「ATフィールドを感知したですって?、どこなの!」
 発令所は騒がしくなっていた。
「どうしたの?」
「ユイさん!」
 司令席を見上げるミサト。
「市内で強力なATフィールドが確認されました」
 先日までそこにはミサトが居たのだが、やはりここの方が良いと妙な落ち着きを感じている。
「シンジなの?」
「パターン青、間違いなく使徒です!」
「使徒?、バグではないのね?」
「波長は記録と一致しています!」
「使徒…、サードインパクト以降のこの世界に何故?」
 ミサトは目を細めた。
 ちらりとユイの様子を窺うが答えは見当たらない、しかし当然のごとく笑顔と言う仮面の下では(早過ぎるわね?)、と怪しい事を考えていた。

うらにわには二機エヴァがいる!
第拾八話「心の選択を」

「謝ったら?」
「嫌よ!」
「そ…」
 その頃、二人はまだ歩き回っていた。
「そりゃあんたは常習犯だからいいでしょうけどね?、あたしは良い子なの、良い子はおねしょなんてしないのよ!」
「…同じ子供の癖に」
「何か言った!?」
「…あなたは、何故怒られたのか分かっているの?」
「なによ…」
 立ち止まってぐっと詰まる。
「そんなの決まってる、おねしょしたからじゃない!」
「違うわ」
 ほぼ即答に近い。
「あなたは、お父さんに罪をなすり付けようとした」
「だって!」
「お父さんは怪しむわ、そしてわたし達が何かしたのではないかと疑いを持つ、そして尋ねる、でもあなたは嘘を吐く…」
「元はと言えば、あんたのせいで!」
「そうなっていたら、お父さんはもう、あなたの言うことを信じてくれなくなっていた…、わたしのことも、一緒にね?」
 アスカは青ざめた、レイの言う通りかもしれないと言う思いが駆け巡ったからだ。
「辛いでしょう?、苦しいでしょう?、悪い子なのね、だから怒ったの、お母さんは、あなたが良い子になるように」
「ママ…」
 ぐしっと鼻をすする。
「さ、帰りましょう」
 レイは手を伸ばした。
「謝れば許してもらえるわ?」
「…ほんとう?」
 か細い声で、その手を握る。
「ありがと…」
「いい、わたし、お姉さんだから」
 その態度はどこをどう見ても妹を連れ帰る姉の態度なのだが…
 なにやら優越感のようなものが見えてしまって、アスカはちょっと頬袋を膨らませてしまうのだった。


「シンジ君!」
 カヲルは弐号にバグを引き抜かせようとした、しかし。
「邪魔はさせん」
「あなたは…」
 ゲンドウの手のひらにラミエルが踊る。
 その光をカヲルは壁で受け止めた。
「反射できない…」
 逆に壁が削られる、貫かれるほどではないのだが確実にたわみが見えた。
「何故逆らう?」
「僕の魂は、僕のものだからですよ」
「その肉体はわたしと共にある、アダム、唯一の存在、お前の魂は仮初めに与えたに過ぎん」
「貴方の魂胆は分かっていますよ」
「なに?」
 ピクリ眉が動いた、その関心の度合にカヲルはニヤリと口を歪ませる。
「僕以前の使徒には心が欠けていた、それは僕も同じですけどね?、ですが感情が生まれ始めている僕は邪魔者にすぎない、だから次の使徒へと進ませ、従わせる所からやり直したいのでしょう?」
 綾波レイのように、とカヲルは最後に締めくくった。
「…そうだ」
「認めましたね?、だが弐号がそうであるように、全てのアダムの子が貴方に従うとは限りませんよ」
「なに?」
「弐号!」
 カヲルの叫びに反応して、バグの尾に手をかけた。
 バグはシンジの右足に巻きつき頭を差し込んでいた。
 シンジの状態は装甲で隠されていたが、股間から挿し入れられているのは間違い無かった。
 股の間から全身にミミズ腫れが広がっている。
『うわああああああああああああ!』
 絶叫、弐号がそのバグを力ずくでひき抜こうとしたのだ。
 シンジを犯した事に激怒したように。
 シンジは大きな足で踏み付け押えられたが、それさえも跳ねのけるような動きでもがき苦しんだ。


