パパ、パパ!、今日のお弁当はあたしが作ったのよ!
 草原を駆けるアスカ。
 サンドイッチなの、でも一つだけ辛しがいっぱい入ってるの!
 心地好い風がアスカと共にそよいでいく。
 だから一緒に食べようね、パパ!
 今日は遠足のようであった。

うらにわには二機エヴァがいる!
第拾六話「宴に走る男、そして」

「ぐわぁあああああああ!、辛い、辛いわぁ!」
「ほーっほっほっほっほ、引っ掛かったわね!」
「トウタお兄ちゃん、ジュース!」
「ふっぐごふっ!、よけい辛感じるわぁ!」
「ひっどぉい!、吹き出すことないじゃない!、アカリが可哀想よ!」
「アホか!、元は言うたら、んなもん混ぜたお前が悪いんやないか!」
「勝手につまんだの、あんたでしょうが!」
「もぐもぐ、食いしん坊ばんざい…」
「あんたも!、ぱ…じゃなくて、お兄ちゃんの分まで食べてんじゃないわよ!」
 とっておきの詰まっているバスケットを奪い取る。
「まったくもう!、ぱ…じゃないっての!、お兄ちゃんは何処行っちゃったのよ?」
 みんなが敷いている色とりどりのビニールシート、しかしその何処にもシンジの姿は見当たらない。
「シンジならさっき霧島先生に追いかけられて逃げてったぞ?」
「なんですってぇ!?、なんでさっさと教えないのよ、このメガネ!」
「…まんまやないか」
 鈴原トウタ、突っ込みには厳しい少年であった。


「うふふぅ〜、ごこかしらぁ?、戦自仕込みの追跡術から逃れる術なんてないのよぉ?」
 丘から少し外れた所には林があって、マナは地面に這いつくばるように足跡を確認していた。
 ま、まずい…
 シンジもシンジで、うろ覚えの諜報部の潜伏術を頼りに逃げ回っていた。
「シンジったらもぉ、みんながいるからって恥ずかしがっちゃってぇ…、うふっ☆、た〜っぷり可愛がってあげるから出て来なさぁい?」
 行かないって。
 そうっと木を盾に逃げようとする。
 パキ…
 お約束のように足元で小枝が…
「そこね!」
 タン!
 躊躇なく引かれる引き金。
「な、あ、危ないじゃないか!」
 必死の形相で木の枝にぶら下がっている。
「大丈夫よぉ、ただの麻酔だから」
 硝煙の立ち上る銃に頬擦りするマナ。
「麻酔なんか撃ってどうするんだよ!」
「どうする?、どうするですって?」
 うふふふふ…、と暗い笑み。
「あ、やばい…」
「シンジのためにねぇ?、特別に作って来たの、ク・ス・リ・☆、大丈夫よぉ、ちょーっと習慣性はあるけど、あたしにしか作れないから♪」
「だからヤバいって…、マナは先生なんだからっ、そんなことじゃダメじゃないか!」
「先生も女、人間なのよ!」
「うわっ!」
 またもチュインと頬をかすめる、が、それだけでは終わらなかった。
 シンジの背後でカキィンと甲高い音が鳴る。
「誰!?」
 マナの表情が変わった、瞬時に『本来の役職』の顔に戻る。
「…楽しそうで何よりだな」
「父さん!?」
 驚きつつもシンジも臨戦体勢を取った、が、まだ尾を引いているのかマナには近寄らない。
「久しいな、シンジ」
 穏やかな木漏れ日がそこだけ澱み、一歩踏み出すごとにゲンドウの足元の土は腐るように沈んでいく。
「父さん…」
「シンジよ」
 一瞬の邂逅。
「…加持さんから話は聞いてるよ、父さん」
「そうか」
「今日は何をしに来たのさ?」
「決まっている」
 フッと笑みを浮かべる。
 ゴウ!
 頭上を影が過った、反射的に見上げるとオレンジ色の円盤だった。


