「シンジ君、アスカ、レイ!」
慌てて駆けつけて来たのはミサトである。
「フィフスの少年…」
しかし見た顔に呆然と立ちすくんで固まってしまった。
ネルフの専用バン、ミサトに続いて下りたのはユイだった。
ミサトに代わって前に出る。
「…何故ここに居るの?」
ユイの問いかけにカヲルはいつかのようにポケットに手を入れて薄く笑った。
「…シンジ君にめぐり合う事が、僕に定められた運命だからですよ」
「そう…」
二人の間には何者をも立ち入らせない、絶対の壁のようなものが存在していた。
うらにわには二機エヴァがいる!
第拾九話「人の憂い」
「どう?、アスカちゃんの様態は?」
電話を切ったミサトに問いかける、ここはネルフの司令執務室だ。
「外傷は無し、若干記憶に混乱が見られるものの、問題は無いそうです」
「覚醒には至らなかったようですね?」
そんなカヲルの一言に、ミサトはキッと視線を向けた。
「バグが発生している以上、あなたが出現する可能性は示唆されていたわ?、でも何故…、何故今頃になって現われたの!」
(それも今更、使徒だなんて!)
憎々しげに睨み付ける。
しかしカヲルは意にも介さず、窓辺で街並みを眺めている。
「そりゃあ使徒はもう敵ではないわ?、でもね、あなたは、あなただけは!」
蘇る記憶、カヲルを殺した事によって崩壊を始めたシンジの精神。
「そう、僕とて死したままでありたかった…、いつまでも、あの世界で眠っていたかった」
カヲルはミサトからユイに相手を据えた。
「あなたが彼を見守ると告げた、だから僕はとどまっていた…」
何故?、と聞きたいのはカヲルの方なのかもしれない。
「あの人があなたを引きずり出すほど思い詰めるとは思わなかったのよ…」
「所詮は心のかけら…、あなたには思いやりと言う心が薄いのか」
「ちょっと!、なに失礼な事を言っているのよ!」
「いいのよ」
「どうしてです!」
ミサトは先程から苛着いていた。
ユイとカヲルには確実に何かの疎通が存在している、ミサトこそが部外者であるという感じが強くて焦りが生まれていた。
「…わたしもまた使徒なのだから」
「それがわからないと言っているんです!」
「そうね」
ユイは溜め息を吐いた。
「最初から…、話しましょうか?」
それは長い長い物語だった。
綾波レイ、ユイがその存在を知ったのは初号機、碇シンジとの機体交換実験が行なわれた時が初めてである。
認識したわけではない、漠然と自分の心の一部なのだと言う事を知覚しただけだった。
この時、ユイはまだ人としての思考を確立していなかった。
ただ遥か以前に酷く入り込んで来た何かに触発されて思い浮かべたものがあった。
それとレイが同じものであると感じて、意識を浮上させたのである。
「サルベージ」
「ええ、そうよ?」
呆然とするミサトに答える。
サルベージによってユイの意識は無理矢理自我の確立を迫られた。
凝り固まったイメージは何かを排出した、しかし自我意識のないユイはそれが何であるのか全く記憶していなかった。
知らず生み出したもの、それが綾波レイだった。
「では、今のレイは?」
「どの様に生まれたとしても、魂はその人のもの、そうでしょう?」
綾波レイは綾波レイと言う人間である。
魂が例え受け継がれたものであったとしてもだ。
「問題はそこじゃないのさ…」
「そう…、わたしはまだ初号機の中に居る、そう伝えましたね?」
「では!」
綾波レイが外的な刺激と、作為的な誘導によって生み出されてしまったイメージであったように…
「…シンジが『やり直したい』と想いを高めた時に描いた『家庭』、そこに求められた図形には欠けているものがあったのよ」
『母親』
「それを補うための存在、それがわたしなの」
「そんな…」
「彼女はシンジ君の求める『母親たる碇ユイ』なのさ、あの人の求める『妻』としての女では無く、ね?」
「そう、だからわたしはあの人を愛することが出来ない…、母親としてのわたしは愛情を見せることは出来ても恋心に囚われることは無いから…」
「だ、だから…、ですか?」
「そうよ?、だからあの人と赤木さんを見ても嫉妬する事が出来なかった、きっと赤木さんが支えてくれると思ったから別れることにしたのだけれど…」
甘かった、深い溜め息と共に沈黙が訪れた。
「…葛城さん?」
「はい…」
声に疲れが見えだしている。
「あなた…、ネルフの文化遺産研究所に何が保管されていたのか、知っていたかしら?」
「あ、はい…、使徒のサンプルやその他…、まさか!」
「そう、彼の遺体はそこにあったのよ」
ミサトは目を見開いたまま、ゆっくりとカヲルへ顔を横向けた。
そこには異邦人であると排斥を望んでいる、一人の寂しい少年が佇んでいた。
補完計画が発動され、碇ゲンドウは自らのシナリオに乗っ取りアダムとリリスの融合を目指した。
第十七使徒、タブリスを経たアダムの魂は、人類と同じ、『群体としての人類』へと進化した。
それは『母より生まれい出る』と言うことである。
アダムの肉体はゲンドウと共にあった。
肉体が無ければ生まれることは出来ない、魂は宙に漂うこととなっていた。