『うわああああああああああああ!』
 何処からか悲鳴が聞こえて来た。
 その声にびくりと二人は脅え上がった。
「なに?、今の…」
 きょろきょろと辺りを窺う。
「…お父さん」
「え!?」
「お父さんが呼んでる」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ねぇ!」
 突然駆け出され、慌てて追いかける。
「何処に行くのよ!」
 すぐそこの角を曲がってアスカは息を飲んだ。
「パパ!」
 そして銀髪の少年、赤い壁が閃光を散らしている、その向こうに立っているのは。
「おじい、ちゃん?」
 何がどうなっているのか状況が上手く飲み込めなかった。
 しかしそれでもシンジを苛めているのが誰なのかは分かった。
「弐号!」
 そう、弐号が苛めているように見えたのだ。
 アスカは焦って駆け寄った。
「だめ、それは…」
 レイの制止の声は耳に入らなかった、急いで、庇うために…
「だめぇえええええ!」
 アスカはシンジに覆い被さって、光る蛇に触れてしまった。


『きゃあああああああああああああああああ!』
 暗闇が入り込んで来た。
 アスカは鼻から、耳から、穴と言う穴からザワザワと入られる感覚に悲鳴を上げた。
 不思議と口からも入り込まれているはずなのに、絶叫はちゃんと上げる事が出来た。
『パパぁ!』
 必死になって叫んだ、その瞬間、何かが見えた。
「冴えないわね?」
「ちゃ〜んす」
「惣流・アスカ・ラングレーです」
「あんたバカァ?」
「これはジェリコの壁!」
「キスしたのね!」
「嫌い嫌い、大っ嫌い!」
『誰?』
 アスカは目を凝らした、暗闇の中に女の人が立っていた。
『誰?』
 振り返ったその顔には覚えがある。
「わたしはあんたよ」
『え…』
 問いかけに対する答えにキョトンとする。
『嘘…』
「嘘なもんですか…、わたしはあんたよ、あんたになる前のあたし、殺されちゃったのよ、あいつに」
『殺された?』
「シンジにね?」
 突然様々なシーンが流れ込んで来た。
 蛆虫のように情けないくせに、カンに触ることを言って来る。
 ご機嫌を伺うような態度、上目づかい、だが苛立たせるのは気が利かないから。
 わがままなのはこの女だと分かるのに、なぜか自分はその女の気持ちが分かってしまっていた。
 悪いのが、どっちなのか。
 悪いのは、あいつなのだと。
『でも、パパは!』
 シンクロする感情に、「勝手なのはあんたじゃない!」と言う気持ちが塗り変えられてしまう。
「勝手な奴よねぇ?、嫌われてたのは自分のせいなのに、今度は好かれたいからって言うことを聞くようにあんたを育てて、幸せに浸っちゃってさ?」
(あたし、パパの子だもん!)
 アスカは必死になって言い返そうとした、だがもう出来なかった。
 わかってしまったのだ、自分が本当は誰なのかを。
「返して」
『え…』
「あたしの体を、心を返してよ!」
 自らの体を抱きしめる、苦しげに。
「もう嫌なのよ!、自分じゃない自分を見てるのは、そんなのあたしじゃないっ、あたしは、あたしは大人よ!、子供じゃない!」
(あたしが、嫌いなんだ)
 わかってしまう、無邪気な自分が腹立たしいのだ。
 本当のことを知らないから幸せで居られる、笑顔で居られる。
「あたしは一人で生きるの!」
《いらないの?》
 はっとして隣を見る。
 自分と同じか、ほんの少しだけ大きな女の子が猿のぬいぐるみを抱えていた。
《一人で生きるの?》
 その子の問いかけに少女は脅えるように後ずさった。
《一人で生きるの?、パパもママもいらないの?》
「嫌ぁ!」
 ついには頭を抱えうずくまる。
 子供の頃、ちっとも幸せじゃなかったから…
(あたしが、嫌いなのに…)
「一人は嫌!」
(それも本音…)
 こうであったら良かったと言う夢。
(それがあたしなんだ)
 アスカはアスカの事を理解する。
《寂しい?》
『寂しかったんだ…』
「嫌ぁ!、あたしの心を覗かないで、あたしの中に入って来ないで!」
(ママ、あたしを見て!)
「あたしを変えてしまわないで!」
(だからあたしを見て!)
「一人は嫌ぁ…、もう嫌なのよぉ…」
“アスカ”
 声が聞こえた。
 暖かい声が。


 視点が切り替わる、夜のリビングにシンジが居た。
 また十七・八だろう、背はそれなりに伸びているが、まだあどけなさが抜け切っていなかった。
「いい加減にしなさい」
 その手からビールを取り上げたのはミサトだった。
 既に加持と同居していたが、たまにこうして様子を見に来る。
「酔えないんだ…」
「シンジ君…」
 シンジの顔は赤くなっていた、目の焦点もあっていない。
 確実に酔っている、なのに声は心を表すように冷めている。
「僕…、本当にアスカやレイの事、考えてるのかな?」
「それは貴方が自分で探さなければならない答えでしょう?」
 ミサトは優しく抱きしめる。
 アスカはその様子をドアの隙間から盗み見ていた。
 袖に重みを感じる。
 レイが掴んでいた。
(パパ…)
 泣いている、と分かった、誰のせいか、と言う事も分かった。
 でも何がいけないのかは分からない。
『遊園地に行こう』
 そう言って約束を片付けられる度に、だからまた居なくなっちゃうのかと恐くなっていた。
(良い子にしてたら帰って来てくれる?)
 アスカはいつも縋っていた。