「なんだあれ!」
 一番最初に見付けたのは、記念撮影係に選ばれていたシンスケだった。
「あれって何よ?」
「あれだよ、ほら!」
 見上げるアスカとレイ。
「サハクイエルだ!、落ちて来るぞ!」
 そう、それは落ちて来た。
 直径一メートル程度の目玉が。


「何てことを!」
 それを追いかけて来たシンジとマナは見た。
 子供達の目前に迫り…、そしてべちゃっと地面に落ちたサハクイエルを。
 その後よろよろと起き上がり、涙目になって何かをアスカとおぼしき人影に訴え、そしてまたふらふらと昇っていく。
 べちゃ。
 しかし途中で力尽きてまた落ちた。
「父さん!、サハクイエルが可哀想じゃないか!」
 サハクイエル、主に衛星軌道上に生息し、宇宙ゴミを始末する掃除バグである。
 幼生体の内にATフィールドを用いて宇宙に上がるのだが、大きくなるとそうはいかない。
 時々地球の引力に捕まったバグが地上に落ちて、宇宙に昇れずに死んでしまう事があった。
「何でこんな事をするのさ!」
「ふっ…」
 いつものように嘲る。
「復讐…」
「復讐!?」
「そうだ」
 ニヤリと続ける。
「手にしていた幸せが悲しみに変わる瞬間を見るがいい!」
「父さん!」
 突如ゲンドウの背後の土が盛り上がる。
「初号か」
 紫色の腕が伸ばされた、が、ATフィールドによって押し止められる。
 右の手のひらを上向きにするゲンドウ、そこにラミエルが現われる。
「初号!」
 シンジの声に反応し、腕を組み合わせよう…、として長さが足りなくて手首の辺りでクロスさせる。
 ラミエルの光線を弾いて初号は離れた。
「ははははは!、見るがいいシンジよ、子供達の泣き叫ぶ姿を!」
 そう、確かに子供達は泣き叫んでいた。