母体に移植される、その時まで…
だが綾波レイはゲンドウを拒んだ。
『頼む!、待ってくれ、レイ!!』
アダムの肉体と魂は綾波レイを媒介にしてリリスと融合した。
二つの魂と二つの肉体を統合した『神』は初号機と同化を果たした、その中で苦痛に泣き叫ぶ憐れな少年の写し絵として。
「ゲンドウさん…」
「ああ、わかっている、リツコ君」
ゲンドウは虚数空間の中で、じっと右の手のひらを見つめていた。
「わかっている」
無意味にくり返す、口元には薄ら寒い笑みが浮かんでいた。
「それで、シンジ君は…」
ミサトはその事を気にしていた。
変身したシンジであったが、今だその状態から解放されないのだ。
現在ドグマ最下層、かつてはレイが沈んでいた場所に閉じ込められている。
「…初号機に戻します」
「貴方と共に?」
「なんですって!?」
ミサトはカヲルの言葉に目を剥いた。
「初号機を起動し、再びシンジを『還元』します、戻れるかどうかは…、シンジに賭けるしかないでしょうね?」
シンクロ率400%の悪夢が蘇る。
「承諾できません、無謀過ぎます!」
「このままでは一生目を覚まさないわよ?」
「通過儀礼…、神は再びシンジ君を選んだと言う事か…」
「なにを…、どういうことよ!」
カヲルの胸倉を掴み上げる。
「統合されし人類、その中にあって異端なんだよ、シンジ君はね?」
「アダムとリリス、二つの形質を余りにも色濃く残し過ぎているのよ、その証しが『両性具有』」
「本来は無性となるべき所でした…、僕のようにね?」
「え…、ええ!?」
ミサトは手を離して後ずさった、カヲルの胸が膨らんだからだ、腰は逆に細くなっていた。
「わかりますか?」
目はやや睫毛が長くなったが、全体的には女性と言うよりも中性である。
「男でも無く女でも無い、これがあるべき姿なんですよ、僕達にとってはね?」
「でもあの子はその概念を持ち合わせていなかった、イメージできなかったのね?、だから両方を持ってしまった」
「あなたの姿を取り込んでね?」
だからユイに似てしまったのだ。
「だけどそれは余りにも危険な事なのよ」
「シンジ君自身は初号の中で眠りについています」
「本当の体と仮初めの肉体、…でもその二つは全く別の物となってしまった」
「いつかこの時は来るはずでした…、あのままでは全く別の人物に育ってしまいますからね?」
「でも初号がそれを緩和してくれるはずだった」
「初号の中の肉体は変身を重ねる事によって『現在』のシンジ君の遺伝子をコピーし、書き換えを行ない続けるはずだった」
二つの肉体と精神を、一つの魂のために平均化していく予定であった。
「だからこそ、この時点での覚醒は危険過ぎるわ?、だって既に書き換えは行なわれているのに…」
「まだその差は大きい、中途半端なんですよ、融合を果たすにはね?」
「ちょ、ちょっと待って…」
情報が多過ぎて着いていけない。
「…なら、なぜ初号機に」
「初号機の中でなら、シンジは自分で自分のイメージを選べるわ?」
「真実の姿を作り直すんですよ、…サードインパクト、あの時と同じようにね?」
全てを零からやり直すのだ。
一からでは無く。
「そんな!」
「見失った自分は自分の力で取り戻すのよ」
「シンジ君は…、そうやって帰って来たんですからね?」
「使徒によって強引に引き出されてしまった不安がシンジの心を引き裂きつつあるのよ」
「このままでは分裂を起こしてしまいます、今を望むシンジ君と」
「過去を悔やむシンジとに、そのための」
「「回帰と誕生、死と再生」」
青ざめたミサトをじっと見つめた後で、ユイは一つ息をついた。
「…では、行きましょうか?」
「そうですね?」
ユイに半歩遅れて、カヲルは従った。
陽光の差し込む執務室の中で、ミサトの時間だけが止まってしまっているようだった。
「あれぇ?」
同じようにお日様が差し込んでいた、だが雰囲気はまるで違う。
「知らない、天井…」
病室だった、ネルフ本部内の特別寮棟。
ゆっくりと体を起こす。
「レイ?」
隣で椅子に座っていた。
「…起きたのね?」
レイは「よっ」っと椅子から降りた。
「あんたもいま寝てなかった?」
「看病していてあげたのに」
ムッとして涎のあとを拭うレイ。
「今日は寝ていて…、後でお母さん達が来てくれるから」
「うん…、ねぇ?」
「なに?」
数瞬の迷いが間を生む。
「…あたし、どうしてここに居るの?」
レイの顔は険しく歪んだ。
「覚えてないの?」
「うん…、あたし、何かしたの?」
自信なげに顎を引き、上向きの目で確認する。
「…覚えてなければいいのよ」
にやり。
「ってちょっと、なに笑ってんのよ!」
「別に、気にしないで」
「するわよ!」
「それじゃあ、わたし、行くとこあるから」
「ちょっとぉ!」
待ってよぉ!、っと言う泣き叫びの不安そうな悲鳴がレイの背中を追いかける。
しかしレイはきっぱり無視して病室を退出、零号が押してきた車椅子に乗って楽しそうに去っていってしまうのだった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。