
「ねえ、そうなの?」
 どうしよう…、『ホントのこと』、言ったほうがいいのかな?
 この場合の本当とは、母親が別だと言う事だ。
 騙すのは簡単だけど、でも。
 アスカの目は真剣さを帯びている。
 シンジはその目に心を決めた。
「うん…、違う人だよ」
「…やっぱりそうなんだ」
 さほどショックは受けていないようである。
「正直…、僕はアスカのママのことを愛してたかどうかはわからない、そんな余裕は無かったんだ、後から好きだったんだなぁって思い込んでるだけかもしれない、でも」
「でも?」
「アスカのことは好きだよ?」
「本当!?」
「うん」
「よかったぁ…」
 ほっと胸をなで下ろす。
 それからアスカは両脇に拳を引いた。
 なに気合い入れてるんだろ?
 その様子にシンジは訝る。
「それからね?、もう一つあるの!」
「へ?」
「レイのママと兄妹だったって本当!?」
「ええ!?」
「ねぇねぇ、どうなの!?」
「そ、それは…」
 にじりっと寄って来るアスカにびびる。
「ねぇ!」
「に、似たような、もの、かな?」
「そうなんだ!」
 パパッとさらに二段階ほど明るくなった。
「そ、それがどうかしたの?」
「ううん、なんでもないの!」
 それじゃね!っと先に飛び出す。
「なんだよもう、あ…」
「碇君、女子トイレでなにしてるのかしら?」
 シンジが出ると、なぜだか洞木校長が腕組みをして立っていた。


 一方、レイは…
「…レア、チーズケーキ、パウンド、ケーキ…、大人のおかし、プリン、甘い物、おいしいもの、でも物足りないもの、少ないもの…、だからケーキがいいの、ケーキを食べるの、食べるのねわたし」
 今日のおやつを楽しみにして、じゅるりと涎を垂らしていた。
 お腹がいっぱいだというのは、おやつを楽しみにしてのことだったらしい。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。