「もうやめて!」
「そうだよ!、ネルフに頼めば宇宙に上げてもらえるからさ!」
「だめなのね、もう…」
「あほぉ!、簡単にあかんて言うな!」


 くっ!
 歯噛みするシンジ。
「酷いよ父さん!、純真な子供の心につけ込むなんて!」
 へろへろと両手で真ん中の目玉を持ち上げるサハクイエルが見える。
「そのためのバグだ」
「見切ったわ!」
 ガンガンガン!
 無意味な連射、無論弾は全てATフィールドによって弾かれてしまう。
「マナ!?」
「加持リョウジのレポートにもあった通りね!、碇ゲンドウの力は右手と関係している!」
「ふっ、良く見抜いたな…」
 右手のラミエルはマナに対して反応し、ATフィールドを張っている。
「右手!?、でもじゃああのサハクイエルは…」
「その不自然に膨らんだ胸元ね!」
「その通りだ」
「サハクイエルの子供!?」
 体…、と言うよりも、目玉半分だけ覗かせてもがいているサハクイエルの幼生体。
「人質を取るなんて!」
「なんて汚い!、いいえ、さすが旧ネルフの総司令!」
「ふっ、ほめ言葉として受け取ろう」
「初号!」
 初号はATフィールドを中和して踊りかかる。
「くおっ!」
 身を捻るゲンドウ、だが一瞬早く初号の手がスーツの胸元に引っ掛かった。
 破ける黒服、サハクイエルの触手の一端を掴み、振り回すように奪い取る初号。
「いいぞ初号!」
「ふっ、さすがは赤木君の作った初号だ」
「なんだって!?」
「知らなかったのか?、零号、弐号とは違い、お前の姿はフェイクに過ぎん、アスカ君やレイを元に擬似的に生み出したものだからな?、当然初号もまた偽物なのだよ、コピーしただけの存在だ」
 かつてのエヴァシリーズのように。
「でも父さんを止めるには十分だ!」
「そうだ、むしろ自然発生した零号、弐号よりも洗練されている、しかし!」
「あ!」
 ゲンドウの手のひらに手乗りゼルエルが現われる。
「よけるんだ初号!」
 ピカピカと手乗りゼルエルの目が光り、初号を追いかけるように地面が、木の幹が、草むらが爆ぜた。
「初号!」
 ゼルエルの右の帯が伸びる、初号はそれをナイフで切り上げて逸らした。
 ギィイイイイイ!っと火花と異音が刃と刃を滑る帯の間で発せられる。
「初号、サハクイエルをこっちへ!」
 左手で振り回していたサハクイエルをシンジへと放る。
「マナはサハクイエルに子供を返してあげて!」
「でも!」
「あのサハクイエルは子供を探しに来たんだよ、早く!」
「わ、わかったわ!」
 さすがに子供達の泣き声と、必死に我が子を求めて飛び立とうともがくバグにはかなわない。
 ちなみにサハクイエルの他に勝手に繁殖するものとしては「ガギエル」と「バルディエル」が確認されている。
 こういった野生種は実は珍しかった。
「やはり我が妨げとなるか、シンジ!」
「父さん!、初号がいつまでも昔の初号だとは思わないでよ!」
「な、に!?」
「初号ーーー!」
 肩パーツからエアーを吹き出し、ホバー移動でシンジの背後へと回り込む。
「これが母さんに教えてもらった新しい力だよ、父さん!」
「ぬぅ!?」
「シンクロアップ!、エヴァンゲリオン!!」
 初号の外装甲が浮き上がるように離れる、内部の白い肉の塊が様々な使徒の形を取りつつ増殖し、一瞬本来の『大人のシンジ』の姿を取った。
「なにをするつもりだ!?」
 初号の素体はぐねっとうねる様に動いてシンジへと覆い被さった、少年と少女、ゲンドウとユイ、両方の特徴を合わせ持つ両性体の十四歳の子供へと変容する。
「変身、したのか…」
 再び外装甲がシンジを覆う。
 光が走り、白い肌を黒い外皮が覆っていく。
『父さん!』
「ゼルエル!」
 展開されるATフィールド、だがそれも一瞬のことだった。
 シンジの拳の前に砕け散る。
『くっ!』
 しかしその一瞬の拮抗で十分だった、ゲンドウは時間を手に入れ、逃げるための呼び出しに利用した。
 ゼルエルと代わってレリエルが現われる。
「また会おう」
『父さん!』
 シンジの手は空を切った、一瞬早くゲンドウは影の中へと沈んで消えた。
『バグを…、復讐だなんて、なにを考えてるんだ、父さん…』
 映像を逆回しにするように、シンジは元の子供へと戻った。
 初号もその背後で元に戻る。
 パパ、かっこいい…
 お父さん、変態もするのね。
 あれが未来のシンジ!?、いける!
 それを木陰に隠れて、助けようと急いで来た三人は盗み見ていた。


 真っ白な空間に巨大な建造物が出来上がりつつある。
 それは白い球体に見えた、ゲンドウが盗んで来た旧世界の機械で作り上げられた科学の殿堂である。
「帰った」
「お帰りなさい」
 まるで帰宅した亭主を労うように、リツコはゲンドウの肩からマントを外す。
「時計の針を進めているのはわたしだけではないと言うことか」
「…こちらでも見ていました」
「そうか…」
「じきにあれが目を覚まします、もうすぐですわ」
「ああ、期待しているぞ、リツコ君」
「はい」
 何かを期待するような艶のある声で舌なめずりをする。
 二人は暗い部屋の中、黄色い液体で満たされたシリンダーパイプをじっと見上げた。
「やはり毒は同じ毒を持って制さねばならんようだな…」
 金色の世界に包まれ、銀色の髪が揺れていた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。