 世界がくるくると回って景色は消滅していった。
 残されたのは三人のアスカだ。
《お兄ちゃん》
「シンジ」
『パパ…』
”アスカ”
 また声がした。
 初めてパパと言ったアスカにはしゃいで、振り回して落としかけたドジなシンジ。
 早く歩かせようと歩行器を使おうとして、「足の骨が曲がる」とミサトに叱られすねている。
 食事のたびに服をどろどろにされて、その度に着替えさせようと奮闘している。
 食べさせていた自分もまた汚れているのに。
 泣きながら歯を食いしばってレイの髪を引っ張るアスカ、レイも意地を張って顔色を変えずにアスカの髪を引っ張り返していた。
 問題はシンジの膝をどちらが取るか。
 シンジは困りながらも笑って見守っていた。
 髪が伸びて来るとシンジが切り揃えようと苦労した。
 でも失敗して長さはばらばら、結局ミサトに頼んでやり直してもらう事になっていた。
 一つ一つに笑顔があった。
「ほんとにバカね…」
 少女が呟く、嫌われると分かっているのに、それでもまっすぐ育つ姿に喜んでくれているのだから。
 いつか…、『その時』が来ると分かっているのに。
『あたしがいけないんだ!』
 アスカは突然泣き出した。
『あたしが悪い子だから…、だから弐号も悪い子になっちゃったんだ!』
 シンジを襲っていた光景が思い浮かぶ。
《違う…》
 女の子はそれを否定した。
《わたしはわるくない…、わるいのは》
『悪いのは?』
「あいつらよ!」
 次の瞬間、三人は一つに重なっていた。


 時間にすればほんの一瞬だったかもしれない。
 アスカは苦悶の表情を浮かべていた、が、それはすぐさま消え去った。
「まさか!」
 カヲルは呻いた。
 弐号とアスカに突然の変化が訪れたのだ。
「もう覚醒するというのかい?、早過ぎる!」
 弐号の装甲がばらける、中から白のみで構成された髪の長い女の子が抜け出して来た。
 彼女はアスカを抱きしめた、そしてアスカと溶け合っていく。
 アスカの手足が伸びた、胸が張り出した、腰も膨らんだ。
 装甲がアスカの体を包み込む。
 十四歳のあのアスカが再誕した。


『こんちくしょー!』
 感動の瞬間のはず…、だがそうのんびりとしてはいられない。
(シンジ!)
 アスカはバグに手をかけた。
『だぁああああああああああ!』
 無理矢理、蛇を引きずり出す。
『あああああああああああああああっ!』
 シンジは苦しんだが、弐号だけの時よりも遥かに簡単にバグは引き抜けた。
『あんたは!』
 バグを路面に叩きつける、アスファルトをへこませてバウンドした。
『あんたはぁあああああああ!!』
 反動で宙に浮いた隙に肩から棒を抜き出した。
『ソニックグレイヴ!』
 今度はただの高跳び用の棒では無かった、その先端にはプログナイフと同様の高周波ブレードが付属されている。
『こんちくしょー!』
 蛇の腹に突き立てる。
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
 バグは悲鳴を上げたがそれはブレードが腹を切り裂く音かも知れなかった。
 火花を散らしてバグの腹を裂く、そして地面に縫い止める。
 吹き出す鮮血は噴水よりも勢いが鋭く、火花のように白く散る。
 苦しさに呻いて頭を右に左にバタバタ暴れる。
『うるさいのよ、あんたはぁ!』
 アスカはその頭を踏み付けた。
 パンとバグを黄色い飛沫に変えて、アスカはゲンドウを睨み付けた。
「ここまでか」
 手のひらのラミエルがぼやけて、レリエルに変わる。
『あ、こら、逃げるな!』
 アスカは駆け出そうとしたが…
『え?』
 かくんと膝から力が抜けた。
 視界も急速に暗転する。
 カヲルは倒れる音を聞きながらも、足元に闇を生み出し消えていくゲンドウから注意を逸らさなかった。
 やがて消え去ったゲンドウにほっと息を吐く。
 振り返った時そこに見たのは気を失っている元のアスカと、彼女を抱きかかえる弐号、それに…
 変身の解けないシンジの額に手を当てながらもカヲルを睨む、激しい感情を見せているレイの小さな姿であった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。