「はい万歳して?」
ばんざぁいとアスカが両手を挙げると、ユイはスポンジでごしごしこすった。
「やだぁ!、くすぐったぁい!」
「ちょっと我慢してね?、レイちゃん、ちゃんと浸からなきゃだめよ」
「ぶくぶく、使徒沈降、弐号機にがぶり」
お風呂の友、ガギエル人形で遊んでいるレイ。
「弐号機はそんなに弱くないわよ!」
アスカの表情が険しくなる。
「ぶくぶく、赤いのは用済み」
むっ!
「あんたねぇ!」
「はいはい、さ、流すわよ?」
「ちょ、ちょっと待って!」
ちょこんと椅子の上に座る。
入浴中。
アスカの丸くてぷくぷくとした子供らしい体つきには、ユイも思わず…
(か、可愛いわ…)
とかぶりつきたくなるほどであるが、そんなことはおくびも出さずにシャワーで泡を洗い落とす。
「はい終わり、シンジもいらっしゃい!、洗ってあげるから」
「いいよ、僕何歳だと思ってるんだよ!」
何恥ずかしがってるのかしら?
ユイは一人リビングに残っているシンジにぷっとむくれた。
うらにわには二機エヴァがいる!
第拾四話「ゲンドウ、魂の座」
「へぇ、綾波君のママと一緒に暮らす事になったんだ?」
「うん!、昨日は一緒にお風呂に入ってもらっちゃった」
学校、教室、いつもの面子である。
「ママね?、パパと違って体も洗ってくれたの!」
「ママ…、も、もうなの?」
「どうしたのアカリ」
「「いやんな感じぃ!」」
「え?、え?、え?」
「おうシンジぃ、どないなっとんのや、言うてみぃ!」
「ど、どうって…」
「今からママ言わせて、なに狙とんのや!?」
「そ、そうだぞ!、ま、まさか…」
「きゃー!、そうなのね?、もう『いいなずけ』、なんちゃってきゃー!」
「ちょちょちょ!」
「いいなずけ…」
「ってなんであんたが赤くなるのよ!」
「なにを言うのよ…」
「だから赤くなる様な事は言ってないわよ!」
「そう…」
「だから赤くなるなー!」
「で、ホンマのとこはどないなんや?」
「え?、だから僕のお母さんで父さんとは…、えーと、結婚はしてないんだ、うん」
「「「えっ!?」」」
「そやったんか?」
「うん」
「すまん!、えらいこと聞いてしもて…」
「いいよ、気にしてないから」
って言うか、そんな戸籍作れる分けないじゃないか…
実にいい加減な話であった。
その頃ネルフ本部会議室では一つの重大な決定が成されようとしていた。
「それでは碇ユ…、いえ、綾波ユイ氏の特別顧問就任に関しては、このわたし、葛城司令代行からの委任命令と言うことで、よろしいですね?」
『あの』碇ゲンドウの妻であった人物を前に皆恐縮と恐怖と羨望と憧れを持った眼差しを向けている。
何よりも『若い!』、取り込まれた当時と同じ年齢だとしても二十七歳だ、これなら『ミサト、リツコ、マヤ』派が転ぶのも無理は無いだろう。
今の所対抗馬は山岸マユミ、ただ一人である。
「では、今日の報告に入ります…、レポートの第三項をご覧ください」
全員が手元のモニターに注目する。
「これは…、アラエル!?」
「はい、綾波顧問からの指示に従い新横浜港の倉庫を一斉捜索した所、大量のアラエルが発見されました」
「まさか密輸かね?」
「馬鹿な!、アラエルの破棄はネルフで決定している」
「となると…、まさか工場内の不正、横流しか」
「これはゆゆしき問題だよ」
「ああ、全ての精製工場はMAGIによって管理されている、それはすなわちネルフの汚点に繋がる事だからな」
議場が一気に騒がしくなる。
「幸いにして密売人の検挙には繋がりましたが、バックについては不明…、ということですので、わたしの権限により『保安部』及び『諜報部』に出動を要請いたしました」
「ネルフの懐刀を!?」
保安部、及び諜報部は前ネルフより引き継いだ遺産でもある。
現在では『ネルフ本部侵攻作戦』の教訓も踏まえて、まさに一国の軍隊以上の力を持ちえていた。
その活動承認は、まさに軍事介入と同じである。
「それほどの事態である事をご理解下さい」
「しかし、それをどう証明するのかね?」
「よろしいかしら?」
「…綾波顧問」
ようやくここでユイが動いた。
まるで在りし日の碇ゲンドウのように手で橋を作り、口元を隠す。
ごくり、と誰かが生唾を飲み込んだ、その威圧感に忘れていた恐怖を引きずり出されたからだ。
「…わたしがここに居る事をどの様にお考えか分かりませんが、わたしは、サルベージしたわけでも、サルベージされたわけでもありません」
「それは?」
「それはつまり、わたしは今でも初号機の中に居ると言う事です」
「それではあなたは何だと言うのですか!?」
「使徒である…、とお考えになって結構ですわ?」
微笑みがどうしてもうすら笑いに見えてしまう、何人かは腰をぬかしたように、椅子の上をずり落ちた。
「そうですね…、初号機の中では何かと不便なものですから、端末肢としての体を作り上げました、まあ、時間はかかりましたが…」
「なぜ、その様な事が…」
「あら?、アダム、リリスは共になく、その魂は初号機とMAGIにのみ受け継がれているのですよ?、MAGIがバグを作り出すように、初号機にそれができてもなんら不思議はありませんでしょう?」
にこにこと、だが居並ぶ一同には冷や汗ものの話を続ける。
「そしてその初号機、いえ、リリスの持つ本能が、…かつての使徒がリリスを、アダムを求めてこの地に感じていたように、感じるのです、全てのバグの存在を」
「す、全ての…」
「そうです、全ての、です」
ひときわにこりと笑う。
場が凍り付いてしまったので、既に話を聞いていたミサトが取り繕うように空気を動かした。
「…現在初号機のS2機関はCクラスの連続運転を実行中、パイロット無しでの電力供給を行っております」
「恒久的な電力供給により、今迄の様な起動蓄電は必要ありませんでしょう?、ただし、緊急時のための貯えは必要でしょうが」
「はい、それと出力はやはりパイロット搭乗時ほどには得られないとの解答がE計画担当より上がって来ております」
「E計画…、赤木さん?」
「いえ、伊吹です、赤木担当は昨日付けで退職いたしました」
「そう…」
赤木さん、やはりあの人の娘なのね…
ユイは何かを考え込むように、瞼を閉じて思考を沈めた。
院内の隔離病棟、その部屋には窓もなく、ただただ真っ白な壁に囲まれていた。
「ふぅ…」
室内を覗いているのはリツコだ。
中は床一面花に覆われていた、人工の花畑である。
「せっかくわたしだけの物になったというのに…」
嬉しくないのね。
花畑の中央では、ゲンドウが幸せそうに微笑んで花輪を編んだりしていた。
花の子るん○んを歌っている辺りかなりキテいる、誰が見ても夢に出て来そうな光景だ。
時間は過ぎて夜。
リツコは再び戻って来た。
花に抱かれてゲンドウは眠っている、その髪を彩る一輪の花が、さらに無気味さを増していた。
「もう、これしかないのよ…」
思い詰めたように、リツコは鳥篭を持ち上げる。
「これしか…」
自分に言い聞かせて、その中から鳥を放った。
金色に光る鳥だった、それこそがくだんの「アラエル」であった。
アラエルから七色の光がゲンドウへと投射される。
安らかな寝顔が苦痛に歪み、ゲンドウは徐々に悶え始めた。
リツコはその苦悶の表情に顔を背けた、見ていられないとばかりに。
だが、その口元は妖艶な笑みに彩られていた。
ドカーン!
病院の一室で爆発が起こった。
「なんだ!?」
警備に狩り出されていた加持が慌てて廊下を駆け走る。
「ここは…、司令!?」
つい昔の癖で『司令』と口走ってしまう。
「ふっ、加持リョウジ、君か…」
「し、司令、こいつは一体…」
ゲンドウは総司令としての制服に身を包んでいた、それだけではない、黒いマント(裏は赤)も身に付けている。
「かつてはアダムを宿したこの身だ、これくらい造作もない」
「さすがですわ、司令!」
「り、リッちゃん、君か!?」
「ええ…」
しな垂れかかって来るリツコにマントを跳ね上げ、ゲンドウは内側へと抱き寄せた。
「司令、あなたは、何をなさるつもりなのですか!」
「復讐…」
「復讐!?」
「そうだ」
くいっと赤いサングラスを持ち上げる。
「利用しておきながら、わたしを捨てたネルフに、シンジに、そしてユイに対する復讐だ」
「…シンジ君とユイさんはともかく、ネルフはあなたが利用していたはずでしょう?」
「それもまたユイの願いを叶えるためだった」
サングラスでよく分からないのだが、どうやら遠い目をしているらしい。
ふと、その視線が大穴の空いた壁の外へと向けられた。
「…どうやら少々、話に時間を取られ過ぎたようだな」
パトライトの集団が見える。
「では加持君、さらばだ!」
ゲンドウは右の手のひらを上へ向けた。
「使徒!?」
そこに生まれる縞模様の白黒球体。
ゲンドウの足元に影が広がり、それはリツコとゲンドウを飲み込んだ。
「…司令、あなたはとうとう、『姿だけ』ではなく『心まで』人ではなくなってしまったのか」
呆然と見送りながらも、中々酷い事を口走る。
ついでに『つい』『自然と』嬉しそうに銃を抜いてしまったのだが、その様子は誰にも見られはしなかった